決着の時
あけましておめでとうございます!
突如せり上がった地面から突き出した大量の木の根によって空へと押し上げられたアレンは、同じく空へと吹き飛ばされたフレンによって助けられた。
投げ飛ばされ、地面に叩きつけられたアレンは痛みと衝撃によって一瞬だったが意識を失った。
「ガハッ……ゲホゲホッ!?クソ、いし……きとん………だッ………」
ほんの一瞬だが戦いの場で意識を失う、それは決定的な致命傷になりかねない。
打ち付けられた衝撃の痛みはまだ抜けていないが、いつまでもこうしてはいられず起き上がろうとしたその時、地面からせり上がり産まれた巨大な木の根のオブジェから何かが撃ち出されるのか見えた。
「なんだ、あれ?」
目を凝らしてみたアレンが見たそれは木の根から撃ち出されたのは無数の矢、それが真上から降り注ごうとした。
「ふざけんなよ、クソッ!」
今から移動しては間に合わない。
魔法剣の余波で吹き飛ばそうと剣を持ち上げようとしたその時、カランっと乾いた音と共に手の中から剣がこぼれ落ちた。
落下の衝撃で身体を強く打ち付けたときのダメージで両腕に力が入らない、腕を上げることもできない。
「───ッ!?」
不味い、そう思い目を瞑ったアレンが最後の瞬間を迎えようとしたその時だった。
「吹きとばせ───ウインド・ブロウッ!!」
突如吹き荒れた突風が降り注ごうとした矢の雨を吹き飛ばしたかともうと、誰かがアレンの側にまで駆け寄る。
「アレン!まだ生きてる!?無事ッ!?」
「シエルッ!?なんで───」
「無事そうね!だったら、ちょっとまっててよ!──ウインド・ウォールッ!」
地面に手をついたシエルが魔法の名前を告げると、地面につけられた手を起点にして魔法陣が展開され、二人を覆い隠すように吹き荒れる風の壁が形作られた。
上空からは矢の雨が降り注いでいるが、風の壁によって阻まれて粉々に砕かれていく。これでしばらくは持つと確信したシエルは、改めてアレンの方へと向き直る。
「良し、今のうちに怪我の治療するから、怪我してたらいいなさい!」
「そんなのいい!さっさとこれを解け!」
弓を置いて魔法を使おうと近づいてくるシエルを押しのけたアレンは地面に落ちた剣を拾おうとする。
「何いってんの!死にかけてたくせにかっこつけて!」
「良いからさっさと魔法を解けッ!こんなことしてる間に、あの猿に逃げられるぞッ!!」
今にも掴みかからんとする勢いのアレンに、シエルは驚き小さな悲鳴を上げる。
ずっと一緒に育って来たはずの幼馴染が初めてみせる殺気立ったその顔は、まるで今ここで敵を取れるなら死んでも構わない、そう物語っているように思えた。
「この……バカッ!いい加減にしなさいよッ!」
それに気付いたシエルは、湧き上がる怒りと悲しみが入り乱れた表情でアレンの頬をひっぱたいていた。
パチーンッと、乾いた音がこだまする中、シエルは怒りのこもった声で叫ぶ。
「ふざけないでよ………おじいちゃんたちの敵討ちたいから、自分はどうなってもいいの?死ぬ気なのアレンッ!?」
「あぁ、ザクじい敵が打てるならこの命は惜しくない。たとえ死んでもあいつを殺すッ!」
「なんでそんなこと平気で言えんのよ!」
「じゃなきゃ、なんで僕は生きてるんだ!なんで生かされたんだよッ!」
ずっと分からなかった。
あのときも、今も、弱い自分を生かすために強い人が殺される。それがアレンにとっては許せなかった。
「そんなの、みんなあなたのことを生かしたかったからに決まってるじゃないの!」
「だとしても嫌なんだよッ!僕を生かすために誰かが死ぬのを見るも、もう二度と嫌なんだ!」
「だからって自分が死んでも構わないような戦いは辞めてッ!」
「うるさい、構うもんかッ!さっさとここから出せ、シエルッ!」
