2-6「子供の願い」
中央通りで迷子になっていたティールの親捜しを始めてから数分が経過した。ゼスとシェリーは彼を連れて五店舗以上を巡り、最後の子供向けの店舗に差し掛かった時だった。
真後ろから女性の声が聞こえてくる。
「ティールッ、ティール!」
「あ、ママの声だ!」
ティールが反応し、ゼスもその方角に視線を向ける。そこに、人々をかき分けて走り寄ってくる、一組の男女の姿があった。
ゼスは肩車を辞めて、ティールを抱えて地面に下ろす。降り立ち走り出したティールを、母親である女性が力強く抱き止めた。
「ああっ……。良かった、ティール。無事に見つかって、良かった……!」
「ママ、ママァ……!」
泣きじゃくるティールを、彼の母親が一層抱きしめた。
「お母さんから急にお前が居なくなったと聞いて、心配したんだぞ。人攫いに遭ったのかと思って、この通りをくまなく探したんだが……。とにかく、無事で何よりだ」
父親である男性も、息子の頭を優しく撫でて安心させる。
再会の光景を眺めていたゼスとシェリーは、彼らが一段落した時を見計らって傍に歩み寄る。
「ティール君、お父さんとお母さんが見つかって良かったわね」
「うん! ありがとう、お姉ちゃん!」
ティールの礼に、シェリーは笑顔を見せる。
彼の父親が顔を上げて、初めてゼス達の姿を認識した。
「そういえば、貴方がたは……その格好は、騎士様でありませんか! これはこれは、騎士様が息子を保護してくださったのですね。なんとお礼を申し上げて良いか」
「いえ、気にしないで下さい。これも、騎士の務めですから」
シェリーが穏やかな口調で対応する。
それでも父母は有難うございます、と口々にお礼の言葉と共に頭を下げ続ける。流石にここまでお礼を言われては、シェリーですらむず痒いらしい。
そして、母親がゼスの姿も見かけると、彼に対しても頭を下げる。
「貴方も、息子を助けてくれたのですね。本当に、有難うございました」
「…………気にするな。俺はそこの女にそうしようと言われたから、そうしただけだ」
「それでも、有難う、ございます……」
母親はティールの頭を撫でながら、涙ながらに頭を下げる。
流石のゼスも、彼女の姿にそれ以上の言葉は出なかった。否、視線を合わせようとはしなかった。―――まるで何かから逃避するように。
代わりに、傍らに居るティールの頬に片手を当てて、彼にしては珍しい言葉を告げる。
「無事に親が見つかって何よりだが、母親を泣かせるのは感心しないな。君は、未だ子供だ。おのずと、親に護ってもらう事がこれからもあるだろう」
ゼスの言葉は、重みを含ませた声だった。
子供であるティールに、そうするべきだと教えるように。まるで、自分自身に言い聞かせるように。
「その後はどうする? このまま親に護られながら、今のような泣きながら立ち止まるか。それとも、辛くとも歩みを止めず、強くなって両親の笑顔を自らが護るか。だが、それを強制する事は俺には出来ない。俺は君じゃないからな。好きに決めると良い」
「んと……。それは、僕がお兄ちゃんみたいに強くなったら、ママは泣かなくなるのかな?」
ティールが無邪気な顔で首を傾げて、相手の言葉の意図を理解しようとする。
その問いに静かに、それでいて力強く頷くゼス。
「ああ。君がその気になれば、自分で親を護る事が出来る。もし、それを君が望むなら、一度決めた事は諦めない事だ。何があっても、決してその願いを棄ててはならない」
ティールの髪を僅かに払い、その肩に手を乗せてその思いを告げた。
「願わくは、強くなれ。……君が、俺の様に成りたいなら。何時までも親を笑顔にする努力をするといい」
その言葉はティールの耳に入って、頭に一文も漏れず浸透した。彼がゼスのようになる為には、自分が泣かず、両親も泣かせず、何時までも護る事だと理解する。
自らの憧れが願いとなった時、ティールは本当の笑顔となってゼスに力強く頷いた。
「うんっ! 僕、もう泣かない。パパとママも、もう泣かせない。僕、きっとお兄ちゃんのように強くなるよ!」
その言葉に、ゼスは今まで全く変化させなかった表情を、初めて笑みと言う名の感情を見せた。だが、それは僅かな表出だったが。
瞬間、ティールの父親に対応していたシェリーは口を動かしながらも、驚いた眼をゼスへと向けていた。
子供を見つけた時の状況と、今までの経緯を一通り説明したゼス達はようやく迷子探しの臨時任務を終える事になった。
ティールは母親を安心させるように力強く彼女の手を握って、空いた手で大きく手を振っていた。ティールの両親は改めて深く頭を下げてお礼を告げる。
「今度は迷子にならないように気を付けてね。もし迷子になったら、私達の格好をしている騎士さんに頼るのよ。騎士さんは、必ず助けてくれるから」
「うん! ありがとう、優しいお姉ちゃん。そして強いお兄ちゃん。またねぇ!」
シェリーが笑顔で手を振り、去っていくティール達を見届ける。三人とも笑顔で語り合いながら、人の海の中に消えていく。
それに、ゼスは終始彼らに目を向けないままだった。決してその光景を見届けないように、シェリーに背を向けていた。
例えるなら、遠い日の夢想から目を逸らすように。
「……親、か―――」
呟いた言葉は、周りの喧騒でかき消され誰にも届く事は無い。
やがて、ティール達を見送ったシェリーは腕を下して、ゼスに目を向けた。
「で、ゼス。アンタ、どういうつもり?」
「どういうつもり、とは?」
ゼスが、シェリーの言葉に疑問を感じて振り返る。
視界に映る彼女は、何かを覆い隠して少し怒っているように見受けられた。
「あんな純粋無垢な子供になんだか色々吹き込んだみたいね。アンタ、あの子を洗脳しようとしてないわよね? 将来、アンタみたいなデリカシーがない戦闘狂にでもなったら、どう責任取るのよ?」
「それは、ティール自身が決める事だ。君の言う俺の様になるのかもしれんし、あの子供独自の成長を見せるかもしれん。全ては神のみぞ知る、という奴だな」
「あら、元傭兵さんが神頼みかしら? アンタは女神様を信仰するような、仰々しい性質じゃないと思うのだけれど」
「いや。神に祈る余裕などなくなったな。そんな事をする暇があったら、トレーニングをした方が何倍も有意義だ」
さも当然のように。
ゼスは胸を張りそうな堂々さで、言い切った。
その豪胆さに、シェリーは深々と眉を寄せるしかない。
「アンタ、それを熱心な女神信者に言ったら呪い殺されるわよ……」
:ゼスは「無神論者」「お兄ちゃん」の称号を得た。シェリーは「お姉ちゃん」の称号を得た。
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