担当通知と浄化活動
「さてさて、と」
日中、中庭の丸テーブルにアルク、トゥルー、スゥファリィの3人が座っている。いや、スゥファリィについては眠りこけているといっても良いかもしれない。
アルクの手には一枚の封筒がある。
星見手からの通知書だ。ここにスゥファリィの最終的な担当者と今後の方針についてが記載されている。
「なんだかドキドキするのですよ……」
「だな。内容は予測できているのに、なんでなんだろうな」
毎度通知書を受け取るたびに感じるこの不思議な感覚に苦笑しつつ、アルクは中身を開いた。
そして一息に内容を確認する。
トゥルーが黙って見守る傍ら、読み終わったアルクが「ふぅ」と息をついて紙面から顔を話した。
「一部は予想通りだった。担当は俺で決定で良いみたいだ」
「おぉ、良かったのです! お仕事が増えたのですよ!」
「そう言われるとまるで嬉しく感じないな……」
「でも、一部ってどういうことなんです?」
首を傾げるトゥルーにアルクも困ったような顔をする。
「今後の方針なんだがな。スゥファリィの顕能を考えるに、俺は塔内での奉仕活動が中心になるんじゃないかと思ったんだが……」
通知書をトゥルーに渡す。
「ふむ、ふむふむ……ばりっばり戦闘に回されてやがるのですよ」
そう、通知書には浄化を通して顕能を発現し、詠星の忘失した意味を活性化するようにと書かれていたのだ。その理由としては、奉仕活動は詠星自身の積極性が求められるが、スゥファリィは積極性がなく、奉仕活動に回しても行動しない可能性が高い。そのため、否央なしに顕能を発現する必要のある【浄化活動】に回すようにとのことだ。
確かに、スゥファリィの性格上、そうなのかもしれないが……
「とのことだが、スゥファリィとしてはどうだ?」
「……んにゅ? 寝る時間かい?」
「今さっきまで寝てたのに、さらに寝るつもりなのか? この通知書の内容だ。今後の方針としては、浄化活動を通してのものなるみたいだ」
「浄化活動?」
そこで、アルクは説明を忘れていたことに気づく。
「そうか、すっかり忘れていた。そうだな……浄化活動というのは、簡単に言ってしまえばとある存在との戦闘というものになる」
「なんだか物騒だなぁ。ここにはそんな戦わないといけない存在がいるのかい?」
「それが意外といるものでな。初めて俺たちが君に会った日の状況は覚えているか? あの時も浄化活動の帰りだったんだ」
と、説明はしたものの、スゥファリィにとっては何も想像できないことだろう。
「……よし、そうしたら、物の試しに行ってみるとするか。トゥルー、今日は何か予定は決まってるか?」
「紡ぎ手さんに合わせるつもりでまだ何も決まってないのですよ!」
「それはありがたい。そうしたら、同伴を頼んでもいいか?」
「もちのろんなのですよ!」
トゥルーの笑顔に頷き、アルクはスゥファリィをみる。
「んー、いってらっしゃい~」
「君が来てくれきゃ意味がないんだわ」
「でも、体が全然動かないんだよねぇ」
結局、今日もスゥファリィをおぶるのは変わらなかった。
「と、そうだ。先にスゥファリィの顕能を確かめてから――」
しかし、その時には既に「すぅ……すぅ……」と実に穏やかな寝息が聞こえてきた。もしやスゥファリィはアルクの背中をベッドか何かと勘違いしているのではないだろうか。
「ありゃま、本当に気を抜くとすぐにおやすみしちゃうのです。ま、実践で確認すればよいと思うのですよ。なんたってトゥルーお姉さんがいるのですからね!」
「君のそのお姉さん欲はどこからでてくるんだ……」
ともあれ、アルクたちは目的地に向けて出発することとなった。
・
・
エンプティタワーの外は街がひとつ以外は森に囲まれている。
必要最低限の伐採以外は行なっていないため、外を歩いて少しすればあたりは原生林の姿をみせる。
西の森、A1地区。そこが現在アルクたちのいる場所だ。
「ふわぁ。あの塔の外ってこんな感じになってたんだねぇ」
