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なんでも屋

「ええ、でも山田君がそう言ったと横山先生――あ、うちの生徒指導主事なんですが、彼がそう聞いたというんです」

 ベガ農園の母屋にあたるログハウスのリビングで間宮美代子が告げる。堅い手造りの椅子は座り心地が悪いのか、しきりと姿勢を変えている。中山頼みの計画を雄一郎に台無しにされた山田達が適当な話をでっちあげて学校に伝えたようだ。

「山田? じじいが元市長だかのか」

「そうです、よくご存じで」

 十数年前の贈賄事件と同時に紗江子のことが思い出され、小野木は涙がこぼれそうになったが、歯を食いしばって涙を堪える。

「あんたも知ってるだろう、あいつらがナイフなんか持つような連中じゃないってことは。万引きだって、その山田が仕組んだそうじゃねえか」

「勿論、私は鈴木君を信じています。だからご両親に話す前に、あなたのところへ来たんじゃないですか」

 小野木の潤んだ瞳と裏返りそうになる声に疑問を持ちつつも、美代子の語気は激しくなった。

「あいつらは?」

 小野木が隣に座るカジに訊ねた。

「台風上陸の予報が出てましたから、ロープ張りをしているはずです。呼びますか?」

「うん、確認はしとくべきじゃねえかな」

「そうですね、私も雄一郎の話を聞いておきたいです」


「ナイフを持ってきたのは、あの中山先輩ってヤツだよ。目の前で振り回すから、つい反射的に手が出ちゃったんだ。もうニ度としないよ、だから見捨てないでくれよ」

 カジは腕組みをしたまま、必死の訴えをする雄一郎を見つめて一言も語らない。

「月謝とってやってる正式なジムでもねえし、そんなんで見捨てるかバカ。ニ度とするんじゃねえぞ」

 小野木が見かねて助け舟を出した。

「えっ? 怒らねえの」

 並んで立つ三人が目を輝かす。

「ナイフなんぞ持ち出すガキの方が悪いに決まってらあ。お前を責める理由はねえだろう」

 自分の信じた少年達がナイフなど持つはずがない。信頼を確信に変えることが出来た小野木の顔は、口にする言葉より上機嫌に見えた。

「小野木さんのお気持はありがたいのですが、そうゆう訳には行きません。私が預かった雄一郎です、処遇も私に任せていただけませんか」

 しかし、やっと口を開いたカジはそれに同意する風でもないようだ。

「そうです、そうゆう問題ではありません。その中山君からの苦情はきてませんが、山田君と永田君の二人が、鈴木君がナイフを見せ暴力を振るったと言ってきているんですから。確たる証拠がないと私だって、このまま帰る訳にはまいりません」

「え、いや、カジさんがそうゆうなら、俺に異存はないけどもさ。でも、止むを得ない暴力ってのもあるだろう。そう厳しくしないでやってくんねえかな」

 美代子には返事の代わりに手を広げて宥め、カジには雄一郎への斟酌を願い出るように小野木が言った。

「手を見せろ」

 おそるおそる両手を差し出す雄一郎の手にカジが触れ、末節骨の辺りを撫でる。事後共犯となった正と誠もバツが悪そうに坊主頭を並べてうなだれていた。

「ボディか? 打ったのは」

「うん、素手だったもん。あのウォーターバッグだって、俺の手を傷めないようにって買ってくれたんだろう? 殴る気なんかなかったんだよ。ただあいつがナイフなんか振りすもんで、反射的に……」

「ナイフの軌道は?」

「こんな感じで、リーチの伸びきったリバーとテンプルがガラ空きだったけど、上はダメだと思ったんだ」

 カジの顎先付近で、手刀を使って水平に円弧を描く雄一郎だった。

「ニ度とするなよ、そんなつまらないことのためにお前を鍛えた訳ではない。それと、その軌道ならスウェイでかわすことも出来たはずだ。咄嗟の判断でボディを狙ったのは上出来だが、相手が素人だったから、お前も怪我をせずに済んだということを頭に叩き込んでおけ。ナイフに長けた連中ならバックハンドで返してくることもある。それに対応するには。最初の一発で相手の意識を刈り取ることが大切なんだ。チンだ、顎先を狙え」

 神妙に頷く雄一郎にカジはこう言って説教を切り上げる。

「とにかく、喧嘩にボクシングを使ったことは許されない。ライセンスを持ってたら取り消されるところだぞ。罰として明日のロードワークは倍だ」

「はいっ!」

 気をつけの姿勢で、元気に返事をする雄一郎の表情は清々しかった。

「あのう……さっきからお話を聞いてますと大変、物騒なんですけど」

 美代子とて彼等を信じなかった訳ではない。しかしあまりにもあっさりと少年達を許してしまう小野木とカジに、誰かが歯止めをかけるべきではないかと、口を挟まずにはいられなくなる。