怒りで我を忘れているアレンに何を言っても止まらない。
今、アレンを止めるためにできることを考えたシエルは一つだけ、これなら止められる。
「これしかないから仕方ないけど、初めてなんだから責任取りなさいよ!」
「はぁ!?なにを──」
握りしめていた弓を地面においたシエルは、憎しみの宿ったアレンの瞳を見つめながら両手で顔を包み込むと、ゆっくり自分の顔を近づけそして口づけをした。
「んぐっ!?」
永く甘い口づけにアレンは思わず我を忘れかけていると、すぐに我に返ったアレンはシエルを突き飛ばした。
「何するんだよシエル!?」
「何ってキス、それとも口付け?あるいはチュウ?」
「そんなことを聞いてるんじゃない!なんでいきなりこんなことを!」
「ちょっとは冷静になったでしょ!」
シエルの言う通り今ので少し落ち着きを取り戻したアレンだったが、今度は別の理由で混乱に陥っていた。
「なんで………こうまでして僕を止めるんだよ」
「決まってるじゃない、生きててほしいのよ!私もおじいちゃんも!あなたに生きててほしいから助けたし助けようとしたの!勝手に突っ走って命を粗末にするなんてしたら、私があなたを殺すわよッ!!」
死ぬなと言われたかと思えば今度は殺すと言われたスレイは、どんな反応したものかと思案した後小さく吹き出して笑った。
「フハハハハッ、それじゃあ僕はシエルに殺されるんじゃん」
「なんか文句あるわけ?」
「いいや………そうだよな、生きてほしいと思わなきゃ誰かを助けようなんてしないよな」
シエルの言った通りだと思う一方で、勝手に復讐だと突っ走りアイザックの想いを踏みにじろうとしたアレンは、アイザックに合わす顔がない。
パシンッと、両頬を叩いて気合を入れ直したアレンはシエルの方へと向き直った。
「ごめんシエル。もう大丈夫、目が冷めた」
「ふぅ〜ん。どういうふうに冷めたのかしら?」
「あいつは逃さない、ここで絶対に殺す。でも一人でじゃできない、手伝ってくれシエル」
真っ直ぐ自分の言葉でシエルに共に戦ってもらうべく語りかけるが、シエルは首を横に振って言い返した。
「そんなんじゃダメよ」
「何がダメなんだよ?」
「必ず生きて村に帰る。私もアレンもみんなで、それができなかったら許さないわ」
「わかった。ちゃんと守る」
「なら、良いわよ。手伝ってあげるわ」
にっこりと微笑むシエルを見て不覚にもドキリとさせられてしまったアレンだった。
「行くぞシエル、後ろは任せたぞ」
「オッケー。行ってきなさいアレン」
魔法で星獣の居場所を探り当てていたシエルはその方向へと風の防壁を伸ばしていく。
剣を握り直したアレンはドーム状になった風の防壁の中を走り出した。この先に奴がいるのだと確信を得ながら走り出したアレンは、風のドームが切れたその先に聖獣の姿を見る。
「見つけたぞッ!」
深紅の剣に炎の渦を宿したアレンは、逃げようとした星獣に向けて炎の渦を放った。
聖獣の態度を塞ぐように放たれた炎は草木を焼き、焔の壁となってその行く末を阻んだ。炎を恐れ後ろに後退した星獣の背後にはアレンが立ちふさがった。
「きぃーッ!」
「決着を付けるぞ、お前は絶対にここで殺す!」
握りしめられた二振りの剣を構え直したアレン、それに対する星獣もまた握りしめられた剣を構える。
睨み合った二人が同時に駆け抜け、そして再び切り結んだ。
⚔⚔⚔
アレンが星獣との戦いを再開したころ、星獣が操った木の根が集まっている場所でノエルはある人物を探していた。
「フレン!どこですか、フレン!」
魔力が回復し動き回れるまでになったノエルは、アレンを庇って木の根の濁流に押しながらされてしまったフレンの安否を確認するべく探し回っていた。
しかしいくら名前を読んでも返事は帰ってこず、災厄の結末を想像してしまったノエルは全身から血の気が抜ける感覚に陥っていたその時だった。
