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詠星の紡ぎ手  作者: 雨草 綴
序章 詠星の保護▶支援の開始
23/27

料理と振り返り

 その後、四方を駆けずり回って屑想を片付けたアルクは謝りに謝り、どうにかトゥルーのご機嫌をとって許しを得た。代償としてミニングフールに新しくできた店で特製アイスを奢ることになってしまったが、必要な犠牲だったのだろう。なお、ちゃっかりスゥファリィもアイスを求めてきたのは余談だ。


 浄化活動は日が落ち始める頃まで続いた。その間、何度かスゥファリィに顕能の発現時の感覚を尋ねてみたが、言語化できるような状態ではまだなさそうだった。

 街に戻り、約束通り2人にアイスを奢った後は寮に帰す。その足でアルクは自分の部屋に戻る。と、何故か鍵を開けようとすると、既に開いているのに気づく。


「……閉め忘れたか?」


 しかし、振り返ってみても鍵は閉めたはず。

 そう訝しみながらも扉を開け、次いで部屋の中から漂う匂いに首を傾げる。

 料理の匂いだ。それも、安心するような香りが部屋に漂っている。

 キッチンへ向かう。そこには2人の女子がわいわいと何かをしていた。


「ここでハーブを入れておくと臭み消しになるんです」

「へぇ。なんで何種類もあるの?」

「臭み消しにもいくつか方向性が違っていて、組み合わせを変えると、臭み消しと同時に香りをつけることもできるんです」

「そうなんだ! 不思議~」


 フェイとエリシアだ。とある詠星がもたらした技術であるコンロという機材には火がつけられ、上の鍋がぐつぐつと煮えている。料理を担当しているのはエリシアで、その傍でフェイがエリシアの手際を観察している。

 まさか、自分の部屋のキッチンが正しく使われる日がくるとは、という感想がでてくるが、それよりも確認しなければいけないことがあった。


「……なぁ、なんで俺の部屋に入れているんだ?」

「あ、アルク、おかえり~。なんでって、扉が開いてたからだけど? もう、このおっちょこちょいめ」


 フェイの言葉に、だとしても勝手に部屋にあがりこんでいるのは如何なものかと問いただしたいアルク。

 しかし、うっかり閉め忘れたのもアルクの落ち度と――


「い、いえ、その、フェイさんが道具を使って開けてました」

「おい、そこのコソ泥。証拠があがったんだが?」


 前言撤回。目を細めてフェイをにらむと、彼女は慣れない口笛で誤魔化そうとしていた。


「だ、だってー、全然アルク帰ってこないしー、その間ずっと部屋の外で待ってるのも暇だしー、今日はエリシアが料理作ってくれるっていうしー、だから仕方なく、仕方なーく開けるしかなかったというかー。そもそもアルクが帰ってくるのが遅いというかー、なんか寄り道してたんじゃないですかぁー?」


 確かに、アイスを奢るという寄り道はあったかもしれない。が、それで待たせたから扉を開けられても仕方がないというのはまた別の話。ちゃっかり責任転嫁しようとするフェイの頭を掴もうとすれば、するりとした身のこなしでアルクの手を逃れ、「あ、私、他にも何か買ってこようカナー!」と脱兎のごとく部屋を飛び出してしまった。

 アルクははぁ、とこれよがしにため息をついてエリシアに振り向く。彼女は今の一連のやりとりに目を白黒とさせていたが、それでも火の番として鍋の様子をしっかりとみてもいた。


「フェイの奇行につき合わせてしまったな。すまない」

「い、いえ、大丈夫です」

「今日は他にも、フェイは迷惑をかけなかったか?」


 アルクとしても、ただ同期であるからというわけではなく、詠星に対する態度や支援の技量を考えてフェイに頼んだわけではあるが、先ほどのをみるとどうしても確認せざるを得なくなる。

 アルクの問いにエリシアは「い、いえ」と返した。


「すごく、勉強させてもらえました。フレミシッテにも紳士的で落ち着いていて、細かいところも丁寧に教えてくれて。その、さっきのような姿は、全然」

「あれも誰に対してはどのような態度をとってよいかは考えて動いているだろうしな」


 アルクもトゥルーに対しては他の人にはかけない言葉をかけることもあるように。尤も、先ほどは見事に地雷を踏みぬいた馬鹿者ではあるのだが。その点フェイはアルクへの距離感と接し方がうまいと言えるだろう。


「仲が良いんですね」

「確かに仲は悪くないが、勝手に扉をピッキングをされるのを考えると悩むところもあるがな……」


 エリシアが「あはは……」と愛想を含んだ笑い声を漏らす。

「と、そういえば」とアルクはエリシアの料理に目を向ける。


「今日は支援初日の振り返りということで、何故か俺の部屋でやることは覚えているんだが、料理は何かあったか?」

「あ、えっと、これは、フェイさんとお話ししている時にすることになって。その、フェイさんはあまり料理をされないとのことで、私の料理がすごく気になったみたいで。その、食べてみたいって言ってくださって」

