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救世主(?)誕生!

 大穴が開き、底には赤い炎が渦巻いている。マミーザは羽織っていた制服をパラセール代わりに発生した上昇気流に乗って空高く飛んでいく。ハーパーは彼女の足を掴んで一緒に上昇する。


「人の話を聞かずに勝手に決めつけて、勝手に孤立して、勝手に絶望する。どこまで自分勝手なんですか!?」

「黙れ!君も僕のことを噂と憶測でしか判断していないだろう!」

「なにが違うんですか!女遊びばかりして、都合の良い存在になった時だけ甘えるバブバブ王子のなにが違うんですか!あと下から見上げるな変態!」


マミーザは顔を真っ赤にしながら、ハーパーに蹴りを入れる。


「脚色入ってるんだよ!僕のイメージに!人伝に聞いた話で決めつけるな!」

「でも事実でしょ!連れ去ったあとに撫で撫でされてたって」

「誰が見てたんだよ!ふざけるな!」

「こっちのセリフだよ!6歳児に母性を求めないで!そんな人にれいらちゃんは渡さない!」

「君は彼女の何なんだよ!?」

()()()()()!」


そう叫んで入れた蹴りがハーパーの顔面にクリティカルヒットする。ハーパーは意識を手離し、穴へと落ちていく。


「このまま変わらないなら一生ひとりぼっちのままだよ変態王子!」


 マミーザの罵倒にハーパーは目を覚ます。彼は身を翻し、下が炎で燃えたぎっていることを再確認する。


「変わらない?君にもそう見えるんだね……僕だって成長してるんだ!」


ハーパーは残っている全ての魔力を使い、手から大量の水を噴射する。


「いつだってリソースはここぞという時に投入するんだ!」


ハーパーの狙いはここで消火すると同時に噴射した水の反発でマミーザのところに戻る、あるいは落下の衝撃を軽減することにあった。しかし、そうは問屋が卸さない。マミーザはそのことも織り込み済みであった。なんと消火されるどころか逆に炎が強くそして高く燃え上がってきたのである。ハーパーがそのことに驚いていると、


「底をよく見て」


と、マミーザがドヤ顔で言い放ってきた。ハーパーは目を凝らし底を見ると黄色いドロリとした液体が満ち満ちていた。


「……油か!」

「そう、あなた料理しなさそうだから教えてあげるよ。油についた火に水を入れると余計に燃えるってこと……チビたちがそれを知らないで家を半焼させたのはいい思い出だよ」


そうマミーザは遠い目をした。


 ハーパーは打開する方法を考える。魔力量は水に使ってジリ貧だったし、マミーザに上を取られている。はっきり言って劣勢もいいところだった。ハーパーはマミーザの方を見る。彼女はふわふわと滑空しながら、ハーパーを見下ろしている。


「滑空………そうだ!」


ハーパーは残りの水を噴射して炎を高く燃え上がらせる。ハーパーは自身にも水をかけ、その炎に巻き込その高く燃え上がる炎はゆっくり降下しているマミーザにも届いてしまう。


「なっ!?」


マミーザは咄嗟に足から魔法で風を吹き起こし炎を回避しようとするが、制服に燃え移り、破けてしまう。そしてマミーザは頭から真っ逆さまに落下していく。完全に油断していたことに後悔していると、下から声が聞こえてくる。


