テエテエは見た
テエテエは刺さったガラスを取り除くため医務室に運ばれ、男性医師のキモ・ソンスに治療されていた。彼の的確な治療によってテエテエは全快したが、息を切らせながら治療するその様はお子様に見せられない映像の導入部分であった。
「これで……大丈夫だよぉ」
「ほんとすみません。試験の時からお世話になってて……もしかしたら、またお世話になるかもしれません」
と、テエテエは頭を下げる。ソンスはハンカチで額に滲んだ汗を拭いながら、
「これがぼくの仕事だからねぇ」
と気持ち悪い笑顔を見せていた。テエテエは再び頭を下げて医務室から出ていった。
・・・
テエテエが廊下を歩いていると、ハーパーの声が聞こえてくる。声のする方を覗いてみると早足で歩くハーパーとそれに必死に追いつこうとするビレイ(れいら)の姿があった。
「ハーパー様とビレイ様ですね……うーん尊い」
テエテエはカップリングができると尊みを見出してしまうタイプの人間だった。しかし、そんな彼女でも何か違和感を感じていた。ハーパーの表情は一見すると落ち着いているが、どこか焦っている様子だった。ビレイも噂で聞くような『極悪令嬢』さは微塵もなく、動きから幼さが見えていた。
テエテエは2人の会話に耳を傾ける。
「ビレイ、「誰?」とは酷い冗談じゃないか」
「ごめんなさい。でも、本当にわかんないの」
「そんなはずないよね」
「本当だよ!ビレイちゃんがどんな人かも、ハーパーくんのことも、ここがどこかも全部わかんない」
ハーパーは頭を掻きむしる。れいらに嘘をついている様子はなかった。今も機嫌の悪いハーパーを怖がっていた。ハーパーは現状を受け入れようとはしなかった。彼は突然足を止める。れいらは彼の背中にぶつかる。
「……そんなに嫌いか?僕のこと」
「え?」
「僕を揶揄ってそんなに楽しいか!?」
彼のあまりの剣幕にれいらは萎縮してしまう。
「確かに僕は君にとって腹立つ存在かもしれない。でもそれは僕も一緒さ。上手くいっているのに僕のやることなすことに口を出して、少しくらい女遊びしてもいいだろ?激務なんだからさ。その態度は当てつけなのか?未だに王子の自覚のない僕への!くだらない大人達みたいに君も僕を馬鹿にするのか?いい加減してくれよ!」
語気が強まり、彼の目から涙がこぼれ落ちる。れいらは俯き、何も言い返さない。そんな状況を見かねてテエテエが声をかける。
「あの、その辺にしといた方が……聞かれたらまずいと思いますよ……」
テエテエを見たハーパーは慌てて袖で涙を拭くが、ポロッと、本音が出てしまう。
「僕は今の君が気に入らない……いや、君が変わってしまった時から全てが気に入らなくなったんだ」
そう彼は肩を落とした。れいらはそんな彼の頭を撫でた。
「やめてくれよ……せめて前みたいに罵ってくれよ!」
ハーパーは最近ずっとビレイに説教されっぱなしだったため、彼女に優しくされることに慣れていなかった。れいらは頭を撫でて続ける。そして優しく、
「お疲れ様。すごく頑張ってたんだね」
と、微笑んだ。そんな彼女にハーパーは母性を感じて、彼女を抱きしめた。
「ビレイちゃんがどう思っていたか私にはわかんないけど、わたしはハーパーくんはえらいと思ってるよ」
「……ありがとう」
中身を考えると、6歳児が17歳を慰めているという地獄のような絵面なのだが、見た目はスタイル良い男女2人だったため、テエテエはこの2人の関係性に尊死しそうになった。空気を読んでなんとか鼻血を出す程度で抑えてその場を後にした。
・・・
テエテエが1-Bに入る。そこにはうずくまり泣き叫ぶマミーザ、生徒に介抱されているキビィ、色々ありすぎて放心状態になっている一部生徒、その辺で伸びているチユニ……混沌を極めていた。テエテエはチユニを起こして何が起きたのか尋ねる。
「何が起きたんです?」
「謎多き少女をめぐった、我が友とこの地を統べる若き長の戦いさ……」
「……マミーザ氏とハーパー様がビレイ様をめぐって喧嘩したということですか?」
チユニは頷く。テエテエはなぜかチユニのややこしい言い回しを理解できた。彼女はマミーザの様子を見て「負けたんですね」と察した。
「ビレイじゃないよ……れいらちゃんだよ……ふざけないでよあのキザ王子」
「それ以上は不敬罪ですよマミーザ氏」
「事実を言っただけだよ!あいつれいらちゃんのこと認めないの!今はれいらちゃんなのに!あの子の気持ちを無視して!」
