第9話
そのあとも、
同じことを続けるつもりだった。
いつも通り、
やればいいだけだった。
やり方はもうわかっていた。
迷うこともなかった。
その日も、
帽子を一つ見つけた。
周りを見る。
誰も見ていない。
そのまま手に取る。
いつもと同じだった。
ロッカーの方に歩く。
扉に手をかけたところで、
ふと、
動きが止まった。
何かが引っかかった。
小さな違和感だった。
でも、
無視できなかった。
そのまま少しだけ考えた。
昨日のことを思い出した。
「今、入れたよね」
あの声。
「でも、見たよ」
あの顔。
何も言わなかったこと。
それが、頭に残っていた。
もし、
あの子が言っていたらどうなっていたんだろう。
先生に言ったら。
家に伝わったら。
父や母に知られたら。
そのとき、
何かが崩れる気がした。
うまく言えなかった。
でも、
だめな感じだけははっきりしていた。
胸の奥が、
ざわっとした。
今までとは違うざわつきだった。
静かになる前のものじゃなかった。
もっと、
冷たい感じだった。
手が動かなかった。
ロッカーを開けることができなかった。
そのまま、
しばらく立っていた。
どうすればいいのか、
わからなかった。
やれば、
いつも通りになるはずだった。
少しだけ楽になるはずだった。
それはわかっていた。
でも、
そのあとに何が起きるのか、
わからなかった。
そっちの方が、
少しだけ怖かった。
僕は、
ゆっくり手を離した。
帽子を持ったまま、
その場に立っていた。
少しして、
後ろから声がした。
「それ、ぼくの」
振り向くと、
帽子の持ち主だった。
手を伸ばしていた。
僕は、
少しだけ遅れて、
帽子を渡した。
「……はい」
その子はそのまま戻っていった。
何も起きなかった。
誰も何も言わなかった。
でも、
それで終わった気がした。
その日、
僕は何も隠さなかった。
次の日も、
隠さなかった。
やろうと思えば、
できた。
でも、
やらなかった。
理由は、
少しだけわかっていた。
あのとき感じた、
冷たいざわつき。
あれを、
もう一度感じたくなかった。
それだけだった。




