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夕凪残響の茜色の遠く世界の空の君の影【立ち読み版】  作者: 夜夜メイ
1. ブルーフィールドより歩みて
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7

本章で登場するキャラクター名『ヴェリタス』の漢字表記に使用する文字がなろうの仕様では表示できないため、※で代用しております。


正確な表記は書籍版 / 電子書籍版にてお楽しみください。

「愚かなことを! しかし正しき視座を得たなら、吾の言葉の意味もわかっただろう! 目を捨て、丘へ戻れ!」


 (ヴェリタス)メ㐅メ(めごめ)ムム⼛(むむし)を振り払いながら、厳しい口調で命令する。


 ここにいてはいけない。あの丘に戻るなんて、断じてありえない。直感がそう告げていた。

 けれど、どうすれば――。


「行って!」


 メ㐅メが鋭く叫んだ。


「行くんだ! 行くべき道が〝視えた〟んだろう⁉ だったら迷うな! 自分を信じて、走れ!」

「で、でも、あなたたちは……⁉」

「僕たちのことなら構わない! 君の目指すべき道の果てに、僕たちもきっといるから!」


 メ㐅メの言葉は抽象的だった。ここでの別離がどこでまた繋がるのか、それはわからなかった。

 ただ、それが単なる一時凌ぎの誤魔化しや強がりではないことだけは、わかった。

 ムム⼛も何度撥ね退けられても果敢に立ち向い、針を振るいながら言う。


「そうだ、行けよ、弱虫! 寝っ転がるだけがてめえの人生か⁉ 行きてえところがあるんだろ! だったら行け! 真っ直ぐに目指せ!」


 行け、走れと口々に言う二人。

 その言葉は震えていた少女の心を突き動かし、勇気を宿らせた。


 行かなければならない。あの丘とは反対の方向へ。

 偽りから離れる道を――走らなければ。


「――ありがとう、メ㐅メさん、ムム⼛さん。わたし、行くよ。またいつか、どこかで!」


 少女は戦い続ける二人にそれだけ言い置いて、力強く走り出した。


 月明かりだけが頼りの草原の道。

 懸命に走る最中、固めたはずの勇気が綻び、罅割れたバケツに溜まった水のように隙間から漏れ出そうとする。

 それを抑えつけながら、とにかく走る。


 そうして走るうち、奇妙な違和感を覚えた。

 まっすぐ走っているつもりなのに、やけに遠回りをしているような。

 はたと周りを見ると、道が蛇のようにぐねぐねと動いて形を変えていた。


「うそ、なにこれ……⁉」


 道が絡まる。交差する。後戻りする。

 まるで先へ進ませまいとする意思があるかのようだ。

 少女が躊躇って足を止めると、胸元から凛とした声が言った。


「なに立ち止まってるのよ。こんなの、ただの惑わしじゃないの」

「わっ⁉ ろ、ロロ口(ろろぐち)さん⁉」

「ふん、ちょっと静かにしてたもんだから、あたしのこと忘れてたでしょ。さっきの変な仮面と戦ってる時、味方をしなかったのは悪かったわね。ただあたしはあの二人みたいに短絡的じゃないから、あんたの幸せとやらを嘯くあいつの真意を図っていたのよ。でもあんたは、自分で道を選ぶことを決めた。だからここからはあたしがちょっとだけ、力を貸してあげる。さあ、迷ってる暇なんかないわよ。きっとすぐにあいつが追ってくる。道に惑わされず、まっすぐ走りなさい!」


 ロロ口の導きに勇気を固め直された少女はしっかりと頷いて、再び走り始めた。

 畝る道を踏みしめ、踏み越え、踏み潰して、どんどん進む。

 上天の月が巡り、叢雲が遮って、闇が闇を呑むような深い(くら)さの中を、構わず進む。


 疲れて、足がもつれて、少し歩いて、息を整えて、また走った。

 走って、走って、ひた走った。

 そうして空の向こうが少し白み始めた頃、少女は真っ平らな場所に辿り着いた。


 空と大地がぴったり半分ずつに見えるほど、平らな野原。

 その先にぽつんと佇む、なにかの影が二つ、見えた。


「あれは……?」


 それに目を凝らそうと少女が立ち止まりかけた時、ロロ口が叫んだ。


「いけない、あいつが追いついてくるわ! 足を止めないで!」


 驚いて振り返ると、遠くに青い光がちかちかと瞬いていた。――(ヴェリタス)の眼差しだ。

 少女は縮み上がりそうな心を抑えつけ、ともかくその影を目指した。


 近づくと、段々形が明らかになる。大きな丸い影は、気球だった。

 そしてその側に立つ小さな影は――泥でできた人の形をした〝なにか〟だった。


「誰だろう、あれ……。あの人も、あの仮面の人みたいに……」

「わからないわね。でもあの気球に乗って逃げるしか、他に手はないわ。あれはあいつのものなのかもしれないけど、最悪、あいつを押し退けてでも、あんたはあれに乗るのよ!」

