まなざし クランプ
目が覚めると、白い部屋の中にいた。そこが死後の世界だという事が納得できた。それほど美しい部屋だった。人と魔物が凌ぎを削る騒乱の世にあって、目ったにおめにかかることのない部屋だ。まずそれほどの豪邸は、貴族、王族にしか与えられないほどの栄誉だろう。
《スンスン、スンスン》
何の花の香だろう。それはグランプの花だ。このリュゲーの世界において、人々はあらゆる刺激を頼りにしていた。なにせ、明日には何が起こるかわからない世界だ。魔物との共生は幾度となく失敗し、人間同士は奪い合い、裏切りあう。その中にあって、唯一の心のよりどころとは、コーヒー、もしくは香辛料、安く、日常を忘れるためのものだ。
グランプは、香辛料の植物の元になった、この世界の南方に自生する植物。地続きの大陸では紛争は絶えず、一節によっては、はるか昔、龍神がこの“中枢大陸”を人間に明け渡した時に、人の前途多難な未来を見据えて与えたものが、唯一文字と言葉とグランプの花だったとされる。
「悪くない、悪くない、何も成し遂げられず、本懐もとげられなかった、ここで死ぬのも悪くないだろう」
(うっ……)
突如として頭痛に見舞われる、何か昨日、不吉な夢をみたような、このふかふかのベッドの上で、メイドが、頭に角の生えたメイドが、自分の首に何かをおしあて……あれは鉄だろう。そして彼女は、いつの間にか消えていた。
「お姉さま~私の麗しいお姉さま~、鋭い瞳が黒く光るとき~私は冷たさの中に愛を感じる~ふりむいてお姉さま~美しい」
「あ……あ……」
声を奮い立たせようとするが、なかなかそれが喉につっかえてでてこない。どうすればいいのだろう。そうだ、最後の別れのとき、親友は俺を殺そうとしたじゃないか。あの時ためらって、彼に逃がされなければ、生き延びる事はなかった。
まさか、今でも生きているとは思えない。あまりにこのベッドは弾力と包み込むようなフィットする優しさを、両方かかえている、それにこの枕。枕?あれ?
「……???」
「お姉さま~~ひゅあん!!」
その時、イガルは奇妙に思った。なぜならつい先ほどまでその音は、自分の足元で、部屋を整頓したり食器を置いたりする音に交じって聞こえたはず。だが次目を覚ましたとき、枕を手繰り寄せるときに、自分の頭の上できこえた。
やわらかな後頭部の感触を背に、上をみあげる、巨大なふたつのやわらかな山とそれを超えた向こうに、丸みをおびて、少しウェーブかかった黒髪をたらした、いくつも色とりどりの髪留めをつけた、つややかで厚みのある唇をぷくっとふくらませて、怒っているが全く怖くない優し気なほほえみを浮かべる、ホワイトブリムを着用した美しいメイドが見下ろしていた。