これからと慰め
実はアルクはすでに起きていた。明らかにフェイの気配が変わった気がしたためだ。
触れることのできない感覚に意識が浮上し、起き上がろうとしたところできこえたのだ。ふたりのやりとりが。
それを、黙ってアルクは聞いていた。
やがて、二人の中で収まりをみせたところでアルクは顔をだした。
「落ち着いたか?」
「アルク、起きてたんだ。……もしかして、きいてた?」
それについては「さてな」と雑にはぐらかす。
「ただ、ふたりとも雰囲気が和らいだように感じたからな。気持ちの整理はできたか」
「うん。アルクの方が今はため込んでそうだよ?」
「そうだな。ただ、これはため込むべきものだとも思っている。きちんと然るべきところで発散するつもりだ」
アルクはエリシアをみる。
「ただ、謝罪はさせてくれ。すまない、エリシア。監督不足だった」
「はい。許します。それに、フェイさんも、アルクさんも、私のためにいっぱい考えてくれたから」
どこかぼやけたような口調だ。
受け入れてくれたことには「ありがとう」と返す。
「ただ、このままでいるを良しとするわけでもない。また後日話したいことがある」
「それと」とアルクは言葉を重ねた。
「今言うことでもないかもしれないんだが、体調が戻ったらあって欲しいやつがいる」
「会って……?」
目下、アルクが最も心配している人物である。
その人物は、きっと、このエリシアでないと救うことができない。
「スゥファリィと、話をしてほしいんだ」
・
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スゥファリィから事の経緯を聞いていた。あの日、どうしてエンプティ・タワーを飛び出すことになったのか。
最後のきっかけとなったのは奇しくもエリシアの言葉と同じであった。ある意味ではそう思えるほどにスゥファリィが成長したという証だ。
しかし、まだフレミシッテの身では受け止めきれない考えでもあったのだろう。
フレミシッテがいなくなった翌日、エリシアの新人指導の項目は依然としてあるのに、ちゃっかりデイリーの仕事が復活していて星見手というのは血も涙もないやつらだと思ったアルクであるが、そのデイリー業務である浄化活動をスゥファリィとしていた時に彼女が語っていたのだ。
「ボクがあんなこと言わなかったら、こんなことにならなかったのかな」
その日は言葉少なであったスゥファリィ。デイリーも理由があれば休むことは許されているから、休みにしようと提案したが、スゥファリィは行くといった。何か、黙々と作業がしたかったのかもしれない。
その場で言える限りの励ましはしたつもりだが、スゥファリィの表情が晴れた様子はない。
アルクたちと同じように抱えているものがあるはずだ。それは、アルクでは晴らしてやることは出来ない。
翌日、大分体調が回復したエリシアに、いつ会えそうか尋ねたところ直ぐにでも会いたいとのことだったため、早速スゥファリィを誘うことにした。
建前としては倒れてしまったエリシアの見舞い。その話を聞いた時、スゥファリィは目に見えて動揺した。そして、アルクの手を引っ張って自らの足で向かうほどに急いだ。
そうして到着した保険治療室のベッドのひとつでは、エリシアが上半身を起こし、隣ではフェイがりんごを剥いていた。
スゥファリィの姿を認めると、彼女は柔らかく微笑む。
「こんばんは、スゥファリィ」
「うん、こんばんは。……体調、だいじょぶかい?」
恐る恐るといった様子でスゥファリィが尋ねる。
「はい、お陰様で。スゥファリィにもびっくりさせてしまったよね」
「うん、すごく……びっくりした。その……ごめん」
徐にスゥファリィが口にした言葉に、エリシアは首を傾げる。
「ごめん、とはなにかな?」
「だって、ボクがあの時変な事を言わなかったら、フレミシッテは……」
「……」
「ボクのせいなんだ。だから、ごめん。許されることじゃないけど、でも――」
「許します」
その言葉に、スゥファリィが目を見開く。
