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詠星の紡ぎ手  作者: 雨草 綴
序章 詠星の保護▶支援の開始
19/27

協力者と整理

 食堂には毎日のデイリー業務を貼り出す電光掲示板が設置されている。この世界にとっては未来的、ある詠星にとっては現代的、さらにある詠星にとっては時代錯誤的な代物の掲示板に細かく表示される文字を確認する。

 すると、隣で同じように眺めていたエリシアが困惑した顔をアルクに向けた。


「あ、あの、これって何なんですか?」

「ん? ああ、説明してなかったな。他の支部ではやり方も異なるが、本部であるこのエンプティ・タワーにおいては、日々紡ぎ手にこなさなくてはいけない業務が割り振られる。それを示しているのがこの掲示板だ」

「そうなんですね。これ、どんな仕組みなんでしょう。毎日書くのって大変そうですけど……」


 そんなエリシアの言葉にアルクは軽く笑った。


「書くのとは少し違う。この世界よりも文明の進んだ詠星がもたらしたものでな、事前にパターンやルールなどを決めるプログラムというものを使うことで、手書きよりも正確で整った書体で表示したり、効率化ができるらしい」

「はぁ、そうなんですねぇ……私なんかじゃ絶対に理解できなさそうです」


 解説を終えたアルクは改めて電光掲示板に目を走らせる。

 リスト形式で表示されているためつい目が滑りそうになるが、目的の人物の名前は無事に見つかった。

 本日の業務を確認すると『書類整理(世界言語部4F)』と記載がある。


「これまた、喜び勇んでやりそうなところに回されているな」


 ふっとアルクは心の奥で笑う。とはいえ、素直に仕事をしているとは断言しきれないのが困ったものだが。


「見つけた。今は世界言語部で書類整理の仕事をしているようだな。行こう」

「あ、はい、分かりました」


 ちらりとアルクは自身とエリシアのデイリーも確認する。

 エリシアは『支援を優先』となっている。一方アルクは本日非番であったはずだが。


 ――――――――――――――――――――

 アルク 新人指導

 ――――――――――――――――――――


 いつの間にすげ変わっている表示に、星見手め、とアルクは息をついた。


 ・

 ・


 世界言語部。

 1階は相変わらず紙をめくる音、ひそひそながらも熱を持った話し声、インクの匂いで満ちていた。

 アルクは受付の前に立つと、目的の人物を呼び出すよう頼む。

 その傍ではエリシアが落ち着かない様子で辺りを見渡していた。


「ここが世界言語部……」

「の、1階だな。このフロアは一般に公開されていて、世界言語部の研究者の憩いの場にもなっている。ここに掲載されているのは日刊の新聞や閲覧制限のない資料、その他最近発売された小説などもある。広く浅く、といった感じだな」

「に、2階からは何があるんでしょうか?」

「2階は世界言語部の研究者の職場、3階は一般図書の保管庫、4階から8階は詠星に関する資料全般の保管庫、それ以降は予備庫だな。4階からは閲覧制限が入って事前の申請が必要だ。今後詠星の言葉について調べる時は忘れないように」

「は、はい」


 しばらく待つと、やがて受付の職員が戻ってくる、が、困惑した表情だ。


「その、お呼びしたんですが……」

「反応がなかったとか?」

「はい……」


 ただ、予想できていた反応の為、苦笑の表情でアルクは受け止めた。


「そうしたら、直接話しに行こうかと思うので、閲覧許可の手続きをお願いしてもよいですか? いきなり今日の手続きで申し訳ないですが」

「いえ、4階くらいならそれほど大変な手続きでもないので。ただ、その、お仕事サボらないようにだけ言ってもらえたら」


 その受付の言葉にはさしものアルクも声をあげて笑った。

「わかりました、伝えておきましょう」という返答を返し、手続きをとる。エリシアにも同じように手続きをとってもらい、4階へあがる。

 薄暗い電灯の光がフロア全体を照らしている。軽量な金属を使った棚には所狭しと詠星に関する資料が並べられている。最近はさらに資料が増えてきた関係でスペースが足らなくなり、無理やり棚に詰め込んだ結果、一度取り出すと2度とは戻せないという話もある。

 そんな将来性に悩む保管庫の隅でひとりの紡ぎ手が資料を読みふけっていた。足元には箱が置かれ、恐らくは整理すべき書類なのだとうかがえる。しかし、その人物は変わらず資料を読むのに夢中になっているようだった。


