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くだらない決闘

「やってしまったあああ……」


 勢いで売られた喧嘩を買ってしまったハーパーは生徒会室で頭を抱えていた。結果的にそれで場は収まり、式を終えることができたが、今まで取り繕っていた化けの皮を剥がされたような気分になった。そんな彼のテンションに影響されて生徒会室全体も葬式のような空気感になっていた。ただ1人ゲージュは彼の情け無い姿を笑っていた。


「笑うな!裏切り者!」

「悪い悪い、お前も男子なんだなって……思い出しただけで笑いが……」

「享楽主義もいい加減にしろ!」


ハーパーの怒号が響き渡る。彼が大人数の前で取り乱している姿を見せるのは久々のことだった。


「あーもう!いままで作っていた『飄々として掴みどころのない王子像』がー!」

「元から派閥内では情け無いところ見せてただろ」


ゲージュの発言に「そうだそうだ」とザメとスリが頷く。ハーパーが睨みつけると彼らはそっぽ向いた。この修羅場に耐えられなくなったジミーは話題を変えようとする。


「あの……まず、これからのこと考えたほうが」

「そんなの分かってる!場に流されてた奴は口出すなよ!」

「あぁ……」

「泣くならせめて面白く泣けよ、つまんねーな」


兄2人に罵倒され、心が折れたジミーはポロポロ涙を流し、それを憐れんだれいらに慰められる。


 れいらはジミーの頭を優しく撫でる。


「ほら、泣かないで」

「……ビレイさん」


ジミーはいままでビレイには感じられなかった優しさに違和感を覚えたが、その優しさがどうしようもなく心地良かった。そして、「そんな疑問はどうでも良い」と言わんばかりに彼女に抱きついた。ゲージュはそんな彼を笑い、


「人妻趣味あんのか?面白えな」


と、ハーパーの方に目を向けた。ハーパーは嫉妬深い眼差しをジミーに向けていた。ゲージュはそんな彼を揶揄うように、


「俺の兄はいつからこんな嫁煩悩になったんだろうな」


と言い放った。ハーパーは無言で立ち上がり、ジミーを引き剥がそうとする。しかし、ジミーはなかなか離れない。


「離れろよ!僕の嫁だぞ!」

「……やだ」

「兄の嫁に手を出すとはいい度胸してるな!」

「……その割にビレイさんのこと「口うるさい」とか愚痴ってたじゃん」

「それとこれとは話は別!とにかく返せよ!僕のビレイを!」


そう叫びハーパーはジミーを引き離し投げ飛ばした。ジミーは体を地面に打ち付けられ、のびている。そんな様子をアワアワした様子でれいらは眺めていた。


「僕の嫁を寝取ろうなど100年早い!」

「寝てから言え素人童貞が……つか、まだ許嫁だろうが」


そうゲージュは冷めた眼差しを向けた。ハーパーは顔を真っ赤にしながら反論しようとする。


「僕には僕のタイミングがあるんだよ!」

「夜遊び女遊びしてるくせによく言うぜ」


呆れた口調で言い返されたハーパーはその場で黙り込んでしまう。そんな彼を尻目にゲージュは彼女を観察する。以前まであった振る舞いに貴族の気品さは感じられず、無邪気だが利口な子供の雰囲気を彼は感じ取った。れいらはそんな彼の視線に気がつき、


「ど、どうしたのかな?ゲ、ゲージュくん」


と、屈強な男に引け気味になりながら質問した。ゲージュはその質問の仕方から疑問だったものが確信に変わった。


「おい、お前さ」

「ゲージュ!」


 ゲージュがれいらに近づき何か言おうとした瞬間、生徒会室扉が開く。学園長のガクショウが入ってきたのだ。彼はこの状況を確認して、


「おやおや、どうやらお取り込み中だったようじゃの」


そう笑っている彼をハーパーは睨みつける。彼にとっては悩みの種を増長させた時代遅れの老害だった。


「どのような要件でこちらに?」

「第一王子が年寄りを労われないとは……随分と余裕がなさそうじゃな」

「……あなたのおかげでこっちに迷惑かかってるのですよ」


と、ハーパーの鋭い視線をガクショウは笑い飛ばす。ハーパーはそんな態度に怒りを募らせ、肩で呼吸していた。


「何がおかしいのです?」

「いやすまんすまん、これから起こることが楽しみで仕方ないのじゃ」

「本当に武闘派ですね、時代錯誤も甚だしい……なぜ、こんなくだらない決闘を許可したのですか?」


そう聞かれたガクショウは懐かしそうな顔をして窓辺から外を眺める。


「昔は決闘が当たり前じゃった。ある時は強さを求めて、ある時は新魔法の実験として、またある時は恋人をめぐって……そうすることで魔法は可能性を広げていった」


ハーパーは「また昔話か」と呆れた。


「昔の話はしてませんよ。今はもう魔族との戦争もない。魔法のために血を流す必要はもうないじゃないですか」

「それはどうかの?」


そう振り向く。窓からの光で影になり、ガクショウの表情は見えない。


「血を洗う権力争いに使われたのは魔法じゃ。魔法はその者の想像力に左右される。魔法に善悪の区別はない、ただその者の生き写しじゃ。どのように使っていたかが如実に現れる……生き残るためには多少の荒事が必要じゃろうて」