「そうだな。お陰で方角も見失いやすい。基本的にひとりで森に出向くということはないだろうが、もし迷った時には木に登ってエンプティ・タワーの場所をみるといい」
エンプティ・タワーはただでかいだけの塔の集合建造物というわけではない。その実、多くの人々が道に迷わないようにする役割も存在する。特に森の外の遠方からくる客にとっては、最低限の道路は整備しているものの、うす暗い森の中をずっと歩いていくことになるのだ。この道は永遠に続くのではないか、本当にこの道はエンプティ・タワーに繋がっているのかと不安になることもある。そんなときにこの威容が遠目でもみえれば安心できる。
「トゥルー、気配はどうだ?」
「今のところびびっとくるのはないのです。平和なのですよ」
「まぁ、それはそれで良いことなのかもしれないな」
さらにしばらく歩く。
すると、清流にたどり着いた。
「ここから先はA2地区になる。今回はA1地区内で活動しよう」
「了解なのです。そうすると、適当に迂回してうろうろするのです?」
「そうだな。特に目指すべきところがあるわけでもないし……」
そう言ったところでトゥルーが「そうなのです!」と声を挙げた。
「そうしたら、スゥファリィの墜ちたところに行ってみるのはどうです?」
「ボクの、墜ちたところ……」
スゥファリィが興味を示したように身じろぎし、至近距離からアルクを見つめる。
「ふむ……確かに、ありかもしれないな。幸い、ノルマもない。折角の機会でもあるし、スゥファリィも行ってみたいだろう?」
「……うん。行ってみたいな」
そうと決まればやることは早い。今いる位置からスゥファリィの墜ちた先を計算し、その場所に向かって進んでいく。方角に迷ったりもなかったようで、中点にさしかかるころには到着した。
少し開けた広場のような場所。まだスゥファリィが墜ちた時の痕跡がうっすらと残っている。
「……ここが、ボクの。なんだか、不思議だなぁ」
「なのです。トゥルーも時々、トゥルーの墜ちたところに行くことがあるのですけど、同じ気持ちになるのですよ」
これはアルクにはあまりわからない感覚だ。ただ、生まれ故郷に帰ってきたかのような安心感があるのだろうかとは感じている。
「ここでボクは誕生したんだね。……ボクを産んだ想い主は、どんな人なんだろう……」
「どう、なんだろうな。今はわからないが、詠星の持つ意味が活性化されることで想い主のことを思い出すはできることが分かっている。焦らず、ゆっくり思い出していこう」
小さなクレーターを見つめながら、「……うん」とスゥファリィは頷いた。
「それじゃあ、このあたりで昼食でもとるとするか」
「ご飯なのですよ! 今日はなんなのです?」
「無難にサンドウィッチをもらってきてる」
アルクはしゃがむと、スゥファリィが背負うリュックの中に入ってるバスケットをとるようトゥルーに頼む。いつもであればアルクがリュックを背負っているのだが、今はスゥファリィを背負っているため、代わりにスゥファリィが背負うような形になっているのだ。勿論初めはトゥルーがリュックを背負うと言っていたのだ。しかし、めずらしいことにスゥファリィが「ボクが持つよぉ」と言ったのだ。
「重くなかったのです?」
「ううん。全然だったよぉ」
これは、やせ我慢などではないのだろう。その事実をアルクは実際に体験していた。リュックの中には食事以外にも怪我の際の応急手当用の道具であったり、色々と入っており、つまりまぁまぁ重い。しかし、スゥファリィが背負っていると不思議なことに殆ど重さを感じなくなるのだ。これはスゥファリィ自身に体重を感じないことにもつながると思うが、これもまたスゥファリィの顕能の一部なのか。ただ、そうなると、暫定的に考えている睡眠の顕能にうまく結びつかない。
まったくもって、詠星とは不思議な存在だ。
第三者から見ると、父親と娘たちのピクニックの昼食。
そんな平和な時間が終わったのは唐突だった。
