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対なる剣~光と闇の狭間で何を見るか?~  作者: 蒼雷のユウ
第二章 「第十七小隊」
12/43

2-5「中央通り:迷子」

 ―――同日10時26分


 時は進んで、聖都城下町。

 あらゆる喧騒が集っているこの街は、様々な階層の人々であふれかえっている。

 建物の中に、鉱物資源である“働石”を動力として稼働する機械を扱う店や、薬局、図書館、酒場、果ては露店を開いている店主が大声で客引きを行っている賑やかな通りだ。往来の大半は比較的裕福な平民と商人達、そして街中を巡回する蒼衣の騎士団の騎士達。

 フェード城の正門に続く中央通りは最も多くの人でごった返しており、最も広い大通りだ。

 そこに、騎士制服の上から軽鎧を着こなしたゼスとシェリー、二人の姿があった。

 二人は並ぶ事もしない。ゼスが前に歩き、シェリーがその後ろを付いていくという光景だった。


「ちょ、ちょっと待ってよ。そんなに急いだら、見ないといけないものも見れないわ」

「二人で同じ場所を見る必要は無いな。聖都はただでさえ広い。二人で分担した方が今は効率的だ」


 二人は騎士団での初仕事として、街中の巡回警備を行っていた。

 数分前に、自らは現場で指揮しないと豪語したアサラムが提案として、二人に命じたものだった。


“「そういえば、初仕事だけは与えておこうか。お前らはまだ街をそこまで巡って無いだろ? 良い機会だから、騎士として自分が護るべき街を知る為に出て回ってくると良い。所謂巡回警備だ。騎士として基本的な任務となるが、とりあえず、日が暮れるまで自ら見て、感じろ。できれば、隅から隅まで、だぞ。よし行ってこい! ―――あぁ、俺みたいにサボったら上から睨まれるんで、したらぶっ飛ばすゾ~」”


 と、半ば強引に会議室から追い出された結果だった。

 仕方なく第十七小隊での初任務に着手したゼスとシェリーはお互いに役割分担をして、全ての見渡す範囲で異常が無いか見回っている。


「そうは言ってるけど、アンタ、ちゃんと自分が見るべき場所は欠かさず見ているのよね?」

「当然だ、問題無い。担当するべき場所は隅々まで見まわしている。先ほど、その店の裏通りで犬が小便しているところまで見ているな」

「そこは例えの選択が間違っているから。……あぁ、もう良いわ、ちゃんと見ているらしいし」


 シェリーは溜め息を吐いて、ゼスの背中を付いて行くように彼に任された範囲を見回していく。

 少しでも異常があれば直ぐに相方に知らせて、調査に行く手筈にしていた。


「……それにしても。相変わらずの人だかりだわ」


 彼女の言葉通り、行き交う人々の間隔はそれなりにあるものの、隙間からしか奥の光景を見る事は出来ない程だ。これだけの人がいれば、はぐれる事もあるだろう。実際、この通りは迷子になる子供が後を絶たない。

 その言葉が聞こえていたのか、見回りを続けながら聞こえるように高い声で話しかけた。


「ここに来た事があるのか?」

「ええ。屋敷(アイオライト家)に居た時代も、それなりにここへ(かよ)っていたわ。この通りは特に素敵な服やジュエリーを取り扱う店もあって、貴族の娘達がよく足を運んでいるくらいよ。それなりの高級武具や料理もあるから、比較的裕福な通りね。……アンタはどうなのかしら?」

「俺は初めてだな。休日はアルバート通りの酒場に入り浸るか、鍛冶屋に足を運ぶか、都外に出て魔物狩りを少しやって一日を終えるぐらいだからな」

「……元傭兵のような野蛮人は私生活でも野蛮人なわけね」


 シェリーが呆れたように肩をすくめる。

 ちなみに、ゼスの言うアルバート通りとは、中央広場から離れた下流階級の民達が多く暮らす区画で、貧乏なゼスはそこの安い酒を出す酒場で飲む事が多い。また、ガントレットなどの武具の手入れもその通りの鍛冶屋に頼んでいる。安い代わりにあまり出来も良くないが、壊す事のない良い腕の鍛冶職人が居る。