「それで、どうせなら俺の部屋のキッチンは埃を被るだけだし好きに使ってしまおうと。まったく……すまないな、エリシア」

「そんなことないです! わ、私も、お二人に何かをお礼したいって思ってて、でも全然お礼になるほどの腕じゃあないんですけど、フェイさんも望んでくださったので……」


 エリシアの表情は渋々、という感じではなかった。それならそれでよいのだろう。

「そうか。そしたらごちそうになる」とアルクは返した。


「見ての通り、何もないキッチンだが、好きに使ってやってくれ」

「は、はい。ありがとうございます」


 そうなれば、料理ができるまでアルクのできることといえばセッティングくらいだろう。

 そう思い、テーブルを拭くための布巾をつまんだ。


 ・

 ・


 テーブルに並べられる幾つもの皿。その上には色とりどりな料理が並べられていた。

 買われるだけ買われて棚に仕舞いっぱなしだった皿たちもさぞ喜んでいることだろう。

 料理からは湯気が立ち上り、スープをみれば脂が膜を張って、空腹を促す香りを発している。

 グラスにはフェイが買ってきた赤ワインが注がれている。


「……なんというか、俺の部屋にこうまで輝かしいものがあると、感動したくなるな」

「基本私たちが駄弁る時ってワインとおつまみって感じだもんねぇ。なるほど、これが生の気ってやつかぁ」


 謎の会話をするアルクとフェイにエリシアが顔を赤くして「は、早く食べましょう!」と急かす。

 食前の祈りを捧げ、料理に手を伸ばす。


「……ふぅ」


 たまらず深く息をついてしまいそうなほど、落ち着く味だった。


「なるほど、これが家庭の味ってやつですか……すっっっごく美味しい!」


 フェイが目を輝かせている。彼女に動物の耳や尻尾が生えていれば、恐らくぶんぶんと振り回していたに違いない。

「え、えへへ、ありがとうございます」とエリシアは照れ笑いを浮かべている。


「私の知っている食材が売られていてよかったです。ここってすごいですね。何でもあるというか」

「まぁ、ここはすべての国と深い交流があるからねぇ。大体のものは交易で入るようになってるんだよね。おかげで色んな産地のワインもこの通り――」

「お前はもう少し控える努力をしてくれ」


 なみなみと自身のグラスにワインを注ごうとするフェイの手からボトルを回収し、アルクは自分のグラスに注ぐ。

「ちょっとー!」という文句が隣からするが、これから振り返りがあるのに泥酔されたら堪ったものじゃない。

 ただ、それはフェイもわかっているからか、さらにアルクの手から強奪、ということはしなかった。


「……お二人は、やっぱり仲が良いんですね」

「うん? そりゃあ同期だし、もう8年来の付き合いになるしね! 嫌いだったらこんなに絡みませんとも! ……はっ、も、もしや、エリシア、アルクのこと――」

「ち、違います違います! そういうことじゃなくて!」


 エリシアに悪気はないのだろうが、明らかに拒絶というように言われると男として傷つく部分もあるアルク。しかし、顔にはださない。何せ顔にだせばフェイにおちょくられるのはわかりきっているからだ。


「私には同期と呼べる人がいないので、羨ましいなって……」

「あーね。そうだよね、ひとりだと寂しかったりもあるし。うーん、でも、紡ぎ手は不定期的に採用されるし、半年以内に配属された紡ぎ手は同期と思ってもいいんじゃない? それに、3年も経てば経験年数とかはそんなに気にならなくなるから、先輩後輩って感覚も薄れてくると思うよ」

「そ、そういうものでしょうか?」

「そういうものかなと思うよ。何なら、他にも初めて詠星を担当している紡ぎ手とは実質同期みたいなものじゃない? 年数は1年くらい違うかもだけど、そこはエリシアがエリートってことで!」

「い、いえいえ、私は絶対エリートではないです!」


 手振り身振りでエリシアが大きく否定する。ただ、他にも初めて詠星を担当している紡ぎ手の存在にエリシアが喜びの気を出す。


「で、でも、そうですよね。私の他にも初めて詠星を担当している方はいるでしょうし……」

「うんうん。探してみてもいいかもしれないね」


 そこで、エリシアは少し安心できたようだった。

 そうこうと食事をつまみながら世間話に興じ、あらかた皿の上が片付いたところで、代わりに広げられたのは何枚もの書類。殴り書きされているのは、体裁を整える時間もとれなかったから。

 これらはどれもフレミシッテに今日行った確認の結果を記載しているものだ。

 特に目を引くのは顕能の内容。


「炎か」

「そう! すごかったよー! 指向性は広範囲に対するもので、爆発するような感じの炎だった! 獄炎っていうのか爆炎っていうのか、どっちにしても荒々しさを感じたなぁ。それもあって、やっぱり顕能のコントロールは難しそうな感じだったよ」