「……ッ!?」
瞬間、アルクはスゥファリィをひっつかむと、その場から飛び退く。トゥルーは自分自身で回避した。そして、その直後に不気味なエネルギー体がアルクたちの座っていたところに直撃する。
エネルギー体が飛んできた方向をみると、木と木の間から不自然な動きで何かが近づいていくる。
形は人型。されど、不自然にところどころが隆起しているほか、不定形に蠢いている。顔と思われる部分は目のような赤く輝く斑点がいくつもついており、手足といったものは人間というより動物のそれに類似している。まるで人間を模倣しているかのようなそれは口という器官が見当たらないにも関わらず「ウ……ウウ、ウ……」と言葉にもならない音を発し続けている。
「……あれは、なんなんだい?」
スゥファリィが目を丸くしている。
「屑想、と俺たちは呼んでいる。人の言葉が形にならなかったものの寄せ集めとでも言おうか。いや、詳しい説明は後だ。あれが俺たちの探していた存在でもある。浄化を始めよう」
「ということで」とスゥファリィから手を離そうとするアルク。
「さすがにこの時くらいはひとりで動けるだろう?」
「いや……たぶん、無理かな」
まさかの否定に驚くアルクに対し、屑想が「ウウウウウウウ」と言葉にならない音を発しながら迫ってくる。その速度は明らかに人間より早い。
どうにかまたスゥファリィを掴んで回避するが、これでは回避することしかできない。
合間を縫って背後から「制、裁、なのですよ!」とトゥルーが槍を突き出すが、素早く対応した屑想ががむしゃらに腕を振り、トゥルーを弾きとばす。
「スゥファリィ! 頼む、さすがに君を庇いながらは戦えない」
「とはいっても、ボク、本当に動くのが苦手なんだよねぇ」
一種諦観のような声音でスゥファリィが言う。
たまらず怒鳴り声を挙げそうになるが、スゥファリィの顔がわがままでもやけくそな感じでもない、どこか切なそうな表情であるのに気づき、口を噤む。恐らくこれは、本当にスゥファリィがどうこうすれば動けるものではないのだろう、それは今までの詠星の支援の中で培った経験が気づかせてくれた。
「だが、どうする……? まさかスゥファリィを置いていくわけにも――」
「だいじょぶだよぉ。こうすればいいのさぁ」
と、スゥファリィはアルクの背中をよじ登り、定位置につく。
「ふぅ」
「いや、ふぅ、じゃないが。それはできるんだな!?」
「登るだけだからねぇ。長時間動き回るのは、無理だなぁ」
「だとしても、この状態で俺が屑想と戦うというのも無理があるだろう!?」
背中に幼女と見紛い難き少女を背負って戦うのはあまりに無謀だ。動きの制限もあるし、戦い辛いことこの上ない。
しかし、スゥファリィは不思議なことにこう言った。
「それはだいじょぶさぁ。ボクは、君の戦いの邪魔をするような、面倒なことはしないよぉ」
「とはいうがな――」
アルクの目の前に屑想の爪が迫る。トゥルーとの鍔迫り合いを逃れ、動きのとれないアルクたちを狙おうとしたのだろう。なんと賢いのか。
「くそっ」
ままよ、とできるかぎり、アルクは背中の存在を気にかけつつ、剣で受け止めた。
まともに受けては屑想の膂力に骨をおらされてしまうため、横に受け流す。横にそらすが、いつもはないそこにはスゥファリィの顔がある。そのため、余計に横に逸らさなくてはいけない。
そんな意志が伝わったのか。
「だから、だいじょぶだってぇ」
剣で攻撃を横にずらしたとき、何故か想定以上に屑想の腕が横に移動する。屑想もわざとではないのだろう、不自然な動きに態勢を崩す。その背中をアルクの剣が突き刺した。
ただ、一撃で倒せるほど、屑想はやわな体ではない。即座に剣を抜き取ると、距離をとる。
遠くから待ってましたとばかりにトゥルーが槍を投擲すると、立ち上がったばかりの屑想の左半身を吹き飛ばした。
「よし――」