「スゥファリィの謝罪を受け止めるし、許します。ちゃんと、許したからね」
「……いいの?」
「うん、勿論」
詠星に話しかける口調でエリシアは続ける。
「私、最近気づいたんだ。許すって大事なんだって。許すためには相手の言葉を受け入れないといけないし、相手のしたことを認めなくてはいけない。それをしたっていうのを言葉にするのってすごい大事なんだって思ったんだ」
「だけど」とエリシアは笑みを深くした。
「許した上でいうけど、私はスゥファリィが悪い事をしたとは思わなかったよ。私と同じことを言ってくれたのでしょう? もし、スゥファリィを許さなかったら、私のことも許せなくなっちゃうしね」
と、茶目っ気をだしていうエリシアに、スゥファリィは強ばらせていた表情を和らげた。
「ありがと」
謝罪について許しを与える。これは当たり前のようで難しい。それをエリシアは、自分なりの支援のやり方として取り込むことが出来たように感じる。
悲しい出来事ではあったが、しっかりと学びを得たのだろう。
そういえば、初期の吃りもきかない。もし、それが内的な成長の証だとしたら、実に喜ばしいものだ。
「良し」
アルクの言葉に、全員の視線がむく。
「そうしたら、少しこれからのことを話そうか」
「これからのこと?」
フェイが剥いたリンゴを自分の口に放り込みながら問う。
「ああ。全員に関わる話だからな。今くらいしか話せないと思ったんだ」
そうして、アルクは考えていたことを口にし始めた。
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「まずはエリシアについてだな。現時点での確認だが、フレミシッテがいなくなった現在も、エリシアの新人指導は続いている」
「そう、なんですか?」
エリシアは目を丸くする。彼女にしてみれば詠星の支援における指導者としてアルクかついていたのだから、その支援対象者であるフレミシッテがいなくなったら、関係も切れると思っていたのだろう。
「もともと、新人指導というのは何も初めての詠星の支援を指導するだけではないからな。紡ぎ手としての心構えや机上と現場の違い、実践的に覚えていくこと、経験者としての勘やコツ、考え方や見立ての立て方などなど。新人が新人でなくなるのをサポートするのが指導者の役割だ。本来ならもっと段階を踏んでやっていくことのはずなんだが、あんなタイミングだったから誤解するのも無理はない。そういうわけで、俺はエリシアの指導は継続するつもりだ」
目をぱちくりとさせていたエリシアたが、言葉の意味を理解すると「こちらこそ、お願いします」と頭を下げる。
「ですが、私は何をしたら……?」
「エリシアには、スゥファリィの支援のサブとして入ってもらいたい」
「えっ」とエリシアが驚きの声を上げる。
「主には施設の予約や資料を探したり、書類をまとめたりといった雑事と、実際にスゥファリィの支援にも関わってもらう」
「それ、は」
エリシアの瞳が揺れる。言いたいことは分かる。
「当然不安な気持ちはあるだろう。ところで、フェイなんだが、フレミシッテの支援がなくなったことで、エリシアを見るだけながら俺でも両立はできるだろう。そういう面ではフェイはお役御免、と言ってやりたいところだが」
「ほほう、この流れで私をリストラするおつもりで?」
からかうような目でフェイがみてくる。流石に何を言いたいのかは察してくれたらしい。
「そういうと思っていた。そこで、フェイのサポートをしてやってほしい。エリシアもフェイと一緒の方が安心するだろう」
「はい……フェイさんが一緒だったら、とても安心です」
「ということで、以上のように考えている訳だが……スゥファリィはどうだ?」
問われてスゥファリィの目がアルクに向く。
「当然君の意見が最も尊重される。下手な気遣いはせず、思ったままの意見を貰えるとありがたい」
そう言われて、スゥファリィは考えるように俯く。そうしてしばらくして、「うん」と答える。
