2-4「同じ穴の狢」
シェリーの雰囲気に気圧されて、アサラムがゼスの耳元に口を寄せた。
「なぁ。シェリーっていうお嬢様、普段からあんな感じなのか?」
「……二重人格と間違えるほどの、ボクお嬢様騎士のようで。見ていて飽きん女だな」
「成程ナルホド。ははっ、こりゃ確かに面白いお嬢様だぜ! 流石はアイオライト家のご息女ってことだけはある!」
「笑い事じゃないですよ!」
ばっ、と顔を上げたシェリーは怒気混じりの声で遮って、立ち上がる。
もう一度小隊長の席の前に移動し、両手を机上に乗せた。
「とにかく、この面々では騎士団部隊として、任務遂行に支障を来しかねません。小隊長の進言で、こちらに何人か転属してもらえないでしょうか?」
「あ、それ無理。俺、上層部に嫌われてるし」
ハッキリ、と物凄い事を言ってのけたアサラム。
それにシェリーが再び驚く事になるのも、もう予想された反応だった。
「な、なんですってぇえええええ!? それはどういうことなのですか!」
「大声出すなよ頭痛ぇ。……なんつーかな、お前らも感じていると思うけど、俺はこんな風貌でしかもこんな態度じゃん? なんで騎士になったのか判らん、と当時の同僚の騎士達は評価してる。あ、勘違いすんなよ? これでも上騎士、ちゃんと昇格するほどの戦績は出している。俺ぁ優秀なんだぞ?」
ははっ、と笑うアサラムから出す息に当てられ、僅かにシェリーが身を引いた。鼻を摘まんで、空いた手で面前を振る。
「うっ、通りで酒臭いと思ったら。小隊長、昨夜は随分飲んでいたんですね。その頭痛いは二日酔い、というものでは?」
「あ、バレた?」
悪気も反省も無く軽い調子で笑うアサラムに、ゼスは確かにこれは上層部に嫌われるな、と納得して溜め息を吐いた。
「よくそんなので、上騎士どころか、騎士をクビにならなかったものだな……あやかりたいものだな」
「ちょ、ゼス! アンタ、それはいくらなんでも失礼よ!」
これでも上官なんだから、とシェリーは強めの口調でゼスに怒鳴る。
「いくらなんでも、とかこれでも上官、と言うシェリーも相当だと思うぞ?」
アサラムの呆れたツッコミが呟かれる。
自分の失言に気付いたシェリーは、失礼しましたと慌てて詫びる。流石の予想外の事態の連続に、彼女は本性をさらけ出し始めてしまったようだ。
ま、その通りだから気にせんが、とアサラムは答えて話を続けた。
「ま、本当の無能者なら騎士にすらなれんだろうが。俺は上騎士になれるほどの戦績を収めた。中には陛下から勲章を賜わった経験もある。だが上層部は、そんな軟弱者が陛下に重宝されるなど気に入らないわけだ。所謂嫉妬ってやつだなぁ。それで、俺が上騎士の地位になった瞬間、半ば強引にこの新設部隊の小隊長の任を就いた、っつーわけよ」
まるで他人事のように流暢に自分の過去を話すアサラムに、それほど過去は気にしていない雰囲気が感じられた。しかも自分を嫉妬している上層部の事も、何とも思っていないようだった。
「要するに、そのまま主力の部隊に居て手柄を立てさせるより、士官であるという名目で主要任務から程遠いここに押し込めた、という生殺し状態というわけだな」
ゼスの要約に、相変わらずの調子で肯定するアサラム。
手柄を実際立てている為、騎士を辞めさせる事は出来ない。ならば、その手柄を利用して昇格させてから、それを口実に態々新設部隊を作って小隊長とさせる。流石に隊員が居ないのは拙いから、とりわけ問題な騎士を配属させて、普通の騎士は入れさせない。
成程、よくやった事だ、とゼスは思った。
第十七小隊は上官が不真面目、隊員は少なすぎて任務をまともにこなす事が難しい、という劣悪環境ということだろう。これでは上層部の思惑通り、ここで功績を成す事は難しいだろう。