「おしっこ漏らしそうか? だったら、トイレはあっちだ」

 カジが雄一郎を見限ることはない――安心した小野木は軽口になっていた。

「失礼ねっ! 話の論点がずれてきてるのを指摘しただけでしょう」

 甲高い声と激しい口調にビクッと肩をすくめたが、再度の反撃に身構えながら、かねてより言いたかった言葉を小野木は口にする。

「この前もそうだったが、あんたは畏まって話してたかと思ったら、突然、小娘みたいにヒステリックに喚きだす。そんなんでよく学校の先生が務まってるな」

「可愛いだろう、美代ちゃん。すぐムキになるんだよ。この前なんか、失恋した女生徒と一緒になって泣いてたんだもん。俺達を精神年齢が同じだから上手くやってけるんだな」

 和みかけた場の雰囲気に、正が調子に乗る。

「もうっ! 誰のせいで私が走り回ってると思ってるのよっ」

 教師たるもの、生徒の前でふくれっ面を見せるのはどうかとは思うが、感情を隠せないタイプらしい。痛いところを突かれたようで顔を赤くもしていた。「あんた泣いたのか? こいつらの前で」そうからかいたくなる衝動を抑え、小野木は提案する。

「こいつらがナイフなんか持たなかったのは俺が保証する。俺の保証じゃあ信用出来ねえか――そうだな、証拠はこっちで揃えるよ。そんならいいだろう?」

どうやって証拠など見つけるつもりなのだろう、警察でもないのに。しかしこの淳一という男は自信満々に語っている。美代子は根拠もなく期待してしまいそうになる自分を押しとどめる必要を感じていた。

「とりあえず、お前らはお咎めナシだ。ロープ張りが終わったなら、今日はもう帰れ」

「あいさー」

 小野木がそういい渡すと、少年達は作業に戻るべく駆け出していった。

 

「子供の喧嘩に大人が出張る訳にも行かねえけど、どうする?」

「あちらも元市長の威光で学校側をとり込んでるようですしね。いいんじゃないですか、山田を黙らせましょう。これ以上、あいつ等にちょっかいを出させないためにも」

「じゃあ、あの手だな。祐二は?」

 にっと笑った小野木の思惑をカジが素早く読み取って答える。

「嫌々、浮気調査に出てるはずです。こんな時代ですからあの分野は繁盛してましてね、大山さんも喜んでおられます。しかし、富士ノベルテックの件が祐二には鮮烈だったのでしょう。夫婦の騙し合いの場に身を置いて粗探しばかりしてると、自分も同じような人間になった気がする。ああいった調査がまた回って来ないものか、と言ってましたから」

「あんなんで何度も引っ張りだされちゃ、こっちがかなわねえや。加藤高祐の報告書はまだ残ってんのかな」

「はい、事務所の私のデスクに」

「高祐に詰め腹を切らせた張本人がここにも絡んできたって訳か……引退しちゃった市長では大したダメージにもならねえだろうけど、祐二の溜飲は下がるんじゃないかな」

「そうですね。やらせてみますか」

「うん、呼んでくれ」

 席を立ったカジの身のこなしは素早い。二人の会話の意味がさっぱり理解出来ず、小野木とカジの顔を交互に眺める美代子だった。思考をまとめようと宙に彷徨わせた視線を戻した時、既にカジの姿はなかった。

「ええと、あなた方は一体何の話をなさってたんですか? お仕事は何をなさってるんです?」

「農園だよ、見りゃ分かるだろうが」

「それにしては詰め腹だの、黙らせるだの農業に似つかわしくない言葉が飛び交っているようなんですが、私の気のせいでしょうか」

「ああ、副業はなんでも屋でな、黙らせ屋の看板も農園の看板に並んで立ってたろ?」

 真顔で語る小野木に、美代子は生唾を飲み込んだ。

「気づきませんでした」

「うん、嘘だ」

 美代子の内に怒りがこみ上げる。そうやって、私をからかってるがいい。大笑いする小野木を睨みつけていたが、ある考えが頭に浮かび、にっこり笑って言った。

「その親分がジュンさな訳?」

「誰が――」

 そのフランク過ぎる物言いにも、親分という言葉にも、ジュンさという呼ぶ方にも文句を言いたかったが、どこから手をつけようかと迷う小野木に、美代子は反論の余裕を与えない。

「どうせ、あの子たちには精神年齢が同じだと言われ、あなたには小娘扱いされるんだもん。いいじゃない、文句ある?」

「ない……よ」

 悪意も陥穽も感じられない議論には、戦闘意欲が湧かない。言い負かされた訳じゃねえからな、小野木は不承不承だが、美代子の要求を呑んだ。一矢報いることの出来た様子の美代子は、とても楽しそうだった。



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