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2.レイフォード・ブラッデン


 何故アデリー様が自殺したのではないかと思ったのか。そして私のせいだと言ったのか。


 その理由は、私がこのゲームのヒロイン、リリアベル・グリーンフォスであること。


 エリックが推す公爵令息レイフォード――、レイフォード・ブラッデンはアデリー様の婚約者だ。

 私がその彼との恋愛を選択し、成就させるということはアデリー様から婚約者を奪うということに他ならない。


 いまいち乗り気でないやる気でない私だけであれば、そんなことなど出来ないだろうし面倒くさくてやらなかっただろうけど、こちらには攻略本という名のエリックがいる。そりゃあ攻略する(やる)気満々の。



「レイフォード様はちょっと屈折した人なんだよ」

「え、何それ、面倒くさそう」

「そんなことないよ! そういうとこが影があってカッコいいんじゃないか!」



 いや、ただの拗らせた中二病なんじゃない?と思ったけど口には出さずに飲み込む。



「レイフォード様には優秀なお兄さんがいたんだよ。第一王子の側近候補に選ばれるような素晴らしく出来た人が」

「…過去形だね」

「そう亡くなったんだ。 ちょうど僕らが出会って少し経った頃だね。 ローデンガル街道で大きな土砂災害があって、領地に帰る馬車に乗っていたレイフォード様も巻き込まれたんだ。 そこにはお兄さんも同乗してた」

「聞いたことあるかも? 国葬に近い大きな葬儀が行われたって」

「だろうね、王家とは親戚にあたるし。 そしてレイフォード様が助かったのは、そのお兄さんが身を挺して土砂からレイフォード()を守ったからなんだ」



 ――大丈夫だ、レイフォード、大丈夫だから。



 圧するような暗闇の中で、兄の声だけが支えだった。

 だけどその声がだんだんと小さくなり、体を覆う温もりが徐々に消えてゆく絶望。


 救出された後の半年ほどレイフォードは感情も失い言葉も話せなくなっていたと言う。


 そう作られた()()

 なんて胸くその悪い。



「その後も色々あるんだよ、お兄さんが優秀だったばかりに」

「求められるハードルが高すぎたと」

「うん、でもそれをこなせるくらいレイフォード様も優秀だったんだけど…」



 口を濁らせたエリックの微妙な表情の意味を直ぐに理解する。



「なるほど、そうだね、記憶の中だけで生きる住人はいくらでも美化出来るものだから」



 あいつはもっと凄かった、素晴らしかった、特別だった、優秀だった、()()()()



 幻像はいくらでも先を行く、どれだけ努力しても追いつけない、認められない。だけど投げ出すことも出来ない。

 だってこの場所は本当なら兄のものだったのだから。だから代わりに自分が守らなければならない。


 それが公爵令息レイフォードの設定背景(バックヤード)だ。



 険しい表情の私に気づいてエリックがふっと目元を緩める。



「だから幸せになって欲しいんだ」

「それはそう…だけど。 その相手がアデリー様であってはいけない理由が?」

「アデリー様も優秀なんだよ。 だから二人でいても結局は気の抜くことが出来ない。それで神経をすり減らして疲れてゆくんだ」

「あー…、疲れる関係は確かにしんどい」



 この体ではないけれど身に沁みてわかる。



「だろ。 それに二人の関係は政略的なものでそこに情はないんだ」



 それでいけば私の方にも情はないけれど?



「つまりはレイフォード様にとってリリアベルは設定(トラウマ)を解放する存在なんだ」

「はあ…」



 そして中身が私だけにそれもどうかと思うが。



 それでも、私がどう思っていようとも、時間は勝手に過ぎて行き十五の春。 

 そのゲーム開始となる貴族学園にエリックと共に入学した。


 その入学式の壇上で、在校生からの訓示を述べるレイフォード様。…確かに、イケメンだわ。

 しかもバックヤードを知ってるだけに憂いや翳りが勝手にエフェクト効果を発揮して、さらにイケメン度合いが増して見える。 拗らせ中二病とか言ってごめんなさい。


 だがしかし、五学年もあるこんなに大勢の貴族が集まる学園の中で、その壇上に立てる人物と、一介の子爵令嬢でしかない私がどうやって親交を深めるって言うんだろう? しかも学年も離れている。

 結局そのまま何事もなく一年後にはレイフォード様は卒業してそうだ。


 ――と、そう思っていたんだけど。

 

 

「やあ、グリーンフォス子爵令嬢、……とダンシェル子爵令息」

「レ、レイフォー…いや、ブラッデン公爵令息様!?」

「ご機嫌よう、ブラッデン公爵令息様。 何かご用事が?」

「いや、今日は随分と席が詰まってるようで。出来ればここに共に座らせてもらっても?」

「図書館は全部が共有の場ですよ。別に断りなんて必要ありません」

「そう、では遠慮なく」



 私とエリックが座る机の向かいにレイフォード様が座る。そんなただ座るという動作だけなのに完璧な所作だと思わせるのが流石だ。

 隣のエリック――ダンシェル子爵令息とはエリックのことだ、が「くぅ…」と小さい声を漏らす。たぶん叫びだしたい衝動を抑えてるんだろう。

 

 だけどコレ、貴方が仕組んだことだからね? 席を離れ遅れたそっちが悪いんだからね?