マミーザは目元を腫らしていた。テエテエは苦笑いしながら宥める。
「まぁ落ち着いてください。私どうしてこうなったのわからないので教えてください」
「それはかくかくしかじかで」
「なるほど、ビレイ様と衝突したらビレイ様の中身が6歳児の『れいら』という女の子になってしまい、マミーザさんは責任を感じて面倒を見ようとしていたら、ハーパー様がその子を連れていってしまったと……別に良くないですか?」
テエテエは廊下での2人の様子を見て、純粋に「問題ない」と思いそう発言した。キビィも「そうだそうだ」と頷いている。しかし、その発言は事情を知らないマミーザにとって看過できるものではなかった。彼女はテエテエにアイアンクローをかましたのだ。
「痛い痛い痛い!やめてくださいやめてください!謝りますから!その手を離してください!」
「何も知らないくせに!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!ハーパー様がれいらさんを抱いているのを見て「大丈夫かな」って思って発言してしまったんです!」
「は?」
マミーザは思わず手を離す。持ち上げられ、宙に浮いていたテエテエは「ふげっ」と床に打ち付けられる。マミーザは殺気立ててぶつぶつと何か呟いている。恐る恐るテエテエが尋ねる。
「あの、大丈夫ですか」
「あのキザ王子、6歳児に手を出すとか流石にないよ……なんで貴族ってこういう奴ばっかなの」
「貴族への偏見やめてください!というか勘違いしてます!私の言い方が悪かったです!正しくは抱きしめたでした!」
「どっちにしろアウトだよ!」
「確かに!……でも、私的には性欲的なものではなく、母性的なのも、バブみを感じておギャりたいだけだと思います!」
周囲から「うわー……」という声が上がる。教師を含めたこの場にいる全員がドン引きした。テエテエはどんどんドツボにハマっていき、ハーパーは本人の預かり知らぬところで尊厳が破壊されていった。マミーザは鬼の形相になり、
「絶対に結婚は認めない!宣戦布告だ!」
と、娘を持つめんどくさい親父のような発言をして教室から出ようとする。「このままではまずい」と思ったテエテエとその他複数の男子生徒は彼女を抑え込もうとする。しかし、マミーザの馬鹿力の前に引き摺られていくだけだった。
「マミーザ氏!落ち着いてください!なぜそこまでしてれいら氏にこだわるのですか!?」
「私は……お姉ちゃんだから!」
「答えになってません!」
マミーザは大家族の長女なのもあり、この短時間でれいらに庇護欲が芽生えていた。そして、テエテエの伝え方が悪かったことで彼女のハーパー像が『幼女に手を出す不審者』レベルに堕ちたことで「れいらちゃんは私が守る」という変な使命感を抱いてしまったのだ。
こうなったマミーザは誰にも止められない。テエテエはキビィに助けを求めた。
「キビィ先生、彼女を止めてください!」
「……もう、どうにでもなれ」
「先生!」
キビィはなにしても碌なことにはならないことを悟り、匙を投げてしまった。テエテエはダメ元でチユニに助けを求めた。
「チユニ氏、上手いこと落ち着かせてください!」
「ようやくボクの出番か」
そうゆっくりと立ち上がると、マミーザを呼び止める。
「マミーザ、このまま挑んでも彼には勝てないよ」
「は?」
マミーザはチユニを睨みつける。しかし、そんなことを気にも止めず飄々と話し始める。
「すまない。厳密には相手にされないだ。いくら君が首席合格したとはいえ立場は平民、普通じゃ相手にされないだろう」
「……指咥えて見てるしかないってこと?」
「普通なら、ね……彼も完璧ではない。一部貴族には疎まれてるし、本人も裏で女遊びをしてるともっぱらの噂だ」
「は?」
「あの、火に油注がないでください!」
テエテエの必死な忠告を無視してチユニは話し続ける。
「英雄色を好むとはいえ第一王子が女癖が悪いとなると心象も悪くなる。そこにつけ込む」
「つまり、どうすればいいの」
「君なら簡単さ。貴族も所詮は衆愚……こうすればいい」
そうマミーザに耳打ちする。マミーザの顔は徐々に晴れチユニと固い握手をする。
「分かってくれたかい?」
「うん、持つべきもの友達だね!」
この教室にいる全員が「碌でもないこと考えてるな……」と思ったが、現状マミーザを止める手段はなかったため、「もうどうにでもなれー」と開き直ってしまった。それはそれとしてテエテエは2人の友情に尊死していた。




