森での会敵
森の外へと続く門を見上げながら、あの日から狩りに出るのは何度目だったか?と、アレンはふとこんな事を考えた。
普段聖獣の跋扈するとされる森の中や村の外を出歩くことは許されていない。ゆえに狩りや近場での山菜採り、それに村で必要となる木材の調達など、明確な目的を持っていなければならず、かりに理由があったとしてもおいそれと許しは降りない。
初めてアレンとシエルが村の外に出たのは、木工職人であるシエルの父イオの仕事を見学するためだった。それから幾度か山菜採りや枝木集めなどの手伝いで村の外に出たことがあった。
それから初めての狩りに出かけたのは二人が十歳にも満たない頃だったか、今日と同じようにアイザックに連れられてシエルと、その頃は村にいたアレンたちの兄貴分たちと初めて足を踏み入れた森の奥は、村の近くでは感じることの出来ない本物の恐怖があった。
いつ襲われるかも分からない恐怖に耐えきれず、二度と森へと立ち入ろうとしない物がほとんどの中、例外はどこにでもあるものだ。
『ザクおじいちゃん。今度はいつ狩りに行くの?』
幼いアレンは驚くアイザックや村の大人たちを困惑避けながらも、何度も何度も訪ねたという。
他の子のように恐怖はあった。しかしそれ以上にこの村の中しか知らなかったアレンの中に眠っていた、外の世界をもっと見てみたいという好奇心は止められることができなかった。
それから幾度となくアレンは狩りへと同行し、数え切れないほど森の中を歩き回った。幸いなことに狩りに出るとき星獣や、恐ろしい魔獣に出会うことなく狩りを続けていた。
────あの時までは。
三年前、十二歳を迎えたあの年はアイザックとは別の大人の指揮のもと、シエルや兄貴分数人と森へと入った。
その日は不漁でいつもなら森の浅瀬で何らかの獣や、狩るのが容易な鳥なんかがいるはずなのに全く出会えず、アレンたちは普段は入らない森の奥へと足を踏み入れることになった。
それが大きな間違いであることに気づくのはその後すぐ、今までに見たことがない人形に近い姿をした魔獣、それを取り込み今まさに産まれようとした聖獣と出会ったのだ。
なんとしてでも討伐しなければと叫ぶ狩人は、震え上がり戦えない兄貴分数人とシエルにアイザックを呼びに行くように伝えた。
シエルは逃げるのは嫌だと言ったたが、他の子たちに連れられ村へと返された。
残ったアレンたちは聖獣と戦った。しかし結果はあっけないもので、狩人は一番最初に殺されアレンと唯一足止めに残った兄貴分もあっけなく返り討ちに会い、瀕死の重傷を負った。
結局、星獣は駆けつけたアイザックに倒され、村に運ばれたアレンたちは生死の境をさまよいながらもどうにか生還し、治療を担当したシスター・レジーナからは生きて帰れたのは奇跡だと言われた。
そんなアレンの胸には、そのときに負った傷跡が今でも薄っすらと残っており、ふとした瞬間まるであのときのことを忘れるなと訴えるかのように鋭い痛みを発する時がある。
あのとき一緒に戦った兄貴分はその事件の翌年に成人を迎え村を出ていき、今は何をしているのかはわからないがきっと元気にしているだろうとアレンたちは思っていた。
あの事件のあと、アレンは狩りへ出かける頻度は大きく下がり剣の修業に打ち込むことが多くなった。またこうして狩りに行くようになったのも今年になってからだったりする。
森に出るようになった今でも、時たまあのときのことは思い出される。初めて目にした親しい誰かの死、死ぬのではないかという恐怖は今もこの身体の中に残っている。
不安もあった恐怖だってもちろんあった。それでもまたこうしてアレンが森に出るのは、きっと外の世界に魅せられてるからなのかもしれない。
改めてアレンがそんなことを思っていると、先を行くシエルが自分を呼ぶ声に返事を返してアレンも森へと歩み始める。
⚔⚔⚔
森へと足を踏み込んだアレンたちの今回狙いは鹿、あるいは猪を狙っていた。