 ゼスはこれほどの広い通りを通るのは初めてでもあるが、見回る事はあれど注目には値しない。

 ただ、彼が騎士にならなければ、通る機会など殆どなかったであろう。


 道中、一目では見回りきれない大きな店は、店内に入って巡回を行う。シェリーは店員に何か困り事や異常が無いか尋ねて回り、ゼスは店内の隅々まで不審者や不審物が無いか確かめて行く。

 傍から見れば、二人の人柄に合った役割分担だと思っただろうが、お互い未だ知り合って間も無く。ただ自分が出来そうな事を相談もせずにやっているだけである。

 店の外に出たところで、収集した情報をお互いに報告し、問題が無ければ巡回を再開する。

 時には露店の店主に話しかけたり、何か偽造している物が無いか手に取って調べたり、道行く人に場所を尋ねられてそれを説明したり。

 二人の騎士は、順調に巡回警備をこなしていった。


「こうやって、おおっぴらに街を回るのって、結構楽しいわね」

「……そうだな」


 再び道を歩きながら、シェリーは不意にそんな事を言った。

 ゼスは適当な返事をして歩きを緩めない。


「前は付き人も居たから、行きたい場所があっても行けない事が多かったから、本当に騎士になって良かったと思うわ」

「……そうだな」

「でも、それがこのデリカシー皆無の元傭兵男と共に歩いて回っていると思いだすと、突然萎えてくるわね」

「……そうだな」


 既に何も考えずに応えを返したゼスは、それを気に留める事も無く仕事に没頭する。

 それによってシェリーは若干不機嫌そうになって、それ以上は言葉を出さなくなった。

 二人の沈黙が続く。彼らは一言も語らず、ただ騎士の任務をこなしていく。

 そんな静寂に包まれた彼らの耳に、一つの泣き声が聞こえてきた。


「ゼス……!」

「ああ。あっちだ」


 ゼスを先頭に、シェリーと共に泣き声がする方角へと走り出す。

 行き交う人々を避けながら進み、徐々に声が大きくなる。

 やがて出た場所は中央通りの中心地、大きな噴水がある広場だった。噴水はそれこそ通りのシンボルになるほどに広く、時折それを水遊び場と勘違いして泳ぐ子供達も居る為、遊泳禁止の張り紙をする程だ。中央にあるシンボルは白い彫刻のような美しい外見が印象的だ。


「パパァ、ママァ……うぁああああああああああああん!」


 その噴水前で、一人の少年が泣きじゃくりながら呆然と立っている。どこに行くべきか判らず、手を引いてくれる人とはぐれて立ち往生している姿。

 どうやら少年は迷子だ、と二人は悟った。


「迷子か……。どうする?」


 ゼスが腕を組んで傍に居るシェリーに尋ねると、彼女はためらいなく頷いた。


「あの子の親御さんも今頃心配しているだろうし、早めに探してあげないといけないわ」

「だが、こういう事は“警備隊”の仕事じゃないのか? 俺達のような騎士は管轄外だろう?」

「だからと言って、騎士が見て見ぬ振りをするのは主義に反するわ。困っている民、助けを求めている民が居るなら、分け隔てなく手を差し伸べる……。それが騎士の行動理念だと、私は思う」


 その迷い無い言葉に、ゼスはシェリーを横目で見るが、直ぐに腕を解いて歩きだす。


「……仕方が無い。とりあえず、声をかけるか」






 聖都の中央通りは最も人の行き来が激しい区画。商人や露店、大型高級店舗もこの区画に集中しており、買い物客が足繁く通っている。だがこれだけの人がいれば、同伴者とはぐれる事もあるだろう。実際、この通りは迷子になる子供が後を絶たない。

