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蘇る閃光

「だーから、いつも言ってんだろう。女ぐらいてめえで見つけろってよお」

 端正な町村尚人の顔が嫌悪で歪む。夏休みの登校日のことだった。校門を出ようとした彼は待ち伏せていた四・五人の不良生徒に囲まれていた。

「お前、誰にものいってんだよ。ちょっとモテるからっていい気になってんじゃねえぞ」

 永田剛が尚人の肩を小突く。

「痛えな、何すんだよ」

 尚人が小突き返すと小柄な永田は、よろよろと後ずさった。

「いつも威勢だけはいいじゃねえか。だが今日こそ考え直してもらわねえとな、中山先輩を呼んでんだぜ」

 永田を押しのけて山田義信が身を乗り出した。

「数にモノを言わせられなくなったら今度は先輩か、お前ってヤツは本当に独りじゃ何もできねえんだな」

「なんだと、この野郎」

 正当過ぎる尚人の反論が、山田を怒りで紅潮させる。

「中山先輩、こうゆうヤツなんです。教育してやって下さい」

「鼻息だけは荒いみてえだな、ボクちゃん。女みてえな顔しやがって。そのつっぱりがいつまで続くかな。中坊一人に仲間まで出張る必要はねえから俺一人で来てるけど、うちのチームは喧嘩上等だぞ。上はヤクザとも繋がっているしな」

 中山と呼ばれた男が大物ぶりを誇示するかのように、物陰から姿を現す。背は高かったが、酷薄そうな細い眼で不敵を取り繕うニキビ面は、外見も中身も薄っぺらく見えた。ひとつふたつ年長なだけの中山が、尚人をボクちゃん呼ばわりしたところで、重厚さなど微塵も感じられない。

「仲間にヤクザにって、あんたも他力本願かよ」

 誇張された自己紹介に怯んだのか、尚人の声は山田達に対するものよりは弱く感じられたが、向こう意気だけは失っていない。

「他力本願? 何だそれ? 難しい言葉で誤魔化そうたってダメだからな」

「他力本願も知らねえのか、そんなんだから高校もクビになっちまうんだ。間違いなくあんたに俺の教育は無理だな」

 中山が退学して暴走族に入った噂は、田舎町の中学にも知れ渡っており、尚人も耳にしていた。だが、こいつは本物の馬鹿だ。尚人の声に嘲笑が混じる。

「なんだと、この野郎」

 見た目通りの薄っぺらな中山には、堪え性の欠片もないようだ。挑発に頭に血が上ってしまった中山は山田とそっくりそのままの怒声を張り上げると尚人の胸倉を掴む。今にも殴りかからんばかりだった。

「先輩、ここじゃあ目立つ。先公どもに見つかるかも知れねえし体育準備倉庫へ連れてゆこうぜ」

 小賢しげに提案する山田の言葉に、不良達は野卑な目配せを交わした。尚人の体は、四方から伸びた手で拘束される。抵抗は試みるのだが、優男の尚人が五人がかりの拘束を振りほどけるはずもなく、なすすべなく引きずられてゆくこととなる。

「鈴木っ!おーい、助けろよ」

 ベガ農園に向かうため、小走りで校舎を出てくるクラスメイトの雄一郎をみとめ、尚人が叫んだ。名前を呼ばれた雄一郎は、その物言いに、ついおかしくなってしまい、笑いを含んだ声で返した。

「ああ? 尚人か、何やってんだよ。助けろよって――それがお前、人にものを頼む態度かよ」

「じゃあ、助けてくれよに言い直す。こいつら俺を体育準備室に連れてって殴るつもりなんだ」

 まあ、その様子じゃあそうだろうな。雄一郎は心の中で相槌を打った。

「お前、何とちくるってやがる。中坊二人が、俺ら五人に叶う訳ねえだろ」

 中山が掴まれた手足をばたつかせる尚人の髪を掴んで持ち上げた。

「横山を呼んできてやろうか?」

 そう言う雄一郎だったが、学校側が元市長の孫である山田の行為に寛容過ぎることは知っていた。尚人の言葉がそれを裏付ける。

「あいつじゃあ役に立たねえよ。それに呼びに行ってるうちに俺は連れて行かれちまうんだ。お前、ボクシングやってんだろ? こいつら、なんとかしてくれよ」

 ボクシングという単語に、尚人の髪を掴んだままの中山が過剰な反応を見せた。

「ボクシングがどうした。うちのチームには空手の有段者が居るんだぜ、俺も教わってるしな」

 実際には空手を習ったことがあるというのが一人いるだけだった。十六や十七の少年に黒帯を与えるような流派なら実力も推して知るべしなのだろうが、実際はその一人も厳しい練習に耐えきれず逃げ出してしまった軟弱な男で、一・ニ週間通った道場で覚えた見様見真似を、退屈しのぎに仲間に披露する程度のものであった。勿論、ヤクザとの繋がり云々も、チームに箔を持たせようとしただけのハッタリに過ぎない。総勢十五名程度の弱小暴走族を下部組織に抱えるメリットなど暴力団にあるはずはない。弱い犬ほどよく吠える、虎の威を借る、中山はその典型であった。