一時間ほど森を練り歩いたアレンたちだが、いつもなら居るはずの場所で獣の姿が見えない。それにいつもなら何かしらの小動物の鳴き声や姿を見るのに、今日はまだ何も見かけていない。
異常なまでの静寂がこの森の中を包み込んでいると、先頭を歩いていたアイザックも何かを感じ取ったのか、辺りが開けた場所にたどり着いたところで止まるように指示を出した。
「みな止まれ」
「どうしたんだよ爺さん」
「気付いておる者もおるじゃろうが、今日の森はどこか変じゃ」
膝を付き地面に手を触れながらアイザックがそう呟くと、アレンも周りを伺いながら小さく頷いて見せる。
「やっぱり変だよね。森の中に生き物の気配がないし」
「森の中だけじゃなくって鳥も、いつもなら何かしら飛んでるはずなのに見えないわ」
シエルに言われてアレンたちも空を見上げ、木々の合間に広がる青空を見つめる。しかし、見えるのは青々とした青空と雲のみ、空を飛ぶ鳥の声が聞こえない。
「まるであの時みたいだ」
「あの時って、まさか三年前のアレか?」
狩人の一人の言葉にうなずいたアレンは、忌々しいあの時の記憶を思い出すと同時にズキッと痛んだ胸の傷にふれる。息を呑ん狩人たち、当時のことを経験しているシエルさえも、表情はは強張り握りしめる弓に自然と力が入っている。
この異常事態と一行に不穏な空気が流れていることを加味し、アイザックはあること決定した。
「不吉すぎる。今日の狩りは中止じゃ。みな急いで村へ帰るぞ!」
「そうだな」
「仕方ない」
アイザックとは狩人二人が返事をしてもと来た道を戻ろうと歩き始める。
少し遅れてシエルの歩き出したが、ふと後ろを振り返るとアレンが立ち止まったまま動こうとしなかった。
「何してるのアレン?帰るわよ?」
「まってシエル、何かいる。嫌な気配がする」
「なによ嫌な気配って……?」
何かは分からないが今まで何も感じなかった森の奥から、禍々しい気配を感じ取ったアレンは狩りのために持っていた弓を捨て、手が自然と剣の柄に伸びた。
強張ったアレンの表情と、握りしめられた剣を見てシエルも足を止め周りを伺い出す。
するとアレンが感じたと思しき気配を感じ取ったシエルの表情がこわばり、ゆっくりと腰の矢筒から矢を取り出し弓に番える。ここまでしたところで二人が来ないことに気付いたアイザックたちの声が届いた。
「おい何してんだ!帰るぞ!」
「待ってみんな。何かいる、嫌な気配がこっちを見てる!」
「なに!?」
アレンの言葉にアイザックもその気配に気づいたと同時に叫んだ。
「これは、殺気じゃッ!全員、お嬢ちゃんを中心にして固まるんじゃ!」
すぐにアレンと同じくその視線に気づいたアイザックが指示を出し、狩人二人も己の武器に手を伸ばして抜き放つと、指示通りシエルを中心に囲み四方を固める。
「クソッ、なんでこんな時に!」
「静かにしろ!気配を探るんじゃ!」
風に揺れる木々の音しか聞こえない森の中で、わずかに感じる殺気だけではどこからこの気配の主が来るのかわからない現状、気配だけでなく耳に届く情報も必須だ。
木々の揺れる音以外、この殺気の持ち主の情報を万が一にもで聞き逃す訳にはいかない。
集中しあたりに耳を済ませるアレンたちの耳に聞こえてくるのは、誰かの呼吸音かあるは自分の呼吸音かはわからない。胸を打つ心臓の鼓動がやけに速く鼓動する。
誰もがこの状況に恐怖し、パキッと何かが踏みしめられる音が聞こえる。
バッと構えられたシエルの矢が音のした方へと向けられたが、続いて森の中を何かが走る音が聞こえてくる。
「クソッ、ホントになにか来やがった!?」
「黙れ!集中するんじゃ!!」
どこから来るのか、まるで遊んでいるかのようにアレンたちの周りをグルグルと移動しているそいつは、未だに姿を捉えることは出来ない。
