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胃痛案件

 マミーザは最短ルートで教室に向かった。壁から壁へ、窓から窓へ飛び移り、教室へ向かう。チユニは涼しい顔をしているが、実際のところは軽く酔っており、冷や汗ダラダラで振り落とされまいと彼女の背中に必死にしがみつくので精一杯だった。一方でれいらは最初こそ怖がっていたものの、マミーザががっしりと抱えていたため命の危険がないこと察すると、


「わー!すっごーい!」


と、絶叫マシン感覚で楽しんでいた。マミーザは窓ガラスを蹴破って教室へ入る。無論、辺りは騒然としていた。彼女はチユニとれいらを降ろすと、


「遅れましたー!」


と全力で土下座した。れいらもそれを見てマミーザの真似をする。


「ごめんなさい」


チユニは壁に寄りかかり、青ざめた様子で、


「地獄は……そこにあった……ウップ」


と、嘔吐を我慢していた。


「マミーザ氏、間に合っていますよ」


そう同じ寮のガチオタ・テエテエがチユニを介抱しながら言った。


「テエテエちゃん、ガラス!」


彼女の額にはガラスが突き刺さっていた。しかし彼女は平気そうにガラスを取り除くと、笑顔で


「大丈夫ですよ。こんなの怪我のうちに入りません」


そう言い残し、頭から血を吹き出しながら倒れた。彼女はそのまま医務室へ運ばれた。


 無事、教室には間に合った。しかし、マミーザはチユニと共に吊るされていた。そんな2人をれいらは解こうと両手を上げてピョンピョン跳んでいた。クラスメイト達もこの異様な光景に動揺を隠せずにチラチラとマミーザの方を見て話に集中できずにいた。


「皆さん、ちゃんと話を聞きなさい。子供じゃないのですよ」


2人を吊し上げた張本人、担任のシドウ・キビィが強めの口調で注意した。そんな彼女にマミーザは声を荒げる。


「なんで!?」

「マミーザさん、口を慎みなさい」

「時間守ったじゃないですか!?吊るされる筋合いはないと思いますけど!?」

「器物破損」

「ごめんなさい」

「これもまた『運命』……ってことだね……ボクらはここで終焉を迎えるのさ」

「チユニさん、あなたも反省しなさい……そして」


キビィは未だに飛び跳ねているれいらを見る。


「お姉ちゃん!大丈夫?」


ビレイと面識のあった彼女にとって、このれいらの姿は違和感しかなかった。


「……なぜここにいるのですか……ビレイさん」

「え、みんなビレイビレイって言うけど、誰のこと言ってるの?」

「あなたのことですよ」

「あ、わたしはれいらと言います!」


キビィは目を丸くする。何が何だかよく分かってないのである。そんな彼女にシワシワの顔になったマミーザがことの事情を話す。ぶつかってビレイがれいらになった話を聞いたキビィは内容を理解する。そしてあまりにも非現実的な事態に


「はあー!?」


と叫ぶしかなかった。そもそも担任している生徒が入学早々、第一王子の許嫁の人格破壊をしてしまうという胃痛案件を彼女は認めたくなかったのである。


「いや、そんな、馬鹿なことあるわけないじゃないですか……」

「れいらちゃん、ここどこか分かる?」

「分かんない!」

「じゃあ、今の姿分かる?」


そうマミーザは魔法で鏡を作り出してれいらの前に置く。れいらは今の自分の姿を見て目を輝かせる。


「わぁー!お姫様みたい!」

「うぎゃー!もう黙って!」


キビィは頭を抱えた。こんな問題、責任を追及されるに違いない。そして、王族に手にかかればたかが一教師簡単に葬り去ることができるのは想像に難くなかった。実際のところ『学園の最終戦力』と呼ばれている彼女を簡単に葬ることはできないのだが、彼女は内面はかなりネガティヴなのであった。


「お姉ちゃん、あの先生怖い」

「まぁ……うん、そっとしてあげよう」

「誰のせいだと思っているのですか……」


責任を感じたマミーザは縄を引きちぎり、ついでに吊るされて瀕死になっていたチユニを解放したのち、キビィのところへ歩み寄る。


「あの……これは私のせいなので、私が責任とるので大丈夫です」


その発言を聞いたキビィは眉間に皺を寄せ、尋ねた。


「どう取るつもり?」

「私が面倒を見ます」

「元の人格に戻す方向性で考えてほしいのだけど」

「……無理です」

「いや無理って……」

「だってあの子見てくださいよ」


そうれいらの方を指差す。彼女は鏡を見て幸せそうにクルクルまわっていた。かと思えば女生徒になでなでされている。間違いなく、昔よりは幸せそうである。2人はそんな彼女をどこか遠い目で見つめながら話し合う。


