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対なる剣~光と闇の狭間で何を見るか?~  作者: 蒼雷のユウ
第二章 「第十七小隊」
10/43

2-3「不精な騎士」

 ―――同日9時―――


 第十七小隊会議室。

 ひと悶着あったものの、どうにか落ち着いて着替え終えたゼスとシェリーは共にその扉を開き、中に踏み入れた。


「……従騎士、ゼス。只今参上した」

「同じく従騎士、シェリー・アイオライト=ブランシェ。着任報告の為、出頭いたしました!」


 ゼスは変わらない口調で、シェリーは凛とハッキリとした口調で挨拶をして、敬礼する。

 しかし、彼らの先でこの会議室の議長席に座る、ここの小隊長からの返事は来ない。

 いや、それどころか、




「………ぐぐぐ……ぐぅううううう……」




 机に突っ伏していびきをかいて、爆睡していた。

 出端をくじかれた形で、冷や汗を流すシェリー。

 まさか肝心の着任挨拶の時に小隊長が昼寝をしていようとは、露とも思わなかったのだろう。


「ま、まぁ……。騎士は昼夜問わず忙しい方だから、昼寝をするのも無理ない事だけれど。指定日時にギリギリよね?」


 苦笑いのシェリーが取りだした銀時計を見ながら、ゼスに確認を取る。


「ああ。俺の辞令書にもそう書いてあるな。丁度時間だ、間違いない」

「そうね、私も同じだわ……。普通なら、私たちが遅れたとか、来るまで昼寝をしているなら気持ちはわかるけど……」


 よもや、小隊長は自分たちが来ることも忘れて、ここでずっと寝ていたわけでもあるまい。きっと寝不足で寝てしまったのだろう。

 シェリーが軽い咳払いをし、銀時計をポケットに仕舞って歩き出す。


「とりあえず、お休みのところで悪いけれど、着任報告と何か任務がないか確かめるくらいはしないと。流石に指定日時を過ぎてまで寝かせておくわけにもいかないわ」


 会議テーブルを迂回して、小隊長が眠る議長席に進むシェリー。

 ゼスも、彼女の後に続く。

 席の前に立った二人はうつ伏せになって眠る小隊長を見下ろした。


「ぐぅううううううう……ご、ごごごごごご……」


 全く起きる気配がない小隊長。

 このような公共部屋で堂々と眠り、二人の人間が傍にまで来たのに起きない彼は、騎士にして不用心過ぎる。

 シェリーは、手を伸ばして肩を揺する。


「小隊長、起きてください。着任報告しに参りました」

「がぁあああああ……ぐぅううううううう……」


 優しく軽く揺すったのは流石に効果が無かったらしく、相手は目を覚ます気配がない。

 今度は加減なしで、激しく揺すった。


「起きてください。この第十七小隊に配属になりました、シェリーです。起きてください小隊長!」

「うぅ~ん……むにゃむにゃ……あと五分、な……」


 大声で呼びかけてみたのにシェリーの奮闘叶わず、小隊長は起きない。


「あと五分寝かせろという言葉はどこの寝坊主人公か」


 流石に小隊長という目上の騎士相手に、そこまで乱暴な起こし方をするわけにはいかない。

 シェリーは困り顔でどうしたものかしら、と呟いている。

 そこでゼスが、名案を閃いたように拳を叩いた。


「……そういえば、前に読んだ雑誌でどんな寝坊をする男でも、一瞬で目を覚まさせる方法がある、と見た事があるな」

「え、そうなの? だったら、早くそれで小隊長を起こしてよ」


 シェリーが促すが、ゼスは彼女に今度は視線を向けた。その視線はまるで適任が他にいる、と語っているかのよう。

 その不穏な空気に、一瞬シェリーがたじろぐ。


「な、何よ……?」

「……いや。その方法は俺では無理でな。“女”が寝坊する男に呼びかける方法なものだから、そうする対象は女性に限定される」

「つまり、私がやれってこと?」


 そういうことだな、とゼスは断言した。

 シェリーは一瞬眉をピクリとしたが、直ぐにまた溜め息を吐くと仕方なさそうに、分かったわ、と答えた。


「全く、アンタは相変わらずの戦闘だけが取り柄のダメ男ね。完璧超人であるこの私が仕方なく、その方法で小隊長を起こしてあげるわ。感謝することね。……それで、どんな言葉で呼びかければ良いの?」


 腕を組んでふんぞり返るシェリーは頬を染めつつ、ゼスにその方法の詳細をたずねる。

 彼女の態度に全く表情を変えなかったゼスは、雑誌で見た内容そのままを彼女に言ってきかせた。

 うんうん、と頷いて理解していくシェリーだったが、次第にその顔は驚愕したものとなり、さらに時間が経つとまるで赤リンゴのように深紅に染まっていく。

 全て聞き終えたシェリーはゼスから素早く身を離し、未だ紅潮した頬で睨みつけた。


「バッ……! バッカじゃないのアンタ!? ボク……わ、私が、そんな恥ずかしい事、できるわけないでしょ! ア、アンタ……やっぱり本当に変態だったのね! バカ! エッチ!」