 正門と王城の丁度中間に位置する美しい造形で作られた噴水は、聖都でも有名なデートスポットに認定される程の整えられている。中央通りでは最も目立つシンボルだ。

 そんな噴水の近くに、一人嗚咽を漏らす年端のいかない少年が立っていた。


 キョロキョロ見まわしながら涙を流す少年。

 視界は涙で歪んでおり遠くを見回わす事が出来ず、両親の姿が無くて不安が募っていた。


「わぁあああああああんっ。パパ、ママ~~~、どこぉ……?」


 そこに、一人の長身の青年が少年のそばに寄って声をかけた。


「おい、そこの子供。どうしたんだ?」

「うっ……? っ、ひっ……!」


 その青年は無造作に整えられた銀髪に、長身屈強な体格で騎士の甲冑を着こなしたゼスだった。

 だがそれ故に、無駄に身長が高く表情も鋭い為、少年は銀髪の男を一目見て一瞬で怯えてしまう。


「おい、何を怖がっているんだ……? 俺達は騎士―――」

「うっ、うぅうううう……!」


 どうして子供がこんなに怖がっているのか、原因が自分であるとも気付かず、ゼスは手を伸ばして少年の肩を掴もうとする。

 それを、一つのか細い腕が制した。


「はいはいストップ! アンタ、一体何やってるのよ?」


 長い黒髪を揺らす整った造形の女騎士、ゼスの同僚として着任したシェリーが呆れた表情でゼスの動きを留める。

 彼のその時の表情は何故止められるんだ、と理解していない様子であり、彼女の質問に低い声で答える。


「……。子供が何故か怖がって後ろに下がると、噴水の中に落ちそうだったから、止めようとしただけだが?」

「それは殊勝な心がけだけれど、アンタは一切しないで」


 まるでお説教をするように、シェリーは指でゼスを指して指示を出すが、彼は真顔で子供を見つめたまま。


「……子供に何かあったらどうする」

「何にも無いわよ! むしろアンタの所為で何か起きるわ!」

「しかし、先ほど困っている民に手を差し伸べると、君の言葉で俺もそうしてみようと手を」

「その通りだけれど、アンタの場合は意味合いが違うわ! まず声のかけ方からして間違っているわよ!」

「む……。そうか。では、次からは子供が噴水に落ちないように背後から声を―――」

「かけるな怖い! というか、噴水という状況を頭から外すのよ! 大体、この子はなんでこんなに怯えているわけ? はい説明」

「……!? 俺の背後に殺気を放つ対象が居るのか?」

「アンタよアンタ! アンタのその風貌は、立ったまま声をかけると無駄に威圧的なのよ。怖いって言ってるの!」

「ううむ……」


 流石に納得がいったのか、ゼスは仕方なくシェリーの言う通りにして、一歩引き下がる。


「とりあえず、ここは私に任せて」


 代わりにシェリーが前に立って、少年を見下ろす。

 二人のやり取りの間に、すっかり怯えてしまった少年は、身体を震わせていた。

 彼女はまず、少年と目線を合わせるようにしゃがみ込んで、おだやかな態度で声をかける。


「驚かせて御免なさい。あのお兄ちゃん、怖かったでしょう?」

「……う、うん……」


 少年は怯えながら軽く頷く。


「一応あの人は、騎士の格好をしているけれど、中身は獣の本性を隠している野蛮人だから仕方が無いの。悪気は無いから、許してあげてね」

「―――おい。どさくさに紛れて、ねつ造を吹き込むんじゃない」


 ゼスが腕を組みながら、シェリーの後ろからツッコミを入れた。

 しかし少年にとっては、彼女の言葉がより真実味を帯びたらしかった。


「う、うん……」

「そう、良かったわ。あ、私は違うの。これでも正義の味方である、立派な騎士の一人よ。だから、私の事は怖がらなくても良いわ。貴方が泣いていたから、どうしたのかな、って声をかけたの」


 シェリーが笑顔を崩さずに言っていると、ゼスはぶっきらぼうに付け加える。


「立派な……? 俺達は騎士になったばかりの駆け出し―――」

「ふんっ―――!」


 しゃがんだままのシェリーが器用に左足を後ろに伸ばして、それがゼスの(すね)にクリーンヒット。

 伝わる痛みに態度こそ露骨に示さなかったゼスだが、顔を下ろして人知れずに表情を歪ませた。


「……お姉ちゃん、騎士さん、なの……?」


 少年が先程のやり取りに気付いた様子は無く、優しそうな年上のシェリーに向かって首を傾げていた。


「そうよ。貴方達が憧れる、立派な立派な輝く騎士さんよ。貴方達を助ける存在だから、安心して。どうして泣いていたの? お姉さんに教えてくれる?」

「あ、あのね……ヒック、ぼ、僕……パパとママと……はぐれちゃって……ママに手を、繋いでもらって、たんだけ、ど……この噴水がきれいで、ここにきて、しばらく水を見ててあそんでいたら……ママ、どこかに行っちゃって……ヒック……」

