第5話
兄は、
ときどき機嫌がよかった。
理由はわからなかった。
さっきまで怒っていたのに、
急に静かになることもあった。
そういうときは、
少しだけ近くに来た。
僕は、
その時間が嫌いじゃなかった。
怒られないから。
叩かれないから。
それだけで、
少しだけ安心していた。
兄は、
よくわからないことをしてきた。
遊びみたいなものだと思っていた。
少しだけ変で、
でも、
嫌だと言っていいものなのか、
わからなかった。
だから、
動かないようにしていた。
ちゃんとしていれば、
早く終わる気がした。
終わったあと、
兄は何も言わなかった。
僕も何も言わなかった。
ただ、
胸の奥が少しだけ静かになっていた。
怒られなかったからだと思った。
うまくできたからだと思った。
迷惑をかけなかったからだと思った。
そう考えると、
少しだけ楽だった。
だから、
深く考えなかった。
これは何なのか、
考えないようにした。
考えてしまうと、
この静けさがなくなる気がした。
それが嫌だった。
でも、
ときどき思った。
これは、
他の家でもやっていることなんだろうか。
答えは出なかった。
聞くこともできなかった。
だから、
そのままにした。
あとになって、
少しだけわかるようになった。
あれは、
やってはいけないことだった。
そう思ったとき、
あのときの静けさが、
少しだけ変わった。
安心じゃなかった。
ただ、
何も感じないようにしていただけだった。
そのことに気づいたとき、
一つだけ、
残ったものがあった。
――静かになる方法。
何も起きていないみたいにする方法を、
僕は知っていた。