「ボクシングは喧嘩に使えねえんだよ。先輩、そいつ離してやってくんねえかな。個人的に恨みがある訳でもねえんだろ」

 乗りかかった船か、雄一郎が大儀そうに歩み寄る。背こそ中山には及ばないがベガ農園組では173センチの彼が一番の長身だ。なによりその鍛え上げられた筋肉が体操着に逞しい緊張を与え、臆することもなく立ちはだかる姿に不良連中は気圧されていた。

 喧嘩などというものは冷静さを失った方が不利に決まっている。アドレナリンの分泌で殴られた痛みは感じにくくなり、自分が強くなったような錯覚に陥るだけだ。本格的なボクシングをカジから教わっていた雄一郎だ、十五や十六の少年が束になってもかなうはずがない。人のどこをどう殴れば倒れるかを教え込まれているのだから。中山に率いられた不良連中は、ひしひしと伝わってくる威圧感に押し潰されまいと精一杯の虚勢を張っていた。

「お前は関係ねえだろ。早く、あの胡散臭い農園に行っちまえよ。お前らの相手はそのうちたっぷりとしてやるからな」

 永田の口出しに余計なことをいうな、とばかりに山田が舌打ちをした。

「しないってば、喧嘩なんか。バンテージも巻いてなきゃグローブだってはめてねんだもん。拳を傷めちまわあ。尚人を離してやれよ、横山には言わないでおくからさあ」

 殴ってこない、そうわかった途端、中山の意気が上がる。

「賢いな、お前。ボクシングなんか使ってきやがったら、こっちもこれを出そうと思ってたとこだ」

 刃渡り十センチほどのナイフをポケットから出してちらつかせる。デモンストレーションよろしく雄一郎の鼻先で振り回そうとした刹那、雄一郎の左腕が反応し、ガラ空きのボディに申し分のない角度でフックが食い込んだ。回転の利いたリバーブローは、たった一発で中山を悶絶させた。ナイフが乾いた音を立てて、地面に転がった。

 山田達四人は茫然と立ち尽くし、脇腹を押さえて苦しむ中山と雄一郎を交互に見やった。以前、万引きの汚名を着せた仕返しをされるのではないだろうか。そんな怯えが尚人を掴んだ手まで萎えさせていた。

「いっけね、つい手が出ちまった。そんなもん振り回すからだぞ」

 しまったといった様子で左腕を後ろに回すが、倒された中山は依然倒れ込んだまま、のたうちまわっている。

「すげえな……一発じゃん。お前そんなに強かったのかよ」

 不良達の拘束を逃れた尚人が雄一郎の隣に立って驚嘆の声を上げる。しかしそれも耳に入らず、ひたすら小野木とカジへの弁明を考える雄一郎だった。どうしよう、怒られるだけで済まないかも……農園に出入り出来なくなるのだけは絶対に嫌だ。

 未だ悶え苦しむ中山を見下ろし、雄一郎は苦し紛れの提案を不良達に持ちかけてみる。

「この先輩勝手に転んで、どこかに腹をぶつけたことにしておいてくんねえかな? ナイフなんか出すからいけねんだぞ。警察にも先生にも黙ってるからさあ」

 無造作に中山を跨いで近寄る雄一郎に、永田はひっと小さく叫んで他の連中の背後に回る。山田は怯えた表情のまま、こくりと頷いた。

 少し遅れて校舎を出てきた正と誠が、騒ぎに気付いて近づいてきた。

「やっちまったのか、雄」

「叱られるぞ、きっと」

 口ぐちに非難を表す。

「頼むから黙っててくれよ。山田には話をつけたから、お前らが言わなきゃわかんねえんだ」

 三人のリーダー格である雄一郎だったが、この時ばかりは懇願口調になっていた。

「じゃあ、今日の鶏舎掃除は雄ひとりでやってもらおうかな。俺の体操着、今朝おろしたばかりなんだよ。いきなり鶏糞の香りに染まりたくねえんだ」

 にんまりとして正が交換条件を提示した。

「ちぇっ、いいよ。やるよ」

 中山を抱え起こし去って行く山田達の存在は、普段通りの会話を交わす三人の意識の外にあった。


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