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再起と新たな剣

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 森の中、アレンたちが立ち去った後、たった一人残ったアイザックは額に大粒の汗を下らせながら剣を地面に突き刺し膝をつく。

 そんなアイザックの背には無数の切り傷と共に大量の血を流してこと切れた猿の星獣、その死骸が転がっている。


「アレン坊たちは、どうにか逃がしたが……これでは、帰るのは無理かの」


 足はつぶされ星獣の攻撃がかすったわき腹は肉が抉り取られ、傷口からはおびただしい量の出血が地面を赤黒く染め上げる。

 剣を握る手にも力が入らず立つことも出来ない。

 視界もかすれ身体から熱が消え、急激に冷えていく。死が段々と近づいてくる恐怖を身近に感じながらもアイザックの頭は、とても冷静に自分に残されているであろう時間について考えていた。

 後数分か、それか数秒しか残されていないとしてもアイザックは満足だった。最後に若い命を守れて死ねるのだから、こんな絶望しか残されなかった世界で満足して死ねるとは思わなかったアイザックだったが、現実という物は何とも非情な物だ。


「……くそ、ふざけるなよ」


 目の前に現れた無数の猿の群れ、そのすべてアイザックが倒した猿と同じ姿をした星獣だった。

 遅れながらようやくアイザックも理解した。自分が死に体で倒したあの二体の猿は、この群れの中の偵察隊。そしてその群れの長で有ろう他の猿よりも小柄なそれは、この群れの猿よりも力を持っていると長年のアイザック経験が告げている。

 満足して死ねるなど夢のまた夢、この世界は人に絶望しか与えない。

 星振りの夜に家族を亡くし、たった一人生き残ってしまったあの夜からそれは変わらないのだと、改めて実感したアイザックは絶望しうなだれる。


「「「くけけけけっ」」」


 猿たちは笑っていた。

 無様に亡骸を曝そうとするアイザックへの侮蔑の感情を露わに笑う猿どもが、アイザックにとどめを刺すべくその手を伸ばそうとした瞬間、目を見開いたアイザックは杖にしていた剣を抜き去り振り上げると猿の腕が宙へと舞った。

 仲間の叫び声が森の中に木魂する。

 振り上げられた剣をゆっくりとおろしたアイザックは、死に体の身体に鞭を打ち立ち上がった。


「貴様らにこの老いぼれの命はくれてやろう……だが、ただでは死なぬ!」


 数刻後、こと切れたアイザックの亡骸を打ち捨てた猿は、残された剣を手に取ると配下の猿どもに指示を与える。

 人を喰らえ……この地に生きるすべての人間を殺しその身を喰らえと。



 ⚔⚔⚔


 アレンが目を覚ましたのは天高く登った太陽がゆっくりと傾き始めたころだった。


「うっ……うぅ……ここ、は?」


 目を覚ましたアレンはここはどこなのかと周りを確認すると、物心ついた頃から過ごしてきた自分の部屋だとわかった。だが、いったいいつ部屋に戻ったのかがわからない。


「たしか、狩りに出て……それで」


 朝起きてからのことを思い返してみたアレン、朝早くにアイザックたちと村を出て狩りに向かった。しかし、それ以降のことが思い出せない。

 まるで記憶に靄がかかっているかのごとく、その後のことが思い出せない。

 狩りはどうなったのか、いったいどうやって帰ってきたのか、それを思い出そうとしても思い出せないアレンは、シエルに聞けば教えてくれるだろうと考え手をついて立ち上がろうとしたその時、ベッドに付いた手を伝って全身に痛みが走った。


「ぐっ、痛ってぇ……なにが、これッ!?」


 ベッドに倒れたアレンは布団の中から手を抜き顔の前にまで持ってくると、左手には添え木と包帯が巻かれていた。この怪我はいったいどうして?そう思ったアレンは無事な右手で毛布を剥ぎ取ると、上半身の服が脱がされ身体には包帯が巻かれていた。