遠くから微かにフレンの声が風に乗って聞こえてきた。
「ノエ……ル………こ……こだ……ここ……に、いる……」
「フレン!?どこですかッ!」
声のする方を頼りにフレンを探し始めるノエルは、森の奥の方へと入っていったノエルはついにフレンを見つける。
大きな木の幹に背中を預けこちらを見ているフレンは、口元を小さく釣り上げてかた片手を上げて見せた。
「よぉノエル。心配かけたみたいだな」
「フレ、ン………フレンッ!」
そう短く告げられたノエルだったが、今のノエルにはその一言だけでも十分だった。
両目に涙を溜めながら歩み寄ったノエルは、崩れ落ちるように膝を付きフレンの胸元に抱きついた。
「フレン!良かった、生きていて……本当に良かったッ!」
「俺自身、生きてるのが不思議なくらいだがな」
あのとき、押し寄せる木の根の濁流から少しでも身を守るためにと、木の根を切り裂いて見たもののやはり全てを斬ることなど初めから不可能だった。
しかしそれが公をなし、少しでもダメージを減らすことができ吹き飛ばされたあともいませにしている木の枝葉がクッションとなり、衝撃を僅かながら防いでくれた。
我ながらなんとも悪運の強いことかと、自賛しているフレンは何時までもしがみつきながら泣いているノエルに視線を落とした。
「おいノエル。心配かけて本当にすまないとは思う。だがな、ふっとばされた衝撃で体中が痛てぇんだ。速く離れてくれないか?」
「嫌です……もうしばらく、こうしていてください」
そういう再び抱きついたノエルの頭を撫でながらフレンは、遠くから聞こえてくる激しい激闘の音に耳を澄ませる。
この激しい戦いの音の先にアレンはいる。
あんな無茶な、死に急いでいるような戦いをしていたアレンを一人あの場で戦わせていることに一抹の不安を抱えていたが、今のフレンにその心配はなかった。
どうしてかはわからない。なぜだか急に、今のアレンならば大丈夫だろうと、ふとそんなことが頭をよぎったフレン。自分でもわからない不思議な感覚に戸惑いながらも、フレンは太陽が傾き茜色に染まる空を見上げる。
もうじき日が暮れる。獣は手負いになったときが一番手強い、さらに夜になり力を増す星獣を相手にするならなおのことだ。
「時間がねぇぞ……速く決着をつけろよ、アレン」
⚔⚔⚔
アレンを星獣のもとにまで送り届けたシエルは、風の防壁をとき空を見上げていた。
天高く登っていたはずの太陽はいつの間にか傾き、青空には緋がさし茜色に染まっている。太陽が完全に沈むまでに後どれくらいの猶予があるのか、それまでに決着を付けなければいけない。
「急がないと、もう時間がないわよアレンッ!」
こんなところでじっとしていてもなんにもならない。
少しでもアレンの戦いが有利にするべくいつもで援護が出来るようにと、矢筒から矢を取り出そうと手を伸ばしたその時シエルは指先に感じる感覚に驚き、思わず後ろを振り向きながら腰に下げられた矢筒を覗き込んだ。
すると驚くべき光景にシエルの口から思わず声が上がった。
「えっ、ウソでしょ!なんでッ!?」
思わず声を上げながら頭を抱えてしまったシエル。その理由は手に握られた一本の矢にあった。
これが今のシエルに残された最後の一本だ。
いつもなら持ってきた矢の本数を考えながら使うはずなのに、初めてのそれも複数の星獣との戦いがシエルの当たり前にやっていたことを忘れさせていた。
「あぁもうッ!なんでこんなことになるのよッ!」
いつもの自分なら決してしないミスに憤慨しながらも、残された最後の一本を弓に携え引き絞る。
当てられなくても良い、これがアレンの助けになるならと覚悟を決めてシエルは弓を引く。
魔法よって視力の底上げを行い、更には左目に望遠の魔法陣が浮かび上がる。
