公爵ヴァイズヴァーン
その少し前。
「ヴァイズヴァーン閣下、彼の処遇についてはどういたしましょう」
「お前はどう思う」
「私は特に何もおもいませんが、“ゲッテンベルト”が姿を消したので、変わりのものが欲しいとおもっていたところです」
「そのもの、腕は確かなのか?」
「ええ、あのブルーワイドワイバーンを倒したのが彼ですから」
「ほう、それはまことか」
「ええ、確かでございます、もっとも、ご子息、リア公子が倒したことにしておりますが」
「マリーネよ」
メイドは、顔を上げた。騎士のようにうやうやしく片膝をたて、片膝をついてすわっている。
「お前には全幅の信頼を置いておる、旅人をどう扱おうとお前に従う……妻を亡くしてからというもの、妾に睨まれて、むりやり威厳を維持しているだけだ、リアは賢い子だ、将来については何も心配しておらん、だがな、甘やかしすぎるのはやめてくれよ」
「それが、閣下の唯一のご意思ですか?」
「いや、妾のな……」
マリーネは少し目線をおとし、気づかないように、美しい口から、少しため息をはいた。
マリーネは、客人であるイガルを、その数時間後、案内した。
「閣下、連れてまいりました」
「おお、きたか」
「失礼いたします……」
「はは!そうかしこまらんでもいい」
謁見の間に通された彼は驚いた。まるで普通の茶室のようで、奇妙なところといえば、少しきらびやかな装飾がほどこされた絨毯や、絵画などがあるだけだ。何より驚いたのが、普通の邸宅の客間のように、ほど近い場所に公爵は座しており、低いテーブルと椅子の向いに、ソファがならんでいるのだ。たしかに公爵の椅子は立派なもので、たったひとつ、テーブルは長方形で、その特別さはみてとれたが、サイドには普通のソファ、向いにもそれがある。普通の邸宅の客間といわれても大差はないのだ。
「まあ、座り給え」
そう案内され、遠慮がちに座ることとなった。公爵の背後には、また別のお付きのメイドがいた。顔半分に斜めに青あざがあり、でこにむかうにつれておおきくなっている。彼は別に気にならなかったが、王族ともあれば、気にするものはあるかもしれない。だがそのメイドを気に掛ける様子もなく、公爵はいった。
「まさか、ここに人がくるとはなあ、それも男“ゲッテンベルト以来”だ」
「ゲッテンベルト?」
「ああ、そうだ、彼は賢くやり手の冒険者だったが、長くここに努めて、立派に仕えた、惜しい人をなくしたものだ」
公爵が頭を抱えたので、あまり触れずらい話題だとおもった。
「……それで、まさか自分は死んだものとばかりおもっておりましたが、貴族の方にはこうして助けていただいて、この御恩をどうしてかえせばよいのか」
「ふむ、ここまで来たときの記憶がないのか?」
公爵は、顔は笑っていた。だがその奥、瞳の奥が笑っていない感じがした。
「は、はあ、全く思い出せず」
「ゆく当ても?」
「ええ、事情がありまして」
「怪我もまだなおっておりません」
マリーネが口をはさんだ。
「ふむ」
公爵が白いひげに手を伸ばす。サイドは白髪、上は金髪でオールバック、頬の下の切り傷、縫い後が、歴戦の兵士を思わせた。
「そうか、ならば、適当な仕事をみつくろおう、マリーネ、頼んだぞ」
「え?」
「は!!承知いたしました」
「まさか、そんな、これ以上お世話になるわけには」
そういうと、公爵はイガルの肩に手を置いていった。
「よいではないか、はっはっは」