「わ、わかった!」


 いざとなれば戦う覚悟を決めて、少女は泥人形の前に立った。

 近づいてみても、泥人形はなんの反応も示さない。


 生きているのか、そもそも生き物かどうかすら、わからなかった。


「あ、あの……」


 おずおずと声をかけると、泥人形はぐにゅ、と頭――これが人の形を模しているとすればの話だが――の辺りを動かして、少女を見た。


「君を、待って、いた」

「わたしを? あなた、わたしを知ってるの?」

「わからない。僕は、なにも、知らない。けれど、僕は、そういうもの、だから」


 言葉は切れ切れで、要領を得ない。

 ロロ口がイライラした口調で言った。


「あんまり頭のいい方じゃなさそうね。頭があればの話だけど。そんなあんたに合わせて、簡単に言うわ。あたしたち、敵に追われてるの。この子をその気球で逃がしたいから、退いてくれる?」


 すると泥人形は、ぐにゃぐにゃとかぶりを振って答えた。


「退かない。僕が、送る。これは、僕が、飛ばせる。彼女を、次の、国へ」

「そう、あんたはこれを操縦できるのね? 船頭を任せるにはどうも不安な奴だけど、この際とやかく言ってられないわ。ほらっ、とっとと乗りなさい!」


 ロロ口に急き立てられて、少女は気球に乗り込んだ。


 いかにも愚鈍そうな泥人形は、存外に手慣れた様子で固定していた縄を解いていく。

 そしてふわりと籠が浮くと、泥人形も華麗な身のこなしでさっと乗り込んだ。


 しかし風任せの気球の上昇速度は、じれったくなるほど緩やかだった。

 そうしているうちに、青い光が――(ヴェリタス)がどんどん迫ってきていた。


「ううう、もっと早く飛べないかな。来ちゃう、あいつが来ちゃうよ!」

「ごめん、これは、こういうふうにしか、飛べない。風が、吹けば、いいけど……」


 少女は無論のこと、泥人形も表情はないが、焦っている様子だ。

 それを見かねたロロ口が、ふうと息を吐いた。


「ま、ここまで面倒見れば十分ね。あとは自分たちでなんとかすること。いいわね? あいつは、あたしがなんとかしてあげる。臆病者、あたしを放り投げなさい」

「ろ、ロロ口さん? なにを……」

「旅立ちには、(はなむけ)と追い風が必要だわ。それをあたしが授けてあげるって言ってるのよ。ぐずぐずしないで!」


 厳しい口調で言われた少女は胸ポケットからロロ口を抜き取って、空中に向かって投げた。

 ロロ口は風に煽られ、くるくる廻って落ちていく。


「臆病で勇敢なあんたに、最高の旅立ちを。迷わず行きなさい。道標はあんたにきっと宿ってる」


 少女と泥人形は身を乗り出し、落ちていくロロ口を見つめる。

 (ヴェリタス)がすぐそばまで迫っていた。地を蹴り、宙を飛んで、恐ろしい勢いで追ってくる。


「行くな! 行ってはいけない! 君はここにいるべきだ! 行動を(ただ)さねば、君は――」

「はんっ、鬱陶しい! そんなことは、本人が決めることだわ! 〝花に嵐〟という言葉を知っているかしら? あの子たちを止めたければ、このあたしを超えてみせることね! 友人たちよ! 風よ、花よ! 春の嵐のごとく吹き荒び、旅人を、かの者を――尽く彩りなさい!」


 ロロ口の高らかな言葉とともに、暴風が吹いた。

 どこからともなく現れた赤、白、黄、色とりどりの花が乱舞し、(ヴェリタス)を吹き飛ばして、同時に気球を強烈な上昇気流に乗せて突き上げた。


 巨人の手でぐんっと引っ張られるかのような勢いで、気球が空を駆け上がっていく。

 少女は唸る風の音に負けないように、大声で叫んだ。


「助けてくれて、ありがとう! わたし、行くよ! あなたのこと、みんなこと――忘れない!」


 赤い花弁が、手を振っているかのように揺れている。

 それも舞い散る花弁の渦に掻き消えて、すぐに見えなくなった。


 白んでいた空の向こうから、光が差した。

 黎明に照らされた大地は、異様な光景だった。

 眠っていた丘。そこから目指した森。抜けた先の草原。そして飛び立った野原。


 この世界は、本当にそれっきりの――なにもないところだった。


 美しく、虚しく、嘘くさく、それでいてここに留まっていたくなるような、不可思議な感覚。

 夜の群青が朝焼けに染まっていく。

 空が花々に彩られ、切なくなるほど喉元を締め付ける。


 少女は空いた胸の穴の前でぎゅっと左手の拳を握りながら、力強く言った。


「わたしには失くしちゃったものが、たくさんある。だからいまは見えているものも、感じていることも、それが正しいって言い切れない。目を取り戻した時、そう気づいたんだ。(ヴェリタス)って人が言ってたことも、もしかすると他のものを取り戻した時、正しいって思うのかもしれない。それでも、わたしは……取り戻したい。間違ってるかもしれないけど、全部わかってから、きちんと考えたい」


 渦巻く風が冷たくなっていく。雲に霞んで、大地が見えなくなっていく。

 少女の言葉に、泥人形は黙ったまま深く頷いた。

本作は24/12/01開催の『文学フリマ東京39』で頒布される作品の立ち読み版です。


改行位置やルビなどをなろうユーザー向けに改変しておりますので、本編とは若干仕様が異なります。(内容に変更はございません)


予めご了承くださいませ。

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