「こうなったら、もうヤケよ!」
何があっても見逃さない、アレンを勝利へと導くその一射を見逃さないと、シエルは今までにないほどの集中で戦いの行く末を見守るのであった。
⚔⚔⚔
アレンと星獣の戦いは熾烈さを極める。
体の傷は完治しているもののすでにかなりの長時間、戦闘を行っているアレンの体力は限界を迎えようとしていた。
「ハァ……ハァッ」
剣を振るうごとに腕が重い、動く度に身体の何処かが痛む、度々視界がぼやけてくる。剣を振るい星獣の剣を弾きそして斬りかかる。
動き続けるごとに荒い呼吸で繰り返すアレンは、自分の限界が近いことを予感させられていた。
ポーションで傷は治ったとはいえ、内も外もぼろぼろで血の足りていないアレンの身体は元々無理ができないのだ。薄々その事に気づいていたアレンだったが、それでも村を守るためアイザックの敵を取るためと、激しい怒りの感情で身体を動かしていた。
しかし、一度理性を取り戻したアレンの身体は、怒りによって忘れさせていた限界を表へと押し出したのだ。
振り抜かれた星獣の剣を深紅の剣で受け止めるが、ギチギチと火花を散らしながらアレンの剣は押し負ける。
紺碧の剣で斬りつけようとしても聖獣の身体が近すぎてうまく振れないでいると、腕に力が入らずだんだんと押し返されそうになる現状にアレンは歯噛みする。
「クソッ!」
声を荒らげながら、苦し紛れに紺碧の剣を握る左手の拳で猿の脇腹を殴り付ける。
しかし振り抜かれた拳は猿の体皮を覆う星獣の泥により、その衝撃を逃がされ伝わってくるのは柔らかい泥を打ち付けるような不安定な感触だった。
「効かないよな……だったらこれならッ!」
本当はやりたくはないが、これならばと深紅の剣から大量の炎を解き放った。
解き放たれた炎はアレンと聖獣を焼き払うほどの勢いで燃え盛る。
「グギャアアァァアアァ――――――――――ッ!?」
至近距離で解き放たれた炎に焼かれて苦しみだす星獣に対し、アレンも炎が燃える身体で前に出た。
「熱いッ……けどッ!」
自滅覚悟であったがこれで隙ができた。紺碧の剣の冷気がアレンの身体で燃え盛る炎を掻き消し、灼熱の炎を剣の内部へと押し留め灼熱と化した剣が星獣へと振るわれる。
炎の熱を宿した剣が空気を震わせながら星獣へ振るわれる。
炎に焼かれながらも、振るわれる剣に反応して見せた。腕を掲げて剣を受け止めようとした星獣だったが、アレンの剣はそんなことでは止められない。
「ゥォオオオォォオォッ!」
振り下ろされたアレンの剣が星獣の腕を斬り落とした。
灼熱の炎によって斬り裂かれたと同時にその身を焼かれた
「ギャァアアアアァアアァァッァアァァッ!?」
悲鳴を上げながら暴れまわる聖獣にとどめを刺すべくアレンが剣を振り上げようとしたその時、地面からせり上がってきた無数の木の根が槍のように尖りアレンに向かって突き刺さる。
「グッ、あっぶねッ!?」
ギリギリのところで後ろに飛びながら剣で槍を斬り裂いたアレン、直撃を回避したお陰で槍が身体を掠めるだけで済んだ。
しかし完全にかわせたというわけではない。左肩、右脇腹、両足の複数箇所、上げればきりがないようなほど細々とした傷をいくつも受けてしまった。
槍がかすめたところから血が流れるに連れ身体から力が抜けていく。これ以上、傷を負うのはまずいと思いながらも、今更戦いをやめるわけにいかないアレンは剣を持ち上げる。
そんな中アレンの頭の中に一つ疑問があった。それは星獣はどうやって木の根を操っていたのかということだ。
星獣は木に触れさせていない、でなけれ操れないはずなのになぜ木を操って見せたのか疑問が残る。
星獣は身体を燃やし続けていた炎を消し、失った腕を地面から伸びてきた木で形作った。
「くそ、ホントにもう限界だぞ」
