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詠星の紡ぎ手  作者: 雨草 綴
序章 詠星の保護▶支援の開始
7/27

からかう同期とケースフォーミュレーション

「……ふぅ」


 職員寮の一室。アルクに与えられた部屋は至って普通の様相である。

 ゆっくり休むためにベッドだけはお高いものを使っているが、テーブルや椅子は質素なものであるし、インテリアも最低限しか飾っていない。生活臭といえばゴミ箱にたまるゴミと洗濯籠にちょこちょこたまる洗濯物くらい。時々アルクの部屋を尋ねる人々からはその都度「普段の生活が想像できない」と言われている。言われるたびにアルクは思う。確かに自分は自由時間の時に何をしているのだろうか、と。

 夜。

 ひとまず今していることと言えば、とある書類をしたためるというもの。初回面談報告書と呼ばれるこの書類は保護した詠星と初回の面談を行なった際に作成される。

 この書類は面談の目的、面談の内容、詠星に対する現状の見立てなどをしたため、紡ぎ手の管轄部門である【星見手】に提出することになる。そして、初回面談報告書の内容と、別途提出される詠星生態部の検査結果、健康診断を担当した医師の診察結果を基に今後の支援の方針を定め、担当になる紡ぎ手を決定する。提出された書類でよっぽどの相性不和や問題が記載されていない限りは保護した紡ぎ手がそのまま担当になるため、大抵は今後の方針内容もその紡ぎ手に伝えられる。


「あー……やっと終わった」


 書類を書き終え、筆を置くと、肩を回してコリをほぐす。

 サービス残業も甚だしいものだ。何故にこんな深夜まで仕事をしなければならないのか。

 それでも、どうにか今日の仕事は終わった。あとは寝るだけ。

 ちらりと横をみると、幅の広いベッドが待ち構えている。お高いベッドだ、値段相応に柔らかく、寝心地も良い。アルクの楽しみといえばこの寝る瞬間と言っても過言ではない。いや、過言でないとしたら、あまりに楽しみのない悲しき男になってしまうだろう。

 しかし、アルクとしては日々仕事ばかりでまともな休みもないし、趣味がなかろうと別によかろう、と誰にでもなく言い訳をし、ふらふらとベッドに倒れこもうとする。

 その時だ。

 コン、コン、と。

 部屋の扉が叩かれた。今は夜もそれなりだ。こんな時間に一体誰が。


「……いや、ひとりいたな」


 恐らく思い浮かべた人物で間違いないだろうと、立ち上がると、一応扉の前で「どちら様でしょう」と尋ねる。


「ふふふ、私様だよー」

「……やっぱりフェイか」


 ため息をついて扉を開ける。やはり想像通り、フェイの姿があった。

 今は紡ぎ手の制服ではなく、ラフな服に着替えている。大き目の服を緩く着ているようで、角度によってはきわどいところがみえてしまいそうな格好だ。


「やっぱりって何さー。こーんなかわいい同期がわざわざ来てあげたというのに。さてはモテないな?」

「扉、閉めていいか?」


 いらっとした感情に体が扉を閉めようとすると、手で扉がホールドされる。「冗談、冗談だって!」と弁明するフェイにアルクは冷たい目を送る。


「……はぁ。で、こんな時間にどうした?」

「いやぁ、これでもどうかなって思ってさ」


 と、フェイがワイン瓶を掲げた。


「寝てたら泣く泣く帰ろうと思ってたんだけどね。珍しく起きてたね。……はっ、もしやひとりでお楽しみ――」

「んじゃ、お休み」


 問答無用で扉を閉めようとすると、今度は隙間に足が差し込まれた。そのまま力任せに扉を開けられ「おじゃましまーす!」とフェイが部屋の中に入った。


「この女は……だいたい、俺が寝ていたらって言うが、どうせ初回面談報告書が読みたかったんだろう?」

「ありゃ、ばれちゃいましたか」


 悪戯がばれた子供のように悪気のない顔でフェイが言う。


「だったら話が早いね。ささ、折角ワインも持ってきたし、飲みながら読ませてよ」


 要はさっさとグラスをもってこいということだ。またため息ひとつ、これみよがしについてからアルクはキッチンに向かった。

 こういったやりとりは何も今日が初めてではない。このように、アルクの部屋には時折フェイがやってきて酒盛りをすることがあるのだ。いったい何がきっかけでこのようなことが続くようになったのかは覚えていないが、フェイが部屋に来た時には決まって詠星の話をすることになっている。今回も恐らく、新しい詠星であるスゥファリィのことを知りたくてきたのだろう。


