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5.ヒロインは推理する


 もう君たちに話してしまったからと、レイフォード様は婚約解消の件について改めてマイヤード侯爵に話しをしに行った。それがアデリー様だけの意見だったのか侯爵家の総意だったのかの確認に。

 そして私とエリックは後回しになっていた現場に向かうために元来た道を戻る。



「――ね、どう思う?」

「え、何が?」

「アデリー様の婚約解消の話し」

「どうって、別に。 いずれ当然に起こったことだし」



 私はこれ見よがしなため息を吐く。



「…全然ダメだわ」

「えっ、何、どうして?」

「もういいよ、ほら離れに着くわよ」

「あれ、ホントだ。 よく覚えてるね?」

「そんなの一回通れば覚えるでしょ。ほら、早く」



 促せばエリックは先立って庭に面したテラスへと進み、そこに居た制服の男に声を掛けてから部屋へと入るガラス戸を開けた。



「さあ、ここが現場だよ、ご自由にどうぞ――とはいかないからね。あまり触らないように」

「わかってるわ」



 エリックの横を抜け部屋の中へと踏み込みぐるりと見渡す。当たり前だが、既にここにはアデリー様の遺体はない。

 居間であろう部屋は広く、今は暖炉に火が入ってないために寒い。太陽が当たらない分外より寒く感じるんだろうか。

 そして部屋の中央、普通なら絨毯が敷いていそうな場所が不自然に空いている。


 私の視線に気づいたエリックが言う。



「うん、その中央だよ。 元々赤っぽい絨毯が敷かれてたんだけど、それが相まって流れ出た血が、……や、詳細はいらないよね」



 私がきゅっと眉を寄せたのでエリックは話しを変えた。



「――で、アデリー様の遺体なんだけど、今僕らが入って来た扉に対して平行になる形で仰向けに倒れてたんだ」

「そこが侵入経路?」

「まあそうだろうね。そっちの廊下に繋がる扉の方は発見時も鍵が掛かっていたし、最後にアデリー様と話した使用人も鍵が掛かってたと言っていた。 何にせよテラス側は全開だったから」

「ふーん」



 エリックがガラス戸を両方とも開きその時と同じ状況を作る。



「矢が放たれたのも向きからしたらこのテラスからで、若干下から上に向かっての、男であればこう…、お腹辺りで構えての射出じゃないかと」

「弓矢を?」

「いや、ボーガン的なものだろうね」



 確かに、エリックが再現している格好は弓をひく姿勢ではない。なるほど、ボーガンか。



「でもそんな位置で構えて、上手く命中出来るものなの? 狙うんだったら普通は目線の位置で構えるものじゃない?」

「うん。だから初めから殺意があったかどうかも疑問ではあるんだ。 たまたま、致命傷となる場所に命中したとか」

「怨恨なのに?」

「怪我をさせるだけでも十分に恨みははらせるだろ?」

「殺したいほど恨んでたのかも」

「うーん、どうなんだろ? それならもっと確実な方法を選ぶと思うんだけど。…まあ、そういったことも視野に入れて捜査を進めてるみたいだよ」

「そう…」



 返事をして私はエリックが開け放った扉から再びテラスへと出た。

 茶色いレンガ敷きのテラス土間。両サイドを凝った作りの手すりがL字に囲い、開口部はレンガの階段で先ほど通って来た庭へと続く。テラスにはガーデンファニチャーや植木鉢が置かれ、テラスの外回りは常緑の低木の垣根が並ぶ。

 私はテラスの真ん中に立ち室内のエリックを振り返る。



「――ね、エリック。ここのもの何か動かした?」

「いいや……、あっ、机と椅子はもっと扉よりの中央にあったよ。検分が終わったあとに邪魔だからと少し動かされたんだ。でも何故?」

「だって元の跡形が残ってるし、これ引きずった跡だよね、…杜撰じゃない?」

「うーん…、そこまでまだ徹底出来てないんだよ。それに気質もあるのかな、適当っていうか…」



 エリックは眉を下げる。色々と課題は多いようだ。

 そして今私は外にいて、エリックは中にいる。状況としてはこんな感じなのだろう。

 ただ犯行は夜、室内は明るく、暗い外からは中の人物がよく見えたはずだ。

 

 私はさっきのエリックを真似るように何となく構える。



「こんな感じかな…、これで首元を一射。二射目は――」

「ないね、外傷はそれだけ。…――あ、右手の人差し指に切り傷があったよ、薄くスパッと」

「傷?」

「死因とは関係ない傷だとは思うけれど、取りあえずは何でどうして出来たかは調べてる最中だ」

「傷…」

「ああ、刃物というよりも食い込むような感じだったから糸で切ったんじゃないかな?」

「糸?」



( ……糸…… )



