第5話「大丈夫、」
“今日から夏休みですね。何か予定はありますか?”
その前に試験があるのを忘れているだろう…そう、試験があるんだ。
“試験は無事に終わりましたよ?”“大体、試験と言ってもここの試験はちょっと特殊なんだぜ?”
確かに試験というよりレポートだった気がする…まぁ、昔の試験の記憶なんてほとんど覚えてない…バカではなかったがね…
“みんな優秀じゃないですか。”
確かにその通りだ。しかし…みんなのやり直したいことって何だろう…
“ま、夏休みだしどこか行かない?”“俺はパスで。岡ちゃんと関で野球見に行くんだ。”
あ…野球観戦か…高校のみんな興味あったな…もっと話したかったのに興味なかったから聞かなかったのを後悔してます。
“それじゃあ私たちでどこ行こうか!”“神保町とかどうでしょう!”
確かに下北沢より近そうな気がするけど…古書店街だよ…?
“決まり、行くときになったら私が起こしに行くから!”
あ、もう確定なんだ…というか…佐藤さんはどうしてここにいるんだろうか…
“起きて!8時だよ!”
…また昼夜逆転した。寝落ちしてしまったけど…小説一歩も進んでない…どうしてこうなった…
“このバスってすごいですよね。”
確かにすごいが…そんな驚くことなのか?もしかしていつも車窓を見ていないのかな?
“神保町に来たよ。さぁ、本を漁るよ!”
…こみさんに手を引っ張られて書店をはしごし、そのたびに色々な本を買っていった。昼飯も忘れて本を読み更けて戻るころにはお腹が思い出したように音を鳴らした。
“どうだった?楽しかった?”“本ちゃんは顔に出てますよ。言葉では嫌がってましたけど。”
…本当に顔に出ちゃうタイプなんだな…恥ずかしい…でも、こんなに誘われて、こんな楽しかったことは初めてだな。中学時代はドタキャンばかりで嫌われたし、高校時代は誘われることもなかったな…小説ばかり書いていたから…まるでバカみたいだな…
“楽しかったんだね。言葉に出さなくてもわかったよ。私ね。本当は羨ましかったんだ。”
ん?こみさんどういうことなんだ?
“私も小説家志望だったの。賞も取ったし、仕事ももらったの。順調そうでしょ?でもね、私は嘘をつかれていたの。賞も嘘、仕事も嘘。私と同姓同名の小説家だったの。それがバレた途端に止んでたはずの虐待がまた始まったの。隠してるんだけど…体にはまだ痣が残っているの…だからもう一度やり直したいの。人生の全てを”
“なぜ人生の全てをやり直す必要はどこにあるのですか?救われた生命を大事にしてください!あなたは…消えていい人間じゃないんです!消えていい人間なんて誰もいないんです!”
こんな言い合いが夏休みで一番記憶に残ったことになるとは思わなかった。僕ももう一言言えればよかったのに…でもこれは僕が言う問題だったのかな…でも…
“人生の全てを治すのはできない。僕ができなかったから”