どこから来ても良いようにアレンは手をかけていた剣を抜き放つと、それに釣られるようにアイザックたちも武器を構えたが、アレンたちが武器を構えたところで足音が不意に止まった。
「なんだ、居なくなったのか?」
「いや、違う。いる確かにいるんだ」
「警戒を解くでないぞ、いつ来るかわからん」
気配は感じるがやはりどこから来るかはわからない。全員が息をのみ警戒を強めている中、アレンはガサッと物音が聞こえそちらに振る返った。
「「「─────っ!?」」」
全員が現れたそいつの姿をそいつを目にした瞬間、あらがようのない絶望がすべてを支配した。
現れたそれはまさしく絶望の象徴、戦って勝てるような相手ではない。
星獣、この世にはびこる災厄の存在が今目の前に現れたのだ。
その身体は人に近い、しかし異常に発達した長い両腕と体毛に覆われたサルの星獣は、その体にいくつも有る目でアレンたちの事を睨みつけた。
全身を駆け抜ける恐怖と人睨みで否応なく怯まされるその殺気にアレンたちは言葉をなくす中、この中で誰よりも冷静なアイザックは星獣を刺激しないように小さな声で、それでいて焦りをにじませた声で指示を飛ばした。
「みな、ゆっくりじゃ……ゆっくり後ろへ下がれ、森の中へ逃げるんじゃ」
今のアレンたちに残された選択肢は三つある。
アイザックの指示に従って逃げるか、このまま何もしないまま無様に殺されるか、あるいは星獣を倒すかのどれかなのだが、現状生き残れる可能性が高いのがアイザックの指示に従うことだ。
星獣に見つかった今、逃げ出したところで殺される可能性はかなりあったが、それでもゼロではない。何もしなければ無意味に殺され、戦ったところで星獣との戦いを想定していないアレンたちで倒せるはずもない。
ならば少しでも可能性がある方へとかけるしかアレンたちに残された選択肢はないのだ。
生き残れる方へと賭けようとしたアレンたちがゆっくりと後ろへ後退したその時、背後から別の気配を感じ取ったと同時に背後から悲鳴が上がった。
「ぎゃあぁぁあああああ――――――――――ッ!?」
声をきき振り返ったアレンたちは、あまりにも残酷なその光景に思わず力のない消えが声が漏れ出る。
「はっ?」
「そんな……うそ……でしょ?」
絶望に声をなくしたアレンたち、その視線の先には目の前に現れた星獣とは同じく個体の星獣が背後にいた狩人の頭を掴み上げているところだった。
「デッ、ディアスッ!?」
「よすんじゃ、もう助けられんッ!!」
もう一人の狩人が星獣に掴み上げられた狩人の男ディアスの名前を呼び、助けようとしたがもう助けけることはできないと悟ったアイザックが静止する。
動けないアレンたちは、今にも殺されそうなディアスの姿が目に焼き付く。
「いっ、痛いッやめて──」
ミシミシッとに握られた男の頭から聞こえてくる音が全員の耳に届く。
アイザックは前方に待ち構える星獣が動こうとしたのを見て、このままじっとしていてはまずいと思いながら、必死にアイザックに助けを求めるディアスを見る。
「ディアス、すまぬ」
助けられないこと、そして見捨てることへの謝罪を口にしアレンたちに向けて叫ぶ。
「全員、死にたくなければ逃げるんじゃ!」
「うぅ、ぅわぁああああっ!?」
「アレン!逃げるよ、速く!」
狩人は仲間が死んだ悲しみに涙し叫びながら逃げ出し、アイザックもそれに続いて走る中、呆然と立ち尽くしていたアレンの手をシエルが掴んで引っ張った。
逃げる中、アレンは捕まったディアスのことをみる。
握りしめられた頭部が変形し、真っ赤に充血した眼球が血涙とともに飛び出しながらも、必死に助けを求めていた。
「だ……だれ、がだずげ……」
グシャッと、猿の腕がディアスの頭を握り潰した。
頭を潰され倒れがディアスの身体から流れ出した血が、真っ赤な水たまりを作る。
また目の前で誰かが死んだ。
その現実を目の当たりにしたアレンは、この光景を作り出した星獣を見ると握り潰したディアスの頭だった物を見て、ゆっくりと自分の口元へと運んでいく。
