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極悪令嬢が幼女になった!

 小鳥のさえずりでマミーザは目を覚ます。慣れないベッドでもフカフカな毛布のおかげでぐっすり眠れた。春の日差しに誘われて窓を開ける。春風がとても心地いい。


「……ふぁ〜よく寝た〜」


平民マミーザにとって新しい日常の始まりである。この朝は彼女にとってなんだか夢のような気分だった。


 しかし、時計を見てマミーザは現実に戻る。時計の針はすでに8時を指していたのだ。


「……え!?もうこんな時間!?」


マミーザは食パン咥えて寮を出る。そう、彼女は入学早々寝坊してしまったのだ。


 文武両道で魔法の才能もあったマミーザは時速300キロのスピードで王立エーライ学園へ走る。通行人から「なんだコイツ!?」という視線を向けられていたがそんなことなど気にせずに走った。今日に限っては入学式の都合で1年生は早めに集合しなければならなかった。それにもかかわらず寝坊してしまったマミーザは「入学早々遅刻はまずい!」と半ばパニック状態であった。平民でありながら王族・貴族が通う学園を首席合格してしまった彼女は他生徒から見て目の上のタンコブ、ただでさえ友達を作ることが難しい環境なのに遅刻なんてしようものなら「調子乗ってんじゃねーぞド平民が!」と思われるのは想像に難く無い。今後どんな仕打ちを受けるかなんて簡単に想像できる。


「学園って、ここだよね!」


そう足でブレーキをかける。そのブレーキによって舗装された地面は捲れ上がった。彼女が見上げてひっくり返りそうになるほど大きな校門。整備された庭園。白を基調としながら宝石や彫刻など様々な装飾が施された校舎。思わず見惚れてしまいそうになる学園、それが王立エーライ学園である。


「……は!いけないいけない。思わず見惚れて数時間立ち尽くすところだった!早く入らなきゃ!」


そう言って食パンを飲み込み、駆け込み寺に駆け込むが如く走っていく風情もへったくれもない平民こそマミーザ(15歳)である。


 緑で彩られた庭園で学生達は学友と新しい生活の始まりを満喫している。そんな中でロングスカートで現代の陸上選手の如し理想的なフォームで走るマミーザに周囲はドン引きしていた。


「なんですかあの下品な走り方は!?」

「あれが例の平民じゃないか?」

「あの極悪令嬢に喧嘩売った女か!」

「あそこまで淑女らしくないとむしろ清々しいですね……」

「この制服でよくあそこまで膝上がりますね……」

「人間に変身したマゾクかなにかでは!?」



周りの冷たい視線とヒソヒソ話にさすがのマミーザも恥という概念は持ち合わせていたので、


「失礼します!!!前を開けてください!!!」


と叫びながら猛スピードで走り抜けていく。当然、彼女の前に立つ人間など現れるはずもなかった。ある女を除いて……


「止まりなさい!膝を上げるなんてみっともない!」


その女はマミーザの前に立ちはだかった。しかし、マミーザは急には止まれない。


「どいてくださーい!」

「ちょっと止まりなさい!ちょ、止ま!」


2人はゴツンと頭をぶつけた。マミーザはその衝撃で星が見えたように錯覚した。2人はそのまま地に伏した。


 しばらく2人は目を覚さない。そして誰も助けようとしない。そもそも近寄らないのだ。周りからしたら面倒ごとの塊なのである。しかし、そのまま放置しているのも問題であるため互いが互いに「お前が行けよ」と言いたげな視線を送り合う。


「あなた行きなさいよ」

「誰も行きたくないだろあんな厄ネタ」

「極悪令嬢と平民ですからね」

「しかも因縁付きの」

「むしろここで死んでくれた方が……」

「でもここで助けないとどんな報復されるか」

「頼む……死んでくれ……」


そんなことしてるうちにマミーザが一足早く目を覚ます。彼女はぶつかって倒れた女に近づく。


「ごめんなさい。急に止まれなくて……え?」


その顔を確認した瞬間、入学試験の頃の思い出が呼び起こされる。その女は『極悪令嬢』こと第一王子許嫁、ゴーザス・ビレイであった。この2人にはある因縁があった。


 それは入学試験が終わり家に帰ろうとした時のことであった。試験でずば抜けた成績を残し、周りから注目を集めていたマミーザは1人学園会場を出ようとした時に試験官を務めていたビレイに呼び止められた。ビレイは険しい表情で、


