詠星の相部屋と同期
次に目を覚ました時、アルクはどこか見たことのある壁を視認した。体を包む感覚からしてベッドの上だろう。
何故このような状態になっているのか、働かない頭で思考する。しばらくして、そういえば、謎の眠気に襲われたことを思い出す。
体を動かそうとする。そのタイミングで、誰かがアルクの腕を抱いているのを確認した。この小さな手からしてスゥファリィのものだろう。この期に及んでまだ手放さないとはとんだ執念である。
スゥファリィに抱かれたまま、アルクは半身をを起こしかける。
それでアルクが起きたのに気づいたのだろう。
「ああ、紡ぎ手さん。起きたんだね」
見ればエルメンテが刺繍をしながら起きるのを待っていたようだ。
何故か、隣にはふくれっ面のトゥルーもいる。
「紡ぎ手さん……とんだすけこましなのですよ……トゥルーというものがありながら、まさか会って間もない女の子と同衾なんて……」
「待て待て。俺と君は、そういう関係ではないだろうに」
「だとしても、いい気分ではないのですよ!」
別にアルクとてしたくてしているわけではないのだ。理不尽極まりないが、それがいわゆる女心は秋の空なるものなのだろうか。
「それで、エルメンテ。俺が覚えている限りだと、俺は突然寝てしまったということになるが」
「御明察。どうやら私が無理にスゥファリィを引きはがそうとして、抵抗されてしまったみたいだね」
なるほど、それであの時、エルメンテは回避に移ったのだろう。
「だけど、困ったもんだよ。この子、結構力はあるみたいでね。かといって無理やり引き離そうと少しでも気を強くすると、敵意と誤解されて防衛されてしまうみたいだね」
「えっ、じゃあトゥルーのときも、敵意があるって思われたってことなのです!?」
トゥルーのは確かにオーラは強かった。お姉さんぶるために鼻息を荒くして近づかれては敵意や悪意と感じられても仕方がないだろう。
そうなると、アルクのときは何もなかったのも納得できる。
「因みに腕にいるのが不思議だろう? あんたを寝かせようとしたらこの子、寝ながら自分でその位置に動いたんだ。離れないって言うところに可愛らしさを感じるね」
「そこはそのまま引き剥がして欲しかったところなんだが……はてさて、どうやって離したものか」
まさかこのままでいるわけにはいかない。とはいえ、自然に目を覚ますのを待つことを期待するのも難しいだろう。
「無理に、ではなく自然な形で起こすしかなさそうだね」
エルメンテのいう通り、方法としてはそれくらいしかなさそうだ。
腕にひっつくスゥファリィの中をとんとんと叩く。
「スゥファリィ、スゥファリィ」
それでもスゥファリィは起きる気配がない。
「おーい、スゥファリィ。起きてくれ。もう寮についたぞ」
「……ん。あと、10年……」
「俺の肩が壊れるわ。スゥファリィ、目を開けてくれ」
「んゅ……」
アルクの懸命の掛け声にどうにかスゥファリィが目を開ける。スゥファリィは顔をみあげアルクの顔を確認するとふにゃりとはにかむ。
「紡ぎ手だぁ……お休み……」
「頼むから寝ないでくれ。いや、寝るならせめて手は離してくれ」
「えぇ……やだぁ。だってあったかいし……」
「やだじゃない」とアルクが手を解くと、意識があるからか、抵抗されることなく手が離される。そのままベッドに横たえればすやすやと眠り始めた。
「ふぅ。どうにか離れてくれたか」
「まるで呪いかのような扱いなのです」
「実質呪いみたいなものだと思うがな……」
中々の物言いである。しかし、当人には届いていないだろうから、ここはオフレコとしてひとつ。
「にしても、困ったな……このままだと眠れるだけ眠ってまともな生活を送ってくれる気がしない」
つまり、寮住まいで個室が与えられると、気づけば餓死、なんてことになりかねないということだ。
勿論、詠星寮は個室、相部屋、大部屋といくつかのスタイルがある。個室以外をあてがう方法もあるのだが、そちらにしても他の詠星に世話の負担をかけてしまう可能性が高い。揉め事に繋がる可能性だってあるだろう。
