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斎藤の依頼

「待たせたな。で、話ってのはなんだ」

 二人は再びリビングのテーブルで向き合った。

「もう邪魔は入らないでしょうね」

 階段を登り切った汗も引いてないうちに落とし穴で被った土で、斎藤のワイシャツはまだらになっていた。

「おう、多分な。しかしお前、ひどい格好だな」

 全部あんたのせいじゃないか。そう言いたかったが、訪ねた目的を告げる前にまた邪魔が入るとかなわない。斎藤は話を急いだ。或るメーカーから依頼を受けた部品の図面が、発注元ライバル社の知るところとなった。同様の事件を解決した以前の手腕を見込んで、小野木とカジに調査を頼みたいという。

「リダアクションギア?ハイブリッド車のCVTか」

「二年離れてても分かりますか、さすがっす」

 斎藤が感心する。

「住新工業の依頼だろう。あそこはそれに力入れてたからな。そんなもん祐二にやらせておけばいいじゃねえか」

 小野木は大山興信所に一人残った加藤祐二の名前を持ち出す。

「そこまでカジさんに教わってない。浮気調査や身辺調査ならまだしも図面も読めないし、企業に身を置いた経験のない自分には無理だって祐さんはいったんすよ」

「じゃあ、カジさんが戻ったら伝えとく」

「社長はジュンさんも呼んで来いっていってたんす」

「やだよ、俺は。空の汚い街になんか誰が戻るもんか。それに俺が居なきゃここの面倒は誰が見るんだ。お前がやってくれんのか? この時期、果樹園の方は大した仕事はないが、鶏と犬はほっとけねえんだぞ。それにガキ――いや、あいつらの世話もしなきゃなんねえんだ」

「都会育ちの俺に農作業なんか出来る訳ないじゃないすか。カジさんだって勝手のわからないうちの会社の中では動きにくいでしょう。以前の事件もジュンさんが居たから早く解決したんだって社長がいってましたよ」

「会社ん中をカジさん連れ回しただけで俺は何もしちゃいねえよ。お前が俺の代わりをすればいい話じゃねえか。とにかく俺はやだっ! 辞めて二年も経ってんだぞ。人だって変わってるだろうが」

「この不景気ですからね、外から常務が来ただけですよ。後は経理と総務の女の子が一人づつ寿退社して、補充は派遣社員で賄ってます。顔ぶれは殆どジュンさんが居た頃もままっす」

 ああ、あの青二才か――いつだか社長室でふんぞり返ってた社長の息子の姿を思い出し、小野木は苦虫を噛み潰したような顔になる。

 ――だから、ちまちま手を動かしてナンボの仕事より株だよ。何も先物や外貨取引を勧めてる訳じゃないんだ。下請けの下請けになるうちじゃあインサイダー取引にもならない。情報をくれっていってるだけじゃないか――

 額に汗して働く尊さを否定したような北村裕之の物言いが小野木の勘にさわったのだ。

「とにかく俺は行かね。紗江子の生まれたこの町を離れたくねんだよ。それに街じゃあ冬の星座は見られない。俺はペテリギウスとリデルに挟まれた三連星にも祈り続けなきゃいけねえんだ」

「はあ? そんなもん、ここだって見られないでしょうに」

 ちっちっちといった感じで小野木は人差し指を振った。

「それが見られるんだな。ほれ、そのプラネタリウムで」

 部屋のまん中にポツンと置かれた消臭ポッドみたいな物を指差す。ははあ、このために天井も真っ黒にしてあるのか。最初にここへ入った時の疑問がひとつ解消された。しかし斎藤の頼みには頑として首を縦に振らない。あれだけ酷い目に合わされて、この返事か――斎藤は肩を落としていた。

「面白そうじゃないですか、以前みたいに小野木さんが社内を回ってチェックポイントを挙げて下されば後は私がやります。四日、いや三日間だけ手を貸して下さい。恩義のある社長さんの頼みなんでしょう」

 どこからか戻ったカジが玄関口に立っていた。

「そうだよ。何だかかっこいいじゃん、いってこいよジュンさも。畑も鶏も俺達に任せとけって。明後日から夏休みだし泊まり込みで面倒みてやるさあ。じいちゃんの代から農業を手伝ってんだ、俺達の方がジュンさより腕は確かだぜ」

 雑草引きを終え、着替えを始めた少年達も斎藤に助け舟を出す。モトクロス組の二人は胸に翼が描かれた派手なシャツを身に着けている。

「社長の頼みか……」

 紗江子の死で生きる目標を見失っていた小野木を叱咤し、充分な退職金を与えて送り出してくれた北村隆夫の顔が浮かんだ。しょうがねえな、恩返しのつもりで行くか。

「いっとくが、俺もカジさんもネット犯罪は人並み程度の知識しかない。ファイル共有ソフトやスパイウェアを駆使したものとなると、お手上げかも知んねえぞ。拡張子偽装も巧妙になってるみたいだしな。大昔みたいに図面は製図板で書いて金庫にしまっときゃいいんだよ。そうすればこんなことにはならねえんだ」

「拡張子偽装? 俺はそれすら初めて聞く言葉っす。来てくれるんすか?」

 斎藤の顔が輝いた。

「まあな、お前はもっと本を読め、新聞にも目を通せ」



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