 口元に指を当て、視線が(くう)を見る。

 


「……リリアベル?」



 突然のフリーズにエリックが心配そうに声を掛けるが、その声は私の耳を通り抜け。

 


「………」



 たっぷり、一、二分ほど沈黙したあと私はゆるゆると首を巡らす。

 まだどこかぼんやりとした視線はエリックの背後で一度止まると、今度は真反対を向き邪魔だからと避けられた机で止まる。


 引きずったと言われても納得出来る石造りの重そうな机だ。その上には同じ石で削り出されたのだろう空の植木鉢がひとつ。

 私は机に近づくと植木鉢の波型の縁をすっと一周撫でる。次に手すりに向かいそこも一通り手を這わせてからおもむろに手すりから身を乗り出し下を覗いた。



「――リリアベル!?」



 エリックの驚く声に、身体を元に戻す。



「大丈夫よ、下を覗いただけだから」

「ああ…、うん、落ちるかと思ったよ。 で、何か下に?」

「うんん、何もなかったわ怪しいものは、…今は」

「今は?」

「そう。まだ仮定なんだけど、ね…」



 私は言葉を濁し、驚いて慌てて外へと出て来たエリックと代わって再び部屋の中へと戻った。

 

 もう一度部屋の中を見渡す。

 私の考えた条件に当てはめれるとしたら? その見当を付けて壁際にある衝立へと向かう。

 それは目隠しとか仕切りに使うもので、使わない時は脇に寄せているのだろう。オーク材で出来た表面には浮き彫りのゴシック模様が施され、かなりしっかりとしたものだ。

 それでも一人で何とか動かせそうだと、少し動かし、裏側を覗いてちょっとだけ息を飲む。


 私の行動を黙って見ていたエリックは合点がいったのか「ああ」と声を漏らし、側に来て衝立をさらに大きく動かした。



「酷いだろ、これ」



 そう言ってエリックが苦い顔をする理由は、衝立の裏側は傷だらけだったから。



「愛人だとかいう女が癇癪持ちだったらしい。 だから家具や調度品を何度も壊され傷つけられ、それならいっそとこれを置かれたらしいよ」

「そんな人よく愛人になんて据えておけるね」

「だから最終的にアデリー様が追い出したんだろうけど、愛情の示し方は人それぞれだからねー」



 うん、そうだろうね、推しカプ至上主義とか言っちゃってる人もいるし。本人が。


 まあそれはどうでも良くて。

 その癇癪持ちが付けた傷とは()()()を確認出来たので、思った通りの条件はあらかた揃った。だけどまだ、頭の中にある考え全てをそうだと決めるにはあと一押しが足りない。さてどうするか?


 悩む私をエリックが覗き込む。



「――で、何かわかった?」

「ええ、大体わかった」

「えっ、うそ!? まじ!?」



 茶色い目を見開いて驚く。どちらかと言えば細めの目が、零れんばかりに開いている。

 へえ、そんなに開くんだ。と、感心してればエリックがさらに詰め寄った。


 

