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夜想  作者: さざれ
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 トオルは重傷ではあったが一命を取り留めた。意識が戻った彼が話したことによると、やはり夜に踏み込んでやろうと学校で日暮れを待ったらしい。同じく学校にこっそり居残った同級生たちを証人として――あるいは彼ら彼女らに煽られて――校庭に出たはいいものの、逃げ帰る間もなく魔物に襲われてしまったそうだ。同級生たちは教室にあった物を手当たり次第に投げて魔物を撃退しようとしたものの甲斐はなく、彼は夜に引きずり込まれてしまったということらしい。おそらくはその時に彼の筆箱がクロに拾われたのだろう。

 あれから、チセもチセで教師や両親への言い訳に追われた。朝になり、チセが家にいないことに仰天した両親から携帯に電話がかかってきたときはどうしようと思ったが、そういえばもう夜は明けたのだということを思い出し、級友が心配になって朝早くから探しに出かけてしまったということで押し通した。娘の元気な声に、両親もまさか夜のうちから外にいたなどとは思いもしなかったようだった。気持ちは分かるけれど挨拶と一言くらい残して行きなさいというごもっともなお叱りを受け、チセはひたすら謝りながら説教を拝聴した。

「……テーマ、変えようか」

 ぽつりとカナが言ったのは、トオルのお見舞いに行く途中のことだった。

 トオルの怪我は深いというよりも傷口が多く、失血のせいで一時は危なかったという話だったが、なんとか後遺症なしで回復しそうだという目途が立ち、面会も許可されたとのことで、チセたち三班の班員は病院にお見舞いに行くことにしたのだ。

「……そうだね」

 マナトも同意する。

「……猶予期間も貰っちゃったから、考える時間もできたしね……」

 チセも頷く。

 班員が大変なことになり、しかもそれが調べ学習と無関係ではないということで、三班はテーマ発表会での報告を免除された。――くれぐれも危険なことはするなというお叱りつきで。

「言っても仕方ないけれど、ちょっと焦っちゃうよね。他の班はみんなテーマが決まっているし、もうだいぶ調べ進めているところもあったし」

「うちらはテーマさえまだなのに、六班は資料館にも行ってきたっていうしね。『夜がいつから禁忌になったか』かあ……」

 カナが思い出すように視線を空に投げ、マナトが続きを引き取る。

「……いつからかは分からないが、昔は昼と夜が厳密に分けられているわけではなかった。夜がどのように扱われるかは場所や時代によって異なるが、科学の発展とともに夜と昼がはっきりと区別されるようになっていったと考えられる……だったな」

「まったく、初等学校の生徒の発表としては高度すぎるでしょ」

「いや別に、このへんは定説だしな」

「……テーマも決まってない班のメンバーが言える台詞じゃないわよ」

「…………」

「えっと、あとどこだっけ、進んでいた班。『夜の魔物がどんなふうに文学の中で描かれているか』のところ」

 カナとマナトのやり取りに、チセは慌てて口を挟み、話題を変えようとした。カナが応じる。

「二班よね。そこの報告も面白かったな。各国の文学に現れる魔物たちは地域性もありながら共通点もあって、それは人が夜をどのように恐れているかを示しているのではないか……とか」

