2週間後と振り返り
エリシアの指導を始めるようになって2週間が経過した。
その間、エリシアは振り返りの中で話していたように、浄化活動を中心にフレミシッテの支援を行ったようだった。
サポートとしてフェイも同行したようだが、中々難儀しているようだ。
「ほら、フレミシッテって炎を扱うじゃん? ここら一帯って森だから相性が悪いんだよねー」
とは、フェイの言葉だ。
確かに環境を考えると、フレミシッテとの相性はすこぶる悪い。しかもフレミシッテの炎は拡散性に優れたものだ。思うままに力を解放すればたちまちあたり一面が焼け野原になってしまう。
そのため、一旦エリシアとフェイはフレミシッテの顕能の制御と可能性を詰めていった。
まず、顕能をどこまでコントロールさせることができるか。拡散性の炎を少しでも凝縮させることはできるのか。
フレミシッテはそのあたり、よく努力をした。フレミシッテ自身、自分で努力することは得意なようで、1週間が経つ頃にはある程度のコントロールができるようになっていた。しっかりとコントロールすれば炎も延焼せず、凝縮はまだ難しいものの、浄化活動は落ち着いて行えば環境被害になることはなくなった。
顕能を自在に操ることは言葉の意味に近づくことにもつながる。
そのため、このあたりを機に一度、エリシアはフレミシッテと面談を行った。
「はぅ……」
夜、アルクの部屋にて。
机に突っ伏したエリシアが力ない声を漏らした。
「ま、予想通りというか、そりゃあそうもなるよねぇ」
「初めての面談だからな。二重の意味で苦しくなるだろうさ」
対面でエリシアの様子をみるアルクとフェイは苦笑の面持ちだ。
アルクの言う二重の苦とは、ひとつに面談に集中することでの疲労。そしてもうひとつが。
「報告書……私、腕がちぎれそうです……」
報告書の作成である。
他の支部ではまた書式も異なろうが、ことエンプティ・タワーにおいては、報告書には逐語録の添付も必要となる。そのしんどさたるや、アルクもいつもため息をつきたくなるものだ。
「と、というか、逐語録って……私、記憶力そんなによくないです……」
「まぁ、逐語録と建前はそう呼ばれているが、実際すべてを一字一句ただしく覚えている紡ぎ手はほんのわずかしかいない。内容さえ間違っていないければ口調や文章はある程度変わっていても問題ないさ」
「そ、それも難しいです……お二人はどうやって記録をとっているんですか?」
面談では紙に記録を書くことも、詠星の許可があれば許される。
しかし、リアルタイムの話をすべて紙に書くというのはまずできない。
「例えばキーワードを書いたりして思い出しやすいようにしている。他にも速記を使ったりか」
「私は雰囲気で丸暗記派です!」
フェイの言葉にエリシアが小さく「化け物……」とこぼしていたのが妙に面白く、かか、とアルクは笑う。
「しかし、エリシアももうほとんど書き終わってるじゃないか。あと少しだ、頑張れ」
「でも、終わったら終わったらで振り返りだけどねー」
「うぅ」と呻きながら、エリシアは手を動かし続けた。
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「正直、うまくできたって感じがしなくて」
報告書も作成が終わり、振り返りを始めたところ、エリシアの第一声がそれだった。
「ふむ……いや、エリシアなりに頑張っているのは感じる。感じるが……」
アルクは内容を読むとエリシアを励ます。エリシアの対応は確かに覚束ないところも多々あるが、面談としては良い言葉がけができているようにも思う。
それでもうまくいかないという感覚があるのは、
「フレミシッテの内省が全然進まないってところからだろうね」
フェイが答えを述べる。
その通りで、フェイがフレミシッテに質問を投げ返したり考える事を促すと、少し悩む素振りを見せた後に「わからない、教えて」というパターンが多いのだ。
「フレミシッテとしては刺激—反応のように、その過程をみることができないのかもしれないな。あくまで結果をしれればそれでよい、という考えだ」
「それって結構厄介だよね。そうすると、フレミシッテには身体感覚から入ってもらうのが一番になるけど、それはもうある程度進んでるし。想い主の想いへ対決は体を動かせばどうにかなるものでもないいし……」