「相当目立っていたけれど、あんなの奇跡的に上手くいっただけだわ。平民ごときがあんな魔法……私は認めないわ」


と、出会って早々にそんな暴言を吐かれたが、マミーザの許容範囲であった。彼女はそんな暴言なんて気にも止めずに、


「ごめんなさい、急いでるので、お疲れ様でした」


と足早に立ち去ろうとした。しかし、その態度がビレイの逆鱗に触れた。平民に第一王子の許嫁の面子を潰されたと感じたビレイは、


「……身分を弁えなさい……平民風情が」

「いや、夕飯準備しないといけないので、うち母さんしかいないんですよ。あとはチビ達もたくさんいるので夕飯も大量にいるんですよ」


そうマミーザが愛想笑いをしながら答えた様子を見て、ビレイは余計に腑が煮え繰り返った。彼女はマミーザに詰め寄ってくる。


「あなた教育がなってないわね」

「当たり前じゃないですか私平民ですよ?」

「あなたの親の程度が知れるわ」

「……」

「まぁ、こんな常識すらわからない娘をこの学園に行かせようとする親なんて相当な愚か者で恥知らずなんでしょうね」


そう嘲笑うビレイに俯いたマミーザが近づいてくる。


「なに?文句があるなら言いなさ」


ビレイが言い切る前にマミーザの拳が飛んできた。その拳はビレイの鳩尾にクリーンヒット、ビレイは軽く宙に浮かび地面に叩きつけられた。ビレイは嘔吐し、息を切らせている。


「あなた友達いませんよね?護衛の1人くらいつけたらどうです?」

「わ、私を誰だと思って」

「普通、親バカにされたら誰だって怒りますよ」

「こんなことしてただで済むと思ってるの」

「平民相手にそんな態度とるの情けないですよ」

「……黙りなさい平民」

「身分しか取り柄ないんですか?」


ビレイは夕陽に照らされ、惨めに這いつくばっている姿が際立っている。助けてくれる人は誰もいない。そんな彼女をマミーザは憐れみの表情を向けて見下ろす。


「……マミーザ、その目をやめなさい」

「可哀想」

「やめて!……私だって私だって……!」


ビレイの顔面は転んだ子供みたいにぐちゃぐちゃになっている。そんな様子がマミーザの記憶に鮮烈に焼きついてしまった。それまではビレイのことをただの一貴族としてしか認識していなかった。これはビレイが箱入り娘だったこともあり、平民と貴族との情報格差が生まれていた影響で、マミーザは「貴族は平民から搾取して贅沢三昧で苦しみなんてない」というステレオタイプの認識しかなく、ましてやゴーザス・ビレイが第一王子許嫁であることなど知る由もなかった。しかし、ビレイのその表情は目の前の辛さから逃げるような短絡的な苦しみではなく、もっと根深く積み上がってきた苦しみが見えてきたのだ。そしてその表情はマミーザにとってひどく衝撃的で恐怖すら覚えた。


「……これで涙拭いてください」


そうハンカチをビレイの近くに置く。ビレイは何もせずにただ静かに泣いていた。


「……態度は……善処します。それでは、また」


そうマミーザはビレイに背を向けて走り出した。渡したハンカチは彼女の元に返ってくることはなかった。


 そんな出来事を誰かが目撃したようで「平民が極悪令嬢を殴った」という噂がなぜか学園中に広がっていたのだ。しかし、そんなことなどマミーザは知らない。今彼女が知っていることは、先程衝突した相手が確証はないがあの殴った貴族に似ていたということである。どの道気まずさMAXである。そこに黒い影が近づいてきた。


「やってしまったね」


マミーザが振り向くと、そこには片目を髪で隠したとんがり帽子と黒マントを身につけた女、ナカジ・チユニがいた。「また変な奴が来た」と周りから冷たい視線が送られる。


「チユニちゃん!」

「マミーザよ、ボクの名は『漆黒の獣 チュウニビョウ』さ」

「どうしてここに?」

「風に……誘われてね」


そうチユニは意味深に明後日の方を向く。この行為に大した意味はない。彼女は厨二病なのだ。


「やっぱりチユニちゃんの言ってることよくわかんない」

「いずれ、理解できるよ……それよりも彼女、命の灯火が消えそうだよ」

「ああ……うん」

「歯切れが悪いね。なにか、後ろめたいことでもあるのかい?」

「いやそんなことはないよ!今から安否確認するつもり……あー、大丈夫ですか?」


マミーザは肩を揺すり意識があるか確認する。しかし、反応はない。マミーザはずっとビレイの方を揺すり続ける。


「仕方ないね。ボクが救いの手を差し伸べてあげるよ」

「……お願いします」


そうマミーザは耳を塞ぐ。チユニは懐からリコーダーを取り出して演奏を始める。


ピギャーギュルワー!!!!!!!


