観察と新人
面談を行ったその日からスゥファリィの顔色は良くなった。しかし時々影がチラつくこともある。恐らくは自身を襲う感情の区別により状態が安定したのと、それでも侵食する感情に蝕まれる感覚の板挟みになっているからだろう。表面的には安定したように思うが、詠星に込められた言葉と意味に近づくほど詠星はより不安定さをましていく。言わば、砂を布で包んだボールを引き裂いて中の宝石を取り出そうとするかのような。零れる砂をいかにして零れないようにするかが紡ぎ手に求められる。
しかし、現状できるのは想い主のものと思われる気持ちや感情、つまり想いを観察するスゥファリィを見守るくらいだ。
紡ぎ手としてはこのあたりから心労が増していく。なにか働きかけたくとも紡ぎ手としてできることはない。詠星が崩れぬよう見守り、時に思考の迷いを共に整理し、詠星が己のうちで気づきを得ることを信じる。急かすことは出来ない。この時点で、良かれと思っての行動は逆効果にしかならない。そのもどかしさは中々のものだ。
日課の業務をこなしつつ、最近スゥファリィは非番になるとどこかに歩いて出かけるようになった。これまで暇さえあれば眠りについていた彼女を思えば良い変化だろう。尤も、やはり普段は眠る姿の方が多いのだが。
どこに行っているのかと聞けば、スゥファリィは特別隠すことも無く「フレミシッテのところさぁ」と返した。
フレミシッテ。
件の誘拐事件の被害者だ。まさかスゥファリィが早々にも接触していたとは驚きだった。エンプティ・タワーはこの世界の基準と照らし合わせてもあまりに巨大な建物だ。とはいえ、詠星同士が関わる機会は多くあるのだから実際にはそれほど珍しくはないのだろうが。
「ただ、この時期のスゥファリィにどんな影響が起きるのか……」
窓から外の景色を眺めつつ、アルクが言葉をこぼす。
今日もまた非番の日でスゥファリィはフレミシッテに会いに行っている。なんなら現在アルクがみている外の景色はスゥファリィとフレミシッテが中庭で話し合っている姿だ。まるで姉妹のような大きさの子どもが楽しそうに、時には悩める顔で話し合っている姿は傍から見れば微笑ましい。正直なことをいえばリアルタイムでどんな話をしているのか気になるが、かと言ってそれをしてしまうのは詠星の支援以前にプライバシーの侵害だろう。だからこそ、こっそりと眺めるに留めているわけでもある。眺めるのもそれはそれで問題ではあるだが。また、無論、これも傍から見れば幼女に見紛うごとき少女達の姿を見詰める変態になるわけだが、幸いアルクが見ているものを確認するような紡ぎ手や詠星がいるわけでもなし、椅子に座って頬杖をつき、思索にふける紡ぎ手を演じることが出来ている。
ふぅ、と息をついてコーヒーを一口。すっかりぬるくなってしまった味わいにアルクは苦い顔をする。
「あの」
ふと、声がした。
横をむくと、ひとりの女性がたっていた。紡ぎ手の制服を着ていることからも詠星ではなさそうだ。
スラリとした長身ではあるが、気弱な雰囲気を纏っている。整った顔も何故だか不安げだ。
それなりに紡ぎ手の知己もいると自負していたアルクだったが、彼女のことは知らない。
「はい、どうされましたか?」
「その、スゥファリィ、の紡ぎ手の、アルクさんで合ってますか?」
やや声が震えている。恐らくは緊張。
何か怖がらせるような事をしてしまったのかと振り返ってみるが、そもそも会ったことなどないのだからどうしてと考えてしまう。
「ええ、そうですが……どうされましたか?」
スゥファリィ関連だと、もしかしたらどこかの研究所が呼びたてるのに彼女を頼ったのか。
続きを待つと、彼女は拳を握る。そして、硬い声を張り上げるように言った。
「あの、私に支援のことを教えてくださいひゃいっ!」
最後でうまく舌が回らなかったのか、女性は痛そうに口を抑えて涙になっていた。
「……はぁ」
と。
なんと反応すべきか分からず、要領を得ない返答をしたことで余計に女性を緊張させてしまったのは、アルクの落ち度である。
・
・
「その、私、エリシアと言います」
「スゥファリィの紡ぎ手、アルクです」
まずは尋常な挨拶から。
対面に座るエリシアは分かりやすいほどに肩が上がっている。
「本日はおひがりゃもよくーー」
「あー、大丈夫です大丈夫です。十分に礼節を尽くしてくださっているのは感じていますから」
また噛んだことに顔を赤くし俯くエリシア。
「それで、俺に支援を教えて欲しいとのことでしたが、俺には特に指導関連の通知はきてないもので。まず、経緯を教えてもらっても?」
「は、はい。その、といっても私もよく分からなくて……」
そう言いながら、エリシアは懐より一通の便箋をテーブルに置いた。
黒一色に染められ、端に星見手の発行であることを示す金字の五芒星が押印されている。
その便箋が持つ雰囲気も通常のものとはどこか異なる。
「【絶対通知書】?」
「は、はい。今日起きたら扉の下に挟まれてて」
中身を見る許可を貰い、内容を確認する。
――――――――――――――――――――
通知 エリシア
土精の季 3月2日より、現担当詠星フレミシッテの支援を紡ぎ手アルク(現担当詠星スゥファリィ)に師事する事
――――――――――――――――――――
絶対通知書。
星見手が紡ぎ手に対し発行できる、最高命令を通達する書類。この通知書に記載された内容はあらゆる業務があろうと最優先で取り組むことが義務づけられるものだ。