フェイが腕を組む。
「……フレミシッテの外見年齢は幼いけどさ、精神年齢は今、どれくらいなんだろうね」
「そ、そうですね……わ、私は、外見と同じくらいなのかなと思っていました」
「私もそう。そう考えると、幼子にあれこれ考えさせるということ自体、間違いだったりするのかなって。例えばフレミシッテの想い主が子どもで、もともと内省する機能が発達していない年齢だったら、私たちはできないことをやれっていってることになるでしょ?」
つまり、フェイとしては、フレミシッテはまだ内省するほどの力をもっていないため、ひとつひとつ覚えさせる形の方が良いのではないか、という考えのようだ。
一方でアルクはフェイの言葉を加味しつつ「……いや」と自身の考えを話す。
「だとしたら、フレミシッテという詠星が誕生していることに矛盾が生ずることになる。内省ができないというのであれば、詠星になるほどに悩むことはできるんだろうか。俺としては、性格的な部分と、想い主の対処法としてフレミシッテの言動を捉えている」
「と、いいますと」
「ひとつは性格として考えるということが苦手。そのため、考えるくらいだったら体に覚えこませた方が早い。わからないことがあるなら誰かに教えてもらった方が早い、というものだ。そして対処法。自身の悩みや葛藤が生じた時、想い主は少しでもその不快感から離れようとしていたんじゃないだろうか。だから、目先の解決策に縋る。ただ、逃げることもできない、それでいて目先の解決法に頼るという対処法では対処しきれない想いが生じたためにフレミシッテという詠星が誕生した……と」
「なるほどー……うん、それも一理あるかな。でも、スゥファリィとフレミシッテをみていると、外見年齢はフレミシッテの方が上なのに、精神年齢はスゥファリィの方が上に感じるんだよねぇ。エリシアはどう?」
問われたエリシアは整った顔にしわを寄せて考える。
「そう、ですね……私も、フェイさんと同じような気持ちです。フレミシッテに考えてもらうのって、難しいんじゃないかって」
「……そうか、2人がそう言うのであれば、肌感覚としては――」
「で、でも」
方針を転換する提案をしようとしたところで、エリシアが言葉を遮る。
「でも、私も全部教えてあげることはできないし、前にアルクさんが言ってくださってたように、私が答えを出す必要のない質問はたくさんあると思いました。それに、そのまま答えばっかり教えていたら、フレミシッテに考える力がなくなっちゃいそうな不安もあって……」
「まぁ、こちらが教えて相手が受け取るというやりとりを繰り返すと導き手の支援方法につながってしまう可能性も高いのは事実だ。とはいえ、準備性という概念もあるように、その年にならないと、いくら鍛えてもどうしようもないこともある。2人が精神年齢も相応の幼さであると感じるなら、フレミシッテの内面が成長するまでは待ちの姿勢になるというのもひとつだが」
「そ、そうですよね……だけど、フレミシッテは幼いとは感じるんですけど、全然内省ができないわけでもないと、私は思いました」
「……続けて」
「そこは、アルクさんが言ってくださったのと同じで、フレミシッテは考えるってことをしたくないのかなって。だって、考えるそぶりは見せるんです。だけど、考えた結果分からないから私に質問するっていう感じというか……考えるより答えを知りたい! というのとは違うような感じもしてて……」
三者三様の意見に「ふむ」とアルクは顎をさすった。
「それも十分にあり得るか。もしくは……フレミシッテの言葉の意味がそういった彼女の反応・言動にかかわるものなのか」
「フレミシッテ個人のものなのか、想い主の影響なのか、言葉の意味からなる性格なのかってことだよね。まだそのあたりの分化も進んでないし、現状だとなんとも言えないところだよね……フレミシッテの言葉の意味もまだはっきりしてないし」
「支援を始めて1週間なのだから、仕方ないさ。候補はあっただろう?」
「うん。といっても、妄想に近いけどね。ね、エリシア?」
「は、はい。炎を使ってて性格も直情なので『熱意』とか『愚直』とか。あとはよくイライラしてたり、焦る感じもあるので『苛立たしさ』『憤怒』『焦燥』とか。ほ、ほとんどフェイさんが考えてくださって」