「あら、お母さんの手を繋いでいない時に、ここに来ちゃって迷子になってしまったのね? だったら、そう遠くないところに居るはずだけど、子供が居ないのに気付いて、もうどこかに移動したのかもしれないわね……」


 少年は泣きじゃくって、それ以上有用な情報を引き出せそうにない。

 とりあえず、騎士の格好は目立つからいずれ向こうから訊ねてくるだろうが、あまりにも時間がかかる可能性は高い。

 シェリーは思い悩む。

 まずはこの少年を連れて子供が行きそうな店を回りながら、近くの警備隊詰め所を目的地にする、と言った。

 それが一番手っ取り早い方法だと、彼女は行動に移した。


「大丈夫よ。これからお姉さん達が、貴方と一緒にお父さんとお母さんを見つけるわ。私達なら、それなりに目立つから直ぐに二人とも見つけられると思うから」


 シェリーは少年の頭を優しく撫でて、今彼女自身にできる最高の笑顔を見せた。


「だから、泣いてはダメよ。お父さんもお母さんも、今の貴方をみたらとても心配するわ。男の子は元気よく、笑顔で。ね?」

「……う、うん。ぼ、僕、もう、大丈夫、です」


 少年はシェリーの顔を見ながら、目元を袖でぐしぐしと拭いて泣き止む。まだ、彼が笑みを見せるのは難しい。


「ふふっ、男の子はそうでなくちゃ。……あ、お名前はなんていうのかしら?」

「えと……ティールっていいます!」


 少年―――ティールは、二度は涙を見せまい、と力強く返事をした。

 この成り行きを後ろから見ていたゼスは鮮やかなものだな、と素直な感想を抱いた。


「じゃあ、ティール君。私がお母さんの代わりに手を引くけれど、歩ける?」

「うん」

「しっかり掴まっててね。……じゃあ、ゼスは身長が高いから、もし子供を探している風な男女二人を見つけたら、知らせて」


 シェリーはティールの手を握り、ゼスに顔を向ける。

 それをゼスは首を振らず、逆にその意見に異を唱える。


「だが、この人だかりではその判断は難しい。子供を探している風な男女二人組はそれこそ沢山居そうだからな。その子供だけが今迷っているとも限らん」

「それもそうね……。ご両親は子供を心配して、その姿を目で追いかけているかと思うし、ちょっとしたことで見逃してしまいそうね……」


 それは二人が考えていた懸念だった。

 しかもティールは身長が低く、大人が大勢行き交うところでは死角が多いも等しい。親子気づかずに入れ違う可能性も高い。ゼスはティールの両親がどんな人相かも知らない。

 ただ、子供を探している親を探せ、というのもいくらなんでも無理な話だった。

 何か良い案はないのかしら、とシェリーが様々な案を呟いていると、ゼスはティールのそばに近寄っていた。


「……少し、子供を借りるぞ」

「……え?」


 シェリーが気づいた時には、ゼスはティールの背後に回って、彼の両脇下に手を差し入れた。そして、そのまま身体ごと持ち上げる。


「う、うわぁっ!?」

「ちょ、ちょっと一体何を!」


 ティールが先ほど怖いと思っていたゼスに突然持ち上げられた為、再び恐怖心が生まれる。

 それを察知したシェリーが慌てて止めようとするが、彼は気にせずティールを頭上まで抱えてその両脚を自らの首に跨がせる。そして、そのまま自身の肩に担いだ。

 その姿は、まるで歳離れた兄が弟を肩車しているような、見るからに微笑ましい光景だった。


「うわぁ……。まるで、高いところから見下ろしているみたいだよ!」


 ティールが初めて見る、大勢の人々より高い光景に嬉しそうな表情で首を巡らせる。

 ゼスの長身故に、ティールの姿は他の人間から見ても目立つ。そして、ティール自身も彼らの顔が良く見える高さだ。


「なんだかんだ言えば、子供と親がお互いの姿を認めるのが一番だ。ならば、こうした方が効率的だろう?」


