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1.記憶を持つ二人

全7話、描き終えてますので毎日更新(予定)


『誰が駒鳥 殺したの それは私 とスズメが言った 

 私の弓で 私の矢羽で 私が殺した 駒鳥を』



 〈マザー・グース/誰が駒鳥殺したの〉より





 血の気を失った少女の顔は白く、床に広がる黒髪に縁取られそれはさらに白く見える。 その中にあって薄っすらと開かれた瞳は元は濃い紫であったのだろうが今は微かに白く濁り、目尻から流れ落ちた涙の跡が線を残す。

 そして赤く紅を刷いたような唇。それは何かを伝えようとするように開き、だけどそこから言葉が、呼吸が、吐き出されることはもうない。


 それは少女が既に死んでいるということ。


 そのことが決定的であるのはその白く細い首を切り裂き突き刺さる羽付き矢。流れ出た血が倒れた少女の体を孤島の如く囲む。

 身体の白、髪の黒、血の赤。全く異なる色彩に沈む少女の亡骸は一種の静謐さをたたえ、神聖な儀式の尊い犠牲者のようにも見えた。



 侯爵令嬢アデリー・マイヤードの死。


 誰が彼女を殺したか?




□□□




「アデリー様が、亡くなった…」



 私は書きものをしていた手を止める。



「…それはどこから?」

「あの、いえっ、私も小耳に挟んだだけでして…」

「ああ、誰かがお父様にその報告に来たのね?」

「はい、そうです。 …エリック様が」

「エリックが?」



 少しだけ大きくなってしまった声は確認のためものではなく、話しを持ち込んだ侍女もそれを察したのか静かに控える。



( ……アデリー様が亡くなった… )



 眉を寄せ視線を落とす。自然にぎゅっと握り込んでいたペンに気付きそれを置く。

 しばらくそのまま俯いていたが、顔を上げて。



「お父様との話が終わったらエリックを連れてきてもらえる?」

「承知いたしました、リリアベルお嬢様」



 伝え終えた私はまた視線を下げる。脳裏に浮かぶのは凛と立つ彼女の姿。


 アデリー・マイヤード――、由緒正しき侯爵家の血を引く令嬢。


 つややかな黒髪、紫水晶のような瞳を持つ、美しい人。

 決して弱みは見せない、自分の価値をきちんと理解した、冷静沈着、秋風冽冽な人。


 そして公明正大でもあった。

 それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――、

 

 そう、私に対してでも。


 





 御多分にもれず、私も異世界へと転生したと知ったのは六歳の頃。しかもここは乙女ゲームというジャンルの世界らしい。


 ――()()()

 

 言葉通り、私が自発的に思い出したわけではない。




「はわわわわぁ〜っ!! まじか! まじなのか!?」

「エ、エリック…? どうしたんだっ、急にうずくまって!?」

「いや、どうなんだ? …でも、ピンクブロンドの髪にスカイブルーの目、しかもこんな天使のように可愛い女の子なんてそうでしかないだろう…っ!」

「ちょっと…、エリック?」



 初顔合わせでの、エリックと呼ばれた少年の奇行に、彼の両親だろう男女は気まずい顔をし、私の両親は呟かれてる言葉が一応は()を褒めたたえているものであるために苦笑いを浮かべる。

 その謎の呟きを受ける当の私はといえば、そんな光景をぼんやりと眺めながら、



()()、だなんて言葉久しぶりに聞いたな…………………―――え? )



 愕然である。


 

( あれ? 私…? …え? どういうこと? )



 取りあえず今わかるのは。


 私はうずくまるエリック少年の腕をガシリと掴み立ち上がらせると、ぎゅっと手を繋ぐ。



「えっ、わっ、な、何!?」

「お父さまお母さま、それから始めましてのおじさまおばさま。 ちょっと、子どもだけでのお話がありますのでお庭の方に行ってまいりますね」

「あらまあまあ」

「ああ、 気をつけて」



 大人たちは微笑ましく送り出してくれて、私たち…、いえ私はエリック少年を引きずるように庭にある東屋へと向かった。そして。



「………ちょっと、説明してくれないかしら?」



 脅かさないよう可愛らしく笑顔で言ってみたけれど、東屋の腰壁に両手を付きエリック少年を閉じ込めている現状でそれは意味あるものか?

 ちょっと形は違うが所謂壁ドンだ。

 だけどそんな状況でも「はわわ〜」と謎の声をあげ私をガン見するエリック少年の茶色い目は、恐怖ではない潤みがあり寧ろちょっと引いた。


 それよりも、なんでもいいから説明を求む。 

 