今しがたエリシアが出した言葉はアルクとしても納得できるものだ。
ただ、基本的に初めに予想した言葉は大抵外れてしまうというジンクスがエンプティ・タワーにはある。別の言葉の可能性も十分に考えておくべきだろう。
「それでも、ある程度方向性が絞れているのは大事なことだろう。今のところは、フレミシッテの内省の機能がフレミシッテ個人のものなのか、想い主の影響によるものなのか、言葉の意味からなるものなのかの見極めを優先していくことになるか。その間、エリシアとしてはどうしたい?」
「わ、私は、もう少しフレミシッテに考えてもらうようできないか、働きかけてみたいって思ってます。それでも無理そうなら、方針を変えようかなと」
「わかった。ただ、あまりフレミシッテに無理強いはしないようにな。ストレスがたまりすぎるとどのようにそれが発露されるのかもわからない」
そうして、この日の振り返りは終了した。
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「そういえば、アルク。スゥファリィの方はどうなの?」
大体なものは全て平らげ、胃を落ち着かせる時間にフェイが尋ねてくる。
「今のところは順調だな。自分なりに気持ちの整理もできるようになってきている」
「お、よきよき。言葉の意味とかは思い出せた?」
「いや、そこまではまだだ。というか、支援を開始してまだ2ヶ月もなってないぞ」
「いやぁ、アルクだったら案外行けるのかなって?」
「スゥファリィの負担を考えてやってくれ」
詠星の支援は一朝一夕ですぐに変化が現れるものでは無い。
幾日もの時間をかけて、幾月もの時間をかけて、時には幾年もの時間すらかけて、ゆっくりと詠星にかかわっていく。無論短期的に終結を目指す技法や学派もあるにはあるが……
ただ、好みではない、と頭の中に浮かんだものをアルクはそれこそ頭を振って忘れる。
フェイが話題をスゥファリィに変えたことでエリシアも興味があるのか、少し目を輝かせた。
「スゥファリィ……わ、私、まだアルクさんの担当する詠星に会ったことがないんですよね」
「ん? そうだったか?」
アルクが首を傾げる。
「は、はい。だから、ずっと気になってたんです。新人指導ができるくらいの紡ぎ手だったらどれくらい違うんだろうって」
「なるほどな。といっても、俺が何かすると言うよりはスゥファリィの努力が大半なんだがな」
「とか言って照れてない~」
頬をつつこうとするフェイの手をアルクが無慈悲に払う。
痛そうに指を見詰めるフェイの傍らでアルクは「そうだ」と案を口にする。
「丁度良い。一度このあたりで、合同で浄化活動でもしてみないか?」
「えっ」と驚きでエリシアが体をびくつかせる。
「スゥファリィとフレミシッテは既知であるし、お互いが同じことをすることで気づきが得られる可能性もある。エリシアとしても、俺とスゥファリィとのやりとりから何か得られたら、と思ったんだが」
「そ、それは、すごく魅力的なんですけど……その……」
エリシアがやや顔をこわばらせた。
「そ、その、もしフレミシッテがお二人をみて、わ、私のことを不甲斐ない紡ぎ手だってみたら、どうしようって思っちゃって……」
「あーね。そこは新人としては、というより、まだ信頼関係の構築の最中だと気になっちゃうよねぇ」
同意するようにフェイがいう。
「お互い、他人の姿をみても変わらずにいてくれるという感覚もないだろうし、何かの拍子にお互いの評価が逆転することだってあるわけだしね。アルクはどう思う?」
「尤もな話だな。が、俺としてはそんなことにはならないと思ったが」
アルクはその不安が的中することはないのではという。
「ほほう? その理由としましては?」
「フェイ、わかってて言わせてるな……? 理由としては、現在の関係をきく限りではお互いは険悪な仲ではないこと、すでにフェイという紡ぎ手が傍にいることが挙げられる。今更俺がでしゃばったところで、劇的に変化が起こるということはないんじゃなかろうかな」
もちろん万が一の可能性はある。
「エリシアはどうしたい?」
「わ、私は……でも、私は、もっと上手にできるようになりたい、です」
「わかった」とアルクは頷く。
「なら明後日は合同で浄化活動をすることとしよう」
その言葉で次回の予定が決まった。