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 生徒会では入学式準備を終えたエイレン・ゲージュ第二王子とエイレン・ジミー第三王子が休憩していた。ゲージュは無言でカンバスに色をつけている。一方でジミーもぼーっと窓の外を見つめていた。2人の間に会話はない。あったとしても、


「ジミー、お前さ、趣味あんの?俺みたいに」

「……うーん、ない、かな」

「いやスッと言えよ」

「……うん」


程度の会話しかない。三つ子の兄弟でありながら友達の友達程度の感覚である。


 そんな地獄のような空間の中で三兄弟のお目付け役のストラス・トーブンが箱を持って入ってきた。


「ハーパー王子を見た人いませんか?」

「僕は……知らないよ」

「俺も知らん、てかその箱はなんだ」

「ゲージュ王子、ここで絵の具を使わないでください」

「そんなことはどうでもいいだろ」


そう言いながらゲージュは箱を取り上げる。彼が箱を開けるとそこには茶色い饅頭が入っていた。


「……饅頭……なんか少なくね?」


そう言いながら饅頭を食べ、ジミーにも饅頭を渡す。トーブンは顔を逸らしながら話題を逸らす。


「マミーザさんからの差し入れです」

「マミーザさんってあの噂の?」

「そうです。平民出身でありながら筆記、魔法、体力全ての試験を満点合格したあの人です」

「ただ、ビレイの奴を殴ったらしいし、今朝もだいぶ暴れてたらしいな。自由な奴だぜ」

「……悪い人ではないと思いますよ」

「改めて聞くと才能に溢れていてすごいね。羨ましいよ」


そう言いながら、饅頭をかじり、ため息を吐く。そんな様子見た2人はジミーの卑屈さに自然とため息が出た。


 そんな生徒会室の扉を開ける2人がいた。ハーパーとビレイ(れいら)である。


「ごめんなさい。ほら、ハーパーくんも」

「ああ、遅れてすまない」


そう頭を下げる。それを見た3人はあのハーパーとビレイが簡単に頭を下げたことに衝撃を受け、思考が停止した。


「……君たち?」


頭を上げたハーパーが呟く。3人は顔を見合わせて、


「あの2人が謝罪?」

「明日は雪だな」

「ハーパー王子……成長しましたね」


そんなことをほざいていることにハーパーは多少の苛つきを覚えながら、


「君たちは僕のことをなんだと思っているんだい?」


と質問すると、3人は口を揃えて言い放つ。


「「「なんだかんだでダメ人間」」」

「分かった。二度と君たちを信じない」


・・・

 

 入学式が始まる。始業式も兼ねている都合で全校生徒が集まる入学式で、平民のマミーザは良くも悪くも注目を集めていた。ある人は「学園始まって以来の天才」、ある人は「噂の絶えない謎多き女」、ある人は「革命を起こしかねない危険因子」と、彼女の存在は貴族にとって特異であった。ただ、今朝の彼女を見ていた者たちは共通して「頼むから変なことやらかさないでくれ……」という不安を持っていた。しかし、彼らの不安とは裏腹に彼女は落ち着いた様子で式に臨んでいた。


「皆さん、ご入学おめでとうございます。在校生を代表して私、エイレン・ハーパーより祝辞の挨拶をさせていただきます」


生徒会長ハーパーの在校生代表挨拶も当たり障りのないことを話し、順調に先は進んでいく。


「続いて、新入生代表の挨拶」


マミーザが立ち上がる。入試成績首席が新入生代表として挨拶をすることがこの学園伝統であった。


「おいあいつだよ」

「噂の平民ね」

「極悪令嬢を殴ったらしいな」

「今朝はあの女を連れ去ったらしいわよ」

「あの令嬢、いつもと違くないか?」

「面白いことしてくれねーかな」

「頼む、普通にやってくれ……」

「もうどうにでもなれ」


周囲から噂話が聞こえてくる。そんなことなど気にも止めずに歩み進めていく。しかし、れいらが笑顔で手を振ると、マミーザは彼女に向かって小さく手を振った。手を振り返されたれいらはポッと頬を赤らめて嬉しそうに飛び跳ねる。そんな様子を見たビレイを知っている人間たちは「いつもと違くない?」と違和感を抱いた。