 こんな大怪我をした覚えのないアレンはどうして?っと考えたところで、意識を失う前の記憶が呼び覚まされる。


「そうだ、確か……狩りに行って、森の中で星獣に襲われて────ッ!!」


 アレンはすべてを思い出した。

 狩りに行った森で星獣に襲われて、ディアスが喰い殺された。

 シエルたちを逃がすために斬りかかりそして返り討ちにされたことを思い出したアレンは、自分の部屋に戻ってきているのだから帰ってきた事はわかる。

 だけどその後のことがわからない。今どうなっているのか、星獣はどうなったのかを聞くために部屋を出ようとしたが、身体が言うことを聞かない。

 ベッドから起き上がろうとしたところで身体の痛みで地面に伏せてしまった。


「クソ、動けよ……こんな時に」


 痛む体に鞭を打ち呼吸を整えながらベッドの縁で身体を支えて立ち上がったアレンは、部屋の外に出るためにゆっくりと進んでいく。

 どうにかたどり着いた扉のノブに手を伸ばしたその時、アレンよりも先に誰かが扉を開いた。


「うわっ!?あっ、痛ってぇ!?」


 扉が開き後ろに倒れたアレンは勢いよく後ろへ倒れると、その時の衝撃が全身に伝わり怪我の痛みが駆け抜けうめき声を上げる。

 すると、扉を開けた人物が慌てて駆け寄ってアレンを抱え越した。


「えっ、ウソなんで!?大丈夫アレン!?ちょっと返事して!」



 扉を開けて入ってきた少女シエルは、まさか扉の先にアレンがいるとは思わず声を上げてかけよる。痛みで目に涙をためながらも気丈に振る舞ったアレンは、心配そうにしているシエルを安心させるために必死に笑顔を作る。


「だっ、だい、じょうぶ……全身痛いけど」


 引きつった笑みではあったがどうにか笑ってみせるアレンだったが、次の瞬間ビクッと肩を震わせた。

 シエルが目尻に大粒の涙をためてポロポロと涙を流していたからであった。


「良かった……本当に良かった、目が覚めて」


 涙を流しながらシエルがアレンに胸に抱きつく。普段なら絶対に見せないシエルの姿を前に、アレンは申し訳ないことをしたと思いながら、痛みを我慢してシエルの頭を撫で続けた。


 しばらくして泣き止んだシエルは、怪我人のアレンをいつまでも地面に座らせておく訳にはいかないと、アレンに肩を貸して立ち上がらせる。


「アレン、平気?立てる?」

「あぁ、うん」


 肩を借りて立ち上がったアレンはゆっくりと歩き、ベッドに腰を下ろした。


「ありがとうシエル……それで、今の状況を教えてくれ。あれからどうなったのか」

「うん……わかったよ。でも、まずは身体を治さないと」


 シエルは血の滲んだ包帯を外して傷を見る。

 星獣との戦いで追った傷は深く、シエルとシスター・レジーナ、ミカエラの三人がかりで治療を施しても完治には至らなかった。それでも賢明の治療によって短時間で動けるほどまで回復させることが出来た。

 シエルは開いた傷口に治癒魔法を施し止血をすると、懐から一本の小瓶を差し出した。


「はい、これ村長からアレンにって」

「村長から、って、おいシエル、これッ!?なんでッ!?」


 受け取った瓶をみて驚いたアレンはシエルに問いかける。


「大丈夫、ちゃんと村のみんなからは許可を貰ってきてるから」

「だからって()()()()()なんて高級品を、僕なんかに使うなんて」


 ポーションとは程度の差はあれど、大抵の傷であれば瞬時に癒してくれる魔法の薬の名称だ。

 元々は魔力の豊富な大地でしか取れない採取することのできない薬草から作られる薬で、昔は普通に流通していた安価な薬だったと聞く。

 しかし”星振りの夜”以降は土地の変化によってか、ポーションの作成に必要となる薬草が枯渇し、今では採取が困難となってしまった。そのためこれ一本で莫大な金になる、まさに貴重な薬だ。

 この村にもかねてより貯蔵していた数本が残されている程度、本当に重篤な場合を除いて使用は固く禁じられているはずのその薬をなぜと、疑問が浮かぶ中シエルがその疑問に答えてくれる。


