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詠星の紡ぎ手  作者: 雨草 綴
序章 詠星の保護▶支援の開始
9/27

屑想の概要と顕能の内容

 屑想。

 紡ぎ手等が所属する詠星の支援機関、正式名称を【詠星支援・研究機関ラプラス】というが、この機関が提唱する定義としては『数多の人間の持つ想念の内、言葉となる形成過程において、明確の意味を持つ前に抑圧されたものが集約され、歪な形を与えられた存在』となる。

 アル・レイスにおいては明確な意味を持つ詠星だけではなく、所謂言葉の塵のようなものも墜ちてくる。しかしそれらは形をもたないために一般的には視認できない。それらが自然の中で類似する塵同士で結合を繰り返した結果が屑想であるとされる。


「この屑想というのは、自我を持っていない。扱いとしては動物に似ているんだが、屑想には特徴的な特性があるんだ」

「特性?」

「それは、屑想は詠星を取り込むというものだ」


 アルクの言葉にスゥファリィが眠たげな目を見開いた。

 アルクの言うように、屑想は詠星に対し執着的な行動をみせることが知られている。普段はあちこちをあてもなく彷徨う屑想であるが、詠星の気配を感じると、途端攻撃性を強くし、詠星に迫る。

 そして、詠星をその体に取り込むのだ。


「な、なんで屑想はそんなことをするんだい?」

「……まだ完全な解明には至ってないんだが、少し前に起きた事件がきっかけでひとつの有力な仮説が浮上した」


 言い辛そうにする、アルクであるが、やはり共有は必要だろうと口にする。


「ある日、新しい詠星の誕生が確認された。そこで急いで保護に向かったんだが、どうやら墜ちた先にちょうど屑想がいたようでな。紡ぎ手たちが到着するころにはもう取り込まれたあとだったんだ。そして、屑想に変化もみられていた。なんでも、明らかに人間の形に近づいていたらしい」


 それどころか、基本的には短音しか発しない屑想が「はじめ、まし、て」「し、ずか、れい、せい、に」と単語を発していたとの報告もされていた。

 ただ、明確に自我が宿った様子でもなく、人型に近づいた屑想はそのまま新しい詠星を取り込むために迫ってきたらしい。

 その時の感覚を紡ぎ手と詠星は「明らかに力が増しているように感じた」と話している。


「このことから、屑想は自らの存在に言葉といった意味を得るために、足りない部分を詠星をとりこむことで補完しようとしているのではないかと仮説が立てられた。この仮説に基づけば、詠星を取り込み続けた結果、屑想は詠星と同じような姿になるのではないかとされている」

「うぅ……毎回きくたびに怖気が湧き上がってくるのですよ……」


 トゥルーが身震いする。


「……でも、それで意味を持ったとして、屑想は何がしたいんだい?」

「まだ、そこまで詠星をとりこんだ屑想は発見されていないから推測の域をでないが、恐らく詠星と同様、その言葉を届けるべき相手に届けようとするのではないかと言われているな。ただ、様々な詠星を取り込めばそれだけ言葉は混雑したものになり、その屑想に与えられる言葉がどのような意味のものになるのかはわからない。また、元々数多の人間の言葉の塵の集合体である屑想にとって、届けるべき相手が誰になるのかも未知数だ。もし、当初と異なった意味を与えられた屑想が、想定されていない数多の人間に言葉を届けてしまった場合、相手に望まない言葉が届いてしまうかもしれない」


「逆に」とアルクはさらに続ける。


「詠星が取り込まれてしまうと、その詠星が届けるべきだった相手に言葉が届かなくなってしまう可能性も大いに考えられる。加えて詠星の生理的な嫌悪感もあるとでもいおうか。そんな諸々の事情もあって、現在屑想はもとは意味を持たないために、討伐し霧散させることで無害化することになっている。これを浄化と呼び、今ではラプラスの業務のひとつである浄化活動にもなっている」