「みんな見てるから落ち着いてくれ」


そうハーパーが注意すると、れいらは恥ずかしそうに縮こまる。周囲は「幼くない?」と首を傾げた。


 マミーザが登壇する。「余計なことするなよ」という1-Bの人間たちの不安とは裏腹に、彼女は一礼して台本を読み上げる。


「春の息吹が感じられる今日、私たちは王立エーライ学園に入学いたします。本日は私たちのために、このような盛大な式を挙行していただき誠にありがとうございます。新入生を代表してお礼申し上げます。本校は創立203周年という長い歴史と伝統を持つ由緒正しき学園でありながら、生徒たちの自主性を尊重し、常に教育の最前線を走っております。そのような学園に入学できたことを光栄に思います。我々新入生一同、学園の名に恥じぬような行動をしていきたいと思っております」


ここまで想像以上にまともな挨拶だったため、ホッとする者や拍子抜けする者が出てくる中、挨拶は続く。


「学園の教育理念として、『挑戦し、学ぶ』という言葉を掲げています。この理念を体現していけるよう努力して参ります……そのため」


マミーザは台本を破り捨て、ハーパーを指差し、魔法で『宣戦布告』という文字を浮かび上がらせる。


「生徒会長エイレンハーパー第一王子!入学式後、私と勝負だ!ビレイ様を賭けて!」

「は?」


 あまりに突然の出来事にさすがのハーパーも鳩が豆鉄砲を食ったような表情を見せた。困惑と興奮の声が入り混じる。そんな中でチユニが壇上に登る。


「さあ、みんな。これから面白いショーの始まり始まり。将来のお姫様を巡ったこの国を背負う第一王子と学園創設以来最高の天才の戦い!これはフィクションでもなんでもない本物の戦い!君たちは歴史的舞台に立ち会える!面白い以外の何者でもないだろう?」

「そうだな!面白そうだな!」


そうゲージュが立ち上がる。チユニの作戦通りだった。()()()()()()()()()それが彼女の立てた作戦だった。ゲージュは面白そうなことにはなんでも首を突っ込む性格だったため、第二王子の賛同を得ることで、盛り上がりやすい環境を作る。すると、


「さすがゲージュ!俺たちのリーダーだ!こんなつまらない式典なんて早く終わらせて、決闘しようぜ!」


と、ゲージュ派閥の生徒たちが盛り上がり出す。するとそこに反ハーパー派閥が「これはあの王子失脚させるチャンス」とこの盛り上がりに乗っかり出す。反ハーパー派閥が盛り上がると「ならば」とハーパーの夜遊びに不満を抱いていた生徒と一部教員も盛り上がり出す。すると全体の過半数はこの決闘に肯定的になる。このときジミーなど物静かな者たちは周りに流されていく。そうなることで入学式らしからぬうねりが生まれた。真面目な教員たちが静止させようとするが、熱狂した暴徒はそう簡単には止まらない。たまらずキビィ先生に助けを求めるが、


