貴族の少女
翌日、アレンとシエルは渡された地図を頼りに指定された場所を訪れた。
そこは西区画の中心部にある大きな屋敷で、この区画を取りまとめるウェストラング家のホームハウスだった。
屋敷の大きさはさることながら、限られた土地しかないというのに無駄に広い庭は、アレンたちが所属している衛士団の訓練場の倍近くあった。
「うわっ、想像してた通りすっげぇデケェし広いな」
「でも手入れはあまりされてないみたいね。せっかくの庭も雑草が伸びてるし庭木も手入れがされてない。屋敷の窓もどころどころ割られてるわね」
屋敷を囲う塀とそこに作られた鉄柵の合間から中の様子を確認したシエルは、せっかくの庭がもったいないと思っていたが、事情が事情だけに仕方ない。
屋敷の本来の主は王宮に引き取られ無人、そしてその主に流された噂のせいで使用人も寄り付かず、ろくな管理もされていなかったのがうかがえる。
「そこのお前たち、止まれ」
周りを歩いていたら鎧を着た兵士が二人を呼び止める。
兵士たちの鎧には鷲の意匠を象った家紋が刻まれており、ウェストラング公爵家の兵士であることが分かった。
「屋敷をうかがっていたようだが、何の用件だ」
「失礼、私達は衛士団より派遣されました。シエル・ラミレス並びにアレン・ガルシアです」
「衛士団………団員証を確認させていただきたい」
二人は促されるように自分の団員証を兵士に見せる。
団員証は特殊なカードで、魔導具として所持者の情報を登録することができる。そこには、二人の衛士団での登録番号や所属などが登録されている。
「ふむ。確かに、主の元に案内するので少し待ちなさい」
兵士が別の者に声をかけ屋敷の中へと入っていく。しばらくすると中から一人のメイドがやって来て、アレンたちを中へと案内してくれる。
招かれた屋敷の中は外見と同じように相応にくたびれており、修繕もされずに放置されていたのがよくわかる。廃虚とまでは言わずともその一歩手前といったところか。
屋敷がこんな状態だと言うのに人の気配も少ない、多くても十人もいないだろう。そのことはシエルも察しているのか、本当にこの人数で守れるのかと疑いの眼差しを向けていると、屋敷の奥で足をとめた。
「こちらで主がお待ちです」
コンコンッと扉を軽くノックすると、部屋の奥から可愛らしい声が返ってくる。
「はい、どうぞ」
「失礼します。お嬢様、衛士団より護衛の者が到着致しました」
「わかりました。入っていただいて」
メイドに促されて中に入った二人は、そろって衛士団式の敬礼を取った。
「本日より護衛の任を任されましたアレン・ガルシア並びにシエル・ラミレス以下二名、現着致しました」
着任の挨拶をしたアレンは、目の前にちょこんと座る少女を見る。
二人の一つ下と聞いていたが、小柄で華奢な体つきのせいで年齢よりも幼く見えるが、少女の纏う雰囲気は上品で洗礼されていた。
「始めまして、セレスティナ・フォン・ウェストラングです。お二人共、どうかよろしくお願い致します」
立ち上がりスカートの裾を持ち上げて軽く会釈をしたウェストラング嬢の姿はまさしく淑女のそれであった。
自分の命が狙われているというのに、随分と肝が据わっていると二人は思った。
「お嬢様、先にお二人をお部屋に案内いたしますが、よろしいでしょうか?」
「えぇ。お願いね」
侍女が会釈をして踵を返して二人のほうへと振り返った。
「お二人がお泊りになるお部屋に案内いたします。ついてきてください」
部屋を出るとそのまま来た廊下を戻っていく途中、先を歩くメイドから事前に送られてきた荷物は部屋に運び入れている旨を伝えられた。
護衛のため数ヶ月は泊まり込みの仕事なのでその荷物のことだとすぐに理解した。ちなみに、荷物と言っても引っ越しをするわけでもなく、せいぜい服が何着か身の回りで必要になりそうな物がいくつか入っているくらいだった。
そのため、旅行用のトランクが一つあれば事足りたので、運送屋を雇ってまで送るほどではないと言ったがキラ達から半ば強引に迫られて送らされた。
なんでも部隊に支給されている経費を使わないと、来年度から部隊の維持費が減らされるとかなんとか。そんなやりとりを思い出していると、先を歩いていたメイドが足を止めて振り返ってきた。
「お二人共、送られてきた荷物なのですがトランクがお一つずつしかありませんでしたが、お荷物の間違いありませんか?」
「えぇ、間違いないです」
「こっちも同じく」
「そうですか……失礼致しました」
どこか納得が一定なさそうなメイドだったが、ペコリと頭を下げて歩き出した。数ヶ月泊まり込むというのに、荷物が少ないことを不信に思われたようだ。
