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詠星の紡ぎ手  作者: 雨草 綴
序章 詠星の保護▶支援の開始
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順調と停滞

 その後、幾度も浄化活動を経て、一行は無事に帰宅した。

 合同での活動というのもあり、屑想の浄化数もかなりの数に上った。


「そもそも、なんで屑想ってこんなにいるのよ」


 というのはフレミシッテの言葉だが、そんな言葉が漏れるほどに忙しかったのだと言える。

 しかし、今回の活動を通してフレミシッテはより成長の兆しを見せた。

 特に顕能の発現における方向性はアルクの言葉もあり、方向性の修正を行っている。

 拡散する炎の密度を圧縮する方向にするか、それとも与える影響力の総量をあげるために速度に注目する方向にするか。

 結果として、フレミシッテは後者を選んだ。


「こっちの方がしっくりくるのよね」


 それはつまり、フレミシッテの言葉の意味や想い主の想いにも関連があるとみなされる。

 そのあたりの見立てを立てつつも、フレミシッテの支援は進んでいった。

 一方で、スゥファリィの支援もアルクは忘れていない。

 ここ最近は想い主と自身の想いを分離し、客観的にとらえられるようになってきたものの、溜りに溜まった考えや分散する思考はスゥファリィに少なくない負担を与える。そのため、現在は隔週に1回の面談に切り替えている。

 そして、今日もまたスゥファリィの面談が終わった。


「——よし、今日はこのあたりにしておこうか」


 アルクの言葉に「はぁい」と気の抜けた返事が返ってくる。

 みれば、スゥファリィはソファに横になっていた。とはいえ、つい先ほどまでは真剣な顔で自身の内面に向き合っていたのだから、文句を言う筋合いはないだろう。


「スゥファリィも大分自分で気持ちを整理できるようになってきたな」

「うん。でも、まだうまくいかないこともあるんだよねぇ」

「なに、すべてがすべてひとりで完結する必要もないさ。必要であればこうして話し合うことはできる」

「そだねぇ」


 スゥファリィの支援から2カ月。時が経つのは早いもので、外ではまばらに雪が降るようにもなってきた。この間、スゥファリィの支援は順調といってもいい。むしろ順調すぎて心配なくらいだとアルクは感じる。


「……ちなみに、スゥファリィは無理はしてないか?」

「無理かい? んー、特にないねぇ」


 スゥファリィの顔は穏やかで気の抜けたものであり、実際何かを隠していたり無理をしている様子ではない。

「そうか」といいつつ、なんともいえないもやもやがアルクの胸中に生まれる。

 とはいえ、万事無事にことが運んでいるのであれば、それに勝るものもない。

 メモに書かれた膨大な記録をみて、報告書を書く面倒くささにアルクは息をついた。


 ・

 ・


 正直に言って、エリシアは困っていた。困るというよりも、どうしたらいいのか、という言葉の方が正しいのかもしれない。

 4回目になる面談。その最中。

 最近はフレミシッテ自身が考える事も多くなってはきたが、依然「なんで、どうして」の質問は絶えない。

 今回もまた、そのひとつであった。


「ねぇ、あたしは誰なの?」


 目の前では体を震わせて、何かを求めるような視線で訴えてくるフレミシッテの姿がある。

 どこか息が浅い。フレミシッテの気の強そうな雰囲気が現在の彼女にはなく、あるのは迷子になった子どもの心細さのような感覚。


「わかんない。あたし、最近自分のことを考えるようになって、あたしの言葉の意味ってなんだろうとか、あたしを生んだ想い主って誰なんだろうとか、そういうのを考えるようになって……そうしたら、考えてるだけなのに、すごく怖くなるの。ねぇ、なんで? あたし、こんなに不安になる原因が何もわからない」

「それは……それは、もしかしたら、想い主の想いが溢れているのかも」


 アルクとフェイと行っていた振り返りでは、問われたことについて、フレミシッテが考えるべき問いもあり、それは自分で考えさせた方が良いという話があった。しかし、これについてはしっかり答える必要があるだろう。

「想い?」と尋ね返すフレミシッテに、エリシアは懸命に知識を絞りだす。


「え、えっと、詠星っていうのはね、想い主の様々な想いから生まれるって話したと思うんだけど、大体その想いって誰かに伝えたくても伝えられないものなんだ。だから、詠星が言葉の意味を思い出しちゃうと、その言葉は相手に届いてしまう。それが嫌だから、本能的に思い出してしまわないように不快感がでてるのがひとつ。もうひとつ、どんどん想い主の想いに近づくことで、想い主がその言葉にどれだけの想いをこめていたのかというのが溢れちゃってるのかもしれない」

「……じゃあ、これが、想い主が私にこめた想いの強さってこと?」

「うん、多分……」


 養成所でも同じように習ってはいるのだが、いかんせん実際に見るのは初めてのため、エリシアにも自信はない。

 しかし、エリシアの返答を気にすることもなく、フレミシッテは自身の胸に手を当てていた。


「……でも、わかんない。別にいいたいことがあるならはっきり言えばいいのに。こんな嫌な気持ちで守ったって、いつまでも伝わんないのに。伝わんないなら、いっそ捨てちゃえばいいのに。なんで、私を生んだ想い主はこんな風にあれこれ守ってまでこの言葉を捨てようとしないの?」