「だいじょぶ。お世辞とかじゃなくて、ボクもエリシアと一緒にいたら、何か変われるかもって思うんだ」
「良かった。それなら、それで行かせてもらおうと思う」
大きく頷くアルクにフェイが言う。
「なんか、気合いすごいね?」
「ああ、俺はエリシアをエリートに育て上げるつもりだ」
「へぇ! そのこころは?」
「それが次の話題に繋がる。つまり、フレミシッテの導き手のことだな」
どういうことかとエリシアの身がやや前のめりになる。
「去り際、クローサーはまた顔を出すと言っていたのは覚えているか?」
それも、わざわざ導き手の支援が正しいのだと知らしめる為だけにくるのだとか。実に暇そうで羨ましいと嫌味を言ってしまいたくなる。
「導き手の言葉を引用するのはあまりいい気はしないが、導き手を選んだのはフレミシッテだし、彼女を取り戻すことが彼女のためになるとも思わない。ただ、導き手の支援は依存をベースとした不安定な支援方法だ。いつ瓦解してもおかしくない。だからこそ、完全に依存しきらないようにフレミシッテの中に考える力を残してやりたいと思う。導き手にとっては余計なお世話だろうが」
「その方法がエリシア?」
「そうだ。あの導き手のことだ、こっちを揺さぶりたいお気持ちでいっぱいであらせられるだろう。当然今回の出来事が新鮮なうちにまたくるはずだ。それまでに、エリシアを芯のある紡ぎ手として、フレミシッテの前に出す。そうすれば価値観に少しの相違がでてくるかもしれない」
ただ、問題なのは、それがフレミシッテの為になるのかということ。誰とて夢中になっていたものから覚めるのは苦痛だ。推しに推していた音楽家の嫌なところをみてしまって、なんで自分はこんな人を推していたのかと思うような。
また、導き手の支援も完全に悪いという訳でもないのだ。中には本当に他者の導きがないと生きていけない詠星もいる。クローサーの言葉も、フレミシッテの価値観も間違いではないのだ。あくまでひとつの考え方。
「……だが、ひとつの考え方しか知らないのと、複数の考え方からひとつを選んでいるでは意味が違う。折角会うフレミシッテに、できる限りのことをするとしよう」
それがアルクの考えであった。
「とはいえ、エリシアが立派になるために見る背中が俺であるのが一抹の不安だが。こんな背中だが、十二分にみて、糧にしてくれ」
「いえ……いえ。勉強、させてください」
エリシアが覚悟を決めた顔で頭を下げた。
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話し合いが終わったあと、エリシアはもう少し療養が必要であるため、その場で解散となった。
ひとりになったアルクは少し空白の時間でも作ろうかと中央塔のテラスのひとつで満点の星空を眺めていた。
ふと、甘い香りに隣を見ると手すりに腰掛けアルクを見つめる影。
「紡ぎ手さん、やーっと気づいてくれたのですよ」
トゥルーだった。
片手にホットミルクの入ったコップを持った彼女は「まったく」という様子ではにかんでいる。
「一体いつになったら気づくのかと思ったのですよ」
「トゥルー。部屋で寝てなくていいのか?」
「何を言うのです。寝るにはまだまだの時間なのですよ。……まさかですけど、トゥルーのこと、子ども扱いしたのです……?」
すっと据わる目にアルクは両手を挙げて降参の意をしめしておく。別にそういうことを考えていたわけではないのだが、ただ、あまり今いられるのは、と思ったのだ。
少しひとりでいたかった。
「それで、どうしたんだ。わざわざ俺のところにきて」
「深い理由はないのですよ。ちょっと温かいものが飲みたかったのでホットミルクをもらって、せっかくなので空でもみながら飲もうかと思ったらおっさんくさく黄昏てる姿があったので茶化しにきただけなのです」
「詳細な経緯をありがとう。ただ、それだと同じく黄昏にきたトゥルーもおっさんにならないか?」
「素材が違うのですよ。トゥルーがやればこの通り、美しい絵画になるだけなのです」
