③
オルテや仲間たちの亡骸は森に打ち捨てられたまま放置された。やがてそれらは森の獣たちによって貪られ、すっかり綺麗になくなった。
シリルは再び魔女の塔へと連れ込まれ、そこで残酷な仕打ちを受けた。
鎖で吊るされ、モルウィナの細く白い指がシリルの頭を捉える。頭蓋をすり抜け、脳に食い込んだその指は魔術を用いてシリルの言語野を掌握する。
頭部を蠢く冷たい指の異様な感覚にシリルは苦悶の表情を浮かべ、呻き声が漏れ出た。
「さあ、ではもう一度。あなたは誰?」
「……だ、誰が……おまえ、なんかに……ッ」
「違う」
容赦なくモルウィナは脳に食い込む指を捏ねくり回した。痛みはない、しかし這い回る指の気味の悪い感覚に、シリルは悲鳴をあげた。
「……ッ……、ぐ、あああぁぁぁッ!」
「あなたはあたしの可愛いお人形、ノクス。さあ、言ってごらんなさい」
「……うぁ……、わた、しは……、ノ、ノクス……っ……、ち……違う……俺は……ッ」
魔女の指から脳へ直接魔力を流し込まれ、意志とは関係なく言葉が口をついて発せられる。まるで壊れた玩具のように。
魔女への服従、忠誠、屈服の言葉すら強いられ、どれだけ抵抗しようとしても、頭の中に侵入した指が蠢く度に、身体は反応し、舌が動き喉が震えた。
「……いやだ……やめて、くれ……ッ」
シリルの意思は反抗から、やがて懇願へと変わり始めた。意思に反して操られることへの恐怖から、屈辱にまみれながらも、首を振り、許しを乞う。
だが、その姿にこそ、魔女は愉悦を込めた笑みを浮かべた。
拷問は幾日もかけて繰り返され、心が軋み、魔女の支配がより深まるかのように、胸の刻印が光を帯びていく。
殺してくれと、仲間の元へ親友の元へ逝かせてくれとすら、祈るように切望していたシリルだったが、やがてそれすら意味をなさないと悟り、彼の心は粉々に砕かれた。
シリルは、再び意思も記憶も封じられ、魔女に服従する人形、ノクスへと堕ちていったのだった。
◆
それからどれだけの時が経ったか。ノクスは魔女に都合よく使役され続けたが、なんとモルウィナはあっさりとノクスを棄てたのだ。
ひどく気まぐれな魔女は、忠実なノクスに最初こそ寵愛を与えていたがそれも長くは続かなかった。
飽きてしまったのだ。
多くの命を奪い、散々彼自身を弄び、尊厳を奪っておきながら、飽きた故手離したのだ。
また、彼女を追う討伐隊の数も増えていた。面倒になったモルウィナは別の拠点へと移ることにした。
「いいわねノクス。あなたはここでこの塔を守り続けなさい。あたしの許しがあるまでね」
「……はい、モルウィナ様……」
もはや何の価値もない塔を守るよう言い渡し、魔女モルウィナはノクス諸共その塔を捨て去った。
幾年も幾年も、彼はただ一人で主人を待ちながら塔に近寄る者を退けながら過ごした。
飽きて捨てるというのに、モルウィナはノクスにかけた呪縛は解かなかった。
呪いの刻印で魔女と繋がる彼は、魔女が生きている限り肉体の時間は止まったままだ。それ故、彼は魔女に心も身体も支配されたまま、老いることもなく気が遠くなるような時間を過ごした。
次第に魔女モルウィナの噂は他国に移り、シリルの属していた王国は魔女討伐から手を引いた。シリルがまだ生きていることすら、知られる事は遂になかった。
ノクスは塔を守るため、森を横断する商人や迷い込んだ人間や騎士の尽くに立ち去るように警告し、向かってきた者は斬り伏せた。逃げ延びた者達は口々に彼をこう呼んだ、『黒騎士の亡霊』と。
黒い鎧の騎士の亡霊が訪れる者を斬り伏せる、そんな怪談まがいの噂がたち、森に不用意に足を踏み入れる者はいなくなった。
誰も訪れない森の奥で、ノクスは孤独に生き続けた。朽ちる事もできないまま。