第3話
家の中は、
少しだけ静かだった。
前からそうだったのかは、
よくわからなかった。
でも、
気づいたときには、
そういう場所になっていた。
ある日、
ご飯が少なかった。
いつもより、
少しだけ少なかった。
気のせいかもしれないと思った。
何も言わなかった。
次の日も、
少なかった。
その次の日は、
もっと少なかった。
母は何も言わなかった。
父も何も言わなかった。
兄も、特に気にしていなかった。
だから、
これが普通なんだと思った。
僕だけが、
少しだけ足りない気がしていた。
でも、
言わなかった。
言っていいことか、
わからなかった。
ある日、
何もない日があった。
テーブルの上に、
何も並ばなかった。
少しだけ待った。
何か出てくる気がした。
でも、
何も出てこなかった。
母は、
別のことをしていた。
何かを読んでいた。
静かに、
同じところを何度も見ていた。
「……ごはんは?」
小さく聞いた。
母は顔を上げた。
少しだけ不思議そうな顔をしていた。
「今日は、いらない日だから」
そう言った。
意味がよくわからなかった。
「いらない日」という言葉を、
そのまま受け取った。
そういう日があるんだと思った。
母は、
また本に目を落とした。
小さな声で、
何かを読んでいた。
聞いたことのない言葉だった。
意味はわからなかった。
でも、
間違っていない感じがした。
母はときどき、
そういうことを言った。
「これは正しいことだから」
「ちゃんとしないといけないから」
そのときも、
同じだった。
僕は、
それ以上聞かなかった。
聞いても、
わからない気がした。
お腹は少しだけ空いていた。
でも、
我慢できないほどじゃなかった。
だから、
そのままにした。
――迷惑をかけないようにする。
それだけは、
ちゃんと守ろうと思った。
ちゃんとしていれば、
大丈夫な気がした。
そうすれば、
なくならない気がした。
何が、とは言えなかったけど、
そう思った。
その日から、
少しだけ気をつけるようになった。
音を立てないようにする。
こぼさないようにする。
早く食べるようにする。
言われる前に動くようにする。
それでいいと思った。
そうしていれば、
間違えない気がした。