「何がわかった!? どこが!? どこまでっ!?」

「だから大体だって。それにさっきも言ったけど、これはあくまでも私の仮説だからね」

「仮定でも仮説でも何でもいいよっ、犯人がわかったってこと!?」

「犯人というか、」



 ひと呼吸置いて続ける



「アデリー様はやっぱり自殺よ」



「……は…? ――はっ!?」



 目に続き、今度はあんぐりとエリックの口が開いて。私は衝立にある、ひとつの傷を指先で示して言う。



「これ、何で出来た傷だかわかる?」

「――えっ、あ、え…? ……や、たぶん、鋭く尖った物を突き刺した跡、かな。――じゃなくてっ、」

「その()()()()()()は、()でも当てはまるよね?」

「…え?」

「この、似通ったところに何個もある傷。矢が刺さった跡とは言えない?」



 その問いかけにエリックはぎゅっと眉を寄せて、私と衝立の傷を一往復眺めたあと衝立の傷へと近づき、胸ポケットから取り出した道具で傷跡を調べ始めた。そして答える。



「絶対とは今の段階では言えないけど。傷の形から見て、被害者の首に残っていた矢…のような形状である可能性は高いね。 これは型取りをして詳しく調べるよ」



 そこらへんはエリックの得意分野であるのでこちらが何か言うことはない。

 頷く私にエリックは眉を寄せたま言う。



「でもこれがどういう意味に?」

「それは、これをこうして……、――あ、手伝わなくていいよ。 一人でも動かせるかをみたいから」



 衝立を動かそうとする私を、手伝おうと動いたエリックを止め、引き続き一人でズリズリと引っぱりテラスと部屋の中央が真っ直ぐになる壁際まで持って来た。そこで一息つく。

 ここまで引きずったことで床には薄く痕跡が残る。だけどそれがひとつでないこと。何度か同じようなことを繰り返した跡がきちんと残っている。

 それをエリックにも確認してもらってから私は部屋の真ん中、アデリー様の遺体があった場所へと移動した。

 テラスと、私と、衝立とが、真っ直ぐに並ぶ。



「ホントはあの外の机も動かしたいんだけど重いから諦めて。一応本来はあのガラス戸の向こうに机があった、でいいよね?」

「だね」



 衝立の横に立つエリックが頷く。



「机の高さが大体八十センチだとして、植木鉢は三十センチくらいかな? まあ両方足して百十センチくらいとしよう。で、アデリー様は私より十センチは高いから首の位置はこの辺り」

「およそ百四十から百五十くらいだね」

「まあそんなもんかな…。それでエリック、そこにある傷の高さは?」

「え? ああ、僕の身長より少し高いくらいだから百八十くらいじゃな――、………あ…」

「――ね、繋がるでしょ?」



 発射位置と侵入角。植木鉢にボーガンを固定して、私が立つ場所を通り、最後にたどり着くのは衝立の傷。 



「アデリー様は何度も試したんだよ。その傷の回数分だけ。自分を殺すためのシミュレーションを」



 エリックからは疑問や否定の声はあがらずに、ただ痛みを堪えるように少しだけ顔を歪めた。



「…じゃあ糸は、自らがボーガンの引き金を引くためのものだね」

「ええそう。それと…、ちょっとこっちに来てもらっていい」



 私はエリックを呼んでテラスの手すりへと向かう。そこは私が下を覗き込んでいた場所だ。



「何もないって言わなかった?」

「うん、()()()なものはないわ。 石があるだけで」

「石?」

「そう、石。たぶん(おも)りね」

「重り…? 何のための?」

「アデリー様が施した仕掛けよ。…たぶん、引き金を引くと手すりの先にぶら下げた重りの石が下に落ち、同時にボーガン本体も引っ張られるようになってたんだと思う。 手すりにもそうだと思われる傷があるから」

「えっ!? じゃあそこにボーガンが!?」

「だから今はないって。 それにここらへんはもうきちんと捜索してるでしょ?」

「確かに…」



 エリックはがくりと肩を落としたが、直ぐに顔を上げる。



「え…、でも何でわざわざそんなことを? 他殺だと偽装したかったってことだよね?」

「そう、だね…」

「それにそのそこに落ちてたはずのボーガンは? 言われたように、直ぐに行った捜索では見つからなかったけど」

「それは誰かが回収したんじゃない? 通用門は空いてたのだし、金を払えば何でもする人は沢山いるでしょ? それよりも――」



 あと一押しがいる。エリックの初めの疑問に答えるにも。



「ね、アデリー様の日記とかなかったの?」

「――え? …ああ、日記ね。あー…っと、何か一日の出来事を書いた感じの日記ならあったけど。 あれは日記と言うより日誌だと思うよ」



 そういうのが欲しいのではないが。



「取りあえずそれでもいいわ。置いてるのはアデリー様の部屋?」

「たぶん。確認したけど内容的に事件とは関連性がないからって戻したはずだよ。取って来ようか?」

「出来れば私もアデリー様の部屋に行きたいのだけど」

「ふーん。まあどちらにしてもアデリー様の部屋は捜索は完了してるんだ。だから侯爵様の許可を貰わなきゃならないからそれとなく話してみるよ」

「じゃあそれともうひとつ、侯爵様のところにレイフォード様が居たら待ってて貰えるよう伝えてくれる?」

「レイフォード様にまだ用事が?」

「アデリー様の件…、話さなきゃならないでしょ?」

「それはでもまだ確定では、」

「彼に話すことで解決することがあるの。 だからお願い」

「………」



 エリックは少しだけ渋い顔をしたが頷く。若干頬が赤いのは、私が必殺上目遣いおねだりをしたから。結局弱いよね、この顔に。

 


「じゃあちょっと行って来るよ。 ……それで、リリアベルはどうする? ここで待つ?」



 自殺だろうと他殺だろうとここで一人の人間が死んだことに違いはない。

 気遣う問いかけに緩く首を振り、「庭で待ってる」とテラスから階段を降り庭の小道へと出た。


 ほぅ…と吐く息が白い雲を作り空へと登る。

 ()()()と比べれば今日はそんなに寒くはない。それは確実に春へと向かっている証拠だ。

 雪は徐々に溶け冬は終わる。だけどその先の芽吹く春を、彼女が見ることはもうない。


 私はポツリと呟く。



「…アデリー様はやっぱり冬の女王だったんですね…」



 春を待つことなく、侯爵令嬢アデリー・マイヤードは自ら命を絶った。




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