 そこまで説明してアルクは息をついた。

 結局のところ、わからないことが多い、に帰結してしまうのだが、それでもこれだけ説明ができてしまうのが屑想がどれだけ謎の存在であるのかを示していると言えよう。


「そう、なんだ。……ボク、今は理解したけど、明日には忘れている気がするよぉ」

「ああ、もちろん今の説明で覚えてもらうつもりはない。これからはこのアル・レイスのことや詠星のことなどについて勉強してもらうことになるしな」


 詠星もアル・レイスに誕生した以上、最低限の常識以外にも色々と身に着ける必要があるし、自己理解のためにも詠星の生態について学ぶ必要がある。

 アルクにとっては至って当然のことを軽く話したし、これまでの詠星も少なからず頷いてくれていたのだが、スゥファリィだけは固まったように動かなくなってしまった。


「べん、きょう……?」

「うん? ああ、勉強だ。まぁ、面倒という気持ちもわかるが、必要な知識でもあるし――」


 しかし、みなまで言わせずスゥファリィがアルクの胸元の服を掴んだ。


「なんで、なんで勉強なんてしなくちゃいけないんだい……!? ただでさえ、頭が沸騰しそうなのに、これ以上の知識は頭がどうにかなってしまいそうだよ……! ボクはもっとだらだらと過ごしたいんだよぉ!」

「とはいうがな、のちのち分からない事ばかり増えても不便だろう?」

「そんなの、必要になったら聞けばいいじゃないかい。勉強するくらいなら、ボクを寝かせておくれよぉ……」

「……あー、その、すまないが、確かに一定条件の詠星にはそういった勉強も免除されることはあるが、その、スゥファリィくらいだと、必須で受けないといけないというか……」


 中には勉強することがその詠星の意味の在り方に悪影響を与えてしまう場合もあるため、そういった時には仕方ないねで済まされるのだが、これまでも気になったことはスゥファリィ自身が質問していたし、覚えることも面倒だができる。となると、体が動かないという物理的な問題同様の配慮をすることはできない。

「うぅ……」と突然の絶望した未来の提示にスゥファリィはアルクの背中にひっつくと器用にアルクの体をよじ登り定位置(背中)に収まる。


「ふて寝する……必要になったら起こしておくれよぉ」

「いや、せめて現段階で使える顕能は確認しておきたいんだが……」

「多分今のボクができるのはそれくらいだよぉ。あ、でも、相手の動きを遅くすることもできそう」

「だからそのあたりをだな――」


 しかし、アルクが言葉を重ねる前にアルクの耳元から「すぅ……すぅ……」と寝息が聞こえてきた。


「逃避の早寝なのですよ。多分睡眠コンテストとかあったら優勝できるのです」

「はぁ……これ、一度塔に戻った方がいいか?」

「うーん、でも、今の1回の浄化でも得るものは多かったのです。それに、今は紡ぎ手さんもスゥファリィの顕能を把握したので、次はもうちょっと安全に戦えると思うのですよ」


 ふむり、とトゥルーは考えを口にする。


「なるほど。ただ、この背中にスゥファリィを装備する、というのはどうにかならないものか……」

「それも、正直トゥルーの目からは大丈夫だと思ったのですよ。トゥルーも何度も背負ってるのでわかっているのですけど、動きにくいです?」

「それが、意外と動けたんだよな……肩の部分に顔があることを意識する以外は正直それほど支障はなかった。スゥファリィの補助もあったしな」

「であれば、ここはこのスタイルでやっていけるか検証してみるのもひとつだと思うのですよ」


「トゥルーもいつも一緒とは限りませんし」と現実的なことを話すトゥルー。確かにトゥルーも今はアルクの支援対象からも外れており、今は元担当というよしみで手伝ってくれていることも多い。

 所謂【終結】した詠星の一部はラプラスに籍をおき、様々な仕事をしている。トゥルーもまたそのひとりだ。時期が合わなければ別の詠星や紡ぎ手を頼るか、スゥファリィと2人で仕事に当たらないといけなくなる。今はトゥルーもおり、検証するにはうってつけというのはその通りだ。


「……そう、だな。ただ、またどんなことがあるかわからない。安全第一でいこう」

「らじゃー、なのです!」


 ・

 ・


 その後、7度ほどの浄化活動を通して、以下のことがわかった。

 まず、スゥファリィの顕能の内容。現在アルクが把握しているのは以下の通り。即ち、一部の重力の操作、対象の行動の制限、対象の行動の緩和、対象への催眠である。

 1つめについてはスゥファリィの体重をまるで感じないことから推察した。ただ、驚くべきことに、どうやらアルクなど触れているものへの体重にも作用するようで、地面を蹴るだけで後方に何メートルも飛ぶことができるというのも分かった。

 2つめについてはスゥファリィが謎のエネルギー体の動きを減速させたこと、そして7度の浄化活動を通して、確かに屑想の動きを鈍らせることができたことから推察した。

 3つめについては屑想の攻撃の軌道を逸らしたことから推察された。ただ、これは、相手の攻撃をずらしたりするものではなく、相手が攻撃時にこめている力を弛緩させることで攻撃を受け流したり弾くときに想定以上の反動をみせる、という絡繰りらしい。

