生命のコア
男は、ルーヴァル大公領にて力尽きようとしていた。いつのまにか辺りは霧につつまれ、どれくらいあるいたのか、どうやって移動したのかも記憶がなくなっていた。
(逃げ続けてきた人生だった、苦手な事から、嫌な事から、素性を隠し、本性を隠し……だから誰を信用することもなく、誰に心を開くこともない、このまま俺は、この人生を終えるのだ)
ブルーワイドワイバーンが、彼の傍に降り立った。
男の顔は傷だらけだった。しかし男の目は少年のように光輝いていた。右目は黒く、その左目は青、“友人のコア”の一部を受け取ったものだった。普通なら、それは無くなってしかるべき、生命のコアはマナの根源。男はガムシャラに使い捨てようとしていたそのコアを、明るい顔をした亡国の貴族に拾われた。
長く続いた不遇の日々。しかしそれも、魔術の知識、その男にとっての“英雄”との共鳴による魔法の行使によって、魔力なき彼は大勢をしたといえる。だが、彼は最後に、亡国の貴族を、生涯たった一度の親友ともいうべき彼を裏切った。
「はあ……こんなものか」
そう思う。彼は人に救われたというのに、戦乱のさなか、怖れをなして逃げ出し、彼を殺してしまったのだ。理性的な思考にとらわれ、現実に絶望して死のうとしたというのに、死からよみがえったたとき、尚理性的思考にとらわれ、自分だけ助かろうとしたのだ。
「しまった……、もはや私の名前を憶えているものなどいない果ての地まできて、その果ての地における伝説とされる龍に殺される事になろうとは……」
美しい龍は男の顔を覗き込んだ。ところどころに髭が生え、逆三角形でもみあげがあり、ところどころがこわばった、まゆが太く、しかし目は優しい、無骨な顔の男である。筋骨隆々のその体を、ついには魔術に、剣術に、自分のためにも、人のためにも選んで使ったことなどなかった。
「せめて……私の命を背負うものよ、お前が人間であれ、怪物であれ、同じことだ、ただその響きを覚えておいてくれ、私の名は……イガル」
《ブワッ》
青い龍は口いっぱいに、まるでほおばるように青い炎を蓄えた。喉は器官から送られてくる魔力を調整し、上あごの魔法陣は、口元で炎を錬成する。
「さらば、この世界の人々よ……未だ私は、名もなき者も同じ」
《ズサッ》
「そうですか……ならばそうやって、自己憐憫の中で、生涯を終えるがいいでしょう」
その時、ありえない光景が横切った。メイドらしき姿かたちをした影が自分を照らす日光を遮った。そして彼女は続けて言い放った。
「スルーズ様の、伝説を目に焼き付けて、死ね」
その瞬間だった。青い龍は、その頬に自分の頭と同じサイズの巨大な炎の弾丸を食らい、横向きに倒れ、行き場を失った炎は暴発し、その龍自身を飲み込んだのだった。
「ありえない、ありえない……そこにいるのは、神か」
イガルは、龍のすぐ横に立ち尽くす、見るも美しい青髪の少年の姿を目に焼き付け、永遠とも思える深い眠りについた。