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詠星の紡ぎ手  作者: 露草 彼岸
2章 紅蓮の縋る先
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失踪と捜索

 その日、アルクは特にすることもなく久しぶりの休みを過ごしていた。

 朝遅くに起き、人のまばらな食堂で食事をとり、世界言語部で流行りの小説を借り、暖炉のあるリラクゼーションスペースで珈琲片手に本を読む。

 知識人としてこれ以上にない休みであった。

 今日はエリシアもフェイも非番のようだがまだみかけていない。とはいえ、エンプティ・タワーは広大な敷地をもつ。特定の人物が特定の場所にとどまり続けていなければ、出会える可能性は意外にも低い。

 もしかしたら男子禁制な感じで会話に華を咲かせていたりもするかもしれない。


「……ふぁ」


 アルクは本を置くと軽く伸びをする。

 中央塔の3階。暖炉の火は暖かくフロアを包んでいる。

 ふと外を見れば快晴な晴れ。そこから当たる日の光も心地よい。

 たまらず欠伸もでようものだが、これくらいの感覚が得られているのが大事であるのだ。

 何分紡ぎ手は緊張の日々。自分に余裕が持てなければ他人にも余裕をもった対応ができなくなるのは、紡ぎ手のみならず、すべての人間に共通することだろう。故にリラックスする時間をとることは非常に重要なことだ。


「……このまま、ひと眠りでもするかね」


 ふかふかのソファチェアに埋もれつつ、静かにアルクは目を閉じた。


 ・

 ・


 しかし、妙な胸騒ぎがして、アルクの安眠は終了した。

 胸騒ぎというよりも、やけに空気が乱れているように感じるのだ。

 人々の喧騒のようなものもどこからか聞こえてくる。

 何か事件でも起きたのか。当事者ではないにしても、塔内での出来事は少なからず詠星に影響を与える。そういった面では状況を事前に確認しておくのは対策の為にも必要な行いであろう。

 そうアルクは思い、重い体を起こして空気の乱れの中心を探っていく。

 その時。


「——! ——手!」


 どこかで聞き覚えのある声が聞こえた。

 アルクの脳に入った音は初めは咀嚼できなかったが、数秒のラグの後、それが誰の声なのか判明する。

 瞬間、これ以上にないほどアルクの心臓が高鳴る。それも悪い方に。

 当たりを見渡し、声の主を探し出す。

 かくして、その人物は既にアルクを視認していたようで、遠くからかけてきていた。


「紡ぎ手!」


 スゥファリィだった。スゥファリィが必死の形相で()()()()()

 そうして、周りの目も気にせず、スゥファリィは飛び上がるとアルクの体にしがみつく。その顔が至近距離でアルクへ向けられた。

 近くでみると余計にわかる。スゥファリィにとって過剰なほどの運動量からくる発汗、恐怖や焦燥、不安などあらゆるものを内包した白い顔。

 異常なことが起きたのだと一目でわかる。


「紡ぎ手! フレミシッテ、フレミシッテが――」

「わかった」


 スゥファリィの言葉ですべてを察する。恐らくはスゥファリィとフレミシッテとの間に何かがあったのだろう。そして、スゥファリィの慌てようから、フレミシッテの姿が近くにはないこともわかる。