「確かに僕は自分勝手な人間だよ。でもそれは君も一緒。君の行動がどれだけの人間に迷惑をかけたか理解してるかい?」

「死なば諸共ってこと?」

「まさか、僕が生き残る。僕が勝つんだ!」


「このまま負けてしまうとれいらは一生彼の奴隷だ」と危機感を抱いたマミーザは水を逆噴射し、ハーパーの方向へ高速で移動し掴みかかる。


「ふざけないで、れいらちゃんは私が守る!」

「彼女は本当にこんな戦いを望んでいたと思うかい?」

「そうでもしないと相手にしないでしょキザ王子!」

「もっと平和的な手段があったはず。君は視野が狭いんだ」

「それはこっちのセリフ!このバブバブ王子!」

「……変なあだ名つけるのもいい加減にしろよド平民!」

「うるさいバカ王子!」

「あー分かった!今ここで仕留めるわ!怒らせちゃったね!バカ平民!」


互いに髪や服を掴んで子供みたいな喧嘩をしながら落下していく。そろそろ地面にぶつかるとなったその時、


「喧嘩はやめてーーーーーー!!!!!!!!!」


謎のピンクリボンが2人に巻きつき、落下を止める。その締め付けが強すぎて2人の体は密着し、唇と唇が接触した。2人はすぐさまそっぽを向き、青い顔になる。


「「おえぇぇ……」」

「なにくっついてんだよ!」

「それこっちのセリフ!ちょっと離れてよ!」

「離れられないんだよ!なんだよこのリボン!」


そう言ってハーパーは芋虫のようにグネグネ動く。


「ちょっ、動かないで、変なところ触らないで!」

「触ってないよ!君の馬鹿力でなんとかならないの!?」

「入れてるけど千切れないの!」


と2人が手間取っているといると、リボンが炎が届かない位置まで上がっていく。


「2人とも、喧嘩はめっ!だよ!」


その聞き覚えのある声の方向を見ると、そこには、フリフリのスカートを身につけ、翼の生えた可愛らしい刺繍で彩られているピンクランドセルを背負っている金髪のちっちゃい女の子の姿があった。彼女の乗っているかなり長い箒にはテエテエ、チユニ、ゲージュ、ジミー、トーブンの5人も乗っていた。


「れいら、間に合ったようだね。こんなに早く習得できるとは、君はやはり救世主」

「カッコつけてるとこ悪いですが、膝ガックガクじゃないですか。あと苦しいです」

「今日は忘れられない日になりそうだなこりゃ」

「はー、よかった……」

「怪我はありませんか!?」


あまりにカオスな状況にマミーザとハーパーの目が点になる。特に明らかに世界観にそぐわない格好をした金髪少女が気になって仕方ない。


「れいら……ちゃん……?」


そうマミーザが戸惑いながら尋ねると、少女は頷き、2人をデコピンした。


「命は大事だよ!それにこんなにめちゃくちゃして!」


と、決闘でできた大規模なクレーターを見ながら頬を膨らませた。ハーパーはそんな彼女の姿を見て彼女がビレイではないということを彼女に突きつけられた気分になり力が抜けていった。そして、全てが馬鹿らしくなり、ぶっきらぼうに、


「……僕の負けでいいよ」

「は?」

「みんなの方が正しかったです。僕が意地張っていました。ごめんなさい」

「そんな言い方ないでしょ!」

「また喧嘩しないの!」


れいらは再び喧嘩している2人を叱った。テエテエは何か言いたげなマミーザに対して、


「お話、したかったんですよね?なら彼女言うこと聞いてください。というか、あなたもれいら氏に迷惑かけてるんですから反省してください」


と圧をかける。すると、マミーザは凹んだ様子で、


「……ごめんなさい」


と、謝罪した。一方で、ハーパーは、冷たい声でれいらにこう言い放つ。


「れいら、決闘に負けたんだ。僕を落とせ」

「ダメだよ!命は大事にしないと」

「この世界にはもう愛すべきものもない。僕はひとりぼっちなんだ……こんな命もう必要ないだろ……潔く殺してくれ」


そんな言葉にトーブンが待ったをかける。


「まだ諦めるのは早いです。いつかきっとビレイ様を救う方法が見つかるはず」

「「いつか」っていつだよ!」


ハーパーは感情に任せて言葉を遮った。その行動にハーパーは自分が泣いているということ自覚してしまい天を仰いだ。


「あー、そうだよな。僕っていつも大事なこと言えないよな。「好き」の一言も言えずに、不器用な態度をとって、本心を隠していくうちに勝手に嫌って嫌われていく……僕の命に何の価値があるんだろうねえ!」


完全に自暴自棄になっているハーパーにれいらは静かに怒る。


「……そんなに言うんだったら、そうしてあげる」

「おい、落ち着け!」

「流石にやりすぎだって!」

「ハーパー様、まだ間に合います!今すぐ撤回を!」


男どもの静止を無視してれいらはリボン緩めてハーパーだけ落とす。その行動に周りにいた全員が唖然とする。


 ハーパーは高速で落下する中で様々な思い出が走馬灯のように駆け巡る。母さんに優しく抱きしめられたこと、三兄弟で遊んだこと、トーブンを連れ回していたこと、ビレイと出会って仲良くなったこと、ビレイに手を引かれて旅に出たこと、母さんが死んだこと、ビレイと離れ離れになったこと、変わってしまったビレイと出会ったこと……酸いも甘いも経験してきた中で最後には「ここで死んだらビレイは怒るだろうな」という思いが脳裏に浮かんだ。