どうしたものか。そう嘆息していると、ばっとトゥルーが手をあげた。
「そしたら、トゥルーが相部屋になるのですよ!」
「いいのか? 確かトゥルーは個室派だったと思うが……」
「大丈夫なのです! 同じ紡ぎ手さんの詠星同士、親睦を深めるのも大切ですし、トゥルーの圧倒的お姉さんスキルでお世話してあげるのです!」
後半で本音が漏れている。よほどお姉さんぶりたいのだろう。
ただ、これは渡りに船。トゥルーであれば信頼もできるし、そう揉め事などにもならないだろう。何かあったときには相談にきてくれるはず。
「なら、頼む」
「お任せなのです!」
そのやりとりに笑みを浮かべたエルメンテが言う。
「じゃあ、寮を変える手続きをしないといけないね。今書類を持ってくるから、待っててくれるかい」
「はいなのです!」
そのように、この日は終了した。
・
・
翌日、アルクはエンプティ・タワー中央塔の食堂にて食事をとりながらトゥルーとスゥファリィの到着を待っていた。
朝の賑わいが心地よい。その人ごみの合間を縫って、小さな影が2つ、近づいてきた。みれば、トゥルーがスゥファリィをおぶりながら登場した。周りの紡ぎ手や詠星が微笑ましい光景をみるような目でみている。
「おはようございますなのです!」
「おはよう。昨日はどうだった?」
「どうもこうも、本当に起きる気配がなくてびっくりなのですよ」
一日の間に何かコツを掴んだのか、するりとスゥファリィの拘束をとき、椅子に座らせるトゥルー。
「おかげでご飯を食べさせるのも一苦労だったのです。お風呂ももはや介護だったのですよ」
「それはまた……本当に睡眠に特化した生態……いや、食事が必要という時点で生態としては破滅しているのか?」
「ごはんとってくるのです!」とたたたとトゥルーは人ごみの中に消えていった。
椅子に傾くようにして眠っているスゥファリィをみる。なんとも幸せそうな寝顔だ。
が、寝かせておくわけにもいかないだろう。
「スゥファリィ」
「……んぅ……あと、30年……」
「どれだけ寝るつもりだ。スゥファリィ、朝だ。一度は起きてくれ」
カリーナからも定期的に起こすことを推奨されているため、積極的に起こしにかかる。
少しすると、瞼が震え、黒色の瞳がアルクを映した。
「あ、紡ぎ手だぁ……お――」
「寝るな寝るな。全力で2度寝に走ろうとするな」
アルクの妨害によって眠りを妨げられたスゥファリィはようやく意思の疎通ができる状態になる。
「おはよう、スゥファリィ。体調はどうだ?」
「……ん。眠い……」
この少女は睡眠欲しか持ち合わせていないというのか。
「昨日のことは覚えてるか? 主にトゥルーと相部屋になったこととか」
「昨日? そーいえば、何かあったような……何か小さい子がボクの体をまさぐってたような……」
「世話だ、世話。誤解になるようなことを言うな。トゥルーと揉めたりはしてないか?」
「うん。トゥルーはとても世話が上手だったよぉ。でも、何度か起こされるのはやだったなぁ」
「それは必要経費だ。素直に起きてくれ」
まだ1日だが、うまいことやっているらしい。
スゥファリィから話を聞いている間に、トゥルーがスゥファリィの分も合わせて食事を持ってきた。
いそいそと椅子をスゥファリィの隣にもってくると「ほら、食べるのですよ」と促す。
しかし、その返答は「面倒くさいねぇ……」という自堕落な言葉だった。
「食事に面倒も糞もないのですよ! そしたらトゥルーが食べさせてあげるのです!」
「それも面倒くさいねぇ……」
「いいから。問答無用で押し込んでやるのですよ……!」
言葉のやりとりは中々のものだが、実際には小鳥がさらに小さな小鳥に餌をあげているような光景だ。なるほど、これは見てて微笑ましい。
少女が少女にご飯を食べさせてあげる姿をつまみにコーヒーを啜るという変態的なことになっているアルク。
と、次の瞬間「あー!」という大声が響き渡る。