「いいから飲みなさい、命令です」

「命令じゃない。ってかポーションなんてどうして?」

「どうしてこうも、あなたの傷、私やシスターたちの魔法でも治しきれないほどの重症だったのよ!」


 村一番の治癒師であるシスター・レジーナやシエルたちの治癒魔法でも治せないほどの深手、あれだけどやられれば納得の理由かもしれない。


「だからポーションか……ありがたく、いただきます」


 瓶のふたを開けてグイッと中の液体を飲み干すと、ドロッとした液体と舌から感じる苦みに顔をしかめる。


「うっ!?」

「あっ、ちょっとアレン!?あっ、はい水!」


 せっかく用意してくれた高級品、一滴でも無駄にするわけにはいかにと必死に我慢して飲み込んだ。

 しかしこの世のものとは思えぬほどの不味さに、顔を真っ青にしながら口を押えてうずくまったアレン。慌てながらもすぐに何かを察したシエルは、寝台の側に置いてあった水差しからコップに水を注いで差し出した。

 水の注がれたコップに手を伸ばしたアレンは、シエルの手からコップをひったくって一息に飲み干した。


「ぷはぁ……ぐるしかった、初めて飲んだけど……飲みずらいし不味い」

「ご愁傷さま。それより、身体の調子はどう?」


 シエルに言われて身体を確認してみる。

 先ほどまで身体を少し動かすだけでも痛んだ傷の痛みがなくなっていた。それに折れて添え木が必要だった腕も完全に繋がっているようだ。


「凄いなポーション。あの怪我が一瞬で完治したぞ」

「ホント、事前に治癒魔法で治癒能力を促してたけど、本当に凄いわね」


 もう必要ないかと思い腕の添え木を外し、シエルの手を借りながら体中に巻かれていた包帯を外してみると、血の滲んだ後を残して傷がきれいに塞がっていた。

 少し後は残っていたがそれでも問題はなさそうだとアレンは頷いた。


「問題ない。それでシエル、教えてくれ」

「うん。それじゃぁあ、話すね。アレンが意識を失った後───」


 シエルの話を黙って聞いていたアレンは、それまでに起きた話を聞いて悔しそうに拳を握りしめる。

 星獣にやられたあと自分を助に来てくれたアイザックも生死不明、更にはこの村をも捨てることになっていると知ったアレンは、呆然としながら答える。


「悔しいな………無様にやられて………助けられて………今もまた何も出来ずに、ただ逃げることしかできないなんって」


 うつむきポタポタと涙をこぼすアレン。

 そんなアレンの姿を見たシエルは優しく抱きしめながら、静ずかにそれでいて悔しさの滲んだ声で話し出す。


「私だってそうだよ、おじいちゃんを一人残して逃げる事しか出来なかったもん」


 あの時もしもアイザックと一緒に戦えることなら、戦いたかった。

 それでもシエルは戦えなかった。今にも死にそうなアレンをみて力が入らなかった。

 逃げろといわれてアイザックを残して逃げることしか出来なかった自分に、シエルはアレンと同じ悔しさを感じている。


「それでも、私たちは生きなきゃ」

「あぁ。そうだね」


 戦えないことアイザックを失ったことの悔しさを残しながらも、今は拾った命を無駄にしないためにもアレンたちは生きるためにその準備をしなければならないのだ。


 まずは目が覚めたことを家族に知らせるためにと、脱いでいた服を着替えて下へと降りる。


「アレン!よかった目が覚めたのね!?」

「うわっ、母さん……ごめん、心配かけて」


 息子が目覚めたことに涙を浮かべて喜び抱きしめた母ミアだったが、すぐにハッとして抱きしめたアレンを放した。


「アレン!シエルちゃん!貴方たちフレン君を見ていない!?」


 いきなり問いかけられたアレンとシエルは揃って首を横に振った。


「フレン?いや、僕はさっきまで眠ってたから分からないよ」

「私もずっと上で看病してたから」

「そうよね。いったいあの子たち、こんな時にどこへ行ってしまったの?」


 どうやらフレン達が村の中にいないという事を察した。


「どういうこと母さん、フレンたち居ないの?」

「フレン君だけじゃなく、他の子達も居ないのよ。部屋ももぬけの殻だったわ」


 どうしてこんな時に、そう二人が思ったがそれよりも速くミアが外へ出ていく。