「つまり、『今後のためにも多少の殺意を持った実戦は必要』ってことか……母さんのようにならないためにも」

「ゲージュ!縁起でもないことを言うな!」


この話を聞いていたれいらはジミーもこの話を聞いた方がいいと思い、彼を起こそうとする。そんな様子を勘付いたハーパーが静止させる。


「ビレイ、一旦この部屋から出ていけ、今の君が聞くような話ではない」


れいらは戸惑った表情を浮かべた。本当は止まろうしたが、「いいから出ていけ」と言わんばかりの視線をハーパーから送られて生徒会室をあとにしようとした。


「これこれ、嫁さんとは仲良くした方が身のためじゃぞ」


そんな2人の様子を笑っていたガクショウは目を細めて、


「じゃが、本当のお嫁さんではなさそうじゃがの」


そう発言した次の瞬間、ガクショウの喉元に向かってナイフが飛んでくる。ガクショウはそのナイフを指2本で止めた。ハーパーが鬼の剣幕で彼を見つめる。


「彼女はビレイです」

「そう言うには随分と幼いじゃないか。キビィに叩き込まれた作法がなっとらん。まるで子供ではないか」

「口を慎め、彼女はビレイだ。耳に入っているでしょう?あの平民と衝突した話を。その衝撃で今は少し幼くなっているだけさ」


この様子を見ていたゲージュは「ハーパーの言い方は相手に圧をかけているように見えて、実のところ自分に言い聞かせるように見える」と思った。ゲージュはれいらに問いかける


「れいらだろ?本当の名前。あの女が言っていた」

「ビレイだよ」

「あいつの言うことは聞かなくていい、本当の名前を言いな」

「ゲージュ!」


ハーパーがゲージュの胸ぐらを掴む。ゲージュはガクショウに視線を送る。ガクショウは魔法で重力を強め、ゲージュごとハーパーを拘束する。ハーパーは必死に立ちあがろうとするが重力からは抜け出せない。


「なんの真似だ!彼女はビレイだ!ビレイなんだよ!ビレイ、昔に戻ってくれたんだよな?僕のために!やっと自由になれたんだよな?あの教育から!悪かったよ、いままで冷たくして……でも分かってくれ!僕は認めたくなかったんだ!あの時の元気で明るいビレイが本当の姿だから……」

「現実を見ろ!別人なんだよ!あの時に率先して行動してなかったし、俺の名前もスッと言えてない!これはもう別の人間だ!」

「うるさい!」


そう言って重力魔法を跳ね除け立ち上がる。そしてゆっくりとれいらに歩み寄る。彼の目は血走っており、その必死な形相にれいらは恐怖を覚え、その場に崩れ落ちてしまう。


「君はビレイだ……そうだろ?……そうと言ってくれ……」

「ごめんなさい、やっぱり……わたしは」


無言で腕を振り上げる。そんなハーパーに思わず目をつぶってしまう。ドンっと鈍い音が鳴る。しかし痛みは感じなかった。目を開くとそこには間に入って盾になっているジミーの姿があった。


「……早く言いなよ。れいらちゃん」

「……私は、れいらです!6歳です!ごめんなさい……嘘つきで……!」


そう言って涙を流す。そんな彼女にホッとしたジミーだったが、ハーパーに吹っ飛ばされる。それを見たゲージュはジミーに駆け寄る。ハーパーは完全に正気を失っていた。


「違うよね」


と、彼は真顔でれいらの頬を触ると、


「ごめんなさい、ごめんなさい、ビレイちゃんになれなくて」


と、謝り続けているれいらに対してこう言い放つ。


「違うよね。君はビレイなんだよ。みんなに強制されているだけ、本当はビレイ」


ハーパーの異常な状態にれいらは声が出ず、生徒会の面々もただ立ち尽くすのみだった。その中でガクショウは2人の間に結界を張る。


「なんの真似かな?」

「彼女への指導が行き過ぎていたことは謝罪する。だが、彼女はビレイではない。これ以上彼女に近づくな」

「……何言ってるのかな?彼女は僕の嫁だよ。彼女を壊した君たちに邪魔される筋合いはない!」


そう叫び、ハーパーは結界を破壊して、れいらを自分のところに抱き寄せる。れいらは彼の胸の中で震えて言葉が出ない。ハーパーは曇った笑顔で


「こんなくだらない決闘を早く終わらせて僕の方が正しいことを証明してやるよ!」


と言い放ち、決闘へと向かった。

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