 ゼスの言葉は実に単純明快だった。

 背の低い子供を肩車などすれば、高いところから親の姿を探せる事は勿論、両親も見つけやすくなる。


「……そうね。なら、私がどのお店に行くか決めるわ。アンタはこの通りに来た事無いだろうし、どこに行くか分からないでしょう?」

「ああ、頼むな」

「アンタはティール君の事、よろしく頼むわね」


 コクリ、とシェリーの言葉に頷くゼス。

 シェリーが先頭に立って、一行は噴水広場から後にする。

 まず向かう先は、子供が好きそうな玩具専門店である。

 道中、辺りを興味深そうに見まわしていたティールが、股下のゼスに声をかけた。


「凄いよ、お兄ちゃん! まるで僕がみんなより背が高いみたい!」

「そうだな」


 素っ気ない返答を返すゼスだったが、子供のティールは気にも留めずに言葉を続ける。


「お姉ちゃんは優しいけど、お兄ちゃんはカッコいい!」

「……そうか?」


 ゼスのこの言葉の意図は自分の事ではなく、シェリーの事での疑問だったのだが、ティールは前者の意味で捉えたようだ。


「ねぇねぇ、どうやったらそんなに背が高くてカッコよくなれる? やっぱり、騎士さんだから?」


 好奇心の目で質問攻めをするティール。

 ゼスはそれに対して僅かに言葉を途切れさせたが、やがて独白のような口調で口を開いた。


「……ただひたすらに鍛えた、強くなる為に。それこそ、死に物狂いで。毎日、一日も欠かさずに強くなる為の努力をした。一時間たりとも休んだ事が無く、また一時間たりとも身体を酷使した事は無いな。ただ、自分の身体を確実に知る事と、効率的な鍛え方と考え方を身に付けただけだ」


 まるでそれは遠き過去の吐露。自分が歩んできた道程を見つめ直す反省文。ティールの質問に返す言葉が、偶然これだっただけ。

 ティールはその答えに可愛らしく首を傾げるだけだったが、シェリーは偶然それを聞き逃してはいなかった。彼女は興味があるように目線をゼスに向けていたが、話を聞き終えると表情を伏せた。


「えぇ~~と……。つまり、強くなって、騎士さんになれば僕もそんなふうになれる?」


 流石にゼスの難しい言い回しに理解できなかったティールは、実に簡単な答えを導いた。

 先に歩いているシェリーが振り返り、人差し指を立ててティールを見上げる。


「ダメよティール君。このただの強くなる事にこだわるだけの大馬鹿のお兄さんのようになっちゃ。強くなるだけじゃなくって、皆の笑顔を守れる優しさも持ち合わせないと」

「へぇ~、そうなんだ!」


 ティールはシェリーの言葉にいたく感心したようだった。

 ふん、と彼女を一瞥するゼスは全く感情の変化などは無い。


「大馬鹿で悪かったな……。だが、最初は食事に気を付けると良い。食事は栄養素を補給する機会だからな。身体の機能を低下させる栄養素の補給など、以ての外だ」

「あ……うん、分かった!」


 ティールはこれには理解が早く、輝く笑顔で首肯した。

 だが、ゼスは今パンの一つも買えない貧乏であり、栄養素の良し悪しを語れる状態ではない。彼曰く、金があったのは昔の事だった。


 ティールを肩車するゼス、そして彼らを先導するシェリーは主に子供が行きそうなお店を中心に歩きまわる。

 店の商品に興味を示し、手で触って弄ぶティールの世話をするシェリー。ゼスはティールの行きたい場所に従って移動するだけの役割。

 真新しい商品に触れ、驚き、たのしみ。中には気さくな店主が彼らのその楽しげな姿を兄妹弟、若しくは家族として見てからかった程だ。

 そうして、彼らは親捜しがてら、様々な店へと渡り歩いていった。


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