「……死にたくないな」


そう呟き、最期を迎えようとする。


・・・


 ふわふわとした感覚が全身を覆う。ハーパーはムクリと起き上がり周りを見渡す。辺りはモヤがかかって見えないものの、雲の上にいるということは自覚した。


「天国に行けるようなやつじゃないのに」


そう皮肉めいたことを言っても、聞いている者は誰もいない。そんな事実に寂しさを覚えた。


「ここでも1人……僕らしいね」


そう言って自分を納得させようとしていると、彼のの名前を呼ぶ声がする。


「あれは……」


声のする方向を向くといくつかの見覚えのある人影がこちらに駆け寄ってくる。それは、共に遊び、成長してきた友と兄弟の姿であった。


「ハーパー様!ご無事ですか!?」

「おい、大丈夫か!?」

「危ないことしないでよぉ……」

「……なんでここにいるんだよ!」


ハーパーは声を荒げる。自分の後を追って死ぬほど彼らは馬鹿ではないと思っていた。その思いを裏切ってまでここにいることが許せなかったのだ。彼はトーブンの胸ぐらを掴んで、


「これは僕の自己満足だ!君たちが死ぬ必要はない!」


と怒る。しかし、彼らはため息を吐く。その反応にハーパーは戸惑いを隠せない。そうしていると、空かられいらが現れる。彼女はランドセルから魔法のステッキを取り出し、天高く掲げる。するとステッキから光が放たれ、周囲のモヤが晴れていく。そこは決闘の地であった。広がっていた大穴は白い雲で埋め立てられ、炎も鎮火していた。


「これは……」

「れいらちゃんがやったの」


そうマミーザがれいらの後ろから話す。


「助けてくれたのか……」


その言葉にマミーザは頷く。れいらの目元は赤くなり、全身に入った力が抜けない様子だった。れいらは必死に呼吸を整える。


「わたしね、ここに来る前は体が弱くてずっと入院してたの。ずっとベッドの上で外にも出れなかった。でもね、寂しくなかった。病院でいろんな人と友達になったし、パパ、ママ、お姉ちゃん、先生……みーんな、「元気になるよ」って勇気づけてくれた。わたしの前では笑顔でいたくれたの」


れいらはランドセルの持ち手を強く握りしめる。


「だからわたしも頑張っていけた。好きなランドセルも買ってもらって、「これ背負って小学校にいくんだ」って頑張れたの。みんなが支えてくれたからひとりぼっちじゃなかった」


れいらはハーパーを抱きしめる。


「ハーパーくんはひとりぼっちじゃないの!心配してくれる人もいるし、助けを待ってくれる人もいる!だから、生きていけるうちは生きなきゃダメなの!」


ハーパーは周りを見渡す。確かにそこには呆れるくらいムカつく馬鹿どもが彼を心配していた。確かに気に入らないことがあれども見捨てられないくらいの絆がそこにはあったのだ。


「マミーザお姉ちゃん、ビレイちゃんは戻ってくるよね?」

「方法は探すつもりだよ」


れいらはハーパーの肩を持ち、彼の瞳を見つめる。


「絶対、ビレイちゃんは戻ってくるよ。だから、それまで絶対に生きて」


ハーパーは深呼吸をして、己の心と対峙する。少なくとも死ぬ間際に「死にたくない」と思えてしまった。それはビレイに叱られたくないからではない。ビレイに「好き」という言葉を伝えたい。彼女と昔みたいな関係に戻りたい。そう思えたからだった。ならば、ここまで危害を加えた自分に優しく、そして真摯に向き合える彼女のその真剣な眼差しを信じてみてもいいのではないか。ハーパーは答えを出す。


「……分かった。それまではこちらも全力で協力しよう」


その言葉を聞いたれいらは少し微笑み、マミーザの手を引っ張ってくる。突然のその行動に2人は戸惑いを隠せない。


「その前に仲直りしないとね!」

「「え」」


2人は微妙な表情を浮かべる。互いに命を賭けた殺し合い、それも罵倒し合った後ですぐ仲直りをするというのは感情的に難しかった。2人は周りに助けを求めるが、その視線をテエテエが、