「お母さん、もう少しだけフレン君たちを捜してくるわ。アレン、こんな時に申し訳ないのだけど、村を出る準備を始めてて」

「分かった。気を付けて」


 家を出ていくミアを見送った二人はお互いの顔を見合った。


「村を出るって聞いてたけど、タイミングがよすぎる」

「そうだよね。私、家に戻ってノエルの部屋を見てくる。置き手紙の一つでもあるかもしれない」

「分かった。僕もフレンの部屋を見てくる」


 家へ戻るシエルを見送りアレンもフレンの部屋に向かった。

 フレンの使っていた部屋はアレンの部屋の向かい。元は荷物部屋になっていた部屋だったそこは、今ではベッドと棚が一つ置かれているだけだった。

 元々フレンが村に来たときに持っていたのは背嚢と剣が一本、それ以外の荷物は持っていない。

 部屋の中には背嚢も剣も何も残っていなかった。店を開けて中を確認するも置き手紙の一つも残ってはいなかった。


「ホントに何も言わずに出ていったのかよ」


 家主にいなくなった部屋から出たアレンは、そっと扉を締めて下へと降りるとちょうどシエルが戻ってきた。


「シエル、どうだった?」

「何もなかったわ。その様子じゃフレンの部屋もよね?」

「あぁ……ったく、どこいったんだあいつらは」


 一人愚痴ったアレンだったが、そんな事を言っても答えてくれるはずもない。

 考えても仕方がないのなら、今はやれることをやるしかない。


「考えても時間の無駄だ、村を出る準備を始めるよ」

「そうね……私も手伝うわ、何すれば良いの?」

「良いの?家を手伝ってて」

「私の家はもう終わってるわ。それでなにからすればいい?」


 言われてみれば聖獣の出現を知ってからすでにかなりの時間が立っている。

 村を出る準備が終わっていてもおかしくない。


「じゃあ食料をまとめて。僕は蝋燭とか必要になりそうなの集めてくる」

「分かったわ」


 食糧庫や棚から必要な物を準備していた二人だったが、その最中シエルがふとこんな事を呟いた。


「ねぇアレン。ノエルたち本当に逃げたと思う?」


 さっきほど、シエルがアレンの家に戻る前に村の大人たちが訪ねてきたそうだ。

 彼らはフレン達をこの村に迎え入れることを最後まで反対していた家の人達だった。

 こんな状況で何のために訪れたのかと思ったら、彼らは全員が口をそろえてフレン達が命惜しさに村を見捨てて逃げだのだと語り、アレンたちを襲った星獣も彼らが連れてきたのだと吹聴していた。

 そんな根も葉もない話をする彼らの事をシエルは殺意の籠った目で睨みつけていた。

 だが、シエル自身も彼らの言うことも正しいのではないか、そう思うところもあった。

 星獣の襲来と同時に村を出た、それ自体は悪くはない、しかし短い間ではあったが一緒暮らし笑いあったノエルが何も言わずに出ていったのも事実だ。

 だからシエルには分からなかった。何がホントのことなのか、もしかしたらアレンなら何か別の答えが出るのではないか、そんな期待からつい訪ねてしまった。


「フレンが逃げるわけない………でもいなくなったのは確かだ」


 アレン自身、なぜいなくなったのかなど分かるはずもない。

 なにか言ったところでそんな物はただの想像でしかないのだから………だけど、それでもアレンは自然と頭の中に浮かんだある言葉をつい口に出していた。


「でも、もしかしたら………星獣を狩りに行ったとか?」


 考えたくはないが、もしかしたらとアレンはそう思っていた。

 多々数日の短い付き合いではあったがフレンの性格上、敵を目の前に逃げ出すような性格ではない。


「もしそうなら、僕も……」


 戦いに行きたい。

 そうアレンが口にしようとしたとき、シエルの方からか細い声が聞こえる


「ダメ……絶対にダメよ、アレン……行かせない」

「シエル?」


 シエルにそう言われたアレンは作業の手を止めて振り返る。

 こちらを見据えるシエルは泣いていた。

 涙は流していない、だけどアレンにはシエルの心が泣いているような気がしてならなかった。なぜ?っとそんな疑問が頭をよぎったアレンだったが、すぐにシエルの涙の訳が理解できた。


