第8話
その子のことが、頭に残っていた。
何も言わなかったこと。
見ていたはずなのに、
そのままにしたこと。
理由はわからなかった。
でも、
それが少しだけ怖かった。
次の日も、
その子は普通にそこにいた。
いつもと同じように遊んで、
いつもと同じように笑っていた。
ときどき、
こっちを見ることもあった。
でも、
何も言わなかった。
それが、
余計に気になった。
何も起きていないみたいで、
でも、
何かが止まったままみたいだった。
その日の帰る前、
周りに誰もいないときに、
僕はその子に近づいた。
どう言えばいいのか、
よくわからなかった。
しばらく考えてから、
小さく言った。
「……昨日のこと」
その子は少しだけ首をかしげた。
「見たよね」
少しだけ間があってから、
その子は頷いた。
「うん」
それだけだった。
それだけなのに、
胸の奥がざわついた。
何か言わないといけない気がした。
でも、
うまく言葉が出てこなかった。
しばらく黙ってから、
やっと言った。
「……言わないで」
その子は、
少しだけ考える顔をした。
それから、
「なんで?」と聞いた。
どうしてか、
うまく答えられなかった。
理由はあるはずなのに、
言葉にできなかった。
少しだけ焦った。
このままだと、
何かが壊れる気がした。
いつの間にか、手をにぎりしめていた。
だから、
別の言い方をした。
「言ったら……だめ」
それでも足りない気がして、
続けた。
「困るから」
何がどう困るのかは、
自分でもよくわかっていなかった。
でも、
そう言うしかなかった。
その子は、
少しだけ黙った。
僕を見て、
それから、
少しだけ視線を外した。
「……言わないよ」
小さな声で、
そう言った。
少しだけ、
安心した。
でも、
それだけじゃ足りなかった。
また誰かに言うかもしれない。
先生に話すかもしれない。
そう思ったら、
胸の奥がまたざわついた。
だから、
もう一つ言った。
「……絶対」
その子は、
少しだけ驚いた顔をした。
それから、
ゆっくり頷いた。
「……うん」
それで、
会話は終わった。
その子はそのまま離れていった。
僕はその場に残った。
胸の奥は、
少しだけ静かになっていた。
でも、
前みたいな静けさじゃなかった。
何かが、
少しだけ重くなっていた。
それでも、
壊れてはいなかった。
だから、
これでいいと思った。