こっちに来てからは衛士隊の試験勉強と日雇いの仕事でいっぱいいっぱいだったため、物が増えるようなこともなかった。メイドに不信がられたことから、相当少ないのかもしれない。
なんてことを考えていたら用意された部屋にたどり着いた。
「こちらがお二人のお部屋になります。事前に要望がありました通り、お嬢様のお部屋のお隣になります」
「ありがとうございます」
客室は綺麗に掃除がされていてシーツも新しいものに交換がされていた。屋敷の状態からして、まともな生活ができるとは思っていなかったが大丈夫そうだ。
「ご必要なものがございましたらお申し付けください」
「えぇ。そのときは頼みます……えぇっと」
「申し遅れました、私、セレスティナお嬢様の侍女をしておりますリンダと申します。この度はお嬢様の護衛を引き受けていただき感謝いたします」
ペコリと綺麗な礼を披露したメイドのリンダだった。
「これが私達の仕事ですから、お気になさらず」
「それでも感謝を。謂れのない噂のせいで、私を含めお嬢様を信じる者は少なく、特に男性の方はその傾向が強く」
リンダがアレンのほうを見ながら言い淀む。
理由はセレスティナ嬢のあの噂、男を取っ替え引っ替えに手を出しては交わる淫婦。その噂を信じたバカな好色漢が王宮に世話になっていた彼女に言い寄って、無理やり手籠めにしようとしたことがあったそうだ。
もちろん護衛を務めていた騎士が発見し、未遂で済んだものの王宮内で起こった事件故に噂へ真実味を増して広がっていった。
「男性がすべてそうではないことは理解しておりますが、護衛の兵士のなかにも噂を鵜呑みにしてお嬢様に関係を迫った者もおり、五人ほど抹さ………解雇いたしました」
今、抹殺と言いかけた気がしたが、すました顔で話を続けられたせいでツッコミが間に合わなかった。
「でも、男の護衛もいるッスよね。大丈夫なんッスか?」
「今護衛を務められている方は皆既婚者で中には新婚の方や、お子様もいらっしゃるかたもおられます。そんな中で不貞を働けば有責で離縁の上、男性としての彼らは死にます」
「「…………」」
一瞬、三人の周りの空気が凍てついた。
この人はいったい何を言っているのだろう?疑問が頭のなかに浮かんでも理解が難しい話で全くわからない。
「なぁ、シエル。今のって、聞き間違いか?」
「合ってるわね。ちなみにどうやって死ぬの?」
どうやらシエルも同じことを聞いていたようで、アレンの聞き間違いではなかったがいったいどうやって?と口にするとリンダがスカートのポケットから指輪を取り出して詳しい説明を始める。
「不貞を働いた瞬間、こちらの指輪に込められた呪が発動し男性のアレをソレして、男性として死にます」
「あぁ、うん。そうなんっすか、ってか何をどうするって!?」
「アレン様は破廉恥でいらっしゃいますね」
「おい、シエル。この人、結構いい性格してるぞ」
無表情の仕事人間かと思ったが随分とジョークが得意のようだ。
「リンダさん。その魔道具、売ってください」
「おい、シエル。何言ってんの?」
「申し訳ありませんが、こちらは王家から貸し与えられた魔道具故にお売りすることはできかねます」
「王家、物騒なもの貸し与えるんじゃねぇよ!?」
衛士団の所属であるアレンは国仕えの身分だ。そんなアレンが貴族の屋敷で仕えるべき王家批判などしようものなら捕縛されてもおかしくない。
「アレン、そんなこと言ってると捕まるわよ」
「いや、王家がこんな魔道具を貸し与えてる時点でアウトだろ、呪いって使っていいものだったか?」
「それは……ダメでしょうね」
アレンが言いたいのもよくわかるが、実際に使わなければ被害を被る娘もいるので使える物は使えばいいのではないか、そう考えてしまった。
「でもこれは欲しいわね……団に申請したらもらえないかしら」
「お前、もらってどうする気だよ?」
「あんたとキラ兄に付けるのよ」
なぜだろう、浮気防止ではなく仕事をサボらないように首輪型の魔道具を付けられた自分たちと、その先に縄を握ったシエルとソニアの姿が容易に想像できた。
「ぜってぇイヤだ。ってか、サボらねぇから」
「信じられないから申請するわ。もし通らなかったら直接注文したいわね」
「残念ながら、王宮にいらした魔術師の方がお造りになったもので、まちの工房製ではございません」
「あらら、それは残念」
「ふぅ……助かった」
良かったとアレンが胸をなで下ろしていると、ジッとリンダがアレンの顔を見ていた。
「えっと、何ッスか?」
「いえ……アレン様のお顔、どこかで拝見したような気がいたしまして」
「さぁ、気のせいじゃないっすか?」