そして脳髄を口の中へと含み手に残った物までも舌で舐め取った。
その表情は、まるでご馳走を食べたときのような、愉悦に浸るかのように感じた。そしてもう一匹の猿の星獣もディアスの身体を咀嚼すると、アレンたちの方へと視線を向ける。
その目は獲物を見つけた狩人のごとく、次はお前たちだと語っているかのようだと感じた。
あれは決して逃してくれない、このまま村に逃げ帰れば村のみんなが殺される。どうにかして倒さなければいけないと感じたアレンは、握られていたシエルの手を振り払って急に足を止める。
「アレン!?何して───」
「ごめんシエル、逃げて」
シエルの手を振り払ったアレンはこともあろうか星獣へと向かって走り出した。
「あっ、バカッ!アレン、やめなさい!!」
必死に呼び止めるシエルだったがアレンはその声を無視して猿へと向かっていった。
あれは止められない、そう理解したシエルは先を言ったアイザックの方へと向かい呼び止める。
「待っておじいちゃん!アレンがッ!?」
「お嬢ちゃん!?アレン坊がどうした、何があったんじゃ!?」
「アレンがッ!一人で星獣の方に!」
シエルの言葉に振り返ったアイザックが見たのは、星獣へと戦いを仕掛けるアレンの姿であった。
「なっ!?アレン坊っ!!」
今更アレンを止めてももう遅い、なぜアレンが星獣に戦いを挑んだのか理由は血に濡れた星獣の姿を見ればわかる。
アイザック自身、突然の星獣の出現に気が動転し忘れてしまっていた。だからといって、その役割をアレンに押し付けるわけにはいかないのだ。
振り返ったアイザックは先を行く狩人を呼び止める。
「クソッ!マーカス!止まれ戻るんじゃ!!」
「はっ?何いってんだよじいさん!?」
先を行った狩人の男マーカスが足を止めてアイザックに叫び返した。
「アレン坊が戻ったんじゃ!連れ戻すんじゃ!!」
「ほっとけ!戻るなんじゃ、死にに行くようなもんだろ!!」
「どのみち逃げられん!一度血の味を覚えた奴らは危険じゃ!だからアレンが向かったんじゃ!」
「だったらどうしろってんだよ!?」
「わしが奴らを倒す。お前さんはアレン坊とお嬢ちゃんを連れて逃げるんじゃ!」
その言葉にマーカスだけでなくシエルも耳を疑った。
「何言ってるのおじいちゃん!?」
「わしの剣なら奴らを斬れる。迷ってる暇はないぞ!」
そう、こうしている間にもアレンは一人で星獣と戦おうとしている。
速くしなければそう思うシエルだったが、その提案に乗るということはアイザックを一人残すことを意味する。どうすれば良いのかと悩んだシエルとマーカス、二人が考えているその時背後から何かが激しく打ち付けられる音が聞こえる。
「いっ、いや……アレンッ!?」
何度も何度も激しく地面へと叩きつけられるアレンの姿にシエルは叫び声を上げる。
あのままでは本当にアレンが死んでしまう、若い命をこんなところで散らす訳にはいかない、そう覚悟を決めたマーカスが叫ぶ。
「あぁーッ!クソッ!任せるぞじいさん!」
「すまんの」
「行くぞシエル!」
「あっ、うっ………はい!」
来た道を戻るシエルたちはアレンがまだ生きていて欲しい、そう強く願いながらただひたすらに走るのだった。
⚔⚔⚔
シエルの手を振り払い駆け出したアレンは、ジットこちらを見ながらディアスの亡骸を捕食し続ける二匹の猿を見据える。
「やめろ………やめろォおおおおおぉぉぉッ!!」
叫びながらもう一本の剣を抜き放ったアレンは、二本の剣と身体に闘気を纏った。
通常、ただの鉄剣で星獣の身体を斬ることは不可能、しかしながらこうして闘気で剣を覆うことで多少ならば太刀打ちできるのではないかと考えた。
「アァアアアアアァァァァァァ―――――――――ッ!!」
叫びながらまず狙ったのは、ディアスを殺したあの星獣だった。
肩に担ぐように右の剣を構え間合いに入った瞬間、その身体へと振り下ろした。