 つまりは。

 アルクは周囲に対して大声を張り上げた。


「詠星フレミシッテが失踪した! 赤髪の小柄な少女だ! 支援期間は1カ月! 捜索を手伝ってくれ!」


 非常に端的な言葉。しかし、ことエンプティ・タワーにおいては少なくともすべての紡ぎ手が理解した。

 即座にあたりが意図を持ったあわただしさに変わる。


「拡散、拡散だ! 詠星フレミシッテの失踪を塔内に知らせろ!」

「ゲトヴァリィにも連絡を入れてくる!」

「中庭が焼けてる、多分フレミシッテの顕能だと思う! 痕跡があるかもしれないから詠星の誰か、手伝ってくれる!?」

「街の外にでているなら、あちこちで目撃証言があるはずだ! こっちにも何人か手伝ってもらいたい!」


 ひとまずは、これで初動は良いはず。

 ふと、スゥファリィをみると、彼女は荒い息をついて、アルクの体からずり落ちそうになっていた。

 すぐにスゥファリィの容態を確認すると、栄養ゼリーと水分をとらせる。

 その間に騒ぎをききつけたのだろう。どこからともなくフェイとエリシアが走ってきているのが見えた。


「アルク! フレミシッテは!?」

「まだ所在は掴めていない」


 さしものフェイも、顔には不安や焦燥が浮かんでいる。エリシアに至っては顔面がどうしようもないほどに蒼白になっている。目の焦点もあっているのかわからない様子だ。


「わ、私のせいだ、私がフレミシッテを、わ、わ、私が――」

「エリシア。それは違う」


 ぐしゃぐしゃの顔で言うエリシアの肩をアルクは強くつかむ。


「これは誰が悪い、悪くないというものじゃない。あらゆる要因が重なったのが今回なんだ。だから、すべてを自分のせいにしようとするな」

「でも、だけど、フレミシッテが……絶対、私が――」


 その先は言葉にならず、エリシアは顔を押さえる。


「……今は、フレミシッテの捜索を進めよう。フレミシッテの行きそうなところに目星はあるか?」

「ううん。わからない。むしろ、一番可能性が高いと思ってたのが中庭だったから。中庭、延焼はしていなかったけど、かなり大規模に焼かれてたって」


 恐らくはフレミシッテの顕能だろうとアルクは結論付ける。


「あとは……」


 過去にもこうした失踪事件は起きている。そのたびに詠星のいる位置は異なっていたが、統計的に考えるのであれば――


「誕生の地、か」


 アルクの呟きにフェイが意味を理解し「十分あり得ると思う」という。


「アルクは、フレミシッテの誕生の場所を知ってるよね?」

「ああ。とはいえ、フレミシッテの場合誕生直後に導き手に連れ去られているから、行くのかも怪しいが……今はそこくらいしかない。ダメもとで向かってみよう」


 アルクはエリシアをみる。


「エリシア、あなたはここで待つか?」

「い、行きます、行かせてください!」


 無理なら連れて行く気はなかった。しかし、エリシアは半狂乱になりながら、アルクに縋りついてきた。今、エリシアの頭の中でどのような思考が蠢いているのかはわからない。ただ、行くというなら断る理由もない。


「スゥファリィ。君は――」

「ボクも、行く、よ」


 荒い息をついたまま、意識の薄さを感じさせる半目でスゥファリィはアルクをみる。


「ボクだって、フレミシッテを、あんなふうに、したから。ちゃんと、話し合い、たいから」

「……わかった」


 本当なら、スゥファリィはおいていきたかった。この状態で無茶させることで彼女にどのような影響がでるのか。しかし、このまま残しておくことでさらに悪影響になることも考えられた。

 逡巡し、アルクは承諾する。


「何事もなく、みつかってくれ……」


 そんな思いをこぼし、一行は走り始めた。

 エンプティ・タワーを出て、ミニングフールを一直線に走る。街の関門には数人の紡ぎ手があたりから事情を伺っているようだった。

 彼らはアルク達に気づくと声を張り上げる。


「フレミシッテは街の外にでたらしい!」

「了解した!」


 そのまま勢いを殺さず、アルク達は森の中をかける。

 通常であればそう長くもなく息が切れるところ、スゥファリィの重力操作によって走ることへの負担が減っている。

 この時には気づいていなかったが、明らかにアルク以外の二人にもスゥファリィの顕能がかかっていた。

 そうして――


「……ここだ」


 小さなクレーターとなっている広場に到着した。

 しかし、あたりを見渡しても人の姿はどこにもない。

 エリシアが「フレミシッテ、フレミシッテ!!」と四方に叫ぶ。


「頼む、いてくれ……」


 スゥファリィの時にもあったように、支援期間がひと月経つこの時期は、特に詠星は不安定になりやすい。

 スゥファリィの時は早いうちに面談の中で気持ちの整理を行うことができたから、表面上は安定することができた。しかし、今回フレミシッテはひとりだ。もしひとりで考えの整理を行おうものなら、恐らく幾度ものループ思考の末に、曲解に至ってしまう可能性もある。

 それだけは避けねばならなかった。

 アルクもあらんかぎりの声で呼びかけようとする。

 そう思い、口を開けた時に。


「やぁ、紡ぎ手の諸君」


 男が、現れた。

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