『ランディル・ヴェールの鐘』



 という乙女ゲームが、この世界の基であるとエリック少年――エリックは言う。


 そして私、リリアベル・グリーンフォス子爵令嬢が、そのゲームの主人公(ヒロイン)なのだと。


 ヒロイン、つまりはヒーローがいる。それも複数。……ああなるほど、乙女ゲームね。

 やったことはないけれど、恋愛を進めていくための対象者が複数いるんだっけ? それも全員がイケメンだとかいう。



「僕のお薦めはね、公爵令息のレイフォード様だよ!」

「…へえ」

「そりゃあ、一番人気は第二王子のドミニク殿下だけど、ここは絶対レイフォード様だって! なんたってビジュアルがいい!」

「…はあ」

「月光のようなプラチナブロンドの髪に夜空を思わせる深い藍色の目、なんたって涼やかで端正なその顔! 存在全てが甘い砂糖菓子のような可愛い君と、…そう、リリアベルと並ぶと、……うん、やっぱりいいっ!! ――ああっ!それを生で拝められるかもしれないこの幸福…っ!」

「………」


 

 褒められているのかも知れないがこちらはドン引きだ。

 そんな私に気づかず「え…、もしかして、ここは天国?」と呟くエリック。こいつは、ガチヲタという人種なのだろう。よく知らないけど。

 取りあえず本当に妄想の世界(天国)にいかれる前に一旦戻ってきてもらおう。 



「それで、結局の前の私は死んだってこと?」

「うん、まあ、たぶん…?」


 

 二人共に煮えきらないのはその瞬間をはっきりと覚えていないから。

 だけどそれ以外は割りとはっきりしている。

 私は所謂社畜だった。それも中途半端な役職持ちで、上からは罵声と無理難題、下からは愚痴や不満といった、色々と面倒くさいことを言われる立場にいた。



( しんどい。疲れた。眠たい。休みたい。ゆっくりしたい。何も考えたくない。自由になりたい。起きたくない。疲れた。しんどい。眠たい )



 思考の大半がそんな感じで埋め尽くされていたが、悲しいかな社畜の性か、朝目覚めると足は勝手に会社に向かい帰りはやはり午前様。そう、完全なブラックだ。

 最後の記憶は、疲れた体を引きずり駅の階段を登ってるところで終わっている。

 きっと足でも踏み外してしまったのだろう。



「…もう終わってしまったことだからかな、意外とあっさり受け入れられるもんだね…」

「え? 何か言った?」

「うんん、何でもない」



 緩く首を振ったあと改めてエリックを眺める。栗色の髪に茶色の目。地味だが、余程常識範囲の色合いだ。たぶん同じ年くらいの幼い顔も稚さからの可愛さは見せながらも()()と言える。



( …ヒロインね、そういうことか… )



 なるほど…と合点がいった。

 まだ六歳でしかないのにやたらとはっきり整った顔に、このあり得ないピンク色の髪。記憶を思い出す前から、幼いながらに何となく微妙な違和感を感じていたが、そういうことか。

 しかし甘い甘い外見に、私という中身が全く合ってない気がする。

 そんな考え事をしていたら目の前の幼い顔が徐々に赤く染まってゆく。



「――ちょっ、なんでっ、そんなに見てくるのっ!? まじ無理だって! 見ないでー!」



 エリックが顔を真っ赤にして大きな声を上げる。そう言われても考え事をしてただけで、別に見つめていたわけじゃない。


 でもそれにしたって。



「そんな感じだったら先が思いやられるんだけど」

「ん、先って? 何のこと?」

「――え…? あの…、この今日の顔合わせの意味わかってる?」

「うちの両親とリリアベルの両親が友達で、それじゃあ子供同士も仲良くさせようってことだよね」

「…ええそう、そうだけど。え、聞いてないの? …でも大体察すると思うんだけど…」



 額に指を当て緩く首を振る。およそ六歳児らしからぬ態度だが、元がアラサーだから仕方ない。



「要するに、同じ子爵家同士だけど私は跡取り娘で、貴方は次男だってこと。 ――ね、どういうことかわかるでしょ?」

「……え…?」

「つまりこれはお見合いです。貴方と私の。婚約に向けての顔合わせ」

「えっ!?」

「今日のこれはその主旨で開かれたものだって、 私はそう聞いたけど」



 それはよくある話しで、貴族ともなれば幼い頃から婚約者を決めることはおかしくない。

 現代人である中身は「それはどうなの?」という考えも浮かぶけども、六歳とはいえ貴族として過してきた期間もあるわけで。今はこちらの世界に合わすべきだろう。

 郷に入っては郷に従え、だ。



「そんな馬鹿なっ!?」



 だけどエリックは私の言葉に驚愕の表情を浮べて、そのあと直ぐにスンとした顔になる。



「……ちょっと撤回するよう言ってくる」 

「え!? 」

「あり得ない。なに考えてんだあの両親」

「ちょっと待ってよ! 何? 私じゃ不満ってこと?」

「そんなわけない!」


 

 両拳を握りしめた全力の否定。

 うん、だろうね。私と目が合うだけで真っ赤になるくらいだし。現に今も視線は僅かに逸れている。



「じゃあいいじゃない。 元同じ世界同士なら価値観も同じだし話しも合うでしょ?」



 それにこの世界のことに詳しそうだし。


 とは心の中だけで呟く。


 要するに、私は疲れている。今世では楽して生きていきたいのだ。頭の中に攻略本を持ってる彼の側ならばそれが出来るはずだ。

 打算まみれではあるが貴族同士の繫がりなんてそんなもんだろう。


 なのにその提案は思っきり拒否された。



「それは絶対ダメだ!」

「………、……ちなみに何故?」

「何故って…、さっき言ったじゃないか、リリアベルの相手はレイフォード様だって」



 え、本気だったのそれ。



「…や、でも貴方の説明なら、そのレイフォード様には婚約者がいるんだよね? 」

「ああ。でも予定通りにいけばそれは解消されて、レイフォード様とリリアベルは真実の愛で結ばれるんだよ!」

「あー…、そう…」



 真実の愛って…。それは略奪愛とかただの心変わりってやつでは?