順調、と言葉にしようとした矢先、片足だけで屑想が突っ込んできた。どうにか対応し、回避、そして突く。そしてまた距離をとろうとするが、その途中で屑想が明らかに人間の可動域を超えた動き――人間ではないのだが――で腕を動かし、手をアルクに向ける。
手元に謎のエネルギー体が集約され、発射された。速度はエネルギー体の方が圧倒的に早く、アルクが回避するには恐らく間に合わない。
そのため、剣の腹を使ってどうにか受け止めようとする。
だが、そこでもスゥファリィが言葉をこぼした。
「だめだよぉ、そんなあくせくしちゃあ」
それはアルクにいったのか。いや、これはエネルギー体に向けられた言葉なのだろう。
音速のような速度で迫るエネルギー体であったが、アルクに近づくにつれ徐々に減速し、ついにはアルクの手前で完全に停止してしまった。そのまま構造を維持できなくなったエネルギー体が消滅する。
「これで、終わり、なのですよ!」
大ジャンプを決めたトゥルーが人間で言う心臓部に槍を突き立てる。轟音と共に屑想が動きをとめ、遂には宇宙色の粒子となって霧散した。
「完全勝利、なのですよ!」
トゥルーが槍を掲げ、呵々大笑と笑う。
一方でアルクはほっと一息ついた。
「勝てたねぇ」
「ああ、どうにかな。それより、戦闘中不自然なことがいくつかあった。あれは、スゥファリィがやったのか?」
例えば屑想の腕が想像以上に横にずれてくれたこと、エネルギー体が減速したこと。
戦闘時間にして3分も経っていない状況だったが、それだけでも2つの不可思議な現象が確認された。
「うん。なんだかできそうな気がしてねぇ。こう、パッとやり方がわかったというか、なんなんだろうね、この感覚は」
「わかるのですよ! トゥルーもいつの間には槍の作り方がわかったのです! あれです、戦いの中で成長するってやつなのですよ!」
トゥルーの言っていることは中々にアバウトだが、その実、正しくもある。
「恐らく、顕能の発現が必要な状況になったことで、詠星の核である言葉の意味が活性化されたんだろう。それで無意識に備えていた能力の使い方を自覚したんだろう」
「うーん、よくわかんないや。でも、役に立ったならよかったよぉ」
背中におぶったスゥファリィがふにゃりと笑ったのを感じる。
ゆっくりと背中から降ろしスゥファリィと向かい合ったアルクは頭を下げた。
「それはそうと、すまなかった。せめて、スゥファリィの具体的な活動限界や顕能の再確認をしておくべきだった」
「えっ、なんだい、いきなり。ボクは全然気にしてないよぉ?」
そうは言っても謝らずにはいられない理由がアルクにはある。
あの時、アルクの頼みに対して無理だと言ったスゥファリィに対し、アルクは「なんで歩けないんだ」と言おうとしてしまった。しかし、スゥファリィは自身が物理的に動けないことを悟っていたのだ。それなのにそんなことを言ってしまうというのは、例えるなら足のない人に「なんで歩けないんだ」と言うようなものだ。当然言われた側は傷つくだろうし、今後の信頼関係には大きな影響を与えていただろう。スゥファリィが案をださなければ、大変なことになっていたかもしれないと思うと、謝罪のひとつもしなくてはと思ってしまうのだ。
「というか、それはトゥルーが急かしたのも原因なのですよ。あれは正しくなかったのです……ごめんなさいなのですよ」
と、トゥルーも頭をさげた。
「ふたりとも、真面目なんだねぇ」と茶化すスゥファリィはどう答えたらよいのか、という様子だった。
「謝るべきことは謝る。それが関係を築く上では大切だからな。今後はこういったどたばたにならないように、帰ったら顕能の再確認と、物理的に活動できる限界を測定しよう」
「えぇ……ボク、そっちの方が嫌だなぁ」
そう言ったスゥファリィは、しかしアルクを嫌悪するというわけではなく、苦笑するような顔だった。
「そういえば」とスゥファリィが言葉をこぼす。
「さっきのあれはなんだったんだい?」
「ああ、ちゃんと説明しないとな」
「改めて」とアルクは説明を始めた。