 

 関わり合いになどならないだろうと思っていたレイフォード様だったけど、こちらにはエリック(ガチ勢)がいた。…そうだった。


 エリックの言われるように行動していれば、いつの間にかこんな状況だ。


 ただ、愛だ恋だという熱量は私にはなく、レイフォード様にもそんなものはないように見える。

 レイフォード様の周りは何かと騒がしい。その中でグイグイと押し付けてこない存在が、珍しくて過ごしやすいんだろうと思う。

 だけどそこが一番重要なんだとエリックは言う。


 そのエリックが「――あ、」と声をあげた。 



「そうだっ、そうだった! 僕、先生に呼ばれてたんだ! ごめんリリアベル、それとレイ、と…ブラッデン公爵令息様、僕は先に失礼しますねっ、では!」



 誰が見ても、もの凄く不自然に見える不自然さでエリックは席を立った。たぶんどこかで悶えたあと私たちの姿を盗み見しようとしてると思う。

 立ち去るエリックに視線をやり、呆れのため息を零す私にレイフォード様が尋ねた。



「彼とは…、ダンシェル子爵令息とはよく一緒にいるけど、仲が良いんだね」

「エリックですか? ええまあ、そうですね。小さな頃からの付き合いですので、所謂幼馴染みという関係です」

「そうか。……じゃあ、気を遣われたのかな」

「え?」



 レイフォード様の黒と見紛う藍色の瞳にあるのは羨望で、その言葉と合致するようには見えない。



「あの、それは誰が誰に対してです? 私もエリックも気を遣い合うような仲じゃないですよ」

「……ふーん、そうか、君はそう持ってくるのか。 なるほど、…いいね、羨ましい」



 羨ましい――、瞳に浮かぶものと今度こそ合う感想だ。それが何に係るかまではわからないけど。だけど何となく。

 


「貴方も、アデリー様…いえ、マイヤード侯爵令嬢様とは婚約者の立場にあっても、幼馴染みという間柄にもなるのでは?」

「……………どうして急にそんな話を?」

「羨ましいとおっしゃったので」

「――は…、ははっ!」



 レイフォード様が声を立てて笑う。

 そんなことなど珍しく、視線が集中する。ザワザワと波打つ声。


 ――レイフォード様が笑ってる?

 ――相手は誰だ? アデリー様じゃないぞ。

 ――あれは最近よく一緒にいる子爵令嬢だな。


 仲良く見せること、いや、仲良くなること。それこそがエリックの目的ではあるけれど、私としては何ともむず痒い気持ちが湧く。



「ブラッデン公爵令息様、もの凄く見られてますので、なるべく笑い声は抑えていただけますか」

「いや…、すまない。 突然思ってもみなかったことを言われたものでね」

「はあ…」



 そうなのだろうか?

 まあ本人がそう言うのならそれで構わないが。



「君は面白いな、グリーンフォス子爵令嬢、…いや、リリアベル嬢」


 

 普段黙っていることが多く、下手すれば冷たい印象を与えるレイフォード様だが、笑うとだいぶん印象が違う。十代の青年らしさが前面に出てちょっと可愛いなと思ってしまった。なんせこっちの中身はアラサープラス今だし。

 でもそれよりも。


 面白いヤツ枠を拝命してしまった、上に名前呼び?

 そんな距離を縮められるようなことをした覚えはない。



「ブラッデン公爵令息様、」

「レイフォードで構わない」

「いえ、そんなわけには、」

「そうかい? ダンシェル子爵令息はよくこちらの名を言い直しているようだけど」

「………」


 

 無言はその通りだという答えになる。だけど上手い言い訳が思いつかないのだから仕方ない。

 エリックの粗忽者め。


 主張の先を潰すことは会話におけるひとつの常套手段だ。そして逃げを奪われた者は潔く負けを認めるか、それを認めず足掻くか。

 家族から全く怖くないと定評のしかめっ面で向かいの席を見やれば、レイフォード様はやはり声を立てて笑う。

 


