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農園の少年達

「おせえよ、誠も正も。採卵は済んだし掃除も終わった。餌と水をやっといてくれよな。ロードワークに出るついでに肥料籠は梨棚に戻しておく。ジェリーとホリーの餌も頼むぞ」

 先に着いて鶏舎の世話をしていた雄一郎が二人に言った。ここに来る途中一緒になった誠と正は、互いに両親の理解のなさをボヤキながら自転車をこいでいたため、普段より到着に時間がかかってしまったのだ。それを雄一郎に詫びる。

「悪い、後はやっとく。なあ、雄んとこは進路の話でうるさく言われねえのか?」

 ログハウスに向かって歩き出そうとする雄一郎の背中に誠が声を掛けた。

「うちは俺の進路なんかより、親父の出世の方が大事らしいからな。進学校に行かせたくっても俺の成績じゃあ、そうも行かねえだろうし。適当にどっかに潜り込ませればいいって思ってるんじゃねえかな」

「いいよなあ、勤め人の息子は。俺も誠も長男だから、中ノ原農林以外ないって思われてるんだぜ」

「いいじゃねえか、農家の息子なんだから中ノ原農林で。あ、誠は中南工業に行きたいんだっけ?」

「うん、自動車科を卒業すれば整備士試験が実技免除になるんだってカジさんが言ってた。俺達は小学生の頃から梨やらぶどうやらばかり相手にしてんだぜ。もう飽きたよ、農業は」

 頑張って憮然とした表情を作ってみるが、誠の童顔は、むずがる赤ん坊程度にしか見えない。正が応じる。

「俺もだ、別にGP(グランプリ)ライダーになれるとは思ってないけど、俺が人に自慢出来ることっていえばモトクロスしかないんだもん。中ノ原農林に行くのはいいけど、その先まで親の都合で決められちゃあかなわねえよ。俺達の両親は芸術家の芽を摘もうとしてることに気づいてないんだ」

 一重瞼の細い目に抗議の色を滲ませて正が主張する。

 芸術家の域までまだ道のりは長いぞ。雄一郎は気の早い心配をする正にそう言ってやろうとしたが、思い直して自身の決意を語る。

「俺はこれがダメだったら農園を継ぐって訳には行かないからな、必死なんだよ。だからつまんねえロードワークもロープも言われた通りやってる。もっとつまんねえものにはなりたくないんだ。走ってくる、また昼にな。買い出しは正だっけ? 俺はいつものヤツな」

 雄一郎は父親の顔を想い浮かべていた。見送っていた二人も、思い出したように作業にかかった。


 ハンバーガーを頬張りながらのランチタイムは、朝の続きとなった。

「でも、中ノ原農林なら山田や永田は来ないだろうな。あいつらきっと街の高校へ行くんだろ? 例の中山先輩も居るし」

 井之口市の高校へ進学したものの、すぐ退学して暴走族に入り、不良連中が憧れの的のように語るOBの名前が話題に上った。

「あいつらって言えばさあ、尚人のヤツ、終業式ん時もからまれてたぜ。正は尚人と小学校も一緒だったんだろ? 仲良かったんじゃないのか」

「尚人は女の子にもてるからな、やっかみもあるんじゃねえのか? 尚人も尚人で適当に調子合わせておけばいいのに、ムキになってつっかかるからいけねんだよ。じいさんが市長だったからって、お前が偉い訳じゃないだろう。女の子と付き合いたいなら俺に頼まないで自分で言えよって山田に言ってた。山田が怒るのはともかく、永田も一緒んなって顔、真っ赤にしてたな」

「腰ぎんちゃくっていうんだぜ、そうゆうの」

 誠がしたり顔で言った。

「じゃあ、正ならそうするのか? 俺は嫌だぜ、脅かされて仲間に入るのも、山田なんかに女の子を紹介するのも」

 正と誠の会話に雄一郎が割って入る。

「俺だって嫌だけどさ。ああ毎日毎日からんでこられたら、面倒じゃん。そりゃあ雄はいいさ、ボクシング習ってんだから。いざとなったらあいつらの三人や四人、ちょいちょいってやっつけちゃえるだろうし」

 言い返す正に、雄一郎は諭すように言った。

「ボクシングは喧嘩の道具じゃない、そうカジさんに約束したんだ。最初のうちはバレなきゃわかんないだろうから万引きの罪を被せられた礼ぐらいはしとこうかと思ったけどな。弱いもんいじめになるじゃん。ジュンさはそうゆうの一番嫌うだろう。あの二人に見離される方が俺は嫌だ。正がそこのコースで奴等とレースして勝っても嬉しくないんじゃねえか? それと同じだよ」

「そう言われてみればそうだな。相手にしなきゃいい話か」

「そうそう、卒業まで後たった半年だ。馬鹿はほっとけ。俺も山田に言われた。お前らバイクに乗ってるそうじゃねえか、自分等だけおいしい思いしてねえで連れてけよ。ってな」

「連れてくんのか? あんな連中を」

 不安そうに訊き返す正と誠に雄一郎は胸を張って答える。

「連れてくる訳ねえじゃん。人違いだってしらばっくれたよ。あいつ、天体クラブの望遠鏡で屋上から見てやがったみたいだな」

「ここは俺達の秘密基地だもんな」

「そうそう、ベガ農園丸の乗組員は俺達だけで充分だ」

「あいさー」

  三人はハイタッチで結束の固さを確認する。

「さっ、筋トレだ」

「おう」

 天井から吊り下げられた鉄棒で懸垂を、巾木の上辺りに打ち付けられたパイプに足をかけ腹筋と背筋のトレーニングを三人は始めた。ここへ来た当初はひ弱にさえ見えた彼等の肉体は逞しく変貌を遂げていた。

「あのさ、雄」

 片手で腕立て伏せをする雄一郎に、隣で腹筋運動をしながら誠が訊ねる。

「なんだよ」

「山田に紹介するような女の子が居るなら俺にも頼むよ」

「居る訳ねえだろ、そんなの。例えばの話だよ。毎日ここに来てて、そんな暇あるかよ」

 息を切らしながらも誠の真剣さに雄一郎は笑みをこぼす。

「だよな。そうか、そんならいいんだ」

 そろそろガールフレンドの一人も欲しくなる年頃の三人だった。


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