ちらりと足元に視線を向けるアレン、そこには真っ赤な血が溜まっている。
脇腹の傷が思いの外深いからか脚を伝って滴った血が血溜まりを作り、だらりと下げられた剣の切っ先からは左肩から流れ出た血がポツポツと滴り落ち、また一つ血溜まりを増やしていく。
流れ出る血の量が増え身体に力が入らない。これはいよいよ不味いと思ったその時、星獣がここぞとばかりに動き出した。
「きぃきぃーッ!!」
聖獣が叫び声を上げながら木で作られた腕を伸ばすと、無数の枝切が槍のように襲ってくる。
極小数の動きで槍をかわしながら真紅の剣で木の槍を切り裂く、焔を宿した剣によって斬り裂かれ燃えていくと星獣は即座に燃える腕を切り落とした。
「そう来るかッ!?」
腕を切り落とし接近した星獣は剣の間合いに入ると同時に剣が振り下ろされる。受け止めずにかわそうとしたアレンだったが、足元に広がる血溜まりに足を滑らせ身体が傾く。
「しまったッ!?」
足を取られ交わすことが不可能になったアレンは咄嗟に紺碧の剣で受け止めた。だがこの時、ここに来てアレンが初めて星獣との打ち合いで押し負けた。
剣を受け止めた瞬間、身体が吹き飛ばされた。
「グッ!?」
後ろへと吹き飛ばされたアレンが立ち上がった瞬間、星獣の追撃がアレンを襲う。
次々に放たれる剣戟とも言えぬ剣の振り下ろしを受け続けるアレンは、二振りの剣を巧みに操りながら星獣の攻撃を受け続ける。
しかしながらもはや受け止めることも受け流す事もできないほど疲弊しているアレンの剣にキレも鋭さもない。これ以上星獣の攻撃を受け続けることは不可能だ。
星獣の横払いを紺碧の剣を肩に担ぐよう構え振り下ろすことで受け止めようとしたその時、受け止めた剣が押し負け更に無理矢理にでも握らせるために布で結んでいたのが切れ、紺碧の剣が弾き飛ばされた。
「嘘だろッ!?」
「キヒィッ!」
カランッと音を立てて紺碧の剣が飛んでいくのを視線を追いかけたところで、アレンは残された深紅の剣で斬りかかろうとしたが、それよりも速く動いた星獣の剣がアレンの身体を切り裂く。
肩口から真下へと剣が振り下ろされる。
闘気を集中させ剣を防ごうとしがアレンだが左の肩口から斜めへと剣が振り抜かれる。
「ウグッ!?」
「キィーッ!」
切り裂かれた傷口から鮮血が迸る中、アレンはこのままではやられないと切り替えようとしたその時、星獣の蹴りがアレンを吹き飛ばした。
「ガハッ!?」
吹き飛ばされたアレンは木に激突する。
背中を強く打ち付け地面に伏せたアレンは、身体から流れ出る血が地面に広がるのを見て恐怖する。
後どれだけの血が流れたら死ぬのか、不吉な予感が頭をよぎる中、アレンは生きることを諦めない。
側に転がった深紅の剣に向かって必死に手を伸ばそうとした。しかしそれより先に星獣の足がアレンの手を踏みつける。
「キシシッ!」
「あぁ……ウソ、だろ」
こんなところで終わりなのか、アレンが星獣のことを睨みつけている。
「キキィッ!」
「──ッ!!」
星獣は剣を振り上げアレンにとどめを刺そうとした。
やられるとアレンが目を閉じて最期の瞬間をまとうとしたその時、聞き慣れた風切り音がアレンの下に届いた。
バッと目を開け顔を上げたその時、凄まじい速度で飛来した矢が星獣の腕を吹き飛ばした。
「ギギャァアアアァァッァァァァアアァァァッ!?」
残された腕を失い錯乱する星獣、吹き飛ばされた腕からこぼれ落ちたアイザックの剣がアレンの目の前に突き刺さった。
矢が飛んできた方を見るとそこにはシエルがいる。
「ハハハッ流石シエルだ!ナイスタイミングッ!!」
シエルが作ってくれた最大の好機、残された気力を全て振り出し立ち上がったアレンは眼の前に突き刺さったアイザックの剣を握りしる。
「ザクじい……借りるぞ!」
