神の遺産と子守唄 その1
蓮が花屋で薔薇の花を買って5分とちょっとが過ぎた。
ゆっくりと日が沈み出し、鞄につけている腕時計を見るともう時刻は、午後5時30分を過ぎようとしていた。
蓮は今、住宅街を抜けて、ひっそりと夕日がすごく綺麗な墓地の最上階に居た。
「久しぶりです姫様」
そうそっと墓石に向かって話しかけた後しゃがみ込み、花屋で買ってきた墓の中で眠る無垢な少女が、最後に綺麗と言った薔薇の花を一輪墓石に置いた。
(もうそろそろいいか?)
蓮は何者かの視線を感じ後ろを振り返った。
「何者だ!ずっと後を付けていたのも、そこに居る事は分かっている」
花屋の辺りから何者かの視線を感じていた蓮は、大きな声で叫んだ。
その後、墓石がある場所より少し下の方にある大きな木の陰で隠れる、黒いドレスを着た人影がごそごそ動く。
「お前は、フェマイオスか?」
蓮が驚いた表情をして一言その人影に呟くと、人影はそっとうなづいた。
蓮は少しため息を付いた後、おかえりフェマ。と呟き、墓石の近くに置いてあった自分の学生鞄を持って、その人影に近づいた。
蓮とその人影とのあと距離1メートル。
その時だった。
蓮が人影の方に向かっていると、人影は蓮に向かって何も言わずに茶色い表紙の本を投げた。
その本は蓮の所に届くより先に地面に落ちてしまい、それを蓮はしかたがなさそうに取りに行くと、人影は蓮に背を向けてどこかに行ってしまった。
「これを渡したかっただけで、後を付けていたのか……いつでも会えるのだから、直接渡せばいいものを……」
どうやらどこかに行ってしまった人影は、蓮に本を渡す為に後を追っていたらしい。
蓮は本を手に取り、ページをペラペラめくって文章を見る。
「なんだこの難しい本は!」
少しページをめくっただけで、蓮は一言そう言った。
あまりにも難しすぎて蓮は、右手で頭を掻き、鞄の中に入れていたシャープペンとノートを取り出し必死にその本に書かれている内容を読み解こうとした。
「この本は、神界の古い言葉と魔界の言葉の合わせ技か?」
ふぅ、とため息をついた後、蓮は一度立ち上がり辺りを見渡した。
「誰も居ないな」
そう言うと力を抜き、右手の親指を噛んで血を出した。
血が出た事を確認すると、次にその血が出ている親指で喉に魔法陣らしきものを書き出す。
「私の力を開放する」
そう喉の方に手を翳し小さな声で呟くと、蓮の体が光だし周りは白く明るくなった。
髪の色は黒から紫になり長さも腰の位置までなる。
蓮の姿は少し成長し、服装は白いフリルのついたドレス、そのドレスの上から白色の布に真っ黒なリボンつけたケープを着て、背もすこし高くなった。
その背には大きな純白の翼が生える。
だけど左側の翼の一部が真っ黒に染まっていた。
その一部黒く染まった左側の翼を蓮は悲しそうに見て『堕神になりかけているのか』と呟く。
「まあ、いい……本を解読しなければならないし」
悲しそうな表情で、蓮は一度空を見上げた後、地面に座ってまた本の方を見た。
力を開放した事により、制限の掛かっている人間の姿では読めない天界の言葉が読めるようになった。
魔界の言葉といくつか古い言葉で読めない所もあるが、それを置いても本に書かれている内容の意味は分かる。
「これを信じていいのか?」
蓮は驚いた表情で本を一度閉じて、先ほどまで居た墓石のある場所に戻ってきた。
その墓石を優しく撫ぜて、まさかな。と言って苦笑した。
「この本に書かれている事実が本当ならば、次で3回目なんだよな……それならば、何処で私の記憶が抜け落ちる? 訳が分からない。話が矛盾する……大神とあの者は同一なのか? なら、姫さまは何者? あの者の生まれ方自体がおかしいだろ! それに、これが本当ならば姫さまは……」
ただ蓮の頭の中には沢山の疑問が残るばかり。
「頭が痛くなることばかりだ」
蓮は頭を抱えながら少し苦笑し、物事を整理する。
自分が今おかれている状況、そして大神の血を引く者の存在。
そして自分が姫と呼んで仕えていた本当の存在とその意味。
「謎ばっかりだな」
そう頭を抱えていた蓮が顔を上げた。
その時、持っていた本が手から落ちて、その本の最後のページが開いていた。
蓮はその本に書かれている少し下手な文字を見て再び苦笑した。
今度のは頭が痛くなるような苦笑ではない。
蓮の最後のページを見て、ぼそりと呟く。
「この喋り方じゃないと年寄りくさくてダメだろ」
そう一言呟いた後、蓮は立ち上がり、再び親指を噛んで血の付いたその指で喉の魔法陣を掻きなおし『封じよ』と唱えて、普段生活する学生の姿に戻った。
「夕食の時間だね、帰ろう」
そう、いつも学校で話す口調になって、お腹がぐぅと音をならす。
蓮は本を鞄の中に入れて暗くなった夜の墓地を後にした。
『どうして学校の時と喋り方が違うでしか?』
本の最後の1ページにそう書かれていた。
【訂正板】
堕天使→堕神に変えています。
間違いでした!