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夢枕に極悪令嬢

 れいらは夢を見た。そこは何もない真っ暗な空間、その中にポツンと置かれている見覚えのある白いベッドの上で横になっている。体に力が入らない感覚、いつも通りの感覚に彼女はひどく絶望した。なまじ自由に動くことができた分、動けなくなった落差を知ってしまったのだ。


 そんなれいらの隣に黒い影が立つ。


「返しなさい……私の体を……!」


暗く低く、そして恨みのこもったような声にれいらは絞り出すように声を上げて涙を流した。下腹部が生暖かい感覚に襲われる。


「私の体を奪い、幸福になろうなんてなんたる傲慢!それになにかしらあの情け無い姿!品性のカケラもない!私の姿でそんな醜態を晒さないでくださる……」


そう言いながら、黒い影は彼女の下半身を見てひどく驚いた様子を見せる。徐々に黒い影は彼女にとって一番身近なお姫様になっていく。


「あ、あなた!それって」

「ビ、ビレイちゃん……」


その姿はゴーザス・ビレイ、れいらの転生先の姿である。ビレイは正体がバレたことに焦り、急いで取り繕おうと真剣な表情にしようとしたが、若干頬が赤くなっていた。


「ち、「ちゃん」とは馴れ馴れしい!ビレイ様とお呼び!」

「ビレイちゃん……その」

「だからやめなさ」

「ごめんなさい」


れいらはビレイの体を奪ってしまった罪悪感から精一杯の謝罪をしようと涙目になりながら必死に手を伸ばそうしている。その腕はひどく細く、所々に注射痕があった。その痛々しい姿にビレイは思わず身を引いてしまう。そんな対応をされてもれいらは健気にビレイに手を伸ばそうとする。


「ごめんなさい……色んなものを奪っちゃって」

「……なぜ、そこまで謝るのかしら?」

「だって、わたしのせいだから」


れいらは笑った。しかし、その笑顔には悲しさと申し訳なさが滲み出ていた。れいらは本心から謝罪をしている。そんなことはビレイも分かっていた。れいらがどこまでも他人思いないい子だということをビレイはずっと近くで見ていたのだ。そう言う人間性だからこそ気難しいハーパーたちを懐柔できたのだとビレイは推測していた。ただ、貴族・王族の暗部を知り尽くしているビレイにとって、れいらのような存在がどうしても信じられなかったのだ。


 ビレイは無言でれいらが被っている布団を引っ剥がし、服を脱がせた。れいらのことを隅々まで知りたくなったのだ。


「や、やめ」

「汚れたのだから、着替えないといけないでしょう」


れいらのか弱い抵抗をそれらしい理由をつけて退けていく。そうしてれいらはあられも無い姿になってしまう。うっすら肋骨が浮き出ており、無数の手術痕に体に繋げられた謎の管、あまりにもあまりにも生々しい生きた証が刻まれていた。その壮絶さにビレイは虐待か何かを疑い出した。


「……ひどい」


そう呟くビレイにれいらは「違う、違うの……」と涙声で言った。


「これは、生きたしるし……みんなが頑張って助けてくれたしるし」

「……騙されてないかしら?」

「嘘つきじゃないよぉ」


そうれいらは首を横に振る。そんな彼女にビレイは「健気すぎる」という感想を抱いた。これまでビレイが見てきたれいらはとにかく相手の顔色を伺い行動する。それは利己的な理由ではなく、自己犠牲の精神からくるものだった。そうでなければ、どこかで逃げ出していたはずだ。そんな彼女に周りを下げる発言は一番の禁句と言っても差し支えなかった。


 ビレイはベッドに腰掛ける。


「失礼、愚問だったわ。少なくともあなたの周りは良識のある……いや、あなたを大切にしていたのでしょうね」


ビレイはれいらに謝罪する。少なくともれいらが今の性格なのは親や周りの人間に恵まれていた証拠だった。いつからか極悪令嬢と呼ばれらようになったビレイはそのことについては認めたのだ。


「そうだよ。みんな優しかったんだぁ」


そう微笑むれいらにビレイは愛おしさと最期まで周りに愛されていたことへのほんの少しの嫉妬を覚えた。そしてそれらは母性へと変換された。


「……あなたって、()()()()()ね」

「……え」


れいらはいきなり梯子を外された感覚に陥る。れいらは自身への批判に対しては耐性がなかったのだ。


「その方々も嘘はついてたと思うわ。とても優しい嘘をね」

「優しい……嘘」

「あなたが一番理解してるのではないかしら?」


れいらは俯いて何も話さない。生前、れいらは気づいていたのだ、大人たちの疲労とほんの少し諦めを覆い隠していたことを。そんな彼らの優しさを無駄にしないように彼女も気づいていないフリをしていたのだ。


「……」

「正直に話しなさい」

「……うん……でも悪い人じゃ」

「嘘が全て悪いとは言っていないわ」


そう言ってビレイは立ち上がり、れいらに抱き上げ、自分と同じドレスを着せる。そして、再びベッドに腰掛け、れいらを膝の上に乗せた。れいらはそのドレスを見て目をキラキラさせた。


