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詠星の紡ぎ手  作者: 露草 彼岸
2章 紅蓮の縋る先
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導き手と別れ

 その男は、ひとことでいえば瘦せこけた人間だった。頬も手も、骨が浮き出そうなほどに痩せている。それでいて長身であるものだからやけに目を引く。それを誤魔化すためなのか、黒の外套に身を包んでいる。

 男は女のように長い髪を垂らしている。それでいて、女を彷彿とさせるような優しい顔をしている。なるほど、彼を見た多くの者は、不健康ながらも人好きのする顔に警戒を解くこともあるかもしれない。

 ――こんな登場でなければ。


「やあ、紡ぎ手のみなさん。ここにいる皆さんとはお初にお目にかかるようだね」


 その声は、丸い。すっと抵抗なく入ってきそうな声音だ。


「……導き手か」


 アルクは以前、フレミシッテを保護した時の報告書にも目を通していた。その時の導き手の特徴と一致したのだ。

 フェイとエリシアが体をひくつかせる。


「ああ、そうだとも。改めて自己紹介をしようか。僕は導き手、クローサー。以後、末永くお願いするよ」


 そうして視線で今度はそちらの番と訴えてくる。

 本来は答える義理などないだろう。しかし、無闇に牙を見せるのも良くない。


「……紡ぎ手、アルクだ。こっちはフェイとエリシア。以上だ」

「おおっと。まさか返事を貰えるとは思わなかったよ。嬉しいねえ。アルク、フェイ、エリシアか。うん、覚えておこう。……はて、どこかで聞き覚えのある名前が混じっているような気がしたけど、何だったかな」


 首を傾げるクローサーにアルクは「知らんな」と返す。

 誰の名前がどんなことで伝わっているのか、気にならないといえば嘘になるが、今は少なくとも問いただすタイミングではない。


「それで、あなたは何用でここにいる? ここは紡ぎ手以外の侵入は禁止しているが」

「つれないことをいうじゃないか。同じ支援者のひとりとして仲良くしたいのだけどね」


 と、クローサーは緩やかに首を振る。


「何用って決まっているだろう? 大事な支援対象者を迎えに来たのさ。僕の発言は記録に残っているのだろう?」


『また迎えに行くよ』。

 確かに言っていた。あれはどうやら捨て台詞ではなかったらしい。


「狙いはフレミシッテか」

「狙いだなんてそんな。僕はただ迎えに来ただけだと言うのに。だけど君の考えは正しい。そう、僕はフレミシッテを迎えに来たのさ」


「迎えにきた、ね」


「はっ」とアルクは吐き捨てる。


「ここでは紡ぎ手以外の詠星の介入は禁じていると明示していたはずだが?」

「それは支援者側の都合だろう? 詠星にとってはそんなの関係ない。如何に救ってくれる存在がいるかがすべてなんだよ」

「だったらあなた方の拠点の詠星を支援をすればよろしかろう。それともこちらへの嫌がらせのために拠点近くの墜星には目もくれなかったか?」

「誤解だよ。ちゃんと僕の拠点では多く同僚が詠星を導いてくれているさ。僕はね、今回お告げを賜ったものだから来たのさ」


 クローサーは自身の胸に手を当てる。


「『汝、クローサー。紡ぎ手蔓延る深緑の地にて、出会いあり。さすれば汝、かの詠星は導きを求めている』とね。陳腐というのはよしておくれ。僕も気になってるんだ。でも、お告げの通り、僕はフレミシッテという詠星に出会うことが出来た」


 その言葉にアルクは目を細める。


「それが良き出会いとは一概に言えないがな。ついでに言えば、今後あわせるつもりもないし、あわせにいかせる気もない」

「そこまで意気込まないでおくれよ。用が済んだら帰らせてもらうから」

「させると思うか? これは深刻な侵犯行為だ。拘束させてもらうぞ」


 そう言って一歩踏み出したアルクの足元を何かが貫いた。目だけ向ければ細い穴が空いていた。

 あまりに速度の速いものだったものだから何が飛んできたのか理解するのに数瞬の時間がかかったが、それは水だった。圧縮された水の玉が音速のごとき速度で地面を貫いていたのだ。


