表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
対なる剣~光と闇の狭間で何を見るか?~  作者: 蒼雷のユウ
第二章 「第十七小隊」
16/43

2-9「聖都外周部:貧困街」

 Side:S(シェリー)―――同日17時32分



 

 時は既に夕刻。

 ゼスとシェリーの二人は、せめて隅だけを今日は回らなければ、と聖都外周部へと移動していた。

 ここに通りとしての名は無い。ここは聖都でも最も下流の平民が多く集う。

 みすぼらしい布を包んだホームレスや血気盛んな若者が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)しているなど、ここは平和な聖都の中でも最も治安が悪い貧困層の地区だ。フェルド通りのような喧騒は無く、居るだけで生気を吸い取られるような、静寂に包まれている。

 ひしゃげた妻屋根が、限られた土地に無理やり押し込められたようにひしめき合っていた。通りに面した窓という窓が、みな鎧戸やカーテンで閉められているが、窓の周囲はひび割れで飾り立てられていた。石畳も補修が全くされておらず土も剥き出し状態であり、ところどころで持ち上がったり傾いたりしていて、注意しないと(つまづ)きかねない。

 何もかも、今まで見て回った地区とは懸け離れていた。


「初めてここに入ったけれど……やっぱり、聞くのと見るのとでは、全然違うわね」


 寄って来る虫を払いながら、通り過ぎる道を流し見るシェリー。

 聖都を覆う巨大な城壁で暴風雨などの自然災害が来たとしても耐えられるが、家と物自体は自力では耐えられない。その被害も、広大な聖都の隅である外周地区は国家権力ですら目が行き届かず、認知できていないというのが実情だ。

 それ故、ここはならず者の溜まり場や全うには生きられない者達が自然と集まっている区画、それがこの聖都外周部だった。

 実際、長身のゼスにガン付けてきたり、シェリーを口説こうとしてきたり、二人に物乞いが金銭をせがんできた事が先ほどあった。だが彼らが騎士である事を知ると蜘蛛の子を散らすように去って行っている。


「ここは、俺が住んでいたオンボロアパートと同等に、酷い有様だな」


 路地を歩き、壊れかけの建物を見回しながらゼスはそう口にした。

 彼がうろついていたアルバート通りでも、オンボロアパートはありはしたが、ここのように見渡す限りが惨憺(さんたん)な光景では無い。

 シェリーも、ここがあまりにも人が住める場所ではないと思って、隅々まで視線を巡らす。


「……よくああいう場所で生きてられたわね。それにしても、外周部はここまで整備が行き届かなくなるなんて、まるでここだけ聖都の輝きが届かずに、置いてけぼりになったような地区だわ……」


 聖都の外に行けば行くほど、貧富の差が激しくなって来るような縮図は富が中央に集中しているような感覚を覚えてしまう。富の器に入りきらない、と零れ落とすように。

 照明がいくつかあるとはいえ、聖都内側より数が少ないのでは夜はかなり視界が悪くなるだろう。

 路地の隅で縮こまっている者達も全身が汚れていて、全体的に暗い雰囲気を漂わせている。


「このような状況を作り出したのも、紛れもない聖王国の政治からなのかしら……」


 元々聖都の経済はそこまで利潤を追求したものではなかった。誰しもが様々な職業に就き、社会保障を充実させ大半が辛うじて生活してきた約五百年近くは、まさに平等を地で行く国家だった。

 それが、ここ数百年に多くの大国が台頭し始め、聖王国は発言力や軍事力、経済的にも衰えを見せ始めた。この国の(まつりごと)を司る“元老院会”はこの国が生き残る為には、効率的な利益を得る職への意欲を向上させ、競争社会を支持する政策が必要だと訴えた。

 これに対し、絶対決定権を持つ国王は聖王国は自らの利点を最大限利用する事で息をふきかえし、数多くの民の資産と生活を守る事が出来ると考え、改訂を重ねて承認した。

 しかし、これには致命的な欠陥があった。

 この改革案が公布されてから貧富の差が広がってしまったのだ。これを機に多くの利益を得る職だけに人は求め始め、就職率が減る。競争社会の中、職によって利益の差が広がり、赤字が大きくなって失業率が増加する。

 結果、税を殆ど支払う必要が無いこの貧困地区に、彼らの様な下流の民が流れているのだった。


 見回りの最中、シェリーは路地に横になって毛布に包まった幼い子供を見つける。


「……嘘、あんな子供まで」

「ストリートチルドレンだな。孤児や親に棄てられた子供が、こうした貧困街に住んでいる光景はどこの国でも見てきたが……」


 子供は髪と顔が汚れ、ひどくやつれている。見る限り、まともに食事をしていないというのは明らかだった。放っておくと、子供が餓死する可能性は非常に高い。

 元より金が無い彼らは家を持つ事も、栄養素がある食事をする事も、娯楽に投じる事も許されない。職探しをして少しでもお金を稼ごうとしても住所不定である事と薄汚れた外見では、採用するところは皆無に近いという悪循環。自然、一部は危険な仕事をしたり、無気力な生活を余儀なくされている。

