メルク
「お、お、お客さまあ~」
やわらかな丸い顔をゆがませながら、メイドは奇妙な声をあげて、ふとももをよけた。ニッコリと笑うメイドは、優しく体を起こす事を手伝ってくれたが、その目は、時折深淵に赤い、化け物じみた輝きを放っている気がした。
「突然のことで、びっくりしてしまいました、けれど目を覚まされたのですね」
そして、ボソボソとイガルに聞こえない声でつぶやく。
(私は、どうでもよかったのですが)
「何て?」
「あ、いえ、こちらの話です、今お食事の用意をしますね」
傍にあった綺麗に洗濯されてある自分の服をみつけて、袖を通す。丁度着替え終わったころにメイドは再び現れた。
「お客さま、お食事は何になさいますか?」
「へ?何にって、それじゃあ」
立ち上がり、メイドの用意した配膳ワゴンに目をやると、その上には色とりどりのおかずが乗っていた。オムライス、さかなの煮つけ、マヨネーズサラダ。シチューや肉料理。
「ふむ……そうか」
ぼーっとした頭をかいて、そして考える。
「せっかくだから、全部いただこうかな?」
「へえ?これ全部ですかぁ?」
「ああ、他に食べる人がいないのなら、頂きたい」
そういった瞬間、メイドは突然イガルにだきついてきた。そのふくよかな二つの弾力のあるものをおしつけてくる。
「ちょ、ちょっと、天使さん」
「メルク、感激ですぅ~~ドジっていわれたり、極端っていわれたり、でもあなたは、全部食べてくれるって、初めて、神様みたいな人に出会いましたー」
窓際からその時、イガルは人の気配を感じた。暗い黒髪のメイドの影が見えた気がして、そのメイドが何か毒づいたようだった。
「このブタが、遠慮もしらぬとは」
なんとかしてメイドを引きはがすと、食事用の席についた。メレクというメイドは、綺麗に配膳をおえると、自分の直ぐ傍に座った。
「へ?」
「あなた様は、大事な客人故に丁重に扱えと、メイド長からのご指示がありましたので」
「はあ……しかし、私のような死人に」
「何をいっているのです、あなたはまだ元気じゃないですか」
(どういう事だろう?ここは死後の世界では?だからことの運ぶままに身を任せていたのだが)
メイドはいつのまにか、スプーンをてにとり、スープを掬うと、イガルの口元にそれをさしだした。
「はい、あーん♡」
「え?」
「まだ、傷がいえていないのですから、長旅だったのでしょう?体中傷だらけで」
「い、いやあ、それほどでも」
「いいですから、あなたは私にすべてをまかせて」
その言葉と、柑橘系の香水に雰囲気をやられて、身に任せることにした。しかしイガルはこういうことに慣れておらず、口をがくがく震わせながらあんぐりとあけた。
(もう、死んでもいい)
そうかんがえた時、彼は目に何かが流れ込んでくる感覚と、遅れてくる熱を感じた。