剣が星獣の身体を斬りつけた瞬間、バキンッと言う音と共にアレンの目の間で何かが宙を舞って飛んでいく。飛んでいくそれを、アレンの目がしっかりと捉える。
それは、振り抜かれたはずのアレンの剣の切っ先であった。
これでもダメなのか、そう思ったアレンの元に暗い影が指す。頭上から斬りつけた猿が拳を握りしめアレンの頭を殴りつけようと振るってくる。
殺られると思ったアレンは、振り下ろされる拳を横へ飛んでかわす。
地面を打ち付けた拳が地面を砕く、回転しながらもう一本の剣で地面を打ち据えた拳を斬りつけるが、刃が猿の腕を斬りつけた瞬間剣の刃が砕ける。
「クソッ!!」
砕けた刃を見て舌打ちをするアレンは即座に追撃にくる猿の星獣の攻撃をかわす。
一度攻撃を受けてしまえば確実にやられてしまう、二匹の星獣が絶え間なくアレンへと攻撃を仕掛ける。それをかわしてかわしてかわし続けたアレンは、少しでも長くこいつを足止めする。
これ以上に剣で攻撃する事はできない、だが何かしらのダメージを与えれることはないかと考え、肉の薄い部分ならどうだと考え、かわすのではなく猿へと向かっていく。
アレンが向かってくるのを見た猿は拳を振り上げ拳を突き出すと、スライディングの要領で身体を倒し猿の股下をくぐり抜け、剣を地面に突き刺した。
「ゥオラッ!」
突き刺した剣を軸にして回転したアレンは猿に膝裏、足の関節へと狙いを定めここならば通るかもしれないと考えたアレンは、剣を突き刺した。
しかし、突き立てられた刃はさらに砕ける。
ここもダメかと思ったその時、猿がアレンの方へと振り返る。
猿が脚を持ち上げてアレンを踏み潰そうとしたのを見て、マズいと思し地面に突き刺した剣を抜き飛び退く。
「あと、試せるのは目か」
残った最後の手段は直接目を狙う。
もちろん星獣の目ではなく、元となった魔獣の目を狙う。しかしおいそれと攻撃を許してくれるとも思えないアレンは、どうにかして隙を作らなければならない。
こんな時に魔法が使えればと考えながら後ろへ飛んで攻撃を交わしたアレンだったが、そこへと追撃をする星獣の攻撃を交わしたアレンはドンッと背中が何かにぶつかる。
後ろへと視線を向けたアレンは、いつの間にか木の側にまで下がっていた。
マズいと思ったときにはもう遅い、振り抜かれた拳がアレンを捉えたその時、アレンはとっさに身をかがめると振り抜かれた猿の拳が木の幹を打ち砕き突き刺さった。
突き刺さった拳が抜けないのを見たアレンは好機だと思い、その目へと刃を突き刺そうとした瞬間もう一匹の猿が背後からアレンを蹴り飛ばした。
「グハッ!?」
蹴り飛ばされたアレンはボールのように地面をバウンドした。
「ゲハッ!?」
地面に倒れ大量の血を吐き出したアレン、もろに攻撃を喰らってしまった。
震える手で側に落ちた剣を拾おうとしたその時、ガシッと伸ばされた手を掴まれた。
「キィシシシシシッ」
猿に笑い声が聞こえる。
速く抜け出さなければと闘気で身体を強化しようとしたその時、掴まれた腕が占めるつけられる。
「うぅ、アァァアアアアア――――――――――ッ!?」
握りしめられた腕が潰される痛みに叫ぶアレン、叫ぶその姿が面白いのか猿たちの笑い声が聞こえる。
これ以上好き勝手やられる訳にはいかないと、思ったアレンは不敵な笑みを浮かべる。
「ありがとよ───ちょうどいい、高さに持ち上げてくれてッ!」
腰に下げられた矢筒から数本の矢を数本、纏めてつかみ上げたアレンは猿の目玉に突き刺した。
「ギャアアアアァァッァァッ!?」
片目を潰され叫び声を上げる猿にアレンはしてやったりと笑った。
「はっ、どう──」
しかしその言葉が最後まで告げられることはなかった。
目を潰され怒り狂った猿がつかみ上げたアレンを振り回した。何度も何度も地面へと叩きつけられたアレンは、全身の骨と肉が痛む。