 そして、子供を持つ親は、養育費を確保する事も出来ない為に、こうしてこの地区に子供を棄てる事も多々ある。


「大変……!」


 いくらなんでも子供でこれはひどいと思った彼女が、懐から小さな金貨袋を取り出して走り出そうとする。

 だが、彼女の腕をゼスの腕が素早く制した。


「止めておけ」

「ゼス……! どうして止めるのよ!? これだけあれば、あの子はまともな食事が摂れるようになるのよ」


 シェリーは困惑の表情を露わにし、声音を強めた。

 ゼスはすいと眼差しを細くした。


「それを渡してもみろ。さっきのように金を恵んでくれともっと他の奴らが殺到する事は目に見えてる。そうなればこの通りは大混乱だ。それに、仮に無事に渡せたとしても、君はそこで子供との関係を終わりにするつもりか? 騎士から金を貰った子供は食事を取りに移動する。だが、知らず高い確率でならず者達に襲われ、金ごと下手すれば命まで奪われかねんな。どこで誰がこの光景をみているか判らん。君は一時の感情でそんな悲惨な結果を招きたいのか?」


 ゼスの今まで聞いた事が無い強く吐き捨てるような言葉に、シェリーは僅かに慄く。


「だ、だったら、子供の護衛を―――」

「問題を起こさないように俺達は巡回をしている筈だ。態々問題を作って、巡回任務を放棄するつもりか。……いいか、この場所で恵みを出すという事は、この地区全ての問題に関わってしまうと言う事だ。その瞬間、君はこの地区の果てしない闇を見せつけられる事になる。新人騎士になったばかりの俺達がどうこうできる問題じゃない事は、分かっているだろうな」

「それはっ……っ!」


 ゼスに言われたシェリーも判ってはいた。

 この状態を解消するにはそれこそ、原因の根幹である競争制度を止めさせるか、新たに補完する政策を打ち出すしかない。それには公布した“元老院会”による反対多数による否決か、蒼衣の騎士団上層部の三分の二以上の嘆願書提出、もしくは聖王国君主による棄却と公布が必要だ。

 だが、それはどれもが難しい。

 “元老院会”は、完全に特権階級である貴族によって独占されている。その大半は野心的な思想と選民意識を持っており、自らが提案した主義を簡単に覆す事は有り得ないだろう。

 騎士団もいわずもがな、そのような行動を起こす上騎士達が居れば、とっくの昔にしている筈である。

 それらも、君主の一言で簡単に覆るが、元より聖王国の存命を優先した決定だ。再び社会保障制度に戻せば、今度は国家全体の経済危機に陥ってしまう。新たな法案成立も、何年後の話になるか。

 シェリーの実家であるアイオライト家の当主は“元老院会”でも大きな影響力を持っているが、彼も貴族意識と国家への忠誠心が強く助力は期待できそうにない。それどころか、見返りとして騎士を止めさせられて家に戻らされる可能性も捨てきれない。この地区で任務を放棄し、問題を起こせば尚の事だ。

 その現実に、シェリーはやるせない気持ちと共に下を向いてしまう。ゼスから放された腕を力なく落とし、右手を力強く握り締める。


「……それは、できない。この国は、まだまだ色んな問題を抱えていると聞いているわ。ここで騎士を止めさせられたら、誰も護れなくなる……!」

「なら、今はよす事だな。その子供の為にも、そしてこの地区に暮らす人の為にも、な。問題を起こして事態が悪化しそれが表沙汰になれば、彼らもここには暮らせなくなって都の外に追いやられてしまうだろうからな」


 外で暮らせない事は無いが凶暴な魔物が徘徊しており、ここより安全の保証は無い。無力な市民を都の外に追い払うというのは死刑宣告も同等である。

 しかし、シェリーは内心、まだ納得がいってなかった。


「でも、でもこの子は……独りで、身体も弱くなっているのよ」


 ―――とても長く生きられる状態じゃない、と彼女は訴えた。今助けなければ、近いうちに彼は骸になってしまうだろう、と。

 すると、ゼスは目線を下げて考え込んだ。

 しばしの間を置いて、その視線は先ほどシェリーが懐から出した彼女の金貨袋に向けた。


「……直ぐと言っても後二、三日の猶予があるな。今はまずく見えるが、後で良くなろう。ところで、最近食料が厳しい。給料日まで、その金の一部を俺に前借りさせてくれないか?」

「―――は? 今はそんなどころじゃ―――」


 シェリーがはっとしたように、ゼスの軽鎧を見た。真剣な眼差しで彼と軽鎧を交互に見て、彼の言葉を頭の中で反芻する。

 彼は「今はまずく見える」という言葉は、何の主語に向けて放ったものなのか。子供に対してなら冷血漢も甚だしいが、それがもし自分達に向けられたものだとしたら、その後に口にした前借りの件に説明がつく。

 全てシェリー自身の想像だ、ゼスの心中を読んだわけでもないが、なんとなくそうあってほしかった。


「―――信じても、良いのよね?」

「無論だ。俺は元々君が騎士には向かないと罵倒する、傭兵上がりだからな。それに、ここで何もせずに素通りしたら、君は今後の任務に集中できずに本来の実力を発揮できなくなるだろう。俺の苦労が増えるだけだしな」


 ゼスは潜めた声で相変わらず皮肉な言葉を口にしながら、シェリーを見下していた。

 それに短く息を吐いたシェリーは強めの口調で、乱暴な手つきで金貨袋を持っていた右手を彼の胸に叩きつけた。


「全く、アンタは本当に口が悪いわね。確かに騎士に向いていない野蛮人も当然だわ。……返済も成果も期待しないわよ」

「……有難いことだな、気が滅入らずに済みそうだ」


 シェリーの右手が離れ、自らの胸に抱えられた金貨袋を右手で受け取り懐に仕舞いこむ。

 流石にこの場に二人の騎士が留まっていると、周囲の人間から注目の的になる。これ以上立ち止まるのは得策ではない、と二人は歩き出した。

 衰弱して横になる子供を目で追いながら、シェリーは無事でいるようにと心の中で祈りを捧げた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

.
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