「わぁ……!」

「夢の中なら魔力に際限がないようね……」


ビレイは魔力量の都合で魔法を使うことが苦手だったが、夢の中では上手くいくことを確認した。


「キレイ……」


うっとりしているれいらをビレイは後ろから抱きしめる。


「これも嘘なの。魔法は持って1日、しかも私はこの魔法を夢でしかできない」

「でも、うれしい!ありがとうビレイちゃん!」


久々に心からの感謝の言葉を受けたビレイはむず痒い気持ちになりながら、れいらの頭を撫でる。


「褒めても何も出ないわよ……そんなことよりも、私の嘘であなたは傷ついたかしら?」

「ううん。むしろこんなキレイなドレス着れてうれしい!」

「そういう嘘もあるのよ。なんとなく分かってたかしら」

「まぁ……ちょっとは」


わかりやすく歯切れが悪くなる。そんなことれいらは分かっていた。ただ認めたくなかっただけだった。なんとなく、嘘をつかれてひとりぼっちだったことを自覚したくなかったから。そんな気持ちをビレイはれいらの表情を見て感じ取り、「この子は優しすぎる……このままだといずれ壊れてしまう」と庇護欲に駆られていた。


 ビレイはこれまでの会話かられいらを守ることを決心した。れいらの献身さとそれに付随する危うさがビレイ持ち前の責任感を刺激したのである。「れいらはこれから幸せにならないといけない」と思う気持ちがある一方で、現実に介入する術がない現状にもどかしさを覚える。なにか自分にできることはないかと考え、ひとつの答えを思いつく。


「……あなたに教えないといけないことがあるの」

「……なに?」

「私達の世界は嘘にあふれているの。そしてその大半は誰かを不幸にする嘘、少なくともこれから生きる世界はね」

「……え?」


ビレイはこの世界を生き抜く術をれいらに教えようと決意した。夢の中だからどこまで覚えていられるかわからないものの、やれることといえばそれしかなかったのである。


「そんな嘘から身を守らないと生き残れないの。それこそ多少、汚くても生きないといけないの。清廉潔白な人間は利用されるだけよ。だから色んなことを知らないといけない。知識は力よ。これから私はその知識をあなたに教える。ついてきてくれ」

「ちょっと待って!」

「むぐっ!?」


れいらは慌ててビレイを口を両手で塞いだ。その発言はビレイがれいらに自分の身体を貸すことを了承したようなものだったからだ。「絶対にうらまれる」と覚悟していたれいらにとって想定外の反応をもらい、脳内の処理が追いつかなくなったのだ。れいらはこれから聞こうとしていることを整理する。一方、ビレイは呼吸できなくてどんどん青ざめていく。それに気がついたれいらはすぐさま手を離した。ビレイは必死に深呼吸する。


「あなた殺す気!?」

「ごめんなさい!聞きたいことがあって……それってつまり」

「れいら、あなた、私の体で生きなさい」

「でも、それじゃビレイちゃんは」

「どちらにせよ、今はまだ戻る方法が不明なのよ」

「でも今私を消しちゃえば」

「それで上手くいく保証はないし……上手くいったところで意味がないのよ」

「意味がないって?」

「ああもう!」


れいらは好意に対しても鈍感なところがあった。そんな察しの悪い彼女にビレイは顔を真っ赤にして本音を言う。


「あなたのことが好きになったってこと!私と一緒に幸せになるよ!」

「え!?」

「あなたはもっと自分を大切にしなさい!」


そう言ってビレイはれいらごとベッドに横になった。ビレイの暖かい体温がれいらの冷たい体を優しく包み込む。


「あったかい……」

「安心しなさい。絶対に守るから」


ビレイは優しい声で語りかけ、れいらを撫でる。そんな彼女の胸の中でれいらは眠りについた。


・・・


「こりゃあ、盛大にやらかしたのぉ」


 れいらが目を覚ますと、布団に世界地図が出来上がっていた。


「あらあら、すごいぐっすりだったのね〜」


ミカゲとツーコミはれいらの布団を干していた。れいらはその後ろで顔を真っ赤にして縮こまっている。そんな彼女をテエテエとチユニは「ドンマイ」と言わんばかりに肩を叩く。


「嘆く必要はない。君は新しい世界を描いただけさ」

「れいら氏、気にしなくて大丈夫ですよ。誰にだってあることです。多少、夜更かししたのもありますし……」

「ごめんなさい……」

「まま、しっかりしとるとはいえ、まだまだ子供っちゅーことやとりあえず先に体洗っときー」


 そんなところに少しばかり遅れて起きたマミーザが駆け込んでくる。


「れいらちゃん!大丈夫!?」

「ごめんなさい……漏らしちゃって」

「大変!早く洗わないと!」


そう言って、れいらを担ぎ上げると浴場へ走り去っていく。その様子をただ茫然と見守っていたテエテエは悪い予感を察知し、マミーザの後を追った。


「マミーザ氏!待ってください!あなたの力じゃバラバラにしちゃうんじゃないですか!?」

「ひっ!?」

「長女舐めんな!チビ達の世話してたから力加減できるから!大丈夫、手取り足取り洗ってあげるからね!」

「あなたの家族頑丈じゃないですか!あそこ基準で判断しないでください!」

「終わったら、マミーザ式もしてあげるね!」

「それはもっとダメです!死んじゃいます!」

「おーろーしーてー!」


 またうるさくなったミカゲ寮を見ながらチユニは、


「この先どうなるかは神のみぞ知るね」


と、リコーダーを取り出して演奏しようとする。しかし、吹こうとしたその時、ツーコミが、


「近所迷惑やからやめーや」


と、リコーダーを取り上げたことでこれ以上うるさくなることはなかった。ただ、その後、風呂上がりのマミーザ式マッサージによってれいらの悲鳴が響き渡ることを彼女たちはまだ知らない。

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