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詠星の紡ぎ手  作者: 雨草 綴
序章 詠星の保護▶支援の開始
22/27

事情の説明と失言

「紡ぎ手さんから知らない女の匂いがしやがるのですよ」


 翌日、トゥルーがアルクを前にして放った言葉である。


「君は、どこでそんな言い回しを覚えてくるんだ……」


 そして、指摘することとしてはトゥルーの物を言う立ち位置もそうだが驚異的なまでの嗅覚である。それとも、勘が幻臭として香ってきたのか。いずれにしても恐ろしいものである。


「トゥルーは博識ですからね! さぁ、どこの誰と何をしていたのか、キリキリ吐くのですよ!」

「特別なことはしていないさ。仕事の関係だ。困ったことに新人の面倒を見ることになってしまってな」

「……ほほう? 意外なことに嘘じゃなさそうなのですよ。ですけど――」


 何かに気づいたトゥルーに「ああ」とアルクは言葉を返す。


「俺としてはスゥファリィの支援がある」

「だけど、新人の指導というのは大切なものなんじゃないかい? ボクは、今ならそっちを優先しても良いと思うよぉ」


 背中の定位置にひっつくスゥファリィが言う。最近はひとりで行動することも増えてきたとはいえ、まだまだ基本的にはという言葉の後ろはアルクの背中という言葉が付属している。


「いや、こういうときだからこそ、スゥファリィに集中したいと思っている」


 確かに表面上スゥファリィは落ち着き、安定しているようにみえているが、実際には荒れ狂う海を覆う薄氷を見ているだけ。いつこの薄氷が割れて、中から激情が漏れ出てくるか分からない。

 アルクの言葉に「そうかい?」と返しつつ、スゥファリィは嬉しそうにアルクの首元を頭で擦り付ける。


「とはいえ、流石に四六時中相手をするというのは無理だ。そこで基本的な部分ではフェイに頼んで、支援の検討については俺も参加する形になった」


 星見手の指示とは若干違うような動きをしているようにも思うが、アルクとしては気にしない。何か言われたとしても、それは曖昧な指示をした星見手の落ち度である、というのがアルクの本音である。


「なるほど……通りで知ってる匂いもすると思ったのですよ」

「……なぁ、スゥファリィ。俺ってそんなにいつもと違う匂いか?」

「ボクはわかんなかったねぇ」


 詠星というのはこれほど嗅覚が優れているのか。これまで知らなかった事実をスゥファリィに尋ねるも、返ってきたのは否定。つまり、これはトゥルー特有の能力であることが証明されてしまった。確認のつもりが、余計にトゥルーの恐ろしさを補完してしまったということになる。


「それで、その新人というのは誰なのです?」

「ああ、それなんだが……」


 ここでアルクはためらう。というのも、フレミシッテの紡ぎ手であることを伝えた結果、スゥファリィがフレミシッテとのやりとりを教えてくれなくなるのではないかと考えたためだ。例えば、エリシアには伝えるつもりのなかった情報も、スゥファリィを通してアルクに内容が漏れ、アルクを通してエリシアに伝えるつもりがなかった情報が漏れてしまう可能性がある。そうすると、フレミシッテを想ってスゥファリィがフレミシッテの情報を意図的に話さなくなることも考えられる。紡ぎ手としては、細かい情報も知っておきたい。しかし……


「フレミシッテを担当する紡ぎ手だ」

「えっ、フレミシッテかい?」

「そうだ。恐らく今はフェイと一緒に支援に入っているだろうな」


 アルクとしては、隠すことで得られるメリットより、隠さないことで得られる信頼を優先した。どの道いつかはばれること。なら、初めから話してしまった方が襟元も開きやすいだろうという算段だ。


「……どうして、紡ぎ手がフレミシッテの紡ぎ手の指導をすることになったんだい?」

「さてな。そればかりは俺も分かっていない。星見手からの指示だ。何か考えがあるんだろうが……まぁ、いずれにしても、しなくてはならないことに変わりはない。とはいえ、スゥファリィも思うことはあるだろうから、フレミシッテとのやりとりの内容をどう扱うについてかは任せる」

「……うん、わかったよぉ」


 思うところはあるようだが、これでこの話はおしまいというように、スゥファリィは眠りについた。


「ですけど、紡ぎ手さん、フレミシッテには挨拶しなくてよいのです?」

「そこは悩みどころでな。あまり担当の紡ぎ手とのかかわりが深い様にみせてしまうとフレミシッテもスゥファリィと関係をつくるのがためらわれてしまうかもしれない。だから、メインはフェイがついているようにみせて俺はほんのり裏方で、というスタンスにしようと思っている。挨拶もないのは不義理と捉えられるかもしれないが、スゥファリィの支援で精一杯ということにすれば、フレミシッテのことにまでがっつりかかわれないのだと思わせることもできる。というか、事実そうだしな」


 スゥファリィがしっかりと眠りについているのを確認しつつ、小さな声でアルクがいう。


「なるほどなのです。ですけど、どっちにしても紡ぎ手さんは難儀なことになっているのですよ。星見手さんも中々に悪辣なのですよ」

「おう、もっといってやってくれ」


 そもそも何故にアルクを指定してきたのか。星見手であればスゥファリィとフレミシッテに交友があることくらいお見通しであろうに。トゥルーの言葉にアルクは大きくうなずいた。