「戦意はないとお伝えしているとおりです。その先を動かないでください」


 木の後ろから、行使者が現れる。

 半透明の体。薄青の体がスレンダーながらも女性らしい起伏があり、精巧に整った顔は冷徹にアルク達をにらみつけている。

 恐らくは彼女が水に関わる詠星と考えてよいだろう。戦闘能力はないと思いたかったがこの威力、下手な期待はできそうにない。


「まぁまぁ、待っておくれよ。ちゃんと言っただろう? 用が済んだら帰ると。まだ用が終わってないからね、帰るつもりはないさ」


 そう言いつつ、先に牽制してきたことには触れないあたり実にいい性格をしていそうだ。

 睨むアルクに柔らかな微笑で返したクローサーは「ところで」と言葉をこぼす。


「君たちは、フレミシッテの担当になっていた方は知っているかな」

「私が、担当です……!」


 エリシアが鋭い眼光で答える。

 すると、クローサーは朗らかな笑みを浮かべた。


「ああ、君が! 良かった、探す手間が省けたよ。先ほどの話の通り、僕がこれからは担当することになるから、引継ぎを受けたくてね。早速だけど、いいかな?」

「いいわけ、ないでしょう……! 勝手に決めないでください!」


 一歩、エリシアが前にでる。


「私は、フレミシッテの担当です! まだまだ新人で、わからないこともあるけれど、それでもフレミシッテの支援をしていく気持ちはあって、簡単に誰かにお願いしますなんて、そんな無責任なことはいえるはずがありません!」

「志は立派だと思うよ。うん、君は良い支援者になれる。だけど、今は気持ちが先行しすぎているのが目立っているのかな。それは、君のためであってフレミシッテのためじゃあない。僕たちは支援者だ。詠星を第一に考えて動かなくてはいけない。時には手放しがたい選択肢であっても手放さなければならない時もある。それが今じゃないのかい?」

「違います! それはあなたが勝手に思っていることでしょう!? フレミシッテがどう考えているかも確認してないのに、どうしてあなたに任せる方が良いだなんて言えるんですか!」


 そう叫んだエリシアに――クローサーは笑みを深めた。


「フレミシッテにきいたから、言えるのさ」

「――は?」


 尻すぼみになる声。エリシアの瞳が揺らいだ。


「そうだね。確かに君は僕のことをしらない。いきなり任せてと言われても納得できないのは尤もだ。だから、うん、本人の口から説明してもらった方が良いのかもしれないね」


 クローサーがとある木をみる。

 その後ろから、紅蓮の髪をたなびかせる少女が、現れた。


「フレミシッテ!?」


 エリシアの動揺した声があがる。そこにいたのは確かにフレミシッテだった。しかし、どこか様子が異なる。

 きっとそれはエリシアにはわからないものだろう。しかし、アルクとフェイにはその変化がわかる。

 歯を食いしばる音で、どうやら自分は歯ぎしりをしていたことに気づく。それほどまでに、フレミシッテの様子は、紡ぎ手にとって最悪だったのだ。


「うん、紡ぎ手。あたしだよ」


 フレミシッテの表情は、一言でいえば蕩けていた。昏い笑みとでも表現しようか、頬を桃色に染め、一切の苦悩から解き放たれたような顔だ。

 これまでの彼女とは違い、その声はどこまでも穏やかで。何かを言おうとしたエリシアは言葉を発せずにいた。


「フレ、ミシッテ?」

「ごめんね、紡ぎ手。あたし、導き手の支援を受けることにしたんだ」

「ッ!?」


 エリシアが何度も口を開閉する。

 やがて出た言葉は「なん、で」というものだった。


「別に、紡ぎ手がきらいだからとかじゃないよ。あたしのために頑張ってくれてるのはわかってたし、あんたも色々と悩んでたんだって思うし。だから、これはただの相性の問題なの。あたしは紡ぎ手の支援が合わなかった。自分で考えるとか、決めるとか、そんなのはあたしにできない。あたしにできるのは、言われたことをやって、身に着けてくってことなの」


 フレミシッテがクローサーの隣に歩き、そっと彼の手に触れる。


「導き手は言ってくれたんだ。あたしのすべてを導いてくれるって。あたしは、何も考えなくていいって。すっごい安心したの。やっとあたしは楽になれるんだって。だから、ごめんね。紡ぎ手の支援は、もう受けられない」

「フレミシッテ……」


 ぱたん、と。呆然とした様子でエリシアは座り込む。もう、何も言えないという表情だった。

 代わりに「ちょっと待ってよ」とフェイが声をあげる。

 