「だろうな。フレミシッテの反応は?」

「目をまん丸に開いてびっくりって感じ。それと、コントロールできてないからかもだけど、炎風に体持ってかれてたね」

「ん? 自分の顕能に影響を受けるのか」

「どうだろ? 炎とかはフレミシッテの顕能だけど、そこから発生した自然現象はフレミシッテの影響外なんじゃない?」

「ふむ……場合によっては……いや、エリシアはフレミシッテの顕能をみてどう思った?」


 突如振られたことに驚き「えっ」と声をあげるエリシア。しかし、すぐに「えっと」と言葉を絞り出そうとする。


「わ、私もフェイさんと同じで、荒々しいと思いました。あと、なんというか、危ないっていうのも……い、いえ、そんなこといったら、顕能自体が危ないってなっちゃうんですけど」

「いや、俺も危なさがあるんじゃないかとは感じた。フェイのいうように純粋に今はコントロールがうまくいってないだけかもしれないが、自分の顕能に影響を受けるというのが少しな」

「じゃあ、コントロールして尚もこんな感じだったとしたら?」


 こんな感じ、とはコントロールができてきてもフレミシッテが自身の顕能に影響を受けることをさす。


「詠星の顕能は想い主の対外的な原始的感情表出と考えられている。そういった面では自他に対する感情の発露、それも爆発的な感情と考える事もできる。危なさを感じたのは、この爆発的な、という状態からあるように緩急が激しいことからだ」

「衝動性ってことだよね。何かあったときに、いきなり突飛な考えや行動をするかもっていう危なっかしさってこと」

「ああ。もちろん現段階の妄想のひとつでしかないから、今後コントロールがうまくいき、対象だけに影響を与えることができる、それでいて緩急も自在に操れるとなれば、また解釈も変わってくるだろう。この様子だと、基本的な支援方針は浄化活動になりそうか?」

「うん、だと思う。性格的にも、塔内で何かをするって感じでもなかったよね?」

「は、はい。その、性格はすごく直情って感じで、体を動かすのが好きそうな感じでした」

「なるほど。そうすると、まず初めの目標をどうするか……エリシアは考えていることはあるか?」

「え、えっと……顕能をコントロールできるようにする、とか?」

「そうだな。あとは並行してフレミシッテの思考に慣れる必要もありそうだ」

「慣れるっていうのは……」

「想像にはなるが、フレミシッテはリズムの良いやりとりを好むんじゃないかと思ってな。ただ現在のエリシアだと、問われたことに対してレスポンスには時間がかかるだろう? その部分がフレミシッテとの信頼関係の構築に影響がでそうだと思ってな」

「うーん、でも、意外とフレミシッテ、エリシアが頑張って返答を考えている時はちゃんと待てるような子だったよ?」

「そうなのか? だとしたら……今のままでも良いのか。うーむ……エリシアからは気になることや感じたことはあるか?」

「えっと、えっと、その……えーっと、なんでしょう、やっぱり色々質問されることが多くて、なんとかして答えようとして、すごく疲れるって感じがあります……」

「そのあたり、下手に逃げずに受け止めるのはエリシアの美点だな。ただ、そこについては……フェイはどう感じた、2人のやりとりは?」

「うん、正直エリシアが答えなくてもいい質問も結構混じってたと思うよ」

「そうか。だとすると、答えるべき質問と、逆にフレミシッテに返すべき質問の区別ができるようにする必要はありそうだな」

「ご、ごめんなさい。どういうことでしょうか?」

「極端なたとえ話になるが、『怪我をして血が止まらない。どうすればいい?』という質問と、食堂で『お腹が空いた。何を食べればいい?』という質問があるとする。前者は放置すれば命にかかわるし、正しい処置の仕方がわからない人もいる。そういう時には率先してあれこれと指示をだして答えることになるだろう。一方後者は、これまで食事という概念を知らなかったというならまだしも、普通は誰しも食事をしたことはあるのだろう。それで何を食べればと言われても、それはそっちで勝手に決めてくれとなる。もちろんおすすめをきいてくるなら答えるだろうが、相手の行動や選択のすべてをこっちが決める必要はない。そうしてしまうと、あらゆる言動に詠星は責任をもてなくなり、こちらへ依存してく度合いが高まる――それこそ、導き手の支援方法になってしまう」

「ねぇ、アルク、新しいおつまみあけてもいい?」

「勝手にしろ」

「ねぇ、アルク、新しいワイン開けてもいい?」

「はったおすぞ。と、要はこういうことだ」

「な、なるほど。なんか、私がすべての責任をもたないといけないと思ってたんですが、それは違うんですね」

「違うと断言まではしないさ。ただ、不必要な責任までこちらが背負う必要はない。そのあたりの区別だな。っと、これは世界言語部の調査書か。内容は――」


 そのまま、振り返り兼検討会は遅くまで続いた。

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