「ま、俺はそれでラッキーとは思っているぜ。上騎士だからヘタをしなければ給料良いし、派手な任務も来ないから思う存分にサボれる。お前らという部下も出来たが本当に新人騎士か、と思う程心配なさそうだし俺が出来る事は殆ど無い。これってつまりは、したい放題ってことだぜいやっほーい!」
まさにアサラムにとってはこの上ない天国の環境なのだろう。嬉しさ満点で、バンザイまでするほどだ。
だが、彼とは違う人柄を持つ人物は、ここはまさに地獄そのものに感じたに違いない。
「ま、待ってください! か、仮にその話が本当でアサラム小隊長がここの上官だという事にしましょう。それは判ります。で、ですが、どうして将来を期待される我々新人騎士が、その部隊に所属することになるんですか?」
シェリーは訳が分からない、といった表情で訊ねていた。
「こっちのゼスは判りますよ? 戦闘と戦術の腕だけは良くて、女性の機微に気付かない阿呆で無表情で協調性が無い、挙句女性の着替えを堂々と覗いて痴漢を働く変態男で、騎士にあるまじき大問題児ですから、ここに配属されることになった理由は理解できます。ですが何故、戦闘も礼儀作法も協調性も魔働術の腕も完璧で、美しくしなやかな淑女で、登用試験も全ての成績が飛び抜けて優秀、まさに騎士の鑑と称賛される私が、この男と同じ部隊に配属されるのか、一遍も理解できません! 一体この私のどこが問題だというのでしょうか!?」
口調は丁寧でも、所々に強い語気がやたらと長ったらしい弁解に含まれたシェリーに、若干アサラムは引いてしまう。
あえて言うならその高慢ちきな態度だな、と思ったゼスだったが言葉には出さない。どうせその本性は自分以外には隠して、周りにはおしとやかに振舞っているのだから。
アサラムは一旦何かを思考した後、机から徐に煙草を取り出し、極小の火の魔働術を使用してそれをふかした。
「ああ……まぁ、言いたい事は分かった。……あ~、お前自身に特に問題は無い。むしろ資料では称賛する声が多いようだぜ。お前の実力ならどの隊でもおろか、実践で実績を上げれば近衛隊からスカウトが来るぐらい、だってさ」
「だったら、何故なんです!?」
「……あ~、これは俺の推測なんだが、お前がここに配属する事になった理由。恐らく、家の事だと思うんだわ」
彼にしては珍しく、軽い調子は形を潜め、難しそうな表情をして語った。
家が理由と言われて、シェリーは心底驚いた様子だった。
「我が家の?」
「ああ。お前の生家、アイオライト家は代々騎士を輩出する最も古い家系であり、古から王族に仕える大貴族の一つだ。その血筋もあって、戦闘力と魔力は並みはずれて高く、優秀な騎士部隊を率いてきた過去を持つ。誰もが認める騎士家系。だが、騎士は代々男子がその任を受け、女子は普通に淑女として生活するのが普通のはずだ」
アサラムは語りながら資料を漁り、その中から一つの紙切れを見つけて続ける。
「大方お前は、親父さんの反対を押し切って自分の実力で騎士団に入ったようだが……。しかし後になって、国家の中枢である大貴族から、しかも嫁入り前の娘に何かあってはと騎士団上層部の責任問題は免れん筈だと理解する。まぁ恐らくは、親父さん辺りが手を回して、娘を危険度が低い部隊に配属させてくれ、とか言ったんだろうさ」
それを聞いたシェリーは、まさかそんな、と今まで以上の驚きを見せていた。
「父上が……。いえ、それなら辻褄が合います。確かに父は私の騎士団入りを終始渋っておられたし、父ほどの権力なら騎士団に何らかの干渉が出来ても不思議ではありません。……そうよ、この完璧な私が窓際部隊に配属されるなんて、おかしいと思っていたけど、父上が絡んでいるなら……」
ブツブツとシェリーが呟く姿は、事情を知らない者から見れば不審者極まりない。
次第に彼女は顔面を両手で覆った。