「フレミシッテ。あなたは本当にそれでいいの? 自分の人生を誰かに決めてもらうってことは、自分の人生を誰かにあげるってことなんだよ?」

「幸せならいいじゃない。あたしはきっと、自分で決めようと思っても、どうせろくなことにならない。なら、もっとあたしのことを幸せにできる人にあげた方がいいでしょ?」

「でも、それはいつまでも続くものじゃないんだよ。導き手がいなくなれば、あなたはどうするつもりなの?」


「導き手は、いなくならない」と、フレミシッテがクローサーの手を強く握る。


「導き手は約束してくれたの。絶対にいなくならないって。あたしが死ぬまで一緒だって」

「ああ、約束したとも。僕は、フレミシッテを離さない。責任をもって最後まで導いてみせよう」


 その言葉に、フレミシッテは笑みを浮かべる。

 ……ダメだ。今のタイミングではどう考えをめぐらしてもフレミシッテの心が動くことはない。

「……フレミシッテ」と背中に背負うスゥファリィが声をあげた。


「本当に……行ってしまうのかい?」

「うん、行くわ。だって、それが正しいって思ったから。……ねぇ、スゥファリィ。あんたも一緒に来ない? 絶対導き手の方がいいと思うの。導き手だって断ることはないと思うわ。ねぇ、そうでしょ?」


 甘えるようなフレミシッテの視線に「もちろん」とクローサーは頷く。


「導きを求めるなら、喜んで責任を持とう。君はスゥファリィというんだね。どうだろう、僕の支援を受ける気はないかい? 君のすべてを、導いてあげよう」

「……やだ」


 はっきりとした嫌悪感がこもっていた。


「ボクだって不安なことはいっぱいある。このままでいいのかって思うこともある。もうちょっと前なら、ボクも答えがほしいって思ってたかもしれない。だけど、ボクは、自分を知ることをやめたくない。ボクは、一緒にいけないよ」

「そうか……それは、残念だ。とても、残念に思うよ」

「そう。スゥファリィはそっちで頑張るのね。わかった。あたしにはとても無理な道だけど、頑張って」


 それがやりとりの終盤をにおわせた。


「本当ならきちんと引き継ぎを受けたかったところだけど、彼女の様子をみるに、仕方がない。僕たちはそろそろ行くことにするよ。やることはたくさん残っているからね」


「そうそう」とクローサーはスゥファリィに笑みを向ける。


「今は否定の気持ちがあるかもしれない。だけど、未来もそうとは限らないだろう。もし君が望むなら、僕はいつでも迎えにくるからね」

「……」


 スゥファリィが答えないことに対しては肩を竦めることでクローサーは返す。

 そうして、おもむろに沢に向けて歩き始めた。

 この段階で襲っても、水の顕能を持つ詠星にフレミシッテも牙をむいてくるだろう。対してこちらはスゥファリィのみ。勝率は低い。

 しかし、最後にアルクは嫌味も込めて「クローサー」と呼び止めた。


「導き手というのは、話をきくに自己犠牲の塊のように感じる。あなた方はなぜ、自身の人生すら犠牲にすることを厭わない?」


 クローサーの足が止まり、顔だけが振り返る。

 その表情は、何かに対する憐憫のようなものだった。


「自己犠牲も何も、僕たちは当然のことをしていると思っているよ。詠星というのはとてもかわいそうな存在だ。知らないうちに知らない状況になっていて、知らないままに流される。歴史を紐解けば、どれだけの詠星が不幸な結末を送ってきたのかわかるだろう? 彼らは望まれないままに生まれて、何もできないままに不幸になる。詠星に生まれたることこそ不幸なんだ。なら、この世界の住人である僕たちが彼らを導くのは至って人道的なことだろう?」


 クローサーの周りに突如水の膜のようなものが形成され始める。


「お別れだ。導き手のみなさん。だけど、ひとつ言い忘れていた。また、そのうち顔をみせるよ。フレミシッテを連れて。今の世の中は紡ぎ手が正しいという風潮だけど、当然僕としては思うところもあってね。フレミシッテの姿を以て、導き手の支援が正しいことを証明してあげよう」


 「それでは」と。

 水の膜がクローサーとフレミシッテを覆い沢の中に飛び込む。

 そのままあたりは静寂に包まれた。


「フレ、ミシッ……テ」


 エリシアのつぶやきのような言葉がやけに響いて聞こえた。

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