「フェイ、サボりか?」

「……」


 フェイ。よくアルクの部屋に突撃してくる同期の紡ぎ手。普段は活発な姿をみせる彼女であるが、今に関しては静謐としている。つまり、反応していない。

 アルクははぁ、と息をつく。完全に集中したフェイは少々周りの声がきこえなくなるきらいがある。

 そうなれば、集中を切らすには外部から刺激を与えるしかない。

 狙いを定めると、アルクはフェイにデコピンを当てる。


「いった!?」


 瞬間、フェイが驚きと痛みで声を上げる。

 そのまま、原因に目を向け――


「やぁ、サボり魔」

「アルク! このうら若き乙女の肌に瑕をつけたのは貴様かぁ! あなたのそれ、すっごい痛いんだけど!」

「声をかけても反応しないのが悪い。謹んで受け入れてくれ」

「とても理不尽!」


 途端に静かなフロアが騒がしくなったようにも感じる。

 初めは痛みからやいのやいの言っていたフェイであったが、冷静になってきたのか「というか、なんでアルクがいるの?」と問いに変わり、次いで少し後ろで困惑気にやりとりを見詰めていたエリシアに気づき、「アルクが女性を侍らせてる!?」に変わる。

 アルクがもう一度デコピンをかますが、さすがに手でガードされる。そのまま手にデコピンすれば「手もいった!?」とフェイが声を上げた。


「失礼なことを言わない。こちらはエリシア。最近配属された新人の紡ぎ手だ」

「へぇ! 初めまして、私はフェイって言うんだ! こっちのアルクと同じ同期で、あなたと同じ紡ぎ手です!」


 フェイが活力にあふれた笑顔をエリシアに向ける。すると、彼女はたじたじな様子で「は、初めまして。え、エリシアです」と気弱気な声で返す。


「うーん、ちょっと儚げ系? でも、私より身長高い! スラっとしてるしモデル体型羨ましいなぁ。ねぇ、何歳なの?」

「じゅ、16歳です……」

「わかっ! アルク、聞いた? 16だって! 私たちが紡ぎ手になった時と同じ歳! ……なのに、今の私より大人らしい体型なのはなずぇ?」


「お前が子どもだからかもな」とアルクがこぼすと手刀が返ってくるが、アルクは力を逃すように受け止め、払う。


「くっ、人の体をおちょくりおって……」

「振ってきたのはそっちだろうに……で、そろそろ本題に入ってもよいか?」


 話しがまるで進む気配を感じないためにアルクが矛先を変えると、フェイは渋々といった様子で手を収めた。


「まぁ、私は大人ですから、応じてあげますケド……でも、多分この子のことででしょ?」


 フェイがエリシアをみる。


「ご推察の通りだ。さて、経緯から話さないとな」


 アルクが、脳内で整えた経緯を話し始めた。


 ・

 ・


「なるなる」


 経緯を聞き終わったあとのフェイの一言目である。

 フロアの一部のスペースに備えられたテーブルを囲み座っていたアルクたち。

 フェイはうんうんと頷くと苦笑するような開き直ったかのような笑顔で笑う。


「いやぁ、星見手も鬼畜だね! 新人に誘拐事件の被害者の詠星を担当させるなんて! もしかしてそういう性的嗜好の方がいらっしゃる感じ?」

「さてな。やんごとなき星見手サマのお考えはよくわからんよ。ただ、絶対通知書をだされては応じるほかない。だが、俺もスゥファリィの支援をしている最中だから、四六時中エリシアの面倒をみることもできない」

「そんなわけで私の出番ってことだよね。というか、これ、結構重大案件だと思うんだけど、人に頼む態度がデコピンとは如何なもの也や?」

「ちなみにエリシアの担当する詠星フレミシッテはトゥルーと同じくらいの外見年齢だ」

「やります!!」


 これ以上にない返事でフェイが挙手し、なんなら椅子から立ち上がる。

 フェイの小さな体型の詠星に対する執着はここでも発揮されたようだ。予想通りであったとはいえ、苦笑のひとつもしてしまう。本当に、どうしてそんなにも小さな詠星にこだわりがあるのか。