 本当に物は言いようだ。

 それにしても私自身を無視して勝手にそんな断言をされても迷惑でしかない。オタクの妄想は妄想だけにして欲しい。


 私は深いため息を吐く。



「ずいぶんと、嵌ってたんだね、このゲームに」

「そりゃあもう」

「前の性別も男、だったんだよね? それなのに乙女ゲーム?」

「――べっ、…別に、いいじゃないか…っ」



 呆れから出た呟きだったが、妙に焦った反応で返されてちょっと気になる。なのでジッと見つめてやったら、やはり顔を赤らめてモジモジしだした。



「……パ……」

「パ?」

「…パッケージのビジュアルが、」

「ビジュアル?」

「君の、」

「私の」

「好みだったんだ…」

「………、……ああ、そう」



 エリックは首まで赤く染め上げる。それを見てたら思わずこちらもつられてしまった。顔が熱い。

 パタパタと顔を手で扇いでいたら、照れくささを誤魔化すためか少し早口の声が聞こえた。



「最後の日もオフ会に参加してたんだ。ほぼ女の人ばかりだったけどその日はもう一人男もいて。珍しさもあって話が盛り上がっちゃって、気づいたら終電だったよ。 それで慌てて駅の階段を登ってたら上から何か降って来たんだよね」

「――…え…」

「うん、何かはわからないけど、それが一番最後の記憶かな。たぶん階段から落ちたんだろうね」

「………」

「にしても最後の最後がこのゲームのオフ会で、しかも転生先がこの世界とか」



 ある意味役得だよね、と笑うエリックを唖然とした顔で見る。

 いや、まさか…?


 でもそれならば年齢や共に記憶を持つことにも辻褄が合う。



( …彼は…、私の巻き添えになった…? )

 


 言葉を失ってる私にエリックが気づく。



「どうかした?」

「――っ! あ…っ、や、別に…」

「ふーん? …まぁ、と言うわけだから僕らの婚約の話は無しの方向で。 でもレイフォード様とリリアベルの二人の並んだ姿は側で見たいから友達になろう」

「友達…」

「そう友達!」



 満面の笑みで言われて何も言えなくなった。

 実際推測であり可能性でしかない。なのにこの笑顔に水を差す必要があるんだろうか? 今さらでしかないのに。


 逡巡の末に小さなため息をひとつ。

 何にせよ、エリックの望みは私と、そのレイフォードとやらのパッピーエンドであることは確実だ。

 


( ……やるだけやってみるか )



「じゃあ、皆のところに戻ろう」

「話をする?」

「二人揃って言った方がいいでしょ?」

「そうだね」



 連れ立って再び両親たちの下に戻り、婚約ではなく友達として親交を深めてゆくことを伝えた。あくまでも()()であることを強調して。

 でも双方の両親ともに「あらあらまあまあ」と微笑ましいものを見る視線で、違う解釈で納得している気がする。


 だた予定通り私たちの婚約は形としては成立せず、今現状でもエリックは私の一番の友達という位置にいる。







 コンコンとノックがなった。



「はい」

「お嬢様、エリック様が来られました」

「そう、入ってもらって」



 失礼いたしますと、侍女が開けた扉の向こうから、昔の面影そのままで大きくなったエリックが顔を出す。



「やあ、ご機嫌ようリリアベル」

「ええエリックご機嫌よう、学園が休みだから中々会えないわね。一週間ぶりくらいかしら?」


 

 うん、そんなもんかな。と答えながらいつもの様に勝手知ったる感じでソファーへと座り、私もその向かいへと移動する。

 さすがに十年近くの付き合いとなればエリックが私の顔を見て赤面することはない。だからもの言いたげに凝視する私の視線に気づき眉を下げただけ。



「聞いた、よね? …まあ、だから呼ばれたんだろうけど」

「私のせいでもあるよね」

「――え?」

「アデリー様の死は」

「ええ!?」

「…何で驚くの? アデリー様は自ら命を断ったんじゃないの?」

「や、違う違う! アデリー様は殺されたんだ――あ、」

「え…?」



 エリックはしまったという顔で扉の方へと視線をやる。そこには私付きの侍女が控えている。付き合いが長いとはいえ未婚の男女が二人きりで同じ部屋にいるわけにはいかないからだ。

 うちの家の侍女が聞いた話を他所で広めることなんてないけれど、エリックの()()()聞かれてはマズいことがあるのかもしれない。


 それよりもさっきの言葉は。



「……ねえエリック、このあと時間ある?」

「ん、ああ…、大丈夫だけど」

「それじゃあ場所を変えましょう。庭に席を設けるわ」





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