「忘れたの、あなたが死にかけたのこれで二度目なのよ?」


 そう、アレンは二度聖獣と戦い二度とも命を落としかけたのだ。

 一度目は当時の記憶は全く残ってはいない、しかし今回は違う、この数年鍛え上げた剣技も磨き上げた闘気も全く通用せず、完璧な敗北を喫したのだ。


「忘れてないさ。当たり前だろ、二度も死にかけたんだぞ。忘れるはずもない」

「だったら何で!?なんでまた戦いに戻ろうとするのよッ!」


 二度、シエルもその場に居合わせていた。

 一度目は恐怖から戦うことから逃げ出し、二度目は止めようと思えば止めることが出来た。なのに間に合わず、ボロボロの姿のアレンが死にかける姿を目にして泣き崩れることしかできなかった。


「ねぇ、なんで?ついさっきなのよ?ボロボロになって、死にかけて、いくらポーションで治ったからって、今度こそ本当に死ぬかもしれないのに、どうしてまだ戦おうとするのよ!?」


 聞かずにはいられなかった。

 なんであんなにもなって戦うことをやめないのか?なんで逃げたくないのか?その理由が、その思いをシエルは知りたいと思った。


「僕の想像でしかないけど、あの星獣は何かが違うんだ」

「違うって、いったい何が違うって言うのよ?」

「分からない、でもおかしいじゃないか!日の出ている内は大人しいはずの星獣が、あれだけ凶暴だったんだ!」


 そう太陽に光が星獣を弱体化させるのは有名だ。

 いくら森の中で、日差しが入りにくい場所だったとしても、僅かな陽の光さえあれば弱体しているはずなのに、あの星獣たちは弱るどころかどこまでも強靭で恐ろしいほどの残忍さを秘めていた。

 アレンが言っていることも、憶測であったとしてもしっかりと筋が通っているとシエルは感じていた。


「それでも……だとしてもそんなの、ただの憶測じゃない!」

「だけど、こんなタイミングよくフレン達が村を出たのも、それが原因なんじゃないかって思うんだ」


 普通なら弱まるはずの星獣の強さが変わらなかったこと、猿の魔獣だからと言われればそれまでかもしれないが、同じ種類の魔獣が同時に星獣となり徒党を組んで襲ってくることなどあるのかも分からない。

 それでも、今のアレンの仮説は正しいのではないかと思わせるほど説得力があった。

 この話で少しだけ冷静さを取り戻したシエルは、目尻に溜まった涙を拭いながらアレンに問いかける。


「その話は、確かにそうかもしれないわ……でも、今のあなたに何が出来るのよ?剣術も闘気だって通用しなくって、それに今のあなたは剣だってもうないのよ!?」


 そのシエルの指摘を受けたアレンはゆっくりと手を持ち上げてくれて見つめていた。

 今まで使っていた剣は先程の戦いで砕かれ、他に予備の剣は持っていない。そもそもこの村に残っている剣はすべて砕かれた剣と同等、業物など存在しない。

 仮にあったとしても、アレンが持ち出す許可など落ちるはずもない。


「武器なら村の武器庫からちょろまかしてくるよ」

「ちょろまかしてどうするのよ、残ってる剣なんて砕けた剣と同じ物でしょ!また砕かれて終わりじゃない!」

「だったら数で勝負する。どうせ村を捨てるんだ、十本くらい貰っても問題ないさ」

「バカ言うんじゃない!魔力のないあなたが、ただの剣で聖獣が斬れるはずないでしょ!!」


 ただの鉄製の武具で星獣を倒せないわけではない事は、今日のことで身をもって痛感している。

 魔法の使えないアレンが星獣を倒すには、それこそ魔法の力が付与された魔法剣、あるいは魔獣や同じ星獣の亡骸を使用して作られた特殊な武具でなければならない。

 この村に魔法の武具も魔獣製の武具も存在しない事はよく知っている。だからアレンはわかりやすいように降参のポーズを取ってシエルに示した。


「冗談だよ。言われなくたって盗んだ剣でもう一度聖獣と戦ったて同じことの繰り返しだ。それに、フレンが本当に外に出たって確証もない中で盗みなんてやりません」


 そう言うアレンだったが、シエルからしたらもしも確証が持てたのなら、たとえ無駄死にになるとわかっていても本当に剣を盗み村の外、星獣の潜んでいる森の中にアレンが入ることは容易に想像できた。