「……それは、私もわかんない。多分、なにかしたの意味はあるんだと思うよ。だって、フレミシッテがここにいるってことは、詠星が誕生するくらい悩んでいるってことだと思うから」

「それはそうなんでしょうけど……嫌な気持ち。あたし、早くこんな気持ちを引き離したい。ねぇ、紡ぎ手。何か方法はないの? この気持ちから離れる方法とか」


 フレミシッテの質問に、エリシアは息を詰まらせる。


「どう、なんだろう……その気持ちから離れるのって良い、ことなのかな」


 自分でも良い悪いと評価しようとしていることにエリシアは顔をしかめる。言ってから気づく。これは良い悪いで説明のつくものではないのだろう。


「知らない。でも、本当に気持ち悪いのよ? 全然落ち着けないし、集中だってできないし、こんな気持ちがこれからもずっと続くって思ったら気が狂いそうなのよ。別に逃げるわけじゃないの。ただ、今のこの気持ちから少しでもいいから離れたいだけ。それくらいは許されたっていいでしょ?」


 その言葉には、エリシアは答えられなかった。

 確かにフレミシッテの言うことは正しい。エリシアの知識の中でも、この段階に入った詠星は不安、焦燥、落ち着かなさなどあらゆる負の感覚を抱えるという。それを維持しながら過ごすことがどれだけ大変かは、想像でしかないが本当に大変だと思う。

 しかし、それを小手先の何かで誤魔化そうとするのは正しいのか、という思いもあった。


「き、気持ちが不安定なのが辛いのはその通りだと思う。でも、それを何かしてごまかすというのは違うんじゃないかって――」

「誤魔化すって何よ!」


 突如、フレミシッテが声を荒げた。

 エリシアがびくりと肩を震わせる。一方でフレミシッテも自分が発した声に目を見開いていた。


「フ、フレミシッテ?」

「ご、ごめん、ごめんなさい……あんな声を出すつもりはなかったの。なのに、なんでか感情が抑えきれない感じがして……」


 実際、わざと声を荒げたわけではないのだろう。フレミシッテは苦しそうな表情だ。どうしてそんな感情が出てしまったのか分からないというように顔が困惑し、瞳が揺れている。


「ううん、私こそごめん。フレミシッテ、今、すごい苦しいよね……なのに、誤魔化すなんて、言い方悪かった」

「別に、いいのよ。でも、苦しいのは事実。ねぇ、何かないの?」

「何か……ごめんね、私もたくさん考えてるんだけど、思いつかなくて」

「じゃあ――あなたの指導をしている紡ぎ手にもきいてみてくれない?」


 エリシアの表情が固まった。


「あの二人なら何か知ってるでしょ? 別にすごいことじゃなくていいの。本当に、今少しでもいいから安心したいだけで……」


 エリシアはなんと答えればよいかわからなかった。

 ここでわかったと言ってしまえば、今後フレミシッテはエリシアのわからないことはアルクやフェイにきくように頼んでくるかもしれない。そうなってしまえば、フレミシッテはまた、すべてにおいて質問をしては答えを得るという内省のない状態になってしまうかもしれない。

 しかし、エリシアの胸中を知らないフレミシッテはただ、今の状況から抜け出したいからなのだろう、「ああ、そうよ」と続ける。


「別に、あなたが言ったみたいに誤魔化しじゃなくても、もっと根本的なことで答えを教えてもらってもいいじゃない。この気持ちから離れるでもいいし、対処するでもいいし、やり方があるんだったら、それさえ教えてくれれば、あたしはいくらでも努力できるし――」

「それは、ダメ、だと思う」


 フレミシッテの思考の偏りを感じ、エリシアは声がでていた。


「……なんで?」

「これは、何かをしたらどうにかなるとか、何かを頑張れば結果がでるとか、そういうのとは違うと思うの。それは、それだけは、自分自身で考えて見つけ出さなくちゃいけないものだって思うの」

「——そんなの、無理に決まってるじゃない!」


 感情が我慢できなかったのだろう、再度フレミシッテが声を荒げる。


「自分で考えるって? そんなのできるような気分じゃないのよ、あたしは! ただ辛くて、ただ苦しくて、それから離れたいだけなのに! それくらい教えてくれたっていいじゃない! なんでダメなのよ!」

「それをしたら……だって、離れてしまったら、もう、近づくことができないと思うから」


 その言葉にフレミシッテが口を噤んだ。


「ねぇ、フレミシッテ。それなら、もっと深いところまで考えを整理してみない? きっとひとりでその気持ちに向き合ったら耐えられないと思うけど、私と一緒ならダメかな? それに、わからないことがわかるようになったら、自然と対処法だってみつかるかもしれないし……」


 今の言葉はエリシアの中でも、大分うまく伝えることができたのではないかと感じた。

 しかし――


「……今は、やっぱり、無理よ、あたしは」


 こぼすように、フレミシッテはそれだけ答えた。

 時計が面談の終了時間を指す。お互いに不完全な状態を残して、面談は終了した。

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