「ということで、これからは俺とフェイの2人体制でフレミシッテの支援の指導ができればと思う。と、そうだ。フェイの性格はこんな感じだが、問題ないか?」


 アルクは確認しておくべきだったというような声音できく。誰しも先輩からの押し付けは好きではないだろう。教わる側の意見もきかなくては後々面倒ごとにつながる可能性もある。


「い、いえっ、私は全然、なんというか、むしろ、本当に私なんかにお二人が指導してくださるんでしょうか……?」

「謙虚だねぇ。でも、人によってはうつ的って評価もされちゃいそうな感じが心配。大丈夫、あなたは新人なんだから、教え給え! くらいの感覚で良いからね!」


 何かと卑屈な評価をしようとするエリシアにフェイが励ます。

「そうでしょうか?」と尚も不安な表情をするエリシア。アルクは「ああ」と返答した。


「そもそも、今回のこれはエリシアにとっては不可抗力だ。それでいて、求められるのは失敗8、成功2くらいの高難度。現場である程度慣らしているならまだしもの、最近来たばかりの新人。それで何の指導もなく支援を成功させろという方が無理な話だろう。俺たちがあなたを助けるのはある意味先輩としては当然のことと言えるし、紡ぎ手の同僚としては応援したい」


「というか、本当であれば星見手がすべての元凶なんだがな」と不満を述べつつ、アルクは続ける。


「というわけで、俺たちもできるだけ細かく教えていけたらと思うが、新人の目線で立てないことも多々あると思う。どんな常識的なことだったとしても疑問があるなら気軽に質問してほしい。最終的に俺たちの指導をどう取り込むかはエリシアにかかっているが、成長のための努力はぜひとも応援したい」

「そうですとも! きっと不安なことばかりだと思うし、初めて詠星を担当して、成功させなきゃって思いもあるんだろうなって思う。でも、責任感あるのは素敵だと思うけど、切羽詰まりすぎなくてもよいと思うんだ。もとより成功が奇跡! でも、その奇跡に少しでも近づきたいという思いを持てるのを、私はすごいって思ってるからね。だから、自分自身に無理も無茶も言い聞かせなくてもいいからね!」


 アルクとフェイの言葉に「あり、がとう、ございます……」と振り絞るようにエリシアが言葉をこぼす。そして、俯いた彼女はやがて瞳から涙をこぼし始めた。


「ごめ、んなさい。今、すごく、すごく安心しちゃって……ずっと不安で、知り合いもいなくて、こんな無茶なことをしなくちゃいけなくて、途方に暮れてて……全然眠れなかったから……そう言ってもらえて、何故か、涙がでちゃって……」

「おかしなことではないさ。それだけ我慢していた証拠だ。よく、新人という中で乱れることなく保ってきたよ」

「は、い……」


 そうして声をあげて泣き始めたエリシア。

 これ以上は何か言葉をかけることなく、アルクは泣き止むのを待つことにした。

 フェイをみると、彼女はアルクにウインクする。同上、ということだろう。

 時に涙を流すことは何より大事であることをアルクとフェイは、紡ぎ手としてよく理解している。

 時間としては数分程度。

 泣き終わり、目元を拭ったエリシアが再度「ごめんなさい」という。


「何ら問題ない。さて、それじゃあ折角だし現時点で検討できることを――」

「そこで待ったをかけさせてもらいます!」


 アルクがいよいよフレミシッテの支援について話を持っていこうとした矢先、フェイが妨げる。


「私もそこはすっごい気になるし、今すぐにでもききたいところだけど、その前にやらなくちゃいけないことがあると思います!」

「ん? 何かあったか?」


「あれ!」とフェイが指さす方向にはこれから整理を待ち望む資料の束。

 そうだ、とアルクは思い出す。今日、フェイは書類整理の業務が割り当てられていたと。


「……進捗は?」

「きいて驚け10%! さてさて~? もちろん私は今回アルクがしなくちゃいけないことを手伝うわけですが? だとしたら当然アルクも私のこと、手伝ってくれるよね?」


 勝ち誇ったような顔を向けるフェイに、アルクは「……このサボり魔め」としか返すことができなかった。

 立ち上がるアルクに続いてエリシアも立ち上がる。


「わ、私にも手伝わせてください! もとは私のことですし……」

「ありがとー! じゃあ、せっかくだし資料の整理の仕事についても教えるね! 多分恐らくきっと、というか確実に今後、こういった仕事をさせられると思うし!」


 肝心の検討会は、もう少し先になりそうだ。

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