 確信めいたシエルの想像は次の瞬間、突然やってきたある人物によって災厄な形で現実になるのだった。


 ⚔⚔⚔


 二人の間に重い空気が流れる中、家の扉を開いてアレンの父カシウスが入ってくる。


「アレン、シエルちゃん、良かった。ここにいたか………って」

「父さん?」


 突然帰ってきたと思ったらアレンとシエルのこと交互に見て固まってしまったカシウス。一体何なんだと二人がカシウスを見つめていると、突如カシウスがカッと目を見開いた。

 するとずかずかとアレンの方に歩み寄ったカシウスは、バシンッと両肩を掴んだ。


「えっ、何急に?怖いんだけど!?」


 キッと目を見開いたカシウスに恐怖を感じたアレンだったが、続く言葉に唖然とさせられた。


「アレン!君はシエルちゃんになにをしたんだい!?」

「何もしてないけど!?」

「だったら何でシエルちゃんが泣いてるんだい!」

「いや……それは、その」


 シエルの泣いていた理由は自分にあると言えなくのないので、どう言い訳をすればいいかと思い悩んだ結果、言葉を言い淀んでしまったアレン。するとこちらを睨んでいたカシウスの目つきが変わった。

 これは言い方が間違えたかと思っているとカシウスが真剣な表情で話し出す。


「アレン、お父さんが君に女の子の接し方を教えなかったのがいけなかった」

「ちょ、父さん?何言ってんの?」

「君だってもう十五、大人で難しい年ごろだ。女の子に興味を持つのも分かる」

「ねぇ父さん?これっていったい何の話してんの?」

「だからと言って無理やり関係を迫るのは犯罪だ!」

「僕の話聞いてくれないかな?」

「アレン、そう言う関係になるにはちゃんと想いを伝えてからだね」


 もはやアレンの事は放り出し一人で話が進んでいく状況に、さすがのアレンもプッツン来てしまい。

 ギュッと握りしめた拳が、父の横顔に向かって伸びる。


「だから違うって言ってるだろッ!」

「ぐへっ!?」

「あっ」


 つい思わず手を出してしまったアレンは、倒れたカシウスを見てやっちまったと言った顔をしていると、うろたえているアレンを押しのけたシエルが倒れたカシウスに治癒魔法をかけ始める。


「ちょっと、こんな時に何やってるのよ?」

「ごめん。無神経なこと言われて」

「なに言われたかは知らないけど、お父さん殴っちゃうのはいけないと思うわよ?」


 ぐうの音も出ないアレンは押し黙った。

 本当に何を話していたのかと、シエルが想いながら治療を続けているとすぐに意識を取り戻したカシウスがアレンを見る。


「なにをするんだいアレン!」

「父さんが変なことを言うからだ……それよりさっきなに言おうとしたの?」

「あぁ。それか……フレン君たちの事だよ」


 その言葉にアレンとシエルは反応した。


「なにか分かったんですか?」

「村の外へ出ていくのを見た人がいたって、多分逃げたんじゃないかっていてる人も言うけど」

「……父さんは違うと思っているんだ」


 アレンの問いかけにカシウスは小さく頷いた。

 だとするとやはりアレンの予想が正しかったのかとシエルが思うと、これを知ったアレンが何をするかすぐに理解できた。


「おじさん。私帰りますね」

「えっ、あぁ。わかったよ」


 シエルが家を出ていくのを見てアレンはシエルが何を考えているのか分かった。

 きっと止めに来るんだろうと思いながらも、また泣かせちゃうだろう。心のなかでごめんと謝ったアレンは、カシウスに問いかけた。


「父さん。村の武器庫に剣は何本あったっけ?」

「けっ、剣?あっ、確か五本ほどあるけど……まさか外に出る気かい!?」


 その言葉に小さく頷いたアレンをカシウスは止める。


「待つんだアレン!何を考えているんだい!?」

「友達が危険な場所にいるのなら、助けに行きたい。それだけだよ」

「普通の獣や魔獣とは違うんだよ!」

「分かってる。でも、僕があの時何も出来なかった……やられてザクじいも行方不明で、それで友達もいなくなるのは嫌なんだよ」


 アレンの言葉にカシウスは言葉を失う。

 息子の想いを聞きその覚悟も伝わってくる。

 その思いを組んで行かせてあげたいという気持ちがあった。それが正しいのか聞かれれば正しい感情なのかもしれないが、父親としてカシウスはたとえアレンを殴りつけてでも止めなければならない。