剣を引き抜いたアレンは力なくだらりと下がった左腕を見ながら片手で剣を構えた。
握りしめられた剣に残された闘気を全て込める。これが本当の最後の一撃、全てを一撃に込める。
地面を蹴って駆け出したアレンは腕を失い、未だに苦しむ星獣に向けて斜め下から剣を振り上げた。
「ザクじいの仇、ここで死んどけッ!!」
振り抜かれた剣が星獣の身体に食い込むと、渾身の力を使って振り下ろす。
少しずつ刃が押し込まれていくと、星獣はそれを阻止するべく足を形作る木の枝を操りアレンを押し返そうとしたが、アレンの刃のほうが一足早かった。
「ゥウゥォオオオオオオォォォォ―――――――ッ!!」
掛け声とともに振り抜かれたアレンの剣が星獣の身体を両断した。
⚔⚔⚔
最後の一射を放ったシエルはアレンがアイザックの剣を使い聖獣を切り捨てる瞬間を見ていた。
「やったアレン……ッ」
あの一瞬、後少しでも射つのが遅かったり狙いがそれてしまったらアレンは死んでいた。本当に良かったとシエルが涙を流しながら喜んでいると、背後から声が投げかけられた。
「ハッ、ギリギリの勝利じゃねぇか」
「うわっ、えっ!?フレン!?それにノエルも!?あなたたち、いつの間に!?」
「シエルが矢を放ち、アレンが星獣を斬るところからですかね」
「あぁ、そうなのね……」
それを聞いてシエルは少しだけ安心していた。一応魔法の壁の中だったとはいえ、あんなことをしたのだ今更ながら恥ずかしくなってきた。
「しかし、あいつふらついてるけど限界なんじゃないか?血もかなり出てるし───あっ、倒れた」
「えっ!?あっ!?ウソ、アレンッ!?」
アレンが倒れたと聞いたシエルは一目散に駆けていく。それを見ていたフレンとノエルは小さく笑みを浮かべて二人の方へと歩み寄っていく。
血溜まりに倒れるアレンを起こしたシエルは混乱し、両肩を掴んでブンブンとアレンのことをシェイクした。
「アレンッ!しっかりして、返事しなさいよアレンッ!」
「ゥゥッ……アァッ」
「ちょっとアレン目を開けなさいってばッ!!」
「おいシエル、それ以上やるとまじで死ぬぞ」
「無理もありません。一日に二度も死にかけているのですから」
笑いあう二人を横目に今にも死にそうなアレンは、助けろよッと思っているのだった。
⚔⚔⚔
傷に手当をされそのまま意識を失ったアレンが目を覚ましたのは日が暮れ、夜闇が世界を覆った頃であった。
パチパチと何かが燃えて弾けるような音で目を覚ましたアレンが最初に目にしたのは、くらい夜空と空に輝く満点の星だった。
「目が覚めたか、アレン」
声がした方を見ると、そこにはいつもの仮面を身に着けた少年フレンの姿だった。
「フレン……?───ッ!?あれからどうなった、星獣はッ!?」
星獣とに戦いっていたことを思い出し、あれからどうなったのかを訪ねようと起き上がろうとした時アレンは全身に凄まじい痛みが走りうずくまる
「無理すんな。それに星獣はお前が倒しただろ。覚えてねぇのか?」
「えっ……あぁ、そう……勝ったのか」
戦いの記憶が曖昧になっている。
思い出せない訳では無いが、最後の方はかなり意識が朦朧としていたのでどこか夢でも見ていた感覚だった。
「失血死寸前だったんだ。記憶が飛んでも仕方ねぇ。それに全身裂傷やらなにやらで起き上がるのもしんどいだろ」
「いや、だい……じょうぶ」
「大丈夫に見えねぇからいってんだ……ほれ、これでも飲め」
そう言いながらフレンは水の入ったコップを差し出す。
戦いの後ずっと意識を失っていたアレンは、そういえば喉が渇いていたことを思い出し差し出されたコップを受け取り一息で飲み干した。
「ありがと」
「俺なんぞより、礼を言う相手はいるだろ」
そう言いながら、フレンは少し離れたところで丸まって寝ているシエルへと視線を向けた。