 これでもか、という程に吠える。

 ゼスにとっては全く効果がないが。


「それについては全く身に覚えがないが、効果は確かだと期待している。あの言葉を聞いた男は、瞬く間に起きた、と雑誌に書いてあったからな」

「い、いいいい、一体それで起きる男がいる、という状況の雑誌ってどういう雑誌を読んでいたのよ!」

「知らん。道端に落ちていたのを拾って、暇つぶしに読んでいた雑誌だったからな」


 赤くして怒るシェリーと、ぷいっと我関せずと受け流すゼス。

 彼は面倒な事だと言いたげに、肩をすくめて続けた。


「別に嫌ならやらなくても良い。その時は小隊長殿の言う通り、五分経って自然に起きるまで、俺たちは椅子に座って休ませてもらうだけさ」


 会議テーブルまで戻り、椅子を引いてドカッと座る。

 真っ赤に染まったまま睨み続けるシェリーだったが、このままでは先に進まないと思ったらしく、今まで以上に深い深い溜め息を吐いた。


「わ、分かったわ……! やれば良いんでしょうやれば! わ、私にできないことなんて、な、ないわ! このままだと仕事もできないし……」


 ヤケクソ気味に大声をあげて了承する。

 ではよろしく頼むな、とゼスは興味がなさそうに言い返した。

 シェリーは忌々しそうに彼を睨んでから、やがて深呼吸し始める。

 そして腰を屈め左耳にかかった長い髪を指でとかし、口元を未だ寝ている小隊長の耳元に近付けて、その桃色の瑞々しい唇を動かした。


「……ね、ねぇダーリン。昨夜はお楽しみだったとはいえ、何時までも寝ては男として情けないですよ? さぁ、早く目を覚まさないとその印を―――」

「―――ふわぁあああ……。今、起きるに決まってるだろぉ」


 唐突に小隊長が起き上がり、シェリーは驚いてとっさに顔を上げた。

 起き上がった体躯は中肉中背、三十台半ばの男だった。寝癖がついたボサボサ像牙色の髪、無精髭を生やしているが決して不健康な体格はしていない。その上に騎士制服、そして胸にある階級は士官クラスの上騎士を示す。騎士としての能力はありそうだが、まず目についたのは彼の不真面目そうな態度であった。