声の方をみると、ひとりの女がこちらを指さしていた。でるところはでて、ひっこむところはひっこんでいる健康的なプロポーション。活発そうな顔。茶髪は後ろでひとつにまとめられている。髪と同じ目はアルク、ではなく、その傍の少女、スゥファリィに向けられていた。
「ねぇ、ねぇねぇねぇ! もしかしてその子、新しい担当だったりする? ねぇ!?」
「強い、圧が強いぞ、フェイ」
「だって! かわいいんだもん!」
そうまくしたてるのは同期の紡ぎ手であるフェイだ。
昔からかわいいものに目がないある意味普通の女性ではあるが、ただ、濃さという点では結構濃い。
なまじ容姿は良いため、少なくない男がフェイに恋心を抱いているが、大抵はこのオーバーフロー気味な可愛いものへのテンションについていけず、静かに失恋している。
「それで、この子は誰!? 担当は!?」
「落ち着け。この子はスゥファリィ。残念だが昨日登録にもだして、俺が仮担当になった」
「う゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」と崩れ落ちるフェイ。ああ、いつもの発作かとスルーするフェイの知り合いたち、そして目を丸くしてみるスゥファリィ。なお、トゥルーは冷めた目でフェイを見下ろしている。
「なんで私に話してくれなかったの!? 私なら喜んで担当したのに!」
「虎に子兎を預ける馬鹿がどこにいるんだ。第一、お前の場合は余裕で一線を超えていきそうで怖い」
「そんなことないよ! 私、とってもまじめ、セイジツ! ちっちゃな女の子の髪を嗅いだりしない!」
「そんな発想がでている時点で却下だ却下」
こういう女なのだ、フェイというのは。
「なんだか、変な人だねぇ」
あまつさえ、スゥファリィにすら変人扱いされる始末。
が、きっとそんな言葉に気づいてはいないのだろう。
ばっと顔をスゥファリィに向け「可愛い!」と叫ぶ。
「この気だるげな感じの声! 幼女特有の舌足らずな感じ! 全部が可愛い!」
「この人、怖いなぁ……」
「ねぇ、今からでも私の担当にならない? なんでも助けるし手伝うから! ちょ、ちょっとだけ、触っても――」
「うるさいなぁ」
すっとスゥファリィが手をだすと、途端がくりとフェイが膝をつき、そのままうつ伏せに倒れる。
周りがすわ、殺してしまったのかとざわつくが、アルクが周りに手振りで否定する。
近寄って抱き起こせば、当然というか、眠りについていた。まぁ、なんとも無垢な笑顔である。これが先程の変態とは思えない。
「ちなみに今のスゥファリィの行動はトゥルー的にはどうなんだ?」
「実に”正しい”と思うのですよ。くたばればよいと思うのです」
トゥルーが吐き捨てるようにいう。辛辣な評価である。実は以前、トゥルーはフェイにもみくちゃに可愛がられたことがある。それがきっかけで、以降フェイ=悪という構図ができているようだ。
さすがにフェイをそのままにしておくことはできないため、空いている席に座らせる。あとは勝手に起きてもらおう。
「それにしても、スゥファリィ。その顕能、自在に使えるようになったんだな」
「顕能……? そーいえば自然に体が動いたけど……ボク、こんなことできたんだ」
どうやら体が顕能の使い方を思い出したようだ。今回はたまたま発現したが、それが自覚できたということはスゥファリィの制御下に置かれるのも時間の問題だろう。
「ボク、なんでこんなことができるんだろう……」
スゥファリィが小さな手を見つめている。
その言葉は、自分の探求という点で大切な言葉だ。
そして、このタイミングでのそれは実に都合が良いと言わざるを得ない。
「自分に関心をもってもらえたようでよかった。今日のことなんだが、ちょうどそこに関連することをするつもりでな」
「あー、そういえば、そういうのあったのですよ」と思い出したようにトゥルーがいう。
アルクは頷く。
「ということで、この後きてもらいたいところがあるんだが、いいか?」
「うん。……でも、眠いから、連れてっておくれ」
そこは変わらないスゥファリィであった。