衛士団の入団試験も入団式も王宮の敷地内で行われていたので、そのときにでも顔を合わせていたのかもしれないがあいにくとアレンには覚えはなかった。
「私の気のせいかもしれません……では、お部屋の確認も終わりましたので、お嬢様の元へ戻りましょう」
荷物の確認を終えてセレスティナ嬢のいる執務室に戻ると、中からガシャンっと大きな音とセレスティナ嬢の思しき悲鳴が聞こえて来た。
「シエルッ!」
「えぇッ!」
剣と短剣を抜いたアレンとシエルが扉を空けて中へと入る。
「動くな………ッて、えぇ?」
「うわ、これは」
中へ入ったアレンとシエルが見たのは、部屋に置かれた本棚が崩れその前で涙目で狼狽えているセレスティナ嬢の姿だった。
「アハハハ……ごめんなさい」
⚔⚔⚔
セレスティナ嬢の安否を確認したアレンたちは崩壊した本棚から無事な本を救出し、壊れる本棚を片付けをしていた。
本の救出を終えたアレンは何か細工でもされていたのではないかを調べるが、どうやら本棚は単に寿命のようだ。天井からの雨漏りで棚の木材が腐って、ついに限界を迎えたようだ。
後はこれを外に出せばいいのだが、一人では運び出すのは難しそうだ。
「これを運び出すから外の兵士を呼んでくるから、少しの間ここ頼む」
「えぇ。分かったわ」
セレスティナ嬢の護衛をシエルに任せてアレンは兵士たちを呼びに行ってしまった。
「さて、アレンが戻ってくるまでにこっちもなんとかしましょうか」
シエルは積み上げられた本の仕分けを手伝っていた。
今の時代、本は貴重だ。災害で多くの貴重な資料も失われてしまい、災害以前の物はそれ一冊でもかなりの財産になる。
表紙を開いて中を一冊ずつ確認するシエルたち、一番上にあった物は軒並み水没してしまい価値のあるものは修繕に回し写本は廃棄することになった。
「リンダさん、これもだけどどうする?」
「そちらは写本ですので廃棄して構いません。お嬢様、そちらは修繕いたしますのでこちらに」
「はい」
テキパキとリンダが本を分別し処分するものと修繕に回すもの、そのままでも大丈夫なものが分けられていく。
作業をしながらシエルは同じように作業をしているセレスティナ嬢に尋ねる。
「今さらですけど、お嬢さんがやる必要ないのでは?」
「いいえ。これも当主の務め、それにこうして誰かと何かをするのずっとあこがれだったんです!」
「ふぅ~ん。変わってるんですね」
不敬になるかと思ったがそんなシエルの言葉にセレスティナ嬢はただ笑って頷くだけだった。
「王城では、同じ歳の令嬢も居らず話し相手も教師か、リンダくらいでした。だから、シエルさんとお話できてわたくし、とても楽しいです」
「なんだか変な感じね」
ただ一緒に片付けをしているだけで楽しいと言われ、シエルはどこかむず痒いと感じている。
「お嬢さん、私のことは呼び捨てでいいわよ」
「いいえ、そんな!シエルさんのほうが歳上ですし……」
「気にしません。たった一歳しか違わないんですから、あと敬語も不要です」
「そ、そうですか……では、シエルと」
ポッと顔を赤らめて嬉しそうにするセレスティナ嬢は、なにか意を決したようにシエルに話しかけた。
「あの、シエル。一つお願いがあるのだけどいいかしら?」
「なんでしょうか」
「あのね、わたくしとお友達になってくださらないかしら?」
お嬢様からのお願い、いったいどんな無理難題かと思ったが以外にもまともな願いだった。
「私は構いませんけど、身分がかなり違いますよ?」
「かまわないわ!どうせ、後三ヶ月で貴族ではなくなるのだし、リンダも構わないわよね!?」
「時と場所をお選びいただけるのでしたら、お嬢様がお望みになられるようになさればよいかと」
つまりこの屋敷内であれば構わないということだろう。
一応、護衛と言う立場で護衛対象と友達になるってどうなのかとシエルが悩んでいると、セレスティナ嬢が悲しそうな顔をしていることに気がついた。
今考えたところで仕方がないか、そう結論つけたシエルはコクリと頷いた。
「わかりました。お友達になりましょう」
「ホント!ありがとうシエル!」
「おめでとうございます、お嬢様。人生で二人目のご友人ゲットですね」
「リンダさん。それお嬢さんのこと傷付けてませんか?」
憂いそうに飛び上がるセレスティナ嬢と目尻に涙を浮かべるリンダ、そしてシエルがひきつった笑みを浮かべながら眺めていると、ガチャリと扉が開いて出ていたアレンが戻ってきた。
「遅くなりました。これから、棚を出しますので少し退いて……えっ、何この状況?」
少しの間に何が起こったのか理解できなかったアレンは、しばしの間この光景を見て固まってしまうのであった。