そうしゃしゃるトゥルーであるが、実際トゥルーは幼い体ながら端正であり、愛らしさと、時にあか抜けたような顔をみせる。
「さよで」と苦笑して、アルクは再度夜空を眺める。
「……スゥファリィからきいたのですよ。トゥルーの間が悪いときに随分な騒ぎになっていたのです」
「そうだな。急展開で少し疲れた」
そういえばとアルクは一瞬トゥルーの表情をみる。
「トゥルーは大丈夫なのか?」
大丈夫、というのはフレミシッテがいなくなったことをいう。
アルクの問いには「トゥルーですからね」という答えが返ってきた。
「トゥルーはあまりフレミシッテとはかかわりがなかったのです。今回のも当事者にはならなかったですしね。紡ぎ手さんたちほどトゥルーは重く考えられなかったのですよ」
「それに」と、トゥルーは自身の胸に空いている手をあてる。
「トゥルーは『正しさ』の詠星なのです。その観点から言えば、フレミシッテの選択はフレミシッテにとっての正しさなのだと理解しているのですよ」
「それは俺もわかっているつもりだ。導き手の支援方法が完全な誤りでないというのも何回も思っている。思っているんだが――」
「でも、そこで納得できないのがきっと、紡ぎ手さんたちとトゥルーとの違いなのですよ」
トゥルーとは、『正しさ』という言葉の詠星である。とある世界の自由と正義を象徴する国に住む少女の想いから墜星した。トゥルーがたどり着いた正しさとは、完全に客観的な評価でなければ、他者のすべてを否定して押し付けるものでもない。その人物の中にある最善と感じる選択肢のことを指す。
つまるところ、どうしてフレミシッテがいなくなったことで動揺せずにいられるのかといえば、それがフレミシッテの選んだ正しさであると認識したからだ。例えばフレミシッテが崖から落ちて死んでしまっても、フレミシッテが正しいと思っていたなら納得できてしまうのがトゥルーだ。
これが詠星と人間の違いでもある。こと、自身の言葉に関するものごとにおいて、詠星は人間にとって異常な思考や価値観を持つ。
「でも、なのです。きっと、昔のトゥルーなら、紡ぎ手さんたちの気持ちはわかなかったのですよ。でも、今のトゥルーならわかるのです。どんな考えでも、そこに至るまでの過程には様々な影響を受けるのです。もし自分たちがもっと何かしていれば、フレミシッテの考えも変わったかもしれないと、そんな後悔があるんじゃないかと思うのです」
しかしまた、紡ぎ手の支援を受け、無事に終結に至った詠星は、通常の詠星とも異なる。常人の思考が理解できるようになる、というと聞こえは悪いが、詠星として与えられた言葉に縛られることがなくなるのだ。
「トゥルーはあんまりフレミシッテとはかかわれなかったですけど、紡ぎ手さんの頑張りは見てきたし、聞いてきたのです。十分、頑張ったと思うのですよ」
と、ぽんぽんとアルクの頭を撫でる。
それにはたまらず、アルクは苦笑を返した。
「なんだ、慰めてくれるのか?」
「トゥルーはお姉さんですからね。落ち込んでいる人にはちゃんと寄り添えるだけでの器量があるのですよ。だから、おとなしく慰められるといいのです。特に紡ぎ手さんは、なーぜか人に慰められないですからね。トゥルーがその分してあげるのです」
それは、もしかしたら長年をともにしてきたトゥルーだからこそ気づけることなのかもしれない。年数だけならフェイだが、日数で数えるならば、圧倒的にトゥルーの方がそばにいる。
こういうことも、実を言えば何度かある。
「それは、どうも」
「あ、でも、トゥルーみたいな女の子に慰められているとか、紡ぎ手さんとんだへんた――」
ぺしりとトゥルーの額を指ではじく。
「いった!?」
「お姉さん設定はどこにいったんだ。本物のお姉さんになるにはまずそのぶれぶれなキャラをどうにかしないとな」
「なにおう!?」
しかし、と。うにゃうにゃ言ってくるトゥルーに気が楽になったのもひとつ。
ひとりでなくてよかったと、アルクはそう思った。