闘気で身体を保護していてもなお痛みが伝わってくる。意識を飛ばさないようにと気を強く持ったいるアレンだったが、次の瞬間空中へと放り投げられたアレンは何が来るのかと思ったその時、目を潰された猿の拳がアレンをなぐ飛ばした。
吹き飛び木の幹へと身体をめり込ましたアレンは、薄れゆく意識の中で怒りに震える猿を見ながら死を覚悟すると、その奥からシエルの声が聞こえてきた。
⚔⚔⚔
振り上げられた猿の拳が、木の幹にめり込んだアレンを殺すべく拳を振り上げる。
「やめて………やめてぇええええぇぇぇぇッ!!」
叫び声を上げながら弓を構えたシエルが引き絞った鏃に炎の魔力を灯らせると、猿へと向かってはなった。
矢が猿へと向かって放たれると、瞬時にそれを察知した猿が飛んでかわしそこへ入り込んだアイザックの剣が猿を牽制する。
弓を放り投げ木の幹に横たわるアレンに駆け寄ったシエルと連れ帰るために付いてきたマーカスが、その酷い怪我に言葉を失った。
「おい、これ生きてるのか?」
「うるさい、アレン!アレン、しっかりしてッ!!」
下手に触れない、こんなにひどい怪我で下手に動かせないとシエルは必死に呼びかける。すると、かすかに動いたアレンの口から、小さくか細い声で声が漏れ出る
「しっ、しえ……る?」
「よかった……アレン、生きてる」
死んだらどうしようかずっと不安に駆られていたシエルは、アレンが生きていたことに全身から力が抜けるのを感じる。
「よかった……って、こんなことしている場合じゃねぇ、にげるぞ!」
「えっ、あっ!?うん!」
瀕死の重傷を追ったアレンをマーカスが背負い立ち上がると、シエルもその後を追って行こうとするが、ふと星獣と戦うアイザックの方を見る。
「待っておじいちゃんを」
「じいさんは大丈夫だ!速く逃げるぞ!」
「でもっ!!」
「シエル!アレンが死ぬぞッ!!」
その言葉にシエルは迷いを捨て、心のなかでごめんと謝りながら走る。
アレンを背負い走り去るマーカスは、なんとしても生きて帰りこのことを伝えなければならない。
これは村の存続にかかわる重大なことだ。
⚔⚔⚔
シエルとマーカスが村へと逃げ帰ってすぐ、村長がに村の大人たちをに招集する。
星獣の出現とディアスが命を落とし星獣と交戦しているアイザックの生死が不明であること、そして星獣との交戦でアレンが重傷を負ったこと、今起こったことをすべて話し終える
村の大人たちは旅人のフレン達を呼び寄せた。
「フレン君。君たちを襲ったという星獣と、今回彼らを襲った星獣は同じものかという事だ」
「俺たちを襲った星獣は、巨大な鳥の魔獣から生まれた奴だ。今回の猿の星獣とは違う物だ」
「だとしても、現状星獣が迫ってきているのは事実!ディアスも死んで、アイザック爺さんも行方不明だ!今襲われたら全員死んでしまう!」
「ならばどうする!逃げ出すというのか!!」
「それしかあるまい」
静かに告げられる村長の言葉に誰もが押し黙る。
星獣に狙われてしまったらもはや逃げるしかない。逃げて逃げて逃げ惑い、星獣が諦めるまで地の果てまで逃げなければ殺されてしまう。
生きるためには逃げるしかないのだ。
「時期に日が暮れる。出立は明日の早朝、必要な物をまとめて森へ避難するんじゃ!」
「村の周りに火を用意しろ!少しでも星獣の侵入を押さえられる」
村長の指示を聞いて村の人たちは家族のこの事を伝え、村を出るための荷支度を始めるために家へと戻る。
その時、誰しもがフレンの事を睨みながらも、その視線に気づいていながらフレンは何も言わずにいた。
フレンには分かっているから。こうなった一因は自分にもあるという事を、だからこの怨みは自分が受けなければいけない罰なのだと、心の中で思いながらフレンは静かに立ち去って行く彼らの背中を見続けるのであった。
「済まない。誰も、君たちが原因などとは思っていないはずなのに」
「分かっています。ですが、俺たちが星獣から逃げてきた事実は変わりませんから」