 しかしカシウスにそれは出来なかった。


「アレン、覚悟はあるのかい?」

「あるよ。友達のためならこの命は惜しくない」


 息子の覚悟にならばとカシウスは許そうとしたその時、家の扉が開くと同時に声が投げかけられた。


「許しませんよ、アレン」

「母さん?」

「ミア、いつから?」

「初めから聞いていたわよ。……アレン、私は許せないわ」


 突如現れたミアによる静止の言葉にアレンは食い掛かろうとしたその時、ミアはゆっくりとアレンの側に歩み寄るとそっと頬に手を当てると、そして優しく抱きしめた。


「命を賭けるなんて言わないで、生きて帰って来なさい。そうでなければいかせないわ」

「ごめん。分かった」


 抱きしめてくるミアをやさしく抱きしめ返したアレン。

 抱きしめた手を放したミアは、カシウスの側にまで下がった。


「あなた、あれをアレンに」

「うん。アレン、少し待っていてくれるかい」


 一言そう言い残したカシウスが自分の部屋に戻ると、布に包まれた細長い何かを持って戻ってきた。

 カシウスはそれをアレンの前に差し出した。


「アレン、少し早いが十五歳の誕生日、成人のお祝いにと私たちが用意していた君の剣だ」


 差し出された剣を握りしめたアレンは、ずっしりと手に伝わってくる剣の重さに驚きながらも驚きながらまかれた布を泊めていた紐を解く。

 すると布がずれ露わになった二振りの剣の柄を掴み、布を完全に取り払った。

 露わになった二振りの剣は今までにアレンが使ってきたどんな剣よりも違う。握りしめただけでわかるほどの圧倒的な存在を放つその剣は、鞘から抜かずとも一目見ただけで業物と分かる。

 初めて手にもったはずのその剣は、今までずっとそこにあったかのようにアレンの手に馴染んだ。


「その剣なら、星獣とも戦えるはずだ」

「ありがとう、父さん、母さん」

「気をつけて行ってきなさい」


 小さく頷いたアレンは自分の部屋に戻ると、脱がされていた革製のジャケットを羽織り受け取ったばかりの剣を剣帯に刺す。

 準備を終えて家を出よとすると、カシウスとミアはまた出かけたのか姿が見えなかった。

 居ないなら仕方がないかと思い何も告げずに家を出ると、意外な人物が家の前で待っていた。


「あっ、ようやく出てきたのね」

「シエル、なにしてるの?」


 てっきり止めに来るとばかり思っていたシエルが、狩りの時の衣装を身に纏い背中には矢筒までも背負って待っていた。

 意味がわからないと驚くアレンはつい訪ねてしまった。


「なにしてるの、そんな恰好で?」

「なにって、一緒に行くから用意していたに決まってるじゃない」

「ちょっと待て、なに言ってるんだよ?一緒に行く?バカ言うなよ!」

「あのねぇ、あなた一人で行かせるわけないでしょ。もちろんお母さんの許しは貰ったわよ」

「だからって、一緒に行くことは──」

「それに私、魔法使えるのよ?あなたよりも星獣に対して有利なのよ?」


 それを言われると立つ瀬がない。

 いくら星獣に対いして有効な剣を手に入れたからと言って、魔法というアドバンテージを持つシエルは確かに星獣戦に取って優位に立つに間違いない。

 だからと言って連れて行ってもしもの事があればシエルの両親に殺されるのではないかと、そんな不安を抱くアレンだったがここでおいていったら後が怖い。それにシエルの魔法が有効なのは知っての通り。

 そこを加味しても、アレンがこの提案を断る要素が全くない。


「分かった、一緒に行こうか」


 しぶしぶではあったが、本当にしぶしぶではあったが行く事を了承したアレンを前にガッツポーズで喜びをあらわにするシエルだった。

 村の大人にばれ無いように外に出るべく、アレンとシエルは人のいない外壁から外に出るのだった。

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