「……ア――――――ッ、もう! 父上は何を考えているのよ! これじゃあ、まともな戦績なんて収められる訳無いわ! はっ、まさかそれで私を呼び戻す口実を作ろうってことじゃ……!?」
流石に怒りのメーターが振り切って余裕が無くなったのか、お淑やかな仮面は剥がれ、本性が露わになるシェリー。彼女の表情は、既にゼスと戦ったあの凛とした眼差しを放っている。
横目で見ていたゼスは、やはり彼女はこうでなくてはならないな、と改めて自らの評価を思い出していた。
シェリーの激変に、流石に端々に垣間見ていたアサラムは既に驚く事無く、再び軽い調子で笑って見せる。
「はははははっ。まぁ、そう怒りなさんなよ。お前の親父さんも、お前の事を大切に思っての行動なんだぜ。感謝されこそすれ、恨み事を言うのは親父さんに失礼ってもんだろうが?」
「そ、それはそうですけれど……。このままでは、私は騎士団を辞めさせられて、あの家に帰されるかもしれないのよ……」
今回、何回目かの深い溜め息を吐き、何とか怒りを吐き出して落ち着こうとする。
そこに、ゼスがぼそっと、今回起こった事態の結論を思った事で呟いた。
「上官は不真面目で、しかし辞めさせるのも面倒だから生殺し状態で新設部隊に押し込められ、俺は素性も知れない戦闘だけが取り柄の戦士で、将来が面倒だからここに押し付けられ、同僚は大貴族で問題が起こったら重大な責任を取らされて、扱いが面倒だからここに任せられ」
淡々とつぶやき、しきりにうなずくゼス。
「成程、厄介な人間は厄介な部隊に、まさに俺たちは同じ穴の狢、という奴だな」
「私をアンタなんかと一緒に扱わないでよ!」
聞き捨てならない、とシェリーが怒鳴ってツッコミを入れた。そこにアサラムを入れなかったのは、彼女なりの目上に対する扱いらしい。
ゼスはそれを冷たく顔を逸らして受け流す。
その光景に、何が面白かったのか豪快に笑うアサラム。
「な、何が可笑しいんですか小隊長?」
その反応に、また何か変な事を聞かれたかとシェリーは頬を赤らめて、つい少し強めで問いただしてしまう。
対してアサラムはくっくっく、とわらいながら。
「いや、気にすんなよ。面白くて頭がまた痛ぇくらいだ。お前ら、出会ってから日も短いと思っていたが、中々良いペアになるんじゃねぇか?」
「なっ……よ、よしてください小隊長。わ、私がこんな変態男と上手く行くなんて天と地がひっくり返っても有り得ませんから!」
「少なくとも、ボクお嬢様に俺の代わりが務まるとは思えん。所詮俺は、同格だと思っていないしな」
「……アンタねぇ。それをまた言うのかしら! 本当にアンタってサイテーよね!」
「高慢ちきで上から物を見たがる。弱い犬ほどよく吠える。だから俺を越えられんのだな」
「な、なんですってぇええええ!?」
二人の悪口の応酬に収まりがきかなくなって来る、その時になろうとした状況に。
「んじゃぁ、そんな優秀な二人はしっかりしてるから、俺は現場の指揮をしないつもりなんで勝手にヨロシクゥ!」
煙草を吹かして背もたれに身体を預ける中年男は、さらなる爆薬を投じた。
「「……は?」」
「ああ、仕事も基本お前たちに任せる。取ってくるのも、報告も自分たちでしろ。俺は最低限の助言とこちらに回って来た任務通達しかせん。面倒くさいし」
「「……」」
机に足を下品に乗せるアサラムは遂には鼻歌を歌いだす。
この不真面目な上司が率いる小隊へ配属された新人従騎士二人から何を説得しても、相手が聞く耳を持ってくれる事はなかった。
:シェリーがパーティに加入しました。ゼスは「変態男」の称号を得た。シェリーは「ボクお嬢様」の称号を得た。
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