村長にその言葉を帰してから一礼と共に集会所を出たフレンは、アレンの家に帰るのではなく畑へと続く道を歩いていく。
その先にはノエルが一人待っていた。
「フレン、どうでした?」
「どうもこうもねぇ。俺たちを襲った星獣とは別の星獣が出た。この村は放棄するそうだ」
「猿の魔獣……厄介ですね」
「あいつらは群れで生活している。現れたのは二匹だけだそうだが、群れの斥候だろうな」
猿の魔獣は知能が高く群れのリーダーや武力に通じる個体は人から武具を奪い身に着ける習性を有している。
それは星獣になっても変わらないはずだ。
残ったアイザックの生死は絶望的とみてもいいこの状況で、戦う力を持たない村人たちがこの村を放棄するのは妥当な選択肢だ。しかし、今回ばかりは相手が悪い。
「あいつらは確実にこの村を襲うはずだ」
「……時間はどれだけ残されていると思われますか?」
「明日生き延びられるかもわからねぇだろう」
フレンの言葉にノエルは顔をしかめる。
仮面のせいで表情は読み取れないが、長い付き合いのノエルはフレンが怒っていると感じられた。
「怒っているのですか、フレン」
「あぁ……どういう訳だかな」
数時間前、フレンは不思議な感覚を味わった。
突然全身を駆け抜けた痛み、まるで誰かと感覚がつながっているようなそんな感覚は、シエルたちが帰還した瞬間に理解した。
アレンが瀕死の重傷を負った時いた時、自分の身体を駆け抜けたあの激痛はアレンが負った傷を感じ取っていたのだと理解すると同時に、フレンの心の中に初めて怒りが沸き上がっていた。
星獣を根絶やしにするのだと、目に怒りを宿したフレンを見ながらノエルが尋ねる。
「フレン、村のみなはどうするつもりなのですか?」
「周りに火を用意すると言ってはいたが、時間稼ぎにもならんだろうな」
「えぇ。その通りですね」
「あいつらは単独なら火を恐れる。だが、集団ともなると話は別だ」
「えぇ。分かっています」
「集団の星獣は元々一個体が分裂し寄生した奴らだ、本体は一匹、そして残りは奴の分裂体。どれだけ失おうが関係ねぇ、従順に死んでくれる下僕だろうよ」
過去に幾つもの村がそうやって焼かれたことを、ノエルたちはこの旅で知った。
かつて村があったと思われる場所は、残された人骨と無数の魔獣の骨が残されていた。今のこの村と同じように、星獣の軍団に襲われたと思しきあの村と同じように、この村も同じ未来と辿るかもしれないのだとノエルが目を伏せる。
たとえここでこの村を見捨てても誰にも文句は言われないだろう。
偶然たどり着いただけの村、ただそれだけだとしてもこの村で過ごした思い出が確かに残っている。
「フレン、私は……」
「いうな、俺も同じだ。死なしたくねぇ」
たとえ過ごした時間は少なくとも、彼らはこの村に帰しきれない恩義があった。
「ノエル、俺と共に戦ってくれるか?」
「言われずとも。私はあなたと共にあると決めた身……ですがあなたは」
「ノエル。ここにいるのはただの旅人だ。そこを履き違えるな」
「……はい」
目を伏せるノエルは仮面で素顔を隠すフレンの事を見つめながら自分の胸に手を当てた。
「心配するな。他の奴らを先行させる。そうすれば、目的だけは果たされる」
「目的を果たせても、あなたが居なければ」
「俺の変わりは他に居る。俺だから選ばれたんだ」
フレンに迷いはない、ゆえにノエルにこれ以上は何も言えない。
だからノエルはそんなフレンに付き従う事を決め、側に立て掛けてあった武器を手に取ると共にもう一振り、布に包まれた刀を手に取りフレンへと差し出した。
「覚悟を決めました。行きましょうフレン」
布から顔を覗かした刀の柄を手に取ったフレンは握りしめたそれを腰へと下げる。
「借りを返すぞ、ノエル」
「はい」
誰もが村を捨て逃げようとするこの時、フレンとノエルは誰の眼にも止められず外へと出るのだった。