 流石のゼスも、この男が騎士たちを指揮する上官なのか、と疑問に思う程だった。


「―――……まさか本当に直ぐ起きるとはな」と、ゼスはボソッと呟いた。

「くぁああああ……よく寝たぜぇ。よっこらせっと……」


 弛緩した筋肉を再起動させるように背伸びをして欠伸する小隊長。彼は一番先に近くにいたシェリーを視界に入れた。


「んん? 誰だお前は? 騎士服を着ているみてぇだが……あれか、騎士プレイか?」

「騎士ごっこではなく、こちらに配属されることになった従騎士のシェリーです! 辞令に従い、指定日時に会議室に出頭致しました!」


 眉をピクリとさせながら、生真面目にシェリーは敬礼する。

 小隊長は彼女の顔を寝ぼけ眼で見つめながら、欠伸を噛み殺す。


「あぁ、成程ねぇ……。で、シェリーとやら、歳は?」

「……は?」

「だから、歳は? 幾つだ?」

「じゅ、十七ですが……」

「なんだ、全然守備範囲外だな。あんな言葉をかけておいて本気にさせるなよ。全く拍子抜けだぜ」

「一体何を言いたいのか全く判りませんが、あの言葉は小隊長殿を起こすための方便ですからお気になさらずに!」


 頬を赤く染めて起立のまま応える。

 そんなシェリーを見ながら頭をかく小隊長は、続けて席から立ち上がったゼスに気付いた。


「んで? そちらの奴は何者だ?」

「ゼス。今日からこちらの小隊に配属されることになった従騎士です。よろしく頼みます」


 慇懃に一礼するゼス。

 小隊長はふぅん、と気にした様子も見せず、また頭をかきながら机の隅に置いてあった資料を手に取った。


「んぁ~~……。そういや、昨日資料が送られてきてたか……。確かシェリーとゼスって奴の名前があった……ような気がする」


 資料の束を漁り、目当てのものを探す小隊長。

 紙束は全て見新しく、殆ど目に通していない事が分かる。どうやら、彼は殆ど職務に対して誠実に応じていないようだった。

 やがて、小隊長がお目当ての資料を見つける。


「ああ、こいつか……。確かに新しい従騎士がこっちに所属するみてぇだなぁ。名前も同じみてぇだし。ってことは、お前らで間違いねぇだろ」


 小隊長があぁ面倒くせぇ、と幾度目の頭をかいて一列に並んだゼスとシェリーを視界に収めた。


「つっても、こいつばかりはちゃんとやらねぇと。……んまぁ、とりあえず、ようこそ第十七小隊へ。俺はアサラム・ルース。ここの小隊長だ」


 シェリーが直立不動で敬礼をし、それに倣ってゼスも同じ姿勢を見せた。

 アサラム小隊長は資料を手に取って見ながら、頬杖をついた。


「で、お前らの来歴を今見ているわけだが……。シェリーはあのアイオライト家の娘さんか。かの騎士家系の息女がここに来るとは、皮肉なものだが……」


 アサラムの言葉に、シェリーは怪訝に思った。


「……え? それはどういうことでしょうか?」


 しかし、アサラムはそれには答えず、続けてゼスの履歴書を見る。


「で、ゼス……。お前は外国の出身でここに来るまで傭兵稼業をし、各地を放浪としていたようだが、それ以前の境遇、出身地、挙句ファミリーネームなどが一切不明、と。しかし、卓越した戦闘能力を買われて騎士団に入団、か。……ククク、お前みたいな奴がまさに、ここ向けの人材だなぁ?」

「……」


 彼が見せる悪辣そうな笑いに、ゼスはただ黙って見返すだけだった。

 そういう事か、とその時ゼスは悟ったのである。何故あの受付嬢が、あんな同情の視線を送ったのか、その理由を正確に理解してしまったのだ。

 そんな二人を余所に、シェリーは未だ事実を認識できていないようで、両者を見比べていた。

 訝しみながらも、彼女はアサラムに顔を向ける。


「ところで、アサラム小隊長。他の従騎士の方達はどちらに?」

「……あ? そんな奴ら居ねぇよ」


 キッパリと断言された。

 流石に目をパチクリとさせたシェリーは、慌ててその言葉の意味をくみ取った発言をする。


「あ、ああ! 先輩騎士達は今、任務で外出されているのですね。それで今居ないと表現を―――」

「だから、最初から居ねぇよ、お前らの先輩は」

「じ、じゃあ……私達以外の新人騎士は?」

「お前らしかここには来ねぇ。他の新人二人は別の部隊に行ってんだろ?」


 少なくとも届けられた資料にはお前らの名前しかない、と持っていた紙切れをヒラヒラと揺らした。

 流石に言葉を失ったシェリーは、呆然とした様子だ。

 さらにアサラムは追撃の言葉を放った。


「その様子だと聞いてねぇのか? 第十七小隊は新設部隊だ。つまり出来立てほやほや。俺を小隊長に、今回初の新人従騎士が二人入った。それが、ココってわけだ」

「……??」


 シェリーは混乱のあまり、アサラムの説明を理解できていないらしい。もしくは理解したくないのか。

 これは単刀直入に言った方が得策だ、とゼスは補足説明を入れる。


「……つまり、新設部隊で大して実績を上げられそうにないと思われた先輩騎士達から人気も無く、期待の新人を二人入れてこれから三人だけで、第十七小隊初陣をお披露目しよう、ということだろうな。アサラム小隊長殿」

「その通りだ! いやぁ、優秀な部下を持って俺は幸せ者だぜぇ!」


 豪快に笑うアサラム小隊長。

 そこに、ゼスの言葉の意味を理解して固まっていたシェリーが、バンッと机を両手で叩いた。


「ちょ……と。どういうことなんですか!?」


 もう聞きなれたゼスは気にした様子もないが、初めて聞く淑女の大声にアサラムは結構驚いた様子だった。


「おおっと!? ……ど、どうもこうもなく、ウチはそういう部隊だ。俺以外に部隊内の騎士はお前ら二人だけっつーという事だよ。ま、少人数精鋭部隊ってところかねぇ?」

「ところかねぇ、じゃないですよ小隊長! それってつまり、この第十七小隊って、先輩騎士も居ない、まともじゃない窓際部隊ってことじゃないですか!?」

「ま、そんなところだ。まぁ、良いじゃねぇか。新人いびりをする嫌味な先輩や階級重視の堅苦しい先輩も居ないっつーのは、気楽でいいぞぉ?」


 軽い口調でニヤリと笑うアサラムだったが、シェリーは大変ショックを受けたらしく、力なく机から離れる。

 毎度の事ながら彼女の感情起伏は激しすぎるな、とゼスは一瞥(いちべつ)した。


「どういうことなのよ……。な、なんで完璧超人である私が、こんな戦闘だけが取り柄の変態男と、明らかに騎士っぽくない上官と三人だけの部隊に配属されることのなるのよぉ……」


 終いには、顔を青ざめ膝を折って頭を抱えてしまう。まるでこの世に絶望したかのような、将来をとても見出せない雰囲気そのものだった。


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