「お前が倒れた後、泣きながら魔力がなくなるまで治療していたんだ」
「そうか………迷惑かけたな」
「傷の方は良いかもしれないが、その腕の方はしばらくかかるだろう」
起きたときから気づいていたが、左肩が上がらないことと鎖骨のあたりから凄まじい痛みがある。
「骨が完全に折れてる。治るまでは腕が上がらんだろうな」
「ラッキー。治るまで畑仕事サボれる」
「お前、いつかホントに殺されるぞ」
「大丈夫だよ」
笑いながら答えたアレンはシエルとその隣で同じように眠るノエルの姿を見た。
「ノエルもお前の治療で魔力を使い果たしてる。休ませてやるさ」
「起きたら、礼を言わなきゃな」
「そうしろ。俺が寝ずの番をする。お前は休め」
焚き火に新しい枝を加えるフレン、その姿を見ながらアレンはゆっくりと起き上がった。
「おいバカ、ちゃんと寝てろ!」
「いい。僕も起きてる」
「馬鹿言ってねぇで寝てろ、死にぞこないが」
「十分休んだから平気だ。それにお前一人じゃ暇だろ」
何もすることのない火の番ほど暇なものはない、相手がけが人という点を除いてはいい暇つぶしになるだろうと思ったフレンは、渋々ながらアレンをとなりに座らせた。
「どうにか倒せたな」
「あぁ。お陰でボロボロ……でもまぁ、敵は討てた」
「良かったな」
猿から取り戻したアイザックの剣を眺めるアレンは、目元に滲んだ涙を拭ってからフレンの方へを向き直る。
「なぁフレン、一つ聞きたいんだが」
「何だよ」
「お前たちを襲った星獣なんだが、本当はもういないんじゃないか?」
「………なんでそう思った」
「いや、まぁそうの今回戦ってみてわかったんだ。星獣って本当に諦めが悪い生き物だ。逃げたり隠れたりはするけど、一度殺すと決めた相手はどんな手を使っても殺そうとする。そんなアイツラから逃げるなんてできないんだって思ってな」
アレンの話を静かに聞いていたフレンは小さく息を吐いてから答えた。
「そうだと言いたいが、確証が持てなかったんだ」
「どういうこと?」
「ここに来る前、巨大な谷を渡ったんだ。そこで俺たちはやつに襲われた。巨大な大鷲の星獣だった」
「それでどうなったんだ?」
「仲間の一人が、囮となって戦いやつとともに谷へと落ちた」
マズイことを聞いたと思ったアレンが顔を上げてフレンを見るが、フレンは平然とした様子で焚き火を見つめていた。
「死んだかどうかの確証も持てず、こうして逃げ回った先でお前たちの村にたどり着いたってわけだ」
「この数日の滞在で、お前たちは星獣が襲ってこないことがわかったから出発をする気になったのか?」
「そんなところだ」
ぶっきらぼうに告げられるフレンの言葉を聞いてアレンは空を見上げる。
これ以上は何も言わないだろうと思っていると、意外なことにフレンは続きを語りだした。
「そいつは、ノエルの兄貴だった」
「えっ?」
「俺の国……俺のいた場所で最強の武人であり魔法使いだった。あいつを殺したやつを俺は恨んだが、お前と違って俺は敵を取るため事はできないがな」
心底羨ましそうに、それでいて悲しそうな目をフレンはしていた。
「別に良いものじゃないよ敵討ちなんて。友達には殴られるわ、幼馴染には泣かれるわ良いことなかったよ………それに、終わってわかったけど、虚しいよとても」
「そうか………なら俺はこれからもその恨みを忘れないようにしないとな、もう誰も失わないように」
恨みで戦うこと、それは良いことばかりではない。
「あぁ~、にしても帰ったらみんなになんて言おう」
「ありのままを説明しろ。俺は知らん」
「そんな殺生な!?説明ついてきてくれよ~」
「えぇい!離れろ鬱陶しい!俺たちは急いでるんだ!これで借りは返したんだ、出発するに決まってるだろ!」
焚き火を前にアレンとフレンが騒ぎながら、夜は深まっていくのだった。