決闘開始!
学園の訓練場の隣の森林を少し歩くと、草原がある。今は草花に彩られているこの土地もかつては決闘によって常に真紅に染められていた。学園長ガクショウがいつ決闘が起こってもいいように整備してした土地が今再びその役割を果たそうとしている。
木々の後ろには多くの観衆がこの決闘を見ようと押し寄せていた。その中に2人の弟と渦中のお姫様もいた。ジミーは木に寄りかかりながら、先ほど吹っ飛ばされたことを思い返し、「生きてて良かったー」と深いため息を吐く。そんな彼の身体をれいらは心配そうに触っている。
「あの、その、れいらちゃん……やめ……」
「痛くないの?」
「いや……大丈夫……ちょっと痛いけど……」
「大丈夫じゃないよ!」
「本当に、大丈夫だから!服を脱がさないで!」
中身は6歳児とはいえ、外見はスタイルのいい金髪美女なため、母親以外の女性に優しくされたことのないジミーには刺激が強すぎたのだ。ゲージュはそんな2人を見て笑っていた。
「ちょっと!?笑ってないで止めてよ!」
「ああ……お前後で殺されないか?」
ジミーは久々に大声を出すが、そんな彼もなんだか滑稽に見えてきたゲージュは半笑いになりながら、そう指摘した。ジミーは苛立ちを募らせる。
「だからだよ!やめ……下はほんとダメ!」
「なんで?」
れいらは首を傾げた。彼女にそういう性差の概念があまり備わってなかったのである。
「それやっちゃうと社会的にも死んじゃうの!兄さん!」
「あー、はいはい……やめときな、れいらちゃん」
「でも痛いって」
「女を守ってできた痛みは男の勲章だ。そっとしてやんな」
「そうなの?」
れいらはジミーに尋ねる。ジミーが必死にコクコクと頷いている様子を見て、
「ごめんなさい。痛いのは早めに病院で診てもらった方がいいって思ってて」
と、頭を下げた。ジミーはその謝罪に対し、自分が嘘をついたような感覚に陥り、罪悪感が生まれた。ゲージュはヘラヘラした態度でジミーを揶揄う。
「なんでそんな落ち込んでるんだ?」
「……逆に聞くけど、なんで兄さんはそんなに平気なの?」
「生きてるなら、修羅場も楽しまなきゃ損だろ。ハーパーのアレは肝が冷えたが」
「反省してよぉ……」
ジミーはため息を吐いた。
そんな3人にトーブンが声をかけてきた。
「ここにいたのですか」
「よっ、裏切り者」
「それやめてください」
「饅頭に釣られてんじゃねーよ」
「それは……そうですけど」
トーブンはゲージュの揶揄いに顔を真っ赤にして俯いた。反省の色がないゲージュにだんだんと怒りを覚えたジミーは、
「一応言うけど兄さんも大概だからね。兄さんが乗らなきゃここまで大事にはなってないから」
「いややり過ぎたとは思ってるが、現場で何もしなかった奴に言われてもなぁ……それに周りの目見てみろ、退屈な学園生活に嫌気がさしてたのは明確じゃねーか」
事実、水面下でコネ作りに権力・派閥争いを繰り広げる学園生活が退屈で刺激を求めている者たちも大勢いた。そうでなければ、この決闘に大勢の観客は来るはずもない。自分が被害者にも加害者にもならないのならエンターテイメントなのだ。それに対し、ジミーは苦々しい顔で呟く。
「一番の被害者はれいらちゃんなのに……」
その呟きが2人の裏切り者に一番応えた。ビレイならいざ知らず、何も知らない少女がいきなり修羅場の中心にいるのはあまりにも残酷すぎるのだ。
「みんな?そんな暗い顔しなくていいよ?わたしは大丈夫だから!」
さらに、それに対してなんの文句も言わず、むしろ周りの心配ばかりしているのだから余計に申し訳なくなる。男3人は揃って、
「なんか「ごめん」「すまねぇ」「申し訳ありません」」
と、謝罪した。れいらは「なんとかしなきゃ!」と頭をフル回転させる。
「そうだ!ジミー……くん?だっけ?お姉ちゃんの所に行ってたんだよね?」
「……はい、あの場から逃げてしまいました」
「それが正しいよ!命大事にしないとね!それでお姉ちゃんとはなんの話したの?」
「それは、かくかくしかじかで……」
トーブンはマミーザがれいらを知るために戦いに臨むこと、最終的にビレイも、れいらも、ハーパーもみんなを救う方法を考えていることを話した。
「なるほど!確かに『お話』大事だよね!さすがお姉ちゃん!」
そう目を輝かさせるれいらを横に、ジミーは「いやでも彼女も結構れいらちゃんのこと考えてない行動ばかりしてない?なんで保護者面してるの?」と疑問に思ったが、保身で黙っていたジミー自身も人のこと言えなかったので空気を読んで黙っていた。
「わたし、みんなも、この世界のことも全然知らないし!みんなもわたしのこと知らないもんね!」
「「「くっ……」」」
3人は罪悪感で渋い表情になる。その当時は全員がれいらの意見を聞こうともしていなかったからである。
「もう!いつまで暗い顔してるの!わたしは大丈夫だから!ほら、笑顔になって!え・が・お!」
れいらはそんな3人を一人一人抱きしめる。彼女の下心のない純粋な優しさに心がポカポカしてくる。
「元気になった?」
そうニコニコしているれいらに3人は顔を真っ赤にして頷くほかなかった。
「すごかったな」
「そうだね……」
「本当に6歳ですか?あの人」
しばらく無言の時が流れる。ボーっとしている3人に視線が集まってくる。なんだか恥ずかしくなってきたゲージュは、
「おい、そろそろ始まるぞ!」
と、話題を変えた。2人もそれに乗っかるように視線を決闘の地に向けた。
そこではガクショウを挟むようにマミーザとハーパーが相対する。それを見ていた4人組はガクショウに注目する。
「なんでジジイあそこにいるんだ?」
「先ほどまで賭けの元締めしてましたよね?」
「学園長も反省してよ……」
「無理だな。あいつ元々武闘派だし、80のくせにアクティブだからな」
「……れいらちゃん」
「なに?」
「後でみんな殴っても怒られないと思うよ」
「え?」
相手を傷つけるのは良くないことはわかっていたれいらは戸惑うしかなかった。男3人はさらにガクショウについて話を続ける。
「ビレイ様の家庭教師をキビィ先生したのも彼ですよね」
「かなり厳しかったって聞いたよ」
「あの時からキツくなったんだよな」
「そのせいでハーパー様のサボり癖も酷くなって」
昔を振り返っていくうちに3人は「あれ?諸悪の根源、ガクショウじゃね?」という考えに辿り着き、ノリノリで審判を務めているガクショウに怒りと呆れのため息を吐いた。
一方で2人はすでに火花を散らしていた。
「ビレイは僕のものだ」
「現実を見てください」
「それはこっちの台詞だ、平民風情が。降伏するなら今のうちだよ」
「そのつもりはありません」
「投獄程度で済むと思うなよ」
「その必要はないですよ。むしろそっちが現実を受け入れる準備をした方がいいのでは?」
「……あくまで負けるつもりはないと」
「もちろんです……絶対に取り戻す」
2人は魔法の生成段階に入り、臨戦体制になる。その様子を観衆、兄弟、従者、友人……そして、れいらも息を呑んで見守る。そして、ガクショウが決闘の宣言をする。
「これより、ゴーザス・ビレイを賭けた決闘を開始する。勝敗はどちらかが降伏するか、戦闘不能になるかの2つ……では、始め!」