演奏の姿勢こそ様になっていたがそれ以外は完璧からは程遠く、どんなド下手くそでも鳴ることはないであろう音と音量が周囲を襲った。


「何この音!?」

「耳が痛い!!」

「あ、死んだおばあさま」


その破滅的音楽は周囲の人間を青ざめさせ、耳を破壊し、草木は萎れ、大地に亀裂が走り、空飛ぶ鳥は地に落ちた。そんなことは気にも止めずチユニは演奏を続けた。


 満足げにチユニが演奏を終えると、ビレイの目がゆっくり開く。ビレイはムクリと起きて辺りを見渡し、首を傾ける。


「ここ、どこ?」

「あの、怪我ないですか?」

「お姉ちゃん、誰?」


マミーザの顔がみるみるうちに青ざめていく。


「マミーザ、どうしたんだい?」

「まさかあの衝撃で……いや、そんなはずないよね……たまたま私を知らないだけ、あの人とは別人ってことだよね」


ぶつぶつ呟いているマミーザを見て、不審に思ったチユニは手をグーパーグーパーさせているビレイに声をかける。


「あなたは……ゴーザス・ビレイ様ですね。第一王子の許嫁でマミーザと因縁があると噂の……お初にお目にかかります」

「ビレイ?違うよ?わたしはれいらといいます!6歳です!よろしくお願いします!」

「はい?」


チユニの困惑とマミーザの絶望なんて気にしないかのようにれいらと名乗る女は立ち上がる。若干ふらついたものの、立ち上がった彼女は大地を踏みしめるように歩き、飛び跳ね、走り回っている。


「わあ〜!走れる!お日様ぽっかぽか〜!あの建物なんだろう!」


苛烈な性格で『極悪令嬢』と呼ばれていたビレイがはしゃいでいるという明らかに異様な光景に周囲は衝撃を受けた。


「あれは本当にビレイ様なのかしら?」

「明らかに別人だ……」

「幼児退行してないか?」


マミーザは己がしでかした事態の重大さを見せつけられ、涙目になり震えていた。記憶喪失、幼児退行しただけでなく、人格まで破壊してしまったということはビレイを殺したことと同義であった。マミーザはあの時のビレイの表情を思い出し、責任に押しつぶされそうになる。


「マミーザ、大丈夫かい?」

「私は、最低だ……」

「そんなことないさ、あれは事故だ」


チユニがマミーザの隣に立ち、背中をさする。マミーザの目から涙が溢れ落ちる。そんな彼女の涙を拭いてくれたのはれいらだった。


「大丈夫?泣かないで」


そう持っていたハンカチで涙を拭く。そのハンカチにはマミーザの名前の刺繍があった。その刺繍はマミーザの母親が仕事の合間を縫って縫い付けたものだった。


 マミーザは家族のためにエーライ学園に入学したことを思い出す。彼女は立派になって家族養うために入学した。平民である以上、ある程度の理不尽は覚悟していた。入学する以上は責任を持って、逃げずに学び、成長していかなければならない。それはいつだって同じだ。人に迷惑をかけたらその責任を取らなくてはならない。泣いてる暇なんてない。


「れいら……ちゃん」

「大丈夫?」

「うん、大丈夫。私が責任取るから」


そう言うと、れいらをお姫様抱っこする。マミーザは己の言動に一切の疑問を感じていなかったが、れいらの頭には?が浮かんでいた。


「チユニちゃん、集合時間まであと何分?」

「10分だね」

「まだ間に合う……チユニちゃんも背中に捕まってて、どうせ迷子になるでしょ」

「ふっ、ボクは大丈夫、風の導きのままに放浪」

「早くして」

「はい」


マミーザはれいらを抱き抱え、チユニを背負ったまま猛スピードで教室へ向かった。

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