「空気読んでください」


と、ぶった斬った。そんなことなどれいらは気にせず、2人を無理矢理握手させる。


「はい!仲直り!」

「「あ、はい、ヨロシクオネガイシマス」」


渋々仲直りする2人を見届けたれいらは観衆に向けて満面の笑みで、


「はい、この喧嘩はおしまいです!迷惑かけてごめんなさい!」


と、頭を下げた。


「おい、あいつ何者だ?」

「極悪令嬢と呼ぶには純粋すぎますわ」

「まるで別人ね」

「っていうかあの姿って……」


あの決闘を和解に持ち込んだ彼女に観衆はもはや畏怖の念を抱く。すると、ガクショウが彼女に歩み寄ってくる。


「れいらよ。その姿はなんじゃ?」

「この格好はね、みんなに魔法の使い方教えてもらって、魔法を使おうとしたらこんな感じに変身したの!」

「変身……これは」


ガクショウの目が見開く。


「お主、()()()ではないか?」

「テンセイシャ?」


れいらは首を傾げた。その様子を見てテエテエが耳元で、


「「別の世界から来ましたか?」と聞いていると思います」


と教える。れいらは状況を整理して、


「別の世界……たぶん、合ってるかな」


と答えた。すると観衆がどよめき出す。マミーザ達も関わってきた情報から()()()()が頭の中によぎる。ガクショウはれいらの手を取り、こう彼女に言った。


「お主は『救世主』かもしれぬ」


・・・


 『救世主』。それはこの世界のお伽話『平和物語』に出てくる存在である。


 60年前、この世界は人間と魔族との間で戦争が起きていた。戦争は長引き、そして激しくなり、多くの死傷者を生み出した。そんな中、最近、転生者が乗っ取ったことで性格が別人になったお姫様がランドセルを身につけた少女に変身する。その少女は見たことない魔法を使いながら、魔族を封印し、世界に平和が訪れた。その少女は2度と現れることはなく、お姫様も元に戻った。その少女を人々は『救世主』と呼んだという。


 この話は60年前の戦争を元に描かれていたとはいえ、『救世主』の存在は時たま軽く議論される程度で、基本的にフィクションとされてきた。その現場に立ち会った人間の証言が少なく、長らく伝説上の存在とされてきたのだ。しかし、この物語は長らく語り継がれており、桃太郎的立ち位置を確立していたため、『救世主』の存在も語り継がれていたのである。


・・・


 伝説上とされてきた『救世主』が今この場に顕現したことに、周囲はどよめき、混乱が巻き起こる。少なくとも姿はそれに近しいものであったし、見たことのない魔法を使っていた。さらに元のビレイの性格からの変化も相まって彼女を『救世主』と信じる者も多く現れた。無論、それを認めない者も現れていたため、周囲で論争が起こる。この状況にれいらも混乱していると、ハーパーとマミーザはそれを見かねて、


「静粛に!」


と、ハーパーが殺気を放つ。それと同時に、マミーザが彼を中心に強風を巻き起こす。周囲が静まり返ると、


「学園長、これは憶測に過ぎません。軽率な発言は控えてください」


と、ハーパーはガクショウに「これ以上、余計なことを話すな」と釘を刺す。さすがのガクショウも「これは迂闊だった」と頭を下げる。同時に、周囲に向かって、


「この件に関しては情報が確定次第、報告する。決して、憶測の情報を外部に流してはならない。さらに、れいらに危害を加えることも許さない。これは命令だ。もし、違反するようなら……」


マミーザは複数の石を上空に投げ、その石を魔法で爆弾に変えて激しい爆発を起こした。赤黒い煙が空を覆う。


「……分かったならこの場から今すぐ立ち去れ」


ハーパーは鋭い眼光を周囲に向ける。観衆は黙ってイソイソとその場から立ち去っていく。その様子を見届けた2人はれいらを撫でながら無言でハイタッチする。その様子をを見ていたテエテエは、


「実は仲良いですよね?」


と呟くと、2人は不快そうに、


「「誰がこんな奴と」」


と、口を揃えて言った。テエテエは新たな扉を開きかけた。

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