「キビィ先生、あなた担任でしょう?なんとかしてください」

「……もう、疲れた」


と泡を吹いて倒れた。厳しい指導で恐れられていたキビィも今回ばかり色々ありすぎて、精神的に限界を迎えていたのだ。


「キビィ先生!」


 ハーパーどうすればこの状況を打開できるか思考を巡らせる。そんな中で親ハーパー派閥のコバン・ザメとゴマ・スリが


「おい、この状況なんとかしろよ!」

「未成年のくせに夜の街で歩いているからこうなったんだろ!」


と訴えてくる。ハーパーは「あーはいはい」と呆れながら、周囲に向かって殺気を放ち、一時的に盛り上がりを鎮静化させる。そしてマミーザの前に立ち、


「なんてことをしてくれたんだい?いくら平民だからとはいえ、許されないだろう?」


そう圧をかける。しかし、マミーザは屈せずに笑顔で、


「そうでもしないと相手してくれないじゃないですか。私が平民だから」


と言い返す。あまりに図星だったハーパーは苦い顔をしながら、会話を続ける。


「こんなふざけた決闘認めるわけないじゃないか」

「私が平民だからですか」

「身分は関係ないよ。こんなことは誰だってふざけてると思うはずさ」


そう言って盛り上がっていた者たちに向けて、


「今の君たちは革命を起こす愚かな平民のようだ!何も考えず、ただ流れに便乗する衆愚そのものだ!」


と、鋭い眼光で叫ぶ。ハーパーの放つ殺気は好感度減少の代わりに、大半の人間を黙らせることができた。今回もそのような形で場を収められると思われた。


「おいおい、そりゃないぜ。さっきまでちょっとは成長したなと思ったのに、こんな面白い祭りを無碍にするなんて、やっぱりつまんねー奴だな!」


兄弟のゲージュには一切効かなかった。チユニもそれに便乗して、ため息を吐く。


「残念だね。素晴らしいショーになるはずだったのに」


ハーパーはそんな2人に呆れながら、


「君たち、もう子供じゃない」


という注意の声を遮り、ハーパーが


「お前らも見たかったよなー!」

「「「「「「そうだそうだー!」」」」」


と扇動し始め、またもや収集がつかなくなる。ハーパーは「馬鹿ばっかり」と頭を抱えながら、なんとか反論しようとする。


「そもそも、こんなこと学園長が認めない!」


と、サイコウ・ガクショウ学園長に助けを求めた。ガクショウは80を迎えた体に鞭打ちゆっくり立ち上がり、杖をつきながら、ゆっくりと前に立つ。


「……構わんぞ」

「はい?」

「学園の理念は『挑戦し、学ぶ』生徒が自ら本気で挑み、反省し、次の成長に繋げる……昔は決闘も当たり前で命を失う者もいた……」

「今と昔は違いますよ」

「だが今は、その理念が失われて、親の代理戦争……そこに成長はあるのかい?今ここで本来の学園の姿を取り戻してもいいと思うのじゃが」


この発言に「そうだそうだ」と便乗する生徒たち、教員も学園長の発言には逆らうことができなかった。ハーパーは梯子を外された気分になり、「この老害が」と心の中で呟いた。


 この空気感にザメとスリがハーパーに対して、


「「ここは受け入れたほうがいい」」


と助言してくる。ハーパーはめんどくさそうにその根拠を尋ねる。


「そっちの方がイメージが良くなるぞ」

「悪いイメージ払拭するためにやっとけ!」

「……君たちのイメージ戦略にうんざりなんだよ」

「だって外面はいいからな」

「俺たちはお前の人気に乗っかって出世するんだ!」

「「イェーイ!」」

「本人の前それ言えるの逆に清々しいよ……絶対出世させない」


ハーパーは呆れた。ハーパーの周りにはハーパー人気を利用しようとする私利私欲に塗れた汚い人間しかいなかった。


 逃げ道が無くなりつつあるハーパーにマミーザは再び、


「さあ、勝負!バブバブ王子!」

「誰が赤ちゃん王子だ!くそっ、こんなふざけた決闘認めるわけ……あ、トーブン!」


ハーパーはトーブンに助けを求めた。本来、融通の効かないほど真面目な彼がこんな無秩序認めるはずがなかった。しかし、トーブンは気まずそうに顔を背ける。ハーパーは彼が買収されたことを悟り、マミーザを睨みつける。