「っと、これ、詠星の子から共有することって許可もらえてる?」

「もらえている。ただ、わかっていると思うが――」

「わかってますわかってます。そりゃあワイン飲みながら読むなんてあんまりほめられたものじゃあないけど、遊びで読むわけじゃあないよ」


 こうした記録は時に詠星の心の内が記載されていることもあり、詠星にとっては遊びでみられてほしくないものだ。フェイも好奇心で読むというのが一番の動機であるのだろうが、詠星の支援に役立てるための意見が言えるなら手伝いたいという思いもある。だからこそ読ませているというのがある。

 初回面談報告書を読むフェイの前にワイングラスを起きつつ、アルクはねめつける。


「にしても随分元気そうなことで。眠くはないのか?」

「全然! ほら、アルクの新しい子が私を眠らせてくれたから、もう元気いっぱいですよ!」

「このサボり魔め……」


 ワインボトルは市販に売られている一般的なもののようだ。まぁ、特別な日でもないのだから期待するだけ損というものだろう。

 お互いのグラスにワインを注ぎ、軽くグラスをぶつける。

 乾杯、という声が唱和した。


「ふぃ~、これこれ。ワインを飲みながら、新しい詠星の情報を読む。これ以上の快楽はないね!」

「見た目は新聞読んでるおっさんとどっこいどっこいなんだよなぁ」


 が、そんなアルクの言葉はスルーされる。

 それからは、やりとりの応酬が続いた。


「ねぇねぇ、この新しい詠星の子って、名前なんていうの?」

「スゥファリィだ。何か聞き覚えはあるか?」

「スゥファリィ……なんだか独特な響きだね。多分アル・レイスの言語じゃあないと思う。ジョンおじさんが担当している子にパナ・フィナって名前はあったけど、雰囲気ちょっと似てるとかない?」

「どうだろうな。もしかしたら同じ言語世界の可能性はあるかもしれないが、他文明であったり、他民族の言語の可能性もあるからなぁ」

「暫定的な意味はもうついてたりするの?」

「いや、まだ暫定名の登録もしてない。ただ、顕能をみると催眠系の類語か、ストレートに睡眠なのかもしれないとは思っているところだ」

「なる~。確かに私もスゥファリィの顕能を受けた時、すっごい眠くなったし。でも、なんか安心するというか、眠る喜びを与えてくれそうな心地だったなぁ」

「言いたいことはわかるが……なんだろうな、この言葉に突っ込みたい気持ちは」

「やだ、女の子に突っ込みたいだなんて」

「頭でも湧いてんのか?」


 このようなやりとりだけでも察せられるだろう。

 別に恋人でもなければ色恋を意識するような間柄でもないためのやりとり。もはや職業病なのかもしれないが、アルクもフェイも考えているのは詠星のことだ。特に詠星の支援の上で最初の関門というのがこの情報が不足している状況で、どのように詠星をみていくかというもの。

 今では、フェイが新しい詠星のことを知りにくるがてら、一体この詠星はどのような意味を持っているのかなどを一緒に考察するようになっている。勿論、フェイに新しい詠星を担当したときも、「みてみて、それでどう思ったのかもきかせて!」と突撃してくる。


 そうしてしばらくは記録を読みながらあれこれと言い合っていた二人であったが、最後の部分で「はぁ!?」とフェイが声を荒げる。


「ねぇ、なんでちゃっかりおんぶしてるわけ!? ずるい!」

「仕方ないだろ……スゥファリィは体質上、長時間動くことはできないんだからな。俺だって抵抗はあったが、身体的な配慮としてはせざるをえないだろう」

「そういうことじゃなくて! 私だっておんぶしたい!」

「知らん。スゥファリィに頼んでみればいいだろ」


 とはいえ、恐らくスゥファリィは拒否するのではないだろうか。いや、案外良い乗り物ができたと受け入れる可能性もあるか?