「はは、じゃあこうしよう、彼も私を名で呼ぶことを許そう」



 別に許してくれなくても結構だ。

 とは言え、エリックは小躍りするくらい喜ぶだろう姿が目に浮かぶ。



「……喜びますよ、エリックは貴方の信奉者だから」

「そう、じゃあ君は?」

「私、…ですか?」



 指先を口元に当てる。考える時の私のクセだ。



「…そうですね、信奉者を傍観する観測者?」

「なるほど、意味深だ」

「自分でもあんまり意味わかってませんけどね」

「ふはっ! やはり君は面白い」



 面白い枠決定。







 思った通りにエリックは小躍りして喜んだ。



「名前を呼び合う仲まで進んだんだ!しかも僕まで許可がでるなんて!」

「呼び合ってないからね」

「でも呼ぶよう催促されたんでしょ?」

「されようが呼ばない!」



 そう断言したけれど。



「やあ、リリアベル、エリック」

「レイフォード様! こんにちは!」

「………」



「今日は二人共食堂かい? 同席しても?」

「どうぞどうぞ、レイフォード様! 食事の席は多い方が楽しいですよね!」

「………」



「あ、リリアベル、レイフォード様だよ。 こっちに気づいたみたいだ、手を振ってくれてる、ほらっ!」

「………」



「もうエリックがレイフォードルートでいいんじゃない?」

「え、なんか言った?」

「……いいえ、別に」



 張り切ったエリックのおかげでレイフォード様とのエンカウント率が大幅に増えた。それに二人が名前で呼び合い、一人だけ律儀にブラッデン公爵令息様と呼んでるのも何だかなぁと馬鹿らしくなった。どうせ心の中では敬称さえ付けていない。

 ただし名前で呼ぶと決めてもそれは対外的な目がない時だけだ。

 そこら辺は一応心得ている。


 校舎と校舎を繋ぐ回廊から逸れた中庭の道を、一人で歩いている時にレイフォード様とばったり出会った。



「やあ、リリアベル。 今日は一人かい? エリックは?」

「ご機嫌よう、レイフォード様。エリックは今日は仕ご――、いえ、用事で 」

「仕事? 家の手伝いを?」

「あー…、家の手伝いではなく、ちょっと頼まれ事をしたりしていて」

「へえ、意外だ」



( …ですよね )



 エリックは見た感じは頼りなく見えるから頼まれ事などされない雰囲気だけれど、私たちにはアドバンテージがある。()()()()()()()()()()()()()という。



「あまり話せない内容なんだね」

「察してくれてありがとうございます」

「にしても、家とは関係ない仕事か…」



 ――仕事、という言葉には今でも過剰に反応してしまう。厭な動悸と変な汗が滲む。

 そんなに私とは対象的にレイフォード様の声には憧れが滲み、ふと見上げた顔には諦めが見えた。

 顔と声とが一致していない。



「……レイフォード様は仕事が好きですか?」



 急な問いかけにレイフォード様は一度目を瞬かせてからフッと笑う。



「嫌いではない、かな。 …いや、きっと好きなんだろう。 勉学も同じだ。 結果が評価としてはっきりとわかるから。 難くせ付けられることのない結果を出せばいい」



 浮かべた笑みが少し歪んで見えるのはきっと気のせいじゃない。

 レイフォード様は公爵家の執務の一部を既に担っていて、第二王子の側近をも務めている仕事人間だ。

 そしてそのどちらにも幻像(亡き兄)と近しき間柄の人物がいる。それは父親であったり、第一王子であったり。

 

 ……でも本当は、自分の持つ名とは全く関係ないとこで生きたいのかもしれない。

 だけど、彼はその地位から立ち去ることは出来ない。兄の死という負い目がある限り。



 話を戻す。

 要するに幻像は幻像であり、結果は出せない。

 レイフォード様が言うのはそういうことだ。

 でも私は。



「私は、仕事なんて嫌いですよ」

 


 なので、もう二度と働きたくないと思っている。

 まあ、それは無理だろうとしても思うだけは自由だ。


 真反対の意見に、自分の価値を確定するための根幹の否定に、レイフォード様は少し眉を寄せて、私は視線をつま先へと落とす。



「結果が全て自分の評価となるなんて寧ろ幸せです。 頑張って…、がむしゃらに頑張って、なした事が気づけば全部他人の功績になっている、そんなのよくあることですから」



 全く報われないそんな仕事(もの)にどうしてあんなにしがみついていたのだろうと今なら思える。狭い視野に囚われてボロボロになってまで。ちょっとでも視線の位置を変えていたらまた違う世界があったはずだ。



「…結果さえも失う…? ……あり得ないだろう、そんなことになれば俺はきっと…」



 低い、低い声だった。感情が伴ってないからこそ空虚で薄ら寒い。



「レイフォード様?」



 落としていた視線を上げる。見上げた先の紺碧の目には光がなく、ただべた塗りの丸があった。ビクリと身が竦む。



「……レイフォード、様…?」



 少しだけ躊躇ったあと、もう一度名を呼んでみれば、ゆっくりとまぶたが上下し徐々に光が戻った。



「……そう、だな。…でも、人の功績を奪おうとも何処かで必ずボロが出るのでは?」

「…であればいいですけど、次々と別の案件が重なって、結局有耶無耶にされてしまうんですよ」

「酷い話だな」

「ええ」



 何事もなかったように会話を繋げられる。確かに、実際に何事もなかった、あえて触れようとしなければ。

  

 今こうして話しているレイフォード様の顔は険しくもなく虚無でもなく。攻略対象者らしい端正で涼やかな美しい顔に、最近見せるようになった柔らかな笑みを浮べている。


 だけど。

 

 先ほど見せられた表情が私の頭の中にこびりついて、そんな彼さえも少しだけ怖いと感じてしまった。




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