通常の通知書は通達文とともに理由が添えられる。一方で絶対通知書は通達文のみが送られる。これは拒否権のない命令指示書であるために理由を添える必要が無いからだ。つまり、紡ぎ手はその通達文の意図が分からずとも、求められた指示に従わなければいけない。だからこそ、今回の絶対通知書もこのような簡潔さであるわけだが。
なにより目を引いたのは。
「……フレミシッテ?」
「は、はい、その、私がフレミシッテの担当になっちゃいまして……」
ますます恐縮したようにエリシアは縮こまる。
「……わ、わかんないんです。最初は詠星の誘拐があってすごいびっくりして、それでも自分には何も関係ないものだと思ってて……なのに突然絶対通知書が2通も!」
「2通?」とアルクが尋ねる前に叩きつけるようにしてもう一通の黒い便箋が置かれる。
その内容を確認すると。
――――――――――――――――――――
通知 エリシア
土精の季 2月26日より詠星フレミシッテの支援を行う開始する事
――――――――――――――――――――
「絶対おかしいんです! 私なんかがどうしてこんなことになってしまったんでしょう!? 全然意味がわからなくて、とにかく誰かにこれを見せたら、絶対通知書だからって頷くばかりで! 気づいたら詠星生態部から呼び出しがあって、行ったら健康診断書とか身体検査結果とか世界言語部の調査結果とか色々持たされて説明されて! ただでさえ頭がパンクしそうなのにそのままフレミシッテと対面させられて! しかも、すごい色々聞かれるし私には分からないことばっかりだしで分からないことばっかりで今日まで来て!」
言いたいことを全て吐き出し、「もう、無理……」とついにはエリシアはテーブルに顔を突っ伏した。
「……失礼ですが、詠星の支援は何回目ですか?」
「……今回が初めてです……」
「ここに配属されたのは? また、今日までにしてきたことは?」
「つい5日前にきたばっかりで、全然何も知らないです……」
「なる、ほど」とアルクは唸るように背もたれに体重を預けた。みしりと椅子が軋む。
確かに無理という言葉にも納得できるとアルクは感じる。通常新人の紡ぎ手は難度の低い詠星の支援やベテランの詠星のサポートをして現場に慣れていくもの。まかり間違っても新人が詠星を直接、それも訳ありと表現出来る詠星の担当になることはあってはならない。どうあがいても失敗に終わってしまうからだ。
「雰囲気からもしかしたらとは思っていたが、まさか新人だとは……」
それも来たばかりの正真正銘、新品という札が貼られた新人。
堪らずアルクが言葉を零すと、「そうですよね!?」とエリシアがばっと顔を上げた。
「私、もう毎日毎日お腹が痛くて……! い、今からでもどうにかなりませんか……?」
「それは、無理でしょう。絶対通知書が出ている時点で紡ぎ手としては従うしかない。それに、元より一度担当であると明かしているのに担当を紡ぎ手都合で変えるのは望ましくない。できる紡ぎ手じゃないと担当になってはいけないという価値観を詠星に与えてしまう」
ただ、解せないのはこの2通の絶対通知書だ。
エリシアが話したように、通常この黒文は滅多なことでは通知されることは無い。それも、同一人物に短期間で連続なぞ。
言い換えればそのような状況になっている以上、現在滅多なことが起きていると考えた方が良い。
(……星見手が何かを視たか?)
絶対通知書には星見手の意図が多分に含まれる。時に絶対通知書は意味のわからないまま終わることもあれば後になって意図に気づくものもある。
だとしてもコントロールの難しい新人に訳あり詠星を担当させておいて、そのフォローを別の紡ぎ手にさせるというのは意味がわからないが。エリシアを実践で成長させたいという意図ならまだしも、星見手がその程度の理由で絶対通知書をだすというのは有り得ない。
(……わからんな)
アルクの本音だった。
目の前ではエリシアが「私、何か星見手の方に嫌われるようなことでもしてしまったのでしょうか……」と見当違いな心配をしている。
「何はともあれ」とアルクは空気を変える。
「絶対通知書が通知されている以上、俺がフォローに回ることは了解しました。改めて、よろしくお願いします」
「あ、え、あ、はい、よ、よろしくお願いします」
「そういえば、口調はこのままでよろしいですか? 堅苦しいようであれば素の口調に戻させてもらいますが」
「あ、っと、ど、どっちでも大丈夫、です」
「じゃあ素の方で」
「さて」とアルクは姿勢をかえる。
「あなたが新人である以上、指導もそれに沿ったものの方が分かりやすいだろう。ただ、通常はあなたの事前情報をまとめた確認した上でやっていく訳だが……悲しいことに星見手の無茶振りのせいでその書類もないと来た」
「星見手もそれくらいは融通効かせて欲しいんだがな」と息を吐きつつ、アルクはエリシアをみる。
「まずはあなたのこれまでの経歴を教えて欲しい」
「は、はい。えっとーー」
「待った」とアルクが手で制する。
「折角だからもう一人、関わってもらうのにちょうど良いやつがいてな、そいつも交えつつでもいいか?」
「え、そ、それはどうして?」
アルクの突然の提案にはてなとエリシアが首を傾げる。
「俺も確かに経験は積んでいるが、現在支援中の詠星がいるなかで別の詠星の支援について指導するというのは中々厳しいものがある。タイミングによっては会えないこともあるかもしれない。そこで、俺と同期の紡ぎ手にも手伝ってもらおうと思ってな」
そこまで説明するとエリシアの目に理解の色が宿る。
「は、はい、そうですよね。私だったら絶対混乱しそうです……勿論大丈夫です」
「良かった。さて、すぐに見つかると良いが……」
今日の彼女の予定はなんだったか。外に出ていないことを願い、アルクは立ち上がった。