 4つめについてはこれまで、トゥルー、アルク、フェイと眠らされた事実から推察された。

 そして、加えてわかったこととして、スゥファリィを背負っての戦闘は想像をはるかにこえて戦いやすいということが証明されてしまったということだ。

 どちらかと言うと、スゥファリィは相手に損傷を与えるというよりも相手に負荷をかけ、味方を支援する役割に長けていると思われる。そのため、スゥファリィを背負うことで、圧倒的なアドバンテージを得られるということだ。通常そういった場合にデメリットとなる行動制限もスゥファリィの体重のなさと体の柔軟性から当初予定していた制限はないことがわかっている。


「つまり、ボクはこれからも紡ぎ手の背中で眠ってていいってことだねぇ」


 とはスゥファリィの言葉である。

 それに反論したいアルクであったが、実際その通りにした方が確実に安全でもあり、口を開いては閉じるという奇妙な行動が繰り返されることになった。

 しかし、それにしても。

 ここまでわかったことで、謎になってしまったこともある。

 それは、恐らくスゥファリィの言葉の意味は『睡眠』ではないということ。

 基本的に詠星は自身の言葉の意味に由来する顕能を発現する。勿論トゥルーのようにより抽象化された顕能が発現する場合もあるが、その場合は性格や言動から推察できることも多いのだ。

 しかし、スゥファリィの顕能の内容はどちらかというと重力よりの顕能であるのに、性格といえばすぐに寝る、あれこれと面倒くさがると、むしろ『面倒』という顕能の可能性の方が高いのではないかと感じるほどだ。

 ただ、そのように考えた場合、スゥファリィを誕生させることになった想い主は、誰にどのような意味の『面倒』という言葉を送ろうと思ったのかがわからなくなってしまう。

 面倒なことはしなくてよい、という意味なのか、面倒だと思うなということなのか、他の意味合いなのか。勿論『睡眠』であっても同じなのだが、性格な顕能と照らし合わせるとどうにもわからないというか。

 わかったことがあると同時に新たな謎も生まれる。全くもって詠星とは謎の塊だ。


「ただ、今日だけでわかったことが沢山あるのは良いことだ。トゥルーもスゥファリィも今日はお疲れ様」

「お疲れ様なのです!」

「お疲れぇ」


 塔の外に広がる小さな街、【ミニングフール】。

 その入口に到着したアルクたちは仕事の終わりを称えた。

 そのまま、エンプティ・タワーへの一本道を雑談しながら歩いていく。


「この街、小さいけど、色んな人がいるんだねぇ。お店もいっぱいだぁ」


 改めて、なのだろう。感嘆の声音でスゥファリィがいう。


「恐らくこの街はアル・レイスにおいても有数の奇抜街だろうな」


 この街には結婚して所帯をもった紡ぎ手とその家族や支援の終結した詠星、はたまた寮の生活が嫌だと一人暮らしをする紡ぎ手などが住んでいる特殊な背景のある街だ。詠星の中には自身の顕能を使って商売を始める者もおり、人口数百人という街の規模に対して大概の求めが叶ってしまうため、別名『万能の街』と呼ばれていたりもする。

 なお、この人口とは住民のことを指し、一時的な滞在者であったり商人であったりを含めると数千人にも達する。そのため、外壁を一部拡張し宿泊区を設立したほどだ。

 つまるところ、もう日がくれているというのに人通りはおおく、喧騒に包まれるこの街は人の目が多い。

 そこで問題。幼女と見紛うがごとき少女を背負い、傍らに少女を侍らせる男が街を歩いていたらどうなるか。

 当然、目立つ。それはもう悪目立ちである。

 当然詠星の特性上、男の傍に少女の姿があるのはおかしくないが、背負うまでしてしまうと、あまりによろしくない。

 周りから聞こえるひそひそ声にしずかにアルクは拳を握る。

 行きもそうだったが、帰りもこれであるのだ。できることなら走って帰ってしまいたい。


「……なぁ、スゥファリィ。わかるか、この視線」

「さぁ」

「絶対分かってるよな。なぁ、俺は今穴があるなら入りたいくらいの恥辱を味わっているわけだが。せめて街中では歩く練習をしないか?」

「やだぁ」

「……それはわがままだというのは感じた。歩く練習をするのも今後は取り入れていこうか」

「やだぁ……」


 最後の本音をスルーし、必死に普通の顔をしてエンプティ・タワーへと向かった。

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