「いくら払った?」

「人聞きの悪いこと言わないでください。饅頭を渡しただけですよ」

「……毒饅頭か」

「あ、いえ、地元で買った饅頭を定期的に渡すという約束を取り付けました」

「安っ!?」


そう、一番強く反対するであろうトーブンに対しては甘党であることを利用して差し入れを渡す際に『口を出さない』という約束を取り付けたのである。ハーパーは目を丸くしながら、トーブンの方を見る。


「トーブン、いや、甘党なのは知ってたけど……安っ、やっす!」


あまりの困惑具合にトーブンは顔を真っ赤にさせる。そして涙目になって、


「そんなに言わないでください!最近止められてるのですよ!ケーキとか!」

「だからって」

「そもそも、あなたが夜遊びしなかったらここまで甘党になってませんよ!……そのせいで先日、ソンス先生に言われたんですよ「糖尿病予備軍」って!」

「それは……ごめん」


気まずい雰囲気になっている中、マミーザは空気を読まずに、


「ちなみにその饅頭は糖分控えめなのでよほど食べすぎない限り大丈夫ですよ」


と、胸を張っていた。


 そんな2人を無視して、周囲は勝手にお祭り騒ぎ状態になっている。ハーパーは「こんな時に限ってビレイが……」と頭を抱える。ビレイは口うるさいが、こういう収集のつかない事態には「ふざけないでちょうだい。こんなの私が認めないわ」と率先して嫌われにいっていた。この役割を果たせる人間がここには存在しなかったのである。今のビレイは完全に王子様を待つお姫様のようなものである。もはやハーパーが母性を感じ、思わず甘えてしまうほど、毒気が抜かれていたのである。


「やるだけやってみよう……そもそも、ビレイの意見を聞いていないだろう?本人の意見を聞かないのはどうかと思うね」

「……れいらちゃんを否定した分際で……!」


ハーパーは最後の悪あがきにビレイを呼ぶ。ててててと走ってきた彼女に注目が集まる。


「え、えーと……わたしは……えっと」


れいらは緊張して言葉が出てこない。言葉の代わりに涙が出てくる。6歳にこの舞台は荷が重すぎたのだ。マミーザはれいらに駆け寄り優しく抱きしめる。


「れいらちゃん、よく頑張ったね。いい子いい子」

「お姉ちゃん……」

「大丈夫、私がついているから」


そんな2人を見てハーパーは激しく動揺する。


「あ、いや、そういうわけじゃなくて」


その様子を面白がり、チユニとゲージュが目を細めながら、ゲージュの魔法で声を拡大させながら揶揄い始める。


「泣かせたね」

「女を泣かせるなんてありえねーな」

「今まで何人泣かせたのだろうね」

「男としてどうなんだ」


周りからもブーイングが出始める。


「君たち!人聞きの悪いこと言わないでくれるかな!?」


そんなツッコミも、2人は「いや、事実だし」と、悪びれる様子もなかった。そしてゲージュが呆れながら、


「お前さ、観念したらどうだ?王子として示しがつかないだろ」


と、もう一つの本音を吐露した。ハーパーは直接対決を避け続けてきたため、ゲージュにとって人間としても王子としてもつまらない奴だと思っていた。面白いもの好きのゲージュにも多少の王族としての誇りがあったのだ。


「俺もお前の強さを観たいんだ」


ハーパーは苦々しい表情を見せる。彼はあまり次期国王の立場を望んではいなかった。たまたま2人より数分早く生まれ、能力が優れていただけだったのだ。そのため必要以上の仕事をしたくなかった。つまり、面倒くさがりなのである。そんな姿勢が態度にでていた。それがゲージュを酷くイラつかせた。


「あー、そうか!お前負けるの怖いんだろ?平民の、しかも女に負けるのが怖くて!相変わらずビビりだな!やーい、ビビり!ビビり!」


と、ハーパーを煽った。そんなあからさまな煽りに大人なハーパーは、


「そんなわけないだろ!あんな小娘一捻りだから!分かった、買う!その決闘買うよ!」


と、声を荒げた。彼もなんだかんだ男の子だった。

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