「っと、ついたか」


 西の森、A2地区。今日はアルクに用事があったため、ミニングフールの街の入り口で集合し、向かった。

 さほど時間をかけずともあたりに広がる濃密な自然の香りはそれこそ自然に気持ちを落ち着かせてくれる。しかし、いつ何時屑想が現れるのかと考えてしまうと結局体も強張ってくるのだが。


「今日も元気に浄化していくのですよ!」

「頼むから俺の体力に合わせてくれ……」


 アルクの言葉もむなしく、トゥルーは早速とばかりに顕能を発現させ、光の槍を生成する。先端が大きな三角錐になっている突きに特化した形状だ。


「……おっと、早速一体釣れたのですよ」


 トゥルーから漏れ出る詠星の気配に、暗がりから屑想が姿を現す。相も変わらず、不定形に体は蠢き、正体不明の発語のような音を漏らしている。


「スゥファリィ」

「……ん」


 ぽんぽんと優しくスゥファリィの頭を叩くと、スゥファリィが身じろぎする。そして、スゥファリィが目を開くのと、屑想が走り出すのは同時だった。が、瞬間屑想は壊れた機械人形のようにかくかくとした動きを見せ、脱力したように片膝をつく。いつの間にかスゥファリィが手をかざしていた。


「さらばなのですよ」


 横から屑想の首と思われる部位にトゥルーの槍が刺さる。

 ガラスのような破片をまき散らしながら、屑想は宇宙色の塵となって姿を消した。


「スゥファリィ、もうだいぶ顕能のコントロールもできるようになってきたな」


 時間の経過もあり、スゥファリィの顕能は浄化活動においても有用な戦力となっている。

 褒められたスゥファリィは「えへへ」とふにゃりと笑みを浮かべる。


「やりたくないのに、沢山浄化活動しているからねぇ」

「言葉の棘も成長してきている気がするのが気になるが……トゥルーの影響か?」


「断固否定なのですよ!」とトゥルーが騒ぐが、言葉の棘を学ぶのにトゥルー以上の適任はいないだろうというのがアルクの考えである。よって先程発した言葉も否定はしない。


「スゥファリィとしては、今使っている顕能について、どのような言葉に根差しているのか感じることはあるか?」

「そう、だねぇ……なんだか、力を使うたびにボクの中の、想い主の想いが揺れるように感じるんだよねぇ。これは、羨ましい、なのかなぁ」


 スゥファリィの想い主のものと思われる想いは以前スゥファリィを燻らせている。それでも、きちんと自分の想いと想い主の想いを区別できているため、混乱することは少なくなっている。それでも両者のバランスに影響がでることはままあるらしい。


「顕能を使うと羨ましい、という想いがでてくるのか。何に対して、なんだろうな」

「なんなんだろーねぇ。わかりそうでわからないのが、すっごくもどかしいや」

「焦る必要はない。今日は悲しいことに顕能を使う機会はいくらでもある。ゆっくり気持ちを見定めてみてくれ」

「はぁい」


 さて、続けよう、とアルクはトゥルーをみる。が、姿がない。

「トゥルー?」と呼び掛けても、周りをみても、反応も視認もない。


「……トゥルー?」

「——すよ!」


 何かあったのかと不安げな声を出すアルク。そこに、遠くからトゥルーのものと思われる声がきこえた。

 森の奥をみる。そこにはトゥルーの小さな頭がみえる。何か、不服そうな顔だ。不服そうな顔で、何かを引き連れてきている。


「……いや、いやいや、いやいやいや」


 その背後にあるものをみてアルクが顔を引きつらせる。

 それは、屑想の群れと言ってもいい。何体もの屑想がトゥルーを求めて追いすがっていた。


「言葉の槍しか取り柄のないトゥルーからの贈り物なのですよ!」

「……まさか、そんなに気にしていたのか?」


 ここでアルクは自身の失態に気づく。拗ねさせてはいけない少女を拗ねさせてしまったということに。


「い、いや、待ってくれ、さすがにそれは大人の器量で受け流してほしかったんだが!」

「ふーんだ、どーせトゥルーは子どもなのですよー! 嫌味なことしかいない幼女なのですー!」

「あれは何というか、トゥルー相手だからこその、茶化しというか、というよりもこれはトゥルー的に正しくないんじゃないか!?」

「紡ぎ手さんの今の発言はぜんぶ減点ポイントなのですよ! 償うのです!」


 アルクの言葉はまるでききいれられない。そもそも振り返ってみれば確かにアルクの発言は減点も減点であるが、突然のパニックの状況にさしものアルクも口を多重に滑らせてしまっていた。

 どの道、屑想はすでにアルクたちの存在も確認してしまっている。逃げるというのは無理な話だ。


「くっ……スゥファリィ、すまないが頼む!」

「……これ、ボクはただのとばっちりじゃないかい?」


 そう言いつつ、頼られたということには嬉しさを感じ、複雑な顔のスゥファリィは屑想に向けて手をかざした。

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