「二班も。難しい内容だよね……」

「まあ、そうだな」

 今度はマナトも同意した。ややあって思い出したふうに言う。

「そこの班のメンバーの誰だったか、父親が大学教授だって奴がいたような気がする」

「あ、うちも聞いたことがある。サヤだっけ」

「そうなんだ。知らなかった」

 チセは知らなかったが、それなら高度な発表内容にも納得がいく。アドバイスをもらったりしているのだろう。

 話しながら歩き、ふと道端の掲示板を見たチセは、掲示物の写真に添えられた名前に何気なく目を留めて驚いた。

「ねえ、サヤのお父様の大学教授って、この人じゃない?」

 そこに貼られていたのは市民講座の開講案内で、講師として予定されているうちの一人がサヤと同じ姓だ。

 カナが掲示物を見て頷いた。

「ササラセ・カイ教授……うん、多分そう。この人だと思う。名前に見覚えあるもん。図書室に本を寄贈してくれてたはず」

「へー……偶然だね、びっくりした。その本、面白かった?」

「読んでないよ。初等学校にあっちゃいけないような難しそうな本だったもん。題名も覚えてないけど、分厚かったことだけは覚えてる。読んだ人いるのかな?」

「あ、あはは……」

 顔をしかめたカナに、チセは苦笑いした。

 マナトが掲示物の内容を読み上げる。

「公開講座……世界における夜の認識の変遷について……か」

「……無料なんだね」

 マナトとは違うところに目を留めたらしいカナが呟いた。

「事前申し込み不要で、今週の日曜日に開講……四日後か。行ってみないか? テーマ決めのヒントになるかもしれない」

 マナトの提案に、チセはカナと顔を見合わせた。

「私はとくに用事ないし、行けるよ。テーマ決めなくちゃだし」

「うちも大丈夫。トオルにも話しとかなきゃ。一応ね」

 トオルはしばらく病院から出られないから、資料を貰って渡すことになるだろうが、顔をしかめる彼の様子が想像できるようでチセは小さく吹き出した。勉強嫌いの彼は、図書館に行くくらいならまだしも、大人たちに混ざって市民講座を受講しに行くなんて話を聞いたらその瞬間に逃げ出しそうだ。

「トオルがいたら行かないって言い張ったかもね」

「言いそう。でも今回はいないんだし、うちらでさっさとテーマを決めちゃおう。テーマの言い出しっぺが申し訳ないんだけど、考えなしだったわ」

「いや、僕らも賛成したんだし。トオルのことも、元はと言えば僕のせいだ」

 マナトの言葉に、チセとカナは揃って首を横に振った。

「違うよ。うちも本気にしなくて止めなかったから悪かったし……」

「私も、クロのことを話してテーマ決めを後押ししちゃったんだもの」

 実際、チセは罪悪感を覚えていた。クロと再会してからというもの、自分が夜の方へと引きずられていくような感覚がある。トオルはそれに巻き込まれただけだ、という考えが頭の片隅にずっと居座っているのだ。

 カナもマナトもそれぞれに思うところがあるようで、三人は言葉少なに病院への道を辿った。


 トオルの病室は個室だった。チセたちがおそるおそる入ると、本人はまるで気にしていないふうに笑った。

「見舞いありがとな! なにか手土産とかねえの?」

「怪我人に何を持ってったらいいのかなんて分からないよ。食べ物は制限があるかもしれないし、花も香りがきついものは良くないだろうし」

「いやー、大丈夫なんだけどね。あちこち痛かったのも治まってきたし」

 呆れたふうに言うマナトに、トオルがあっけらかんと応える。体の具合が大丈夫そうだと見て取って、チセもカナも安堵の息をついた。

「チセ、あんたが第一発見者なんでしょう? 恩を着せてやったらいいのよ」

「いやーほんと、恩に着るわ。ありがとうな。助かった。死ぬかと思った」

「何で死んでないのよ」

 カナがずけずけと言う。トオルが夜に消えてしまったかもしれないと知って居ても立ってもいられないくらい心配していたのを知っているから、それも安堵の裏返しだと分かる。

「いやーほんと、何でだろうな?」

 トオルもカナが本気で言っていないことは分かるのだろう。まったく気にしていない。

 トオルとカナだけでなく、チセもマナトも、小さい頃からよく遊んだ幼馴染だ。気心が知れている。

「なあ、来てくれたのってお前らだけ? 大人が来たりはしてないよな?」

「うちらだけだよ。引率の先生が必要なことでもないでしょう」

「そうだよな……。よかった……」

「もしかしてトオル、大人からあれこれ聞かれたんじゃないか? 大怪我をしたとはいえ、命も体も心も損なわれずに夜から戻って来られたのだから」

 マナトの問いに、トオルは頷いた。

「ああ。いろいろ聞かれたよ。ちゃんと答えた。……でも、ひとつだけ……言っていないことがあるんだ」

 マナトに視線を向け、

「なあ……。お前の親戚で、夜に呑まれた人って……レイカ姉ちゃん、じゃないよな?」

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