「……なんか戻すの申し訳なくて……このままの方が幸せなんじゃないかって」

「……いや分かるけど……本当はビレイさんに会うことが気まずいとかじゃないの」


多少その気持ちもあったマミーザは聞こえてないフリをしてれいらと遊びだす。


「れいらちゃん、私、マミーザって言うの。よろしくね!」

「よろしくね!マミーザお姉ちゃん!」


腹が立ったキビィは胃痛の対象の耳を強く引っ張った。


「現実逃避しないでちょうだい」

「痛い痛い!その気持ちは少しだけです!ちゃんと責任とりたいんです!さっき言いましたよね?「もう子供じゃない」って!」

「子供よ……15歳なんてまだまだ子供です」

「さっきと言ってることが違う!」

「記憶にございませんね」

「ずるい大人だ!」

「大人はそういう生き物ですよ。勉強になりましたね。ですので、いけしゃあしゃあと大人の真似事しないでください」


そう鼻で笑うキビィに対して、マミーザはれいらを抱きしめて、真剣な眼差しを向ける。


「それでも、私は責任持ってこの子を育てます。私、チビ達の世話してるし慣れてると思うんです。だから、きっと」

「貴族には貴族の掟があってそれに合わせた教育があるの。平民の子育てとは訳が違うの……しかも今回は体はそのままで人格が変わっている。記憶も、魔法も忘れているでしょうね……こんな状況、王族の皆さんにどう伝えればいいの……」


そうキビィは世間知らずの平民が起こした事態に頭を抱えた。キビィ自身、ビレイに対して後ろめたい気持ちがあったので「このままならこのままでもいいのではないか」とマミーザに全て任せたい気持ちもあった。しかし、ビレイのことを秘匿するにも限界があり、リスクの方が大きかった。


 キビィはこの状況を打開する方法を探して脳をフル回転させる。「ここはとりあえず、王族関係者にバレないうちにマミーザを納得させ、全員と口裏合わせて密かに人格を戻す方法を模索するのが一番の解決策だ」と彼女は結論付けた。幸いなことに彼女の担当クラスである1-Bは身分が低めの貴族中心で王族関係者もいなかった。「ここの教室にハーパー王子が来ない限り大丈夫」とホッとしていたが、ある声でその安心も崩れ去った。


「王族がどうしたんだい?」


その声の方を見ると生徒会長で第一王子のエイレン・ハーパーがいた。キビィは動揺を隠せない様子で、


「な、なぜここに」


と尋ねた。周りは突然の第一王子の登場に混乱の様相を呈していた。ある者は黄色い声援をあげ、ある者は倒れるといった状況はハーパーは笑いながら静止させる。


「お嫁さんを探してね。ここにいたのかビレイ、探してたんだよ」


と、れいらの手を掴む。しかし、れいらはイケメンだけど知らない人に手を握られたことに恐怖心を抱き、


「誰?」


と、その手を振り解き、マミーザの背中に隠れた。マミーザは彼を睨みつける。そんな態度を見せつけられたハーパーはフッと笑う。


「噂に聞いていた通り、完全に忘れているようだね。ビレイ、僕たちは小さい頃からの仲なのに寂しいよ。僕はこんなに君を愛しているのに」


マミーザは彼の言動に薄っぺらさを感じ、警戒を強める。


「今はれいらと呼んでください」

「君はいつまでそんな態度をとっているのかな?教育がなっていないね」


そうキビィに鋭い視線を送る。キビィの背筋は凍り、いそいそとマミーザかられいらを引き離そうとする。


「マミーザさん、早く返してあげて」

「物扱いやめてください。嫌がってるじゃないですか!」

「『嫁は夫の所有物』貴族の常識です」

「そんなのおかしいですって!」


激しく抵抗するマミーザにキビィはどこからともなく剣を生み出しマミーザの喉元に突き立てる。


「ここは穏便に済ませなさい。あなたのためにも、彼女のためにも」

「……教師のすることですか?」

「……これが大人の貴族です。ここに来た以上、こちらに従ってもらいます」


納得できない様子を見せるマミーザと精神的に追い詰められているキビィの様子を見て、れいらは空気を読み、ハーパーの元へ歩みを進める。マミーザはそれを止めようとするが動くことができなかった。


「えっと、わたしはれいら」

「いいや、君はゴーザス・ビレイだよ」

「……うん」

「僕はエレイン・ハーパー。君の将来の夫さ」


そう言って教室から出ていってしまう。れいらも俯いてハーパーの後をついていった。その後ろ姿を見たマミーザは己の不甲斐なさに泣き崩れてしまった。キビィは修羅場が終わるとストレスで嘔吐した。

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