 アルクの提案に一旦納得したフェイは最後まで読み込み、記録をテーブルにおいた。


「ふぅ、ごちそうさまでした」

「はいはい、お粗末様でした」

「で、どんな感じの子かはわかったけど、今後はどうしていくの?」

「星見手の指示次第だな。顕能と体質を考えると、浄化活動を通して自己覚知を促す、ということにはならないだろうし、恐らく保健治療室などで不眠の治療や麻酔としての戦力を期待されることになるんじゃないか?」


 詠星の支援においては、大まかな方針というのが存在する。

 信頼関係の構築をベースに、①顕能を積極的に発現させ、忘れられた言葉を活性化させる、②活性化されることで生じる漠然とした気持ちや言語化できない感覚を面談を通して明確化していく、そして①②を繰り返していくことで、自身の名前にこめられた言葉の意味を理解できるようにしていく。

 顕能の指向性については未だ研究段階の未解明な点であるが、戦闘に適した顕能であったり、他者への奉仕に適した顕能であったりと、いくつかのジャンルがあることは分かっている。スゥファリィは今挙げたうちなら後者に分類されるだろう。カリーナあたりが喜びそうだ。


「そうだよね、私もそう思った。でも、スゥファリィの性格を考えると大変だよね」

「それはなぁ……」


 アルクも十分に感じていることを指摘され、苦い顔をする。

 当然、顕能といっても千差万別で、中には紡ぎ手の介入を拒む者もいる。そりゃあそうだろう。いきなり見知らぬ場所にいたかと思えば、名前以外の記憶がなく、だというのに自身の存在について自身より詳しい者がこれ見よがしに支援するなどと言うのだ。怖いと感じる詠星もいれば、なんで紡ぎ手に従わなければいけないのかと言う詠星もいる。また、先程の大まかな方針の説明があったが、戦闘にしても他者への奉仕にしても、一見すれば労働と変わらない。つまり、何故働かねばならないのか、という詠星もいるわけで。厄介なことにスゥファリィはそこにあてはまってしまいそうなのだ。

 ただ、一応、そういった詠星に対する対応もあるのだが、いずれにしても大変という言葉に集約される。


「ただ、素直そうなのは良かった。トゥルーとも相性は悪くなさそうだったしな。意外とトゥルーとの共同生活の中で何か気持ちに影響が出る可能性もあるかもしれない」

「えっ、トゥルーとスゥファリィって今相部屋なの!?」

「あぁ、そう、だが……」


 何故そんなことを聞くのか、といぶかし気な顔をしたアルクだが、フェイの変態的なにやつき顔にすべてを察する。


「言っておくが、部屋に入ろうとはするなよ?」

「なんでばれたし」

「顔がすべてを物語っているんだわ。お前の暴走でスゥファリィが紡ぎ手に不信感を抱いたら、俺がめちゃくちゃ困るしスゥファリィの今後にも差し障る。せめていつも通りの対応をしてくれ」

「ぶぅ」


 ふくれっ面になるフェイだが、アルクの言うことは理解しているのだろう、反論することはなかった。

 アルクも少し安心する。しかし、何故フェイはこんなにも小さな生き物に過剰に反応するのだろうか、と思うが、きいたところで深い内容の回答が得られるようではないだろう。


「フェイ、結構顔が赤くなっているぞ。今日はこのあたりでお開きにするか?」

「うん……帰るのめんどい……」

「帰れ。ただでさえ状況的には良くない光景なんだから、男の部屋に泊まった日にゃああらぬ噂が流れるぞ」


 ちなみに、職員寮では男の部屋に女が行くことは推奨されてはいないが禁止されているわけではない。ただ、複数人でのパーティーや遊びであるならともかく一対一のパターンはそう多くはない。フェイは度々アルクの部屋を尋ねてくるため、一部では恋仲なのではないかという噂も経っているが、大抵は一泊することはないため、まだ噂でとどまっている状態だ。ただ、これが一泊したとなってしまうと、加速度的に噂が広がってしまうことだろう。


「えー、なにー? 私とそういう関係だと思われるのは嫌なの~?」

「ほう? じゃあ、そういう関係になっても良いと?」


 からかうようなフェイの口調に、これまたアルクが乗っかるようにフェイに手を伸ばすと、ばっとフェイは席を離れ、部屋の扉まで向かう。


「にゃははは、じょーだん!」

「わかってる。んじゃあくれぐれも廊下では寝るなよ?」

「そこまで粗忽じゃありませーん」


 そうして「おやすみー!」と言う言葉にアルクが返答したところでフェイは部屋をでていった。

 片付けもそこそこに、アルクはベッドに倒れこむ。